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1章
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田淵はパソコン画面からおもむろに天井に向かって伸びをする。大きな収入のある田淵は、資金管理から生活用品のネット注文まで、全てを済ませるには長時間の操作であった。
一段落した時の伸びを終えると、タイミングよくインターフォンが鳴った。田淵はこの音が嫌いだ。生活用品までをネットで完結させている田淵にとって、配達に来る人間との接点さえ恐怖でしかなかった。ボックス配達に指定しているというのに、呼び出し音で連呼され、急かされる。
緩慢な動きでモニター画面をつける。
しかし、やはり身に覚えがない。というのも、田淵は生活のほとんどをネットで済ませているので、大まかではあるが配達業者を網羅している自負があったからだ。モニターに映る男の制服を確認して、さらに猜疑心が生まれる。
——全く知らない、見たこともない制服だ。
帽子を深くを被って、鐔の影に顔を隠すように俯くアルバイトであろう若い男。自身とは違って長身であるのに自信なさげに見えた田淵は、誠に勝手ながら彼に近しい感情を起こす。同類かもしれない、と。
再度インターフォンが鳴ったところで、独り善がりの思考を取り払う。どうやら、諦めることはしないらしい。
常に在宅であることの情報共有はなされているようだった。
しかし、こちらもボックス配達以外の配達物に身に覚えがないので、玄関のドアを開けることを躊躇い、受話器を取って「す、すみま、せんっ! えと、・・・・・・おそら、く、間違えてると、思います……」となんとか言葉にした。これでも意を決した発語だ。
田淵の弱気な声が彼に届いて、帽子がぴくりと揺れ動く。
「あ、こんにちは! こちら田淵様のお荷物となっておりますが、身に覚えないでしょうか?」
内気だと決め付けていただけに、彼の伸び伸びとした声色はやけに田淵の罪悪感を煽った。
名前の相違がないので、そうだと応答すると、「中身の確認後、それでも見に覚えがなければこちらで引き取りますので、一旦受け取って確認お願いしてもよろしいでしょうか」と返答がきた。
つまり、必ずドアを開けなければならないということだ。
受取と配達の間での:齟齬(そご)は稀に起こるが、自分の物でないなら受取拒否をすればいいだけのことだ。それを自身に言い聞かせて反芻させて、画面を切って前髪をもっさりと後ろからも用意し、マスクを装着した。
そして、これから生死の瀬戸際に立つ武士の武者震いに似た震えを伴いながら、ずんずんと廊下を渡りきり生唾を飲む。
——モニター越しでは分からなかった彼の詳細が明るみになる。
「あ、田淵様でお間違いないですか?」
社交性しかないスマイリーな表情でこちらを窺ってくる。疑いようもない程善意しか感じられないのがまた怖い。田淵の目元を覆う前髪の割れ目から木漏れ日のような眩しさに眼をかすめて、彼の問いに頷いた。
「玄関までお持ちしますよ」彼はそう言って、段ボール箱を見つめた田淵の読心した。配達の兄ちゃんは存外、誰でも優しいが、彼は別格だ。
彼はいった。「中身確認して身に覚えなかったら、このまま俺が持っていきますので、ついでに開けちゃいましょうか?」。
さりげない優しさに、思わず「……お願いします」と言葉が出る。スムーズな対応に徐々に不安が薄れていくのは至極当然であった。
それから、彼の動きから視線を逸らす余裕が出た頃、息を飲む音がした。
「ど、どう、されました?」
「・・・・・・これは、ちょっと」
玄関先で急に背を向けて 背を向けた兄ちゃんはこちらを見ること無く、「――大丈夫です。おそらく田淵様のお荷物でないことだけは確かなんで、このまま持ち帰ります」とダンボールを閉めようとした。
——白濁としていて、粘着質のありそうな——。
彼との距離が近いままで、見えてしまった。
田淵がそれを見て絶句したじろげば、「すいません!! 見えてしまいましたか!!」と慌ててダンボールを閉める。
田淵の家の中の写真が多数、その上にあからさまな白濁を吐き捨て送りつけた奴がいるらしい。
「すぐ持ち帰るんで大丈夫ですよ。これは責任持って処分させていただきます。……それで、これの対応どうされますか? すぐに聞くのは心苦しいですが、犯人探しは、なさいますか? 送り主が不明なので履歴を辿らなくてはいけませんが」なるべくダンボールを目に触れさせないように抱え込んでくれている。
彼の言葉に、すぐに反応することはできなかった。
引きこもりに磨きをかけている田淵にとって、事情聴取や被害届を出すまでの一連の社会的なスキルを要するような行動は、もはや彼の抱える悪戯以上にストレスだ。
