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33. 聖域
しおりを挟むレーヴェン王国には、神の領域とされる聖域へつながる入り口が二か所ある。一か所は聖教会の奥に、そしてもう一か所は王城の地下にある秘密の通路である。
そしてこの聖域には、神々のある秘密が隠されていた。
その昔、まだこの世界の主要諸国が出来あがるはるか前に、創造神として十三柱の神々が存在していた。その中に、レーヴェン王国が女神と祀るミネルヴァがいた。彼女は美と知恵を平和を司る神であり、その荘厳な美しさは同じ創造神の中にあっても際立っていた。
ミネルヴァは一つの世界を造り、そこに人間や獣人、亜人といった様々な種族を作り上げた。中でも人間は大のお気に入りで、その儚くも限られた短い時間の中で、精いっぱい足掻く姿に好感を持っていた。俗にいう不出来な子ほど可愛いという感覚である。
一方、力と戦いを司るアステルと言う創造神がいた。彼は尊大な性格であり、自分が作った世界で常に人間と他種族を争わせ、その醜くもがく様を楽しんでいた。彼の考え方は力こそすべてであり、力のないものは生きるに値しないというものであった。
そんなアステルが、どういう訳かミネルヴァに好意を持った。どうにかして彼女の気を引きたいと思ったアステルは、ミネルヴァの造り上げた世界の人間たちに勝手に武器を与えた。
強力な武器を得た人間たちは、アステルが想像していた通り、昼夜戦いに明け暮れた。結果、ミネルヴァが作り上げた世界の人間たちは、その殆どが武器によって死に絶えてしまったのだった。
これに怒ったのは女神ミネルヴァである。プンプンの激おこである。アステルが自分の気を引こうとしていようがどうだろうか関係ない。他の十一神に相談し、彼の神としての権力を剥奪した。
結果、アステルは神界から追放されたのである。
ミネルヴァと懇意になりたかったアステルは、こんなはずではなかったと、自分の行為を棚に上げて怒った。そして、ミネルヴァが創造した世界を片っ端から荒らしまくったのである。荒ぶる彼の魂は闇に落ち、魔王となってしまう。
これはマズいと思ったミネルヴァは、アステルの封印を試みた。だが腐っても元は力と戦の神である。その力の膨大さに抗うも完璧な封印とはならず、彼女はアステルの心臓だけを何とか聖域に封印することに成功した。
ミネルヴァの管理する聖域で、アステルの心臓はすべての病を癒すという紺青の薔薇の栄養源となった。
薔薇に絶えずエネルギーを吸われることで、彼の心臓は結界を破ることが出来ず、ただただその地で眠り続けていた。紺青の薔薇が咲き誇る聖域の、聖杯が安置されている聖台の下で。
「要は、ツンデレ魔王の一方的な片思いのせいで、この世界の人間は弄ばれて死滅したというのか?」
「そうなりますかね。思い違いも甚だしい迷惑野郎ですよ。その後、女神ミネルヴァが人類を再び創り出し、今ある国々が栄えるきっかけとなりました。ですが、時代の移り変わりの節目で、必ず魔王の残滓が姿を現し、世の中に混乱を巻き起こすのです。今回のリリスの事件のように…」
「害虫は基から駆除しなければならないという、典型的なパターンだな」
「ですね。ですからこの際、私たちが魔王の心臓を消滅させてしまえば良いのです」
「そんなこと、できるのか?」
「えぇ、聖剣さえあれば可能です」
リチャードたちは、何故シャーロットがこの様な神々の秘密を知っているのか疑問だった。王族の、それもごく一部しか知り得ない聖域への隠し通路まで把握しているのも不思議だった。
だか、これまで彼女からもたらされた情報に間違いはなかった。彼女が操る黒魔法が反則技であることも百も承知である。
