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23. 協力者の悲運
しおりを挟む聖ヨント教会の事件は、リリスとルクスに成りすました男女の犯行で幕を閉じた。この二人はこの教会によく通っていた町の警備兵とその恋人だった。つい最近この教会で聖女リリスと遭遇し、以前仕事で追った古傷を彼女に治してもらった時からどうやら彼女に操られていたようだ。
「人殺しだなんて滅相もない! 私は彼といつもの礼拝に赴いただけです」
「彼女の言う通りです。私たちは何もしていない!」
正気に戻った二人はどうやらリリスの命令を忘れているらしく、自分たちが何をしようとしたか全く覚えていなかった。
「これはたちが悪いな」
「えぇ、これでは聖女に命令されたという自白が取れません」
「仕方ない。奥の手を使うか」
そういうと、リチャードは掌に何やら機械のような小さい箱を取り出した。そしてそこから壁に向かって映し出されたのは、先ほどの二人が女性騎士を襲うまでの一部始終の映像だった。
「そ、そんな! これを私たちが?」
映像を見た女性が驚きに目を見開く。そこに映りこんでいたのは確かに自分だが、自分は短剣など持ったことはなく、刃物は包丁ぐらいしか握ったことがない。さっきまで手にしていた短剣も、身に着けているローブも、一体いつどこで手に入れた物なのか、まったく見当がつかなかった。
「そうだ。この前この教会で聖女リリスに会っただろう? それから何か変なことはなかったか?」
「そういえばこの間、この教会で彼の治療をしてもらった後なんですが、どういうわけか自宅に聖女様が訪ねて参りました。丁度彼も家にいたので治療の御礼を申し上げたんですが…あの時、何で家まで来られたのかしら?」
「何を話したかは覚えてないのか?」
「えぇ。ねぇ、あなたは何か覚えてる?」
女の横でショックのあまり立ち尽くしていた男が、重い口を開いた。
「そうだ。あの時、確かに助けて欲しいと言われたんだ。自分をつけ狙う変な奴がいるから、もし見かけたら助けて欲しいとかなんとか。警備をしている者としては放っておけないと思ったんだが。そこからの記憶が曖昧なんだ」
「確かに。あの後、あなたの様子が変で、心配で警備員の詰め所まで行ったのよ。そうしたらあなたに、一緒に聖女様をお救いしようって言われて。そういえば、そこからの記憶がないわ」
自分の知らないうちに人を殺めようとしていたなんて、そんな恐ろしい事はない。二人は顔を真っ青にしたまま、途方に暮れていた。
そこへ、先ほど公爵家の離れでくれしているサーヤの無事を確認に行かせた伝令から、リチャードへ報告が入る。
「リチャード様、公爵家にいるサーヤさんは無事なようです。ただ、こちらと同時刻に向こうも襲撃を受けたようで、ルクスとかいう男の方は無事捕縛されました」
「リリスはどうした?」
「はい、女はどうやら逃げてしまったようです。ただ、シャーロット様が仰るには、行き場所はもう判っているとかで、リチャード様には安心されるようにと言われておりました」
「シャルが? なぜ? 事件現場にシャルがいたのか?」
「は、はい。その…現場は全てシャーロット嬢が対処した後でして」
「は? 警備兵は、いったい何をしてたんだ!」
「リリスという女が窓から飛び出してきたため、慌てて捕まえようとしましたが逃げられてしまったようです。男の方もシャーロット嬢の使い魔が既に捕縛しておりました!」
伝令からの伝言を聞いて、室内の温度が急激に降下する。なぜスタイン侯爵家にいるはずのシャーロットが我が家にいるのか。自分が伝令を出したのはあくまでも公爵家であり、次に狙われるであろう聖女候補を匿っていた場所だ。そこで同時刻に事件が起き、シャーロットが関わっているなら、要は彼女が敵と対峙し、戦ったということではないか。
「で? シャルは無事なんだな?」
ピリピリと息をするのも辛い程に凍てついた空気の中、騎士はリチャードに返事を返す。
「はい。大変ご機嫌も良く、お元気であらせられました」
「はぁ。全くあのじゃじゃ馬娘が。こっちの心配も知らないで」
これは帰ってから一言ガツンと言わねばならないと、リチャードは小さくため息をつくのだった。
聖女候補の暗殺に失敗し、公爵家を逃げ出したリリスは、足早に以前のアジトである森の中の我が家へと向かっていた。正直あの場所には今はあまり行きたくはないが、誰にも知られておらず安全な場所はあそこしかない。今回の事件で、自分たちが関与していることは既にバレているだろうし、聖教会側には既に騎士団が向かっているだろう。
王太子妃を殺し、王太子を腑抜けにしてしまった今、王宮で匿ってもらうわけにもいかない。
