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2 月明りの下で
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しおりを挟む秋月さんの運転する車に乗るのは初めてじゃない。これまでに商品撮影の際などに何度か送ってもらったことがある。
けれど――秋月さんの私有車に乗るのは初めてかもしれない。
柑橘系の爽やかな香りが漂う車内は隅々まで整えられていて、こまめに掃除されているのがすぐに分かる。
そんな車内の後部座席、運転席から斜め後ろのシートに座った私は、どこを見ていいのかわからず、窓の外を眺める。
今夜は雲ひとつない空に、綺麗な三日月が浮かんでいる。星もよく見える夜だ。
華やかなパーティーの会場から、静かで落ち着いた空間はいつもなら安心する――けれど今日はちょっと落ち着かない気がする。
うちの会社は通勤時を除き、役員が移動する時のために運転手がいるけど、久世社長が移動の時には秘書の秋月さんが社用車を運転することは知っている。
今日の久世社長はパーティーのあったホテルに泊まるみたいで、秋月さんも私を送ったあと、帰宅できると彼は言っていた。だから今乗っているのはLUNARIAの社用車じゃなくて、私有車ってことになる。
考えてみたら……送ってもらってるとは言え、男性の私有車に乗ってるのって随分久しぶりかもしれない。
運転席の秋月さんをちらりと見る。まっすぐ前を見て、ハンドルを握っている姿は斜め横から見ても絵になる。甘いマスクの整った横顔が月明かりに柔らかく照らされていて、ルームミラー越しに時折目が合うと優しい笑顔が返ってくる。
大きな交差点に差し掛かったところで赤信号を待つ為に秋月さんがゆっくりブレーキを踏む。その後、何かを取るように助手席に手を伸ばした。
「九重社長――こちらよろしければ、どうぞ」
そして、振り返った秋月さんが私に手渡したのは水のペットボトル。「え?」と小さく驚きの声が零れて秋月さんを見上げる。
すごい……いつの間に用意してたんだろう?
「いいんですか?」
「もちろん」
嬉しい気遣いに心が安堵するように肩の力が抜けていく。アルコールで少しふわっとした頭をちゃんとするのに水はちょうどいい。明日にお酒を残さないためにも早めに酔いを醒ましておきたいから。
「ありがとうございます。――秋月さんって本当に気が利きますね」
受け取った水は冷たくて、だけど気遣いのお陰で少し温かく感じて、気づけば私は笑っていた。
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