(ま、シャーロットだからな…)
全てはそれで割り切れてしまう。まあ、深く考えてもどうしようもないというのが本音だった。
「ならば行こうじゃないか。行って、魔王の心臓ごと駆除してやろう!」
「「「おーっ!」」」
王宮の地下深く、何百段もの螺旋階段を下り、リチャード、ジャン、デカルド、そしてシャーロットはひとつの扉の前に立った。
人が十人以上横並びで有価出来るであろう大きさの扉の左右に、人の手形が彫られた大きな石が存在していた。
「ここに王族の子孫が同時に手をはめ込みます。問題がなければ扉が開くはずです」
「なんか、随分と物々しいな」
計七枚の扉を開け、最後に開いた扉の奥には、真っ青な薔薇が咲き乱れた、この世のものとは思えない美しい光景が広がっていた。
「 わぁ……」
「おお、これはまた、壮大だな」
美しい薔薇の向こう側、小さな丘になっている場所に祭壇が設けられ、その上に聖杯が置かれていた。
そしてその場所に向かった面々が最も驚いたのは、透明なクリスタルの棺に入れられたオフィーリアの遺体が置かれていた事だった。
「オフィーリア…」
「義姉上っ!」
棺に縋りつく三人を眺め、シャーロットは何故か狐につままれたような奇妙な気分になっていた。
それもそうだろう。王宮の王太子妃の離宮で殺されたはずのオフィーリアの遺体が、何故か聖域に安置されているのだから。
「なぜ、ここに遺体があるの?」
そして、その遺体にはオズウェルに切り裂かれた傷跡が何ひとつ見当たらない。妊娠していた腹部も膨らんだ状態のままになっていた。
「まさか! 子供が? お腹の中の子がまだ生きているの?」
シャーロットが驚いて叫ぶと、途端に棺が眩い光を放ち出した。そして光が治ると、そこにはオフィーリアの遺体はなく、一人の赤子が宙に浮いていたのである。
『ママ、待ってたんだよ。私は将来、大聖女になって、世界を救う為にどうしても生まれなきゃいけなかったの。だから、神様がココに連れてきてくれたんだ』
清らかで可愛らしい赤子の声が脳内に響き渡る。オフィーリアの身籠っていた子は、将来大聖女になる為に、神に遣わされた子であった。
オズウェルにオフィーリアが殺された時、その遺体が光と共に消えたのは、全て神の意図だったのである。
『ママ、会いたかったよぉ。抱っこしてくれる?』
甘えるような子供の声がシャーロットの頭の中に響く。
「もちろんよ。いらっしゃい」
シャーロットが両手を広げると、宙に浮かんでいた赤子はスーッとシャーロットの前まで来て、その腕の中にストンと納まった。
まるでずっと昔から抱いていたような懐かしい感覚に陥り、シャーロットは赤子を優しく抱きしめてその柔らかい頬に頬ずりをする。
「あぁ…神様、ありがとうございます」
それはシャーロットの声であり、オフィーリアの魂の声だった。夢にまで抱いていた愛しい我が子との再会である。シャーロットは涙で声にならないまま、感謝の言葉を紡いだ。
シャーロットは、この子がオフィーリアの子であり、将来大聖女になるべく神に遣わされた子であることをリチャードたちに伝えた。
「そうか、義姉上の子は神の子だったのか」
「ならばその子は儂の孫だな。我がディスモンド家で大事に育てよう」
感慨深く呟くリチャードとデカルドだったが、今度はジャンが何かに気付いたようで怪訝そうな声を出す。
「で、肝心の魔王の心臓と言うのは、コレなのか?」
突然の急展開に肝心な事を忘れていだが、棺が置かれていたすぐ近くの祭壇、聖杯のすぐ下に、数百本もの薔薇の根が貼られた心臓のようなものがあった。
「そうですね。おそらくこれが心臓です。ジャン、あなたの聖剣で、この心臓を一突きにして下さい」
「了解した!」
