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1 始まりの夜
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しおりを挟む「秋月さん、よかったです。そろそろお暇しようかと……」
久世社長に挨拶したいと思っていたところだから、秋月さんに会えたのは丁度いい。本人がいないのならば、秘書の彼に伝えるのが一番。秋月さんは優秀だから、茉乃ちゃんが私から離れたのを見て、帰るって気づいたのかもしれない。だとしたら彼は本当に優秀な秘書だ。
――と思ってた私に向かって秋月さんはいつもと変わらない表情で形のいい唇を動かした。
「黒瀬さんですが、少し気分がすぐれないとのことです」
「え……?」
驚きにきょとんと瞳が丸くなった。
確かに茉乃ちゃんがいなくなってもう10分近く経っているし、戻って来ないのは何かしら理由があるはずだとは思ってたけど……まさか体調が悪かったなんて。
思い返してみれば、ちょっとぼんやりしてたかもしれない。それに私に合わせてシャンパンも飲んでたし、もしかしたら無理させてたのかも。
だから帰って来ないんだと納得すれば、自然と心配の感情が込み上げてくる。笑顔を崩したくないこの空間で今日初めて下を向いた気がする。
体調が悪いなら、早く帰らせてあげないと……。秘書の異変に気づかなかったなんて社長失格だ。
「ご安心ください。今、少し休んでもらってます」
「そうなんですね。ありがとうございます」
続く秋月さんの声はまるで私を安心させてくれるかのようで「少し休めば大丈夫とのことですよ」と聞き心地のいい声にほっと息をつく。
「今どこに?」
「今は少し横になってもらってます。――なので今日は私がご自宅まで送ります」
「……え?」
安心したのも束の間、また予想外の言葉に視線を上げる。すると背の高い秋月さんと目が合って、ほんのちょっと心臓がざわめく。
元モデルの秋月さんはスーツを着ているといつも以上に魅力的に見える。少し明るい茶髪をさらりと流したミディアムヘアに、切れ長の優しげな瞳に吸い込まれちゃいそう……なんて。
「そんな……タクシー呼ぶので大丈夫ですよ」
ふるりと首を横に振る。元々茉乃ちゃんにタクシーを呼んでもらって、一緒に帰るつもりだったけど、別に茉乃ちゃんがいなくても1人で帰ることは出来る。
わざわざパーティー主催者の秘書に送ってもらわなくてもいいんだけど……。
それでも今度は秋月さんが首を横に動かした。
「久世から申し付けられていますので、そういうわけにはいきません」
「それに、茉乃ちゃんも心配ですし」
「ご安心ください。黒瀬さんにもすでにタクシーを手配しております」
「なら……いいですけど……」
さすが秋月さん。抜け目がない……だけど、久世社長のサポートもあるだろうし、パーティーの片付けとかもあるかもしれない。忙しい彼に送ってもらうのは流石に申し訳なさすぎる。
だからもう一度私は伝えた「大丈夫ですよ」と。――なのに、秋月さんは笑顔を崩さないし、引かない。
「いえ、久世の指示ですから」
そう言われてしまえば、これ以上断るのも申し訳ない。茉乃ちゃんのことがちょっと心配だけど、今は秋月さんの申し出に甘えることにしようかな。
「でしたら……お願いします」
「ありがとうございます。お任せください」
私が頷いた瞬間、秋月さんがふわりと笑った。まるでちょっと安心して喜んでいるみたいで、私は軽く頭を下げた。よろしくお願いします、と。
「では行きましょう。足元お気をつけください」
促されるまま、秋月さんの後ろに続き、華やかなで落ち着いた雰囲気の会場をあとにする。
小さな段差にも声をかけてくれる心遣いは秘書の鏡かもしれない――なんて思いながら私はその背中を追った。
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