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24. 押しは強いが推しには弱い
しおりを挟む聖ヨント教会から急いで馬を駆けさせ公爵邸に戻ったリチャードは、何食わぬ顔で彼を出迎えたシャーロットに深いため息をついた。
「シャル、無事でよかった…」
「リチャード様、ご心配をお掛けしてしまいまして、申し訳ございません」
「その謝罪は屋敷に入ってからゆっくり聞こう。あの女は逃げたらしいが、男の方は捕縛できたのだな?」
「えぇ、それで是非お耳に入れたいことがございますの」
公爵邸の執務室に入ると、リチャードとサーフェン前伯爵であるロイド、そこにディスモンド公爵であるデカルドが加わり、室内は物々しい雰囲気に包まれる。
そんな錚々たる面々が集まる中に、全身を拘束帯と魔道具で縛られたルクスをジャンが引き連れて来た。
「ほう。こいつがルクスか」
「罪なき聖女候補を七人も切り裂いた外道です」
「まぁ、どのみち死罪ではあろうが、向こうに引き渡す前に色々と聞いておかねばなるまい」
「えぇ、そこでなのですが」
シャーロットがジャンにルクスの猿轡を外すように指示を出す。猿轡を外せば舌を噛み切るか魔法の呪文を唱えかねないため、初めは異を唱えた面々ではあったが、シャーロットの異様な落ち着き具合に何か策があるのだろうと考えだす。
「して、そなたは何をするつもりだ」
「はい。もう既に一仕事済んでおりまして…。実は彼には今、黒魔法で傀儡の術をかけております。既にリリス側の人間でないことはこれから証明いたしますが、猿轡を外しても安心して大丈夫ですわ」
「傀儡の術とは、これはまた高等な術を使いますな」
「本来、シャーロット嬢がこの術を使えるのは機密事項なのでは?」
「えぇ、そうですね。我が家族以外では、王様ぐらいしかご存じないのではないかと。我が家でも、ほんの数人しかこの術は使えませんのよ? 無論、むやみやたらに使ってよい術ではありません。この術は一度かけたら解呪する事がほぼ不可能ですからね。名前通り傀儡になり果てますの」
「なんと恐ろしい」
「でも、こういう下衆には丁度良い術だとは思いません?」
「それは、まぁ、そうとも言えるが…」
冷たい笑顔で淡々と答えるシャーロットに、周囲の男たちが背筋を凍らせたところで、リチャードが口を開く。
「それで、もう既にこの男にはその術が掛かっているのだな? なら、この男に全てを吐かせることも可能なのだろう?」
「えぇ、もちろんですわ」
にこやかに微笑むシャーロットの指示で、ジャンがルクスの猿轡を外した。するとルクスはシャーロットだけを見つめ、何か指示を待つように瞳ですがる。
「それではルクス。あなたの素性からまず聞きましょうか?」
「はい。私の名はルクス・オーベンと申します。十年ほど前に現王に爵位をはく奪されたオーベン家の息子です」
「ほう、あのオーベン家か」
オーベン家とは彼の言う通り十年程前、自領で麻薬性の強い植物を大量に栽培し世間を騒がせたという罪で、現王に爵位を返上させられて没落した子爵家である。当時はあの温厚なオーベン子爵が麻薬栽培をするなどあり得ないと、社交界を賑わせたものだ。
シャーロットの父、スタイン侯爵によると、聖教会に何らかの恨みを買ったオーベン家が陰謀に巻き込まれたのだろうと言う話であったが、生憎幼かった当時のシャーロットの記憶では、それ以上思い出すことはできない。
「それで、あなたは誰の指示で何をしたの?」
「はい。魔王アステル様のご指示で、聖女リリスの手伝いをしておりました。まずは聖女候補を十人ほど殺し、その聖魔核をリリス様が体内に取り組むことで、大聖女同等の聖魔力の使用が可能になるよう、手助けする事が当面の指示でした」
「な、魔王だとっ!」
「そうなのね。で、なぜあなたは魔王の指示を聞いているの?」
「はい。家が没落した際、家族の命を救う代わりに、私は自分の魂を魔王に捧げることを誓いました。それからは魔王の指示に従い、駒として動くことで、私はこうして生きながらえております」
確かに没落した貴族の一族が生きながらえるには、強い者の傘下に入るのが一番手っ取り早い。そういう意味では魔王の手下になるというのも分からないでもないが、自分の魂を対価にするというのは如何なものか。
「それで、リリスは聖魔核を取り込んだ後はどうするつもりだったのかしら。魔王から何か聞いてる?」
「はい。聖魔核を10個体内に取り入れれば、大聖女と同等の聖魔力が手に入るとのこと。その上で聖教会で大聖女と認められれば、聖域と言われる大聖堂の奥の間に入れます。そこにある聖杯を汚し使い物にならなくする事、あわよくば聖杯を壊せとの仰せでした」
「ではなぜ王太子妃を殺害したの? 彼女は聖女ではないでしょう?」
「王太子妃殺害については、リリスが彼女の魔力の保有量に目を付けました」
「でも、彼女の聖魔力の量はそんなに多くなかったはずよ?」