ジャンは何のためらいもなく、手にした聖剣を心臓めがけて突き刺した。すると、まるで魔王の雄叫びのような音が周辺に響き渡り、心臓が眩しい光の粒となって消え去った。
魔王の心臓に深く根を張り、美しい花を咲かせていた紺青の薔薇たちが、サワサワとまるで何かを囁くように揺れ出した。すると次の瞬間、祭壇の上の聖杯から清らかな聖水が溢れ出す。水は祭壇の下にある土を濡らし、次々と薔薇たちに吸収されていく。
『ありがとう』
『ありがとう』
『その子をよろしくね』
『また遊びに来てね』
『あなたなら大歓迎よ』
シャーロットたちに御礼を言いながら揺れる紺青の薔薇たちから、まるで贈り物だとでも言うように沢山の花びらが舞い踊る。その花びらたちは意思がある生き物のように、シャーロットの前に集まった。
「ありがとう。この花弁は万病に効くと言われていますものね。有難く頂戴していきますわ」
彼女が微笑むと、それに呼応するように、薔薇の花たちもサワサワと嬉しそうに揺れるのだった。
所変わって、スタイン侯爵家の嫡男、シリルの研究室では、王宮から持ち帰られた魔核を前にして、幽霊シスターズが大騒ぎしていた。
『コレ、コレよ! コレ、私の魔核!』
『あーっ、こっちが私のだわ!』
『あぁぁ~~~~、コレ、私のぉ~~~~!』
カイブツが灰となって消えた後に残った聖魔核は、彼女たちの魔核だった。
嬉し涙を流しながら騒ぐ彼女たちを見たシリルは、幽霊シスターズにある提案をした。
「ねぇ、ねぇ、お姉さんがた、ちょっと時間はかかるけど、聖魔核を基にして、ナマの体をラボで再生できるよ? 再生してあげようか?」
すると、一つの魔核を手にしたシュナイダーがシリルの前に膝まづく。
「シリル様、リリスの魔核もここにあります。可能でしたら、娘を再生して頂けますか?」
「喜んで! その代わり、体の設計はボクに任せて? 悪い様にはしないから」
「は、はい。シリル様がそう言うなら…」
そんな二人の会話を聞いて、幽霊シスターズはボソボソと何かを相談しだす。
『ねぇ? どうする?』
『新しい身体はぁ、魅力的だけどー、シリル坊ちゃんに設計されるのは、ちょっとぉ…』
『だよねぇ。目からビームとか、ダサすぎぃ。バイブス下げ下げぇ~』
『峰不○子ちゃんみたいなセクシーダイナマイツボディにしてもらっちゃう? エモくない?』
『でも、それだとぉ、おっぱいロケット砲とか装備されちゃいそう?』
『え~それ、萎ぇ~』
『ん~~、なしよりのなしじゃね?』
結局のところ、今のままで不自由はないとの結論に至り、幽霊シスターズの聖魔核はそのまま丁重にラボに保管される事になったのだった。
「ん~、しかし、最近の女性の言葉は、ボクには理解できないですね。ラボにこもってばかりで、巷の流行から乗り遅れてしまっているのかもしれないなぁ。これは、姉さまが帰られたら相談してみなくてはっ!」
聖域から帰り、シエルに相談を受けたシャーロットは、彼女たちのギャル語録の酷さを知って呆れかえった。
「あなたたち! その言葉を改めない限り、ブルーレイ鑑賞は中止しますよ!」
『『『えぇ~~~~っ!!』』』
『『『ブーブー!』』』
『幽霊の人権無視はんた~い!』
大ブーイングの幽霊シスターズに、腕の中で気持ちよさそうに寝息を立て、聖なる光で輝いている赤ん坊を見せる。
「なんなら、この子に頼んで成仏しちゃう? 神の子なら、あなた達ぐらい一発で昇天させちゃうわよ? それともちゃんということ、聞く?」
『『『『『『『イエス、マイマム!!! 』』』』』』』
シャーロットの鬼畜の一言に、ぐぅの根も出ない幽霊シスターズであった。
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