犯人探しが億劫で、「だ、だいじょ、ぶ、です」と何とか返した。
しかし、恐怖に尾ひれがついたまま、ある一定期間を過ごさなければならないということは動悸が速くなる今でさえ理解できてしまう。
一段落した時の伸びを終えると、タイミングよくインターフォンが鳴った。田淵はこの音が嫌いだ。生活用品までをネットで完結させている田淵にとって、配達に来る人間との接点さえ恐怖でしかなかった。ボックス配達に指定しているというのに、呼び出し音で連呼され、急かされる。
緩慢な動きでモニター画面をつける。
しかし、やはり身に覚えがない。というのも、田淵は生活のほとんどをネットで済ませているので、大まかではあるが配達業者を網羅している自負があったからだ。モニターに映る男の制服を確認して、さらに猜疑心が生まれる。
——全く知らない、見たこともない制服だ。
帽子を深くを被って、鐔の影に顔を隠すように俯くアルバイトであろう若い男。自身とは違って長身であるのに自信なさげに見えた田淵は、誠に勝手ながら彼に近しい感情を起こす。同類かもしれない、と。
再度インターフォンが鳴ったところで、独り善がりの思考を取り払う。どうやら、諦めることはしないらしい。
常に在宅であることの情報共有はなされているようだった。
しかし、こちらもボックス配達以外の配達物に身に覚えがないので、玄関のドアを開けることを躊躇い、受話器を取って「す、すみま、せんっ! えと、・・・・・・おそら、く、間違えてると、思います……」となんとか言葉にした。これでも意を決した発語だ。
田淵の弱気な声が彼に届いて、帽子がぴくりと揺れ動く。
「あ、こんにちは! こちら田淵様のお荷物となっておりますが、身に覚えないでしょうか?」
内気だと決め付けていただけに、彼の伸び伸びとした声色はやけに田淵の罪悪感を煽った。
名前の相違がないので、そうだと応答すると、「中身の確認後、それでも見に覚えがなければこちらで引き取りますので、一旦受け取って確認お願いしてもよろしいでしょうか」と返答がきた。
つまり、必ずドアを開けなければならないということだ。
受取と配達の間での:齟齬(そご)は稀に起こるが、自分の物でないなら受取拒否をすればいいだけのことだ。それを自身に言い聞かせて反芻させて、画面を切って前髪をもっさりと後ろからも用意し、マスクを装着した。
そして、これから生死の瀬戸際に立つ武士の武者震いに似た震えを伴いながら、ずんずんと廊下を渡りきり生唾を飲む。
——モニター越しでは分からなかった彼の詳細が明るみになる。
「あ、田淵様でお間違いないですか?」
社交性しかないスマイリーな表情でこちらを窺ってくる。疑いようもない程善意しか感じられないのがまた怖い。田淵の目元を覆う前髪の割れ目から木漏れ日のような眩しさに眼をかすめて、彼の問いに頷いた。
「玄関までお持ちしますよ」彼はそう言って、段ボール箱を見つめた田淵の読心した。配達の兄ちゃんは存外、誰でも優しいが、彼は別格だ。
彼はいった。「中身確認して身に覚えなかったら、このまま俺が持っていきますので、ついでに開けちゃいましょうか?」。
さりげない優しさに、思わず「……お願いします」と言葉が出る。スムーズな対応に徐々に不安が薄れていくのは至極当然であった。
それから、彼の動きから視線を逸らす余裕が出た頃、息を飲む音がした。
「ど、どう、されました?」
「・・・・・・これは、ちょっと」
玄関先で急に背を向けて 背を向けた兄ちゃんはこちらを見ること無く、「――大丈夫です。おそらく田淵様のお荷物でないことだけは確かなんで、このまま持ち帰ります」とダンボールを閉めようとした。
——白濁としていて、粘着質のありそうな——。
彼との距離が近いままで、見えてしまった。
田淵がそれを見て絶句したじろげば、「すいません!! 見えてしまいましたか!!」と慌ててダンボールを閉める。
田淵の家の中の写真が多数、その上にあからさまな白濁を吐き捨て送りつけた奴がいるらしい。
「すぐ持ち帰るんで大丈夫ですよ。これは責任持って処分させていただきます。……それで、これの対応どうされますか? すぐに聞くのは心苦しいですが、犯人探しは、なさいますか? 送り主が不明なので履歴を辿らなくてはいけませんが」なるべくダンボールを目に触れさせないように抱え込んでくれている。
彼の言葉に、すぐに反応することはできなかった。
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犯人探しが億劫で、「だ、だいじょ、ぶ、です」と何とか返した。
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