「それは私も良くわかりませんが、確かに魔王様からお預かりした魔道具が強く反応しました。あの魔道具が強く反応するのは、聖魔力の力が大きい方のみです。ですからリリスもそう判断したのかと思います」
「で、彼女の遺体は今どこにあるの?」
「それは私にもわかりません」
すると、この会話にいきなりリチャードが喰いついた。
「ちょっと待ってくれ! 義姉上のご遺体は王家の墓に葬られたのではなかったのか?」
「いいえ。リリスに殺された女性たちの霊に聞きました。皆が懸命に消えた遺体を探していると」
それは本当なのかと問いかけるように、みんなの視線がジャンことハインツに向く。
「はい。私は王太子妃が殺害された現場におりましたが、彼女が殺害されてすぐに凄まじい光が彼女を覆い、その間に遺体がなくなっておりました。その後は投獄されたので詳しくは知りませんが、騎士たちがリリスの命令で王太子妃の御遺体を探していたようです」
「では、義姉上の遺体は何処に…」
遺体がどこに消えたのか、それはオフィーリア自身が一番知りたいことだ。遺体が消えたことも不思議だが、だれもその在処を知らないというのも気味が悪い。誰かが悪用していないことを祈るばかりだ。
その後もルクスは、シャーロットが聞いた質問には素直に答えた。シャーロットはルクスに対し、自分が不在であってもリチャードとデカルド及びロイドの質問には素直に答えるように命令した。それ以外は牢の中で静かに過ごすように言うと、ルクスは糸の切れた人形のように全身の力を抜いて床に倒れ込んだ。
「これは、このままで平気なのか?」
「ええ、今の彼は意のままに動く人形ですから。命令以外の事は何もできません。食事と排泄ぐらいは促せばしますので捨て置いてくださいませ」
「それは、なんともまぁ、恐ろしい術だな」
シャーロットとスタイン一族には決して逆らうまいと、その場にいた誰もが思った。
「ところでシャル、少し二人で話がしたいのだが、いいか?」
「はい。構いませんが」
ルクスの件が一段落したところで、リチャードがシャーロットに声をかける。
二人はいつもよくお茶をするリチャードの部屋近くの庭のサロンに移動した。シャーロットは今回の件に関して、リチャードに叱られることを覚悟していた。だが、思っていたよりもリチャードの表情が暗く険しい。
「リチャード様、この度は勝手致しました。ご心配をおかけしたこと、本当に申し訳ありませんでした」
そう先手を打って謝罪するも、肝心のリチャードの態度が芳しくない。俯いたまま何も言わず、微動だしないのだ。不思議に思ってシャーロットがリチャードの近くまで行きその顔を覗き込むと、驚いたことにリチャードはその瞳から涙を零していた。
「リ、リチャード様っ? ど、ど、ど、どうなさいましたっ? どこかケガでもなさいました? それともっ!」
リチャードの涙を見て慌てふためくシャーロットの腕を急に引くと、彼はその腕の中に彼女を強く抱きしめた。突然の行動にフリーズして固まったシャーロットの耳元で、リチャードは切なげにこう告げる。
「もしシャルの身に万が一の事があったら、俺は多分生きていけない。心も体もバラバラになって、さっきの傀儡のように生きた屍に成り果ててしまうだろう。なぁ、シャル。シャルは俺にそうなって欲しいのか?」
「そ、そ、そんなことはっ、絶対にありませんっ!」
「なら、今回のような無理は絶対にしないで欲しい。報告を受けた俺がどれだけ心配したか分からないだろう? 本当に心が凍り付きそうになったんだ。もし、これだけお願いしても聞いてもらえないなら、いっそのこと俺だけしか入れない氷の城でも作って、そこにシャルを閉じ込めてしまおうか?」
シャーロットの最大にして最強の推しであるリチャードが、オレ様言葉の完全デレモードである。いや監禁も示唆するほどのヤンデレモードだ。シャーロットは心の中で絶叫していた。まさに「尊死」状態である。尊すぎてしんどい。推しのデレが過剰威力で即死である。
これにはオフィーリアも困惑した。義弟の愛が重すぎて圧死である。自分の中にいるシャーロットが過剰反応しすぎてオーバーヒート状態になっている。かくいうオフィーリア自身も、こういうどストレートな愛の告白にはあまり免疫がなかった。そのせいで体が、頭が、思うように仕事をしてくれない。どうしてくれようこの義弟。ついにはオフィーリアも諦めて白旗を揚げた。
「ん? シャル? どうした? シャル!」
リチャードの腕の中で、完全に意識が焼き切れて失神してしまったシャーロットがいた。何なら顔も首も全身まで真っ赤っ赤だ。
その後慌てるリチャードの元に駆けつけたニコルに、思わぬお説教を食らってしまう彼だった。
* * * * * *
恋愛耐性ゼロのオタク女子には、ハグ&耳元でのヤンデレ発言は禁止です。
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