「それに、いざという時はあそこに逃げるよう、アステル様にも言われてるしね」
あの場所は殺人ギルドの仕事を請け負っていただけあり、屋敷内に様々な仕掛けがしてある。いざという時の逃げ道の確保もされているから安心だ。身内が敵にさえなっていなければ、自分が追い込まれて殺されることもない。
屋敷の中には保存食も多量に保管している。あそこなら数週間滞在しても餓死することはない。リリスはそう安心しきっていた。
「それにしても、あの女は誰だったのかしら? 向こうはこちらを知ってるようだったけど。見覚えがあるようなないような」
リリスは、あの部屋で自分に向かって不敵に微笑んだ少女の顔を脳裏に浮かべた。だが自分が今まで接したことのある人物で、彼女のように強い魔力を有する人物はすぐには思い当たらない。
学園でのシャーロットとオフィーリアが憑依した後の彼女では、身に纏う雰囲気がかなり違う。学園で自分が一時対峙していた女のことなど、リリスはすっかり頭の外に追いやってしまっていた。
「それにしてもあの魔法、余程の使い手でなければルクスを前後不覚には陥れられないわ。油断ならない敵だわ」
そう言いながら、リリスは森の中のアジトへと足を踏み込むのだった。
一方、公爵家にいるシャーロットは使い魔のマビルからリリスに関する報告を受けていた。
「それで、あの女は例の場所へと入ったのね?」
『はい。間違いなく』
「そう。良かった。あとは次の獲物が掛かるのを待つだけね?」
『おそらくそう長い時間はかからないかと。既に次の獲物はあの場所に向かっている頃です』
「あらもう? それは楽しみね」
シャーロットが機嫌よく答えると、今度はニコルがシャーロットに別件を伝える。
「お嬢様、只今聖ヨント教会から引き揚げたリチャード様と騎士団がこの屋敷に向かっております。向こうはリリスに操られた平民二人が犯人役にされていたようです」
「そう。こちらが勝手してしまった事、リチャード様は怒ってらっしゃるかしら?」
「おそらくは、かなり」
「なら、ルクスに傀儡の術でもかけて全部吐かせちゃう? それなら少しは怒りも治まるわよね?」
「お嬢様、あの術は一度かけてしまうと中々元に戻りません。そのまま傀儡として面倒を見る御覚悟があるなら宜しいですが、そうでないならあまりお勧めは致しません」
「あら、ちょうどいいじゃない。それならそれで、今度は捨て駒として逆密偵でもさせちゃえばいいのだもの。どうせ蟲毒房に入れる予定だったんだし。同じ壊しちゃうなら、使えるうちに有効活用した方がいいじゃない?」
「お嬢様……」
もともと黒魔法の使い手であるシャーロットがどういう性格であったかは、実のところニコルも良くは知らない。
だが少なくてもオフィーリア王太子妃だった頃の彼女は、虫も殺せないようなお淑やかな女性だった。愛した人の子を身ごもったまま、その相手に殺されてしまったからだろうか。以前とはまるで別人のような、どこかリミッターが外れてしまった主人の姿に、ニコルは困惑してしまう。
蠱毒房と傀儡の術、どちらをされてもされた側の人間は無事では済まない。いや、正直なところ人としてはもう終わりになる。
それどころか普通に殺してもらえることがどんなに幸せかを知る事になるだろう。まあ、災厄の元凶であるリリスに彼が協力した時点で、この悲運は避けられなかったのだろうが。
「ニコル、私なら大丈夫よ? 心配いらないわ。まだ人として最低限の良識は残っているから。ただ、その枠にあの連中が当てはまらないだけ」
「そうでございますね。確かに私もあの連中だけは許せません。落とせるものなら地獄の底まで落として、地獄の業火で焼き尽くしてやりたいと願っております」
「でしょう? ここではない遠い国のことわざに、『目には目を歯には歯を』っていう言葉があるの。それは、他人の目を害した者は自らの目をもって償い、歯を害した者は歯をもって償わなければならないというものなのよ? 与えられた被害と同等の報復を行うのが当然だというものだけど、私の場合、他に殺された彼女たちの怨念も背負ってるでしょう? だから、さしずめ百倍返ししようかと考えているのだけれども、おかしいかしら?」
「百倍…で、ございますか」
「そうよ。人を殺し、その者の人生全てを奪い、周囲の人々の僅かな幸せさえも奪った連中に、情けなどいる?」
「皆無でございますね」
「そうでしょう? だから私はせっかく得たこの知識と技術で、できうる限りの手段で、あの連中を地獄に落としてやるつもりなの」
そう自慢げに語ったシャーロットの瞳の奥には、復讐に対する揺がぬ光が灯っていた。
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