わがまま秘書は冷徹社長の独占愛に溺れていく

椿綾あこ

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29 幸せへのチケット

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 秋月さんがその長い脚を止めたのは、会場を出てすぐだった。だけど、扉の陰に隠れるように感じで、行き交う人の視線を遮ることができる位置。

「あの……なにか」

 パーティーの最中に私だけ呼び出すなんてちょっと予想外。不思議に思って首を傾げて、久世社長と変わらない背丈のイケメン秘書を見上げる。

 すると秋月さんはまず「すみません」と一言謝罪の言葉を私に向けた。それから、胸ポケットの中から何かを取り出す。何だろうとますます首を傾げると、質のいいスーツの胸ポケットの中から現れたのは一枚のカードキーだった。

「こちら、久世からです」
「――へ?」

 聞き間違えだろうかと今度は目を丸くする。自然と視線が下がり、まるで受け取れと言わんばかりに差し出されたカードキーをまじまじと見つめる。

 光沢のあるブラウンにゴールドでホテルの名前が刻まれている。これは間違いなく、このホテルのカードキー。どうして、秋月さんが? いや、それよりどうして――。

「1531号室です」
「え?」
「久世はもう少しここを離れられないので、先に行って待っていて欲しいとのことです」

 柔らかい、秋月さんの声とどこか人懐っこい笑顔。まるで業務連絡のようで、だけどどこか軽さもあって――だから耳を疑ってしまうのかもしれない。

「……どうして?」

 ようやく出た声は少し震えていたかもしれない。それに、頬がじわじわと熱くなって、恥ずかしい気持ちが込み上げてくる。

 秋月さんの言葉に嘘がないなら、このカードキーは久世社長からのメッセージだ。部屋に来いと。またいつもと同じ“一方的”なメッセージ。私の都合なんて全くお構いなしの、強引な冷徹社長。

 なのに――嬉しいと思ってしまう。ぎゅっと下唇を噛んでニヤケそうになるのを抑えて――それから秋月さんの整った顔を見上げた。

 久世社長からのメッセージを届けたのは目の前の秋月さん。私と久世社長の関係は誰も知らないはず……と思っていたのに。この感じ……秋月さんは知ってたんだ。私と久世社長のこと……。

「秘書は、社長のことなら何でも知ってますよ」

 女の子なら誰でもときめいちゃうような優しい顔で紡がれる落ち着いた、だけどちょっと自慢気な声。「どうぞ」と改めてカードキーを受け取るように促されると、私は指先を伸ばした。
 
 一枚の無機質なカード。だけど私にとっては幸せ行きのチケットに見えて、胸の奥が脈打つように鳴く。どうしようもなく……嬉しい。
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