わがまま秘書は冷徹社長の独占愛に溺れていく

椿綾あこ

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11 戸惑いと日常のはざまで

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 椛乃社長はそれから1時間もしない内に社を後にした。参列に向けての準備もあるだろうし、調べると飛行機の最終便は満席で空きがない。つまり今日は泊まりになる。その準備だってあるだろう。

 よろしくね茉乃ちゃん。久世社長に全部任せて大丈夫だから。
 
 帰る前に椛乃社長はそう繰り返した。前から思ってたけど、椛乃社長は久世社長のことをかなり信頼している。だからこそ今回も久世社長に任せることにしたのだろう。そうじゃないと大事な商談を任せたりしない。

「お待たせしました」
「いえ、こちらこそわざわざありがとうございます」

 2時15分。商談までの1時間を切った頃、見慣れたLUNARIAの社用車が目の前で止まる。運転席から秋月さんが出てくれば軽い会釈を。わざわざ迎えに来てくれたことにお礼を告げる。

 秋月さんが後部座席のドアをあければ、当たり前だがそこには久世社長がいた。

「……お世話になっております。本日はよろしくお願いいたします」
「ああ」

 こんな緊急事態にも関わらず、久世社長の横顔が視界に入りこむと、心臓の辺りがやっぱり騒めくと同時に思わず警戒してしまう。

 あのキス以来、久世社長の顔を直接見るのは今日が初めて。……やっぱり画面越しで見るより、直接みた方が久世社長の見た目は整っている気がする。

 今日の久世社長はチャコールグレーのスーツに、同系色のシャツとネクタイ。無駄のない装いなのに、どこか艶やかで目が離せない。左手の腕時計すら、選び抜かれたような品格をまとっている。

 ただ座っているだけなのに、空気が張り詰める。もし立ち上がったら、この部屋の空気ごと支配されそうで――自然と、息を呑んだ。
 
 一方の私はとろみのあるベージュのブラウスに、同じ色味のフレアスカートを合わせた。重要な商談の同行なので、甘さは控えめに。アクセサリーも小ぶりなものだし、足元のヒールもいつもより低くしている。

 髪は軽く巻いて、今日はハーフアップ。顔周りがすっきりして、ピアスもきれいに映る。メイクはいつもより控えめなピンクベージュ。でも、リップだけは少しツヤを足しておいた。あくまで“上品に”。だけど“ちゃんと綺麗に”。

 久世社長はいつも通り、私を見た。服装を確認するかのように。その視線がいつもよりくすぐったい。

「どうした? 早く乗れ」
「はい、失礼いたします」

 控えめな声とともに車内へ。自然に久世社長の隣に座る形になれば緊張せざるを得ない。なんとなく気まずくてつい唇が勝手に動いた。

「本日は本当に……」
「九重社長から充分謝罪は受けている。これ以上は必要ない」

 だけど、今回の件を謝罪しようとした途端、ぴしゃりと遮られてしまう。こういうところ、ビジネスライクというか、効率的というか、冷たいというか――久世社長らしい。

「今日の君は座ってその場にいるだけでいい。話は全てこちらで進める」
「かしこまりました」

 さらに続いた淡々とした指示に頷くと同時に車が動きだす。
 少し動けば、すぐに触れてしまいそうな距離。身構えるように、膝の上のバッグと手土産の紙袋をぎゅっと握りしめた。

 無事に終わりますように、そう願いながら時折ちらっと久世社長へと視線を向けるが、商談先につくまで久世社長が私を見ることはなかった。
 
 
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