世間は狭いらしいので、いつでも鷲掴みすることにした

ゴンザレス

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1章

20――黒田――

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 自分よりも幾分も小さい男が裕子を「お義母さん」と呼ぶので、例の大学生の息子のことだと察しがついた。無尽蔵に迷惑を振りまく毒親に、コイツも汚染されているらしい。
 
 直接一瞥してやろうと、男と視線が合うまで待ってみる。しかし、全く一致しない視線。ただの人見知りな上に、親のまんまでぬくぬくと育っているらしい。

 「この子、未だに人が苦手らしくて、母親の私ですら、お義母さんなんてそうそう呼んでもらえないのよ」と毒親が唯一の青息吐息をついた。
 
 あの毒親が手こずらせているのが面白く、人見知りで目線さえ合わない男に煽りを入れたいくらいであった。
 男はすぐに毒親を置いて去って行ったが。

 「連絡先あげるわ」と紙切れを黒田に渡した毒親は男を追い去って行く。それを細切れ並に破り捨てたかったが、堪えて思考を巡らせる。
 あの男は毒親を未だに警戒しているかもしれない、そう考えた黒田は、今手にする紙切れを捨てるのは憚られた。

 直接介入するまでその男に義理はないが、最悪、保護するべき対象であることも危惧に入れてしまっていた。
 その時点で男が好きだったのだと、気付くのはそう遠くない。

 それから割と早いうちに息子が自立し勝手に出て行ったと相談の連絡が入る。もちろん、毒親からだ。
 黒田には男が一人立ちしたことは入ってきていたので、茶番に付き合う面持ちで話を聞いてみる。黒田の父の訃報と比べれば微々たるものだが、毒親の凶報には嬉々とせざるを得ない。ニタリとしても見られないのが通話のいいところだ。

 聞けば、毒親は息子に大学まで行かせた金を返せと迫ったらしい。なんでも、男はPC弄りを得意としており、高校の頃からそれで金を貯め込んでいる事を毒親は把握済みだったのだ。銭ゲバもいいとこである。

 だが、不意に実家に戻ったとなれば、詳細の話は毒親から聞く方が確かである。不本意だが、この繋がりを断ち切るには至らず何年もの月日が流れる。

 ある日、「1千万の足を揃えて現金で渡してきた」との連絡が毒親から寄越してくる。
 さらに、息子からは感謝の類を述べてきたのだと声を弾ませる。
 
 それを聞いて、毒親の心の機微をまるで理解していないのは通常運転らしかった。

 毒親は続けていう。「お世話になりました、って言われても手のかからない息子の面倒を見たのはほんの10年程よ」。

(それ、蒸発しますよって言われてんの気づかないあたり、やっぱ、目先のことばかりを追い求めるせいだな)

「——ようやく、か」
「え?」
「いえ。それは良かったですね」
「ええ、ホントいい息子だわ。両親思いの良い子」

 黒田は通話を切ると、ほくそ笑む。「願ってもないチャンスがきた」。

 黒田の予測通り、連絡が取れなくなったと毒親から相談が入った。しかも、黒田の力を使って欲しいとまで図々しく頼んできたのだ。憎々しさを堪えて、黒田の描くシナリオ通りにセリフを読んでいく。「俺も本家には関与させてくれないので、俺ができる範囲で探してみます。この間顔も見たし、見つかればすぐ分かるかと。ただ、見つからない場合もありますので」。

「もし、遅いと感じるのであれば、本家の方に直接連絡されると良いでしょう」

(できるのなら、だけど)

「……いえ、それでお願いするわ」

 黒田をかなぐり捨てた女に、今更本家が協力することは点とちがひっくり返る程あり得ない話だ。毒親も流石に黒田の話にぐうの音も出さなかった。
 
 全ては、男を守るためだ。

 その頃だ、内部からの破滅を目論んでいた黒田は、いつしか、「ヒロキ」と接触するためだけに土台となる知識や環境作りに励んでいた。

 毒親からの捜索の催促もあれど、「経営者としての勉強もさせてもらえるようなった」と言えば、声色を変えて喜ぶ。
 「それじゃあ本家の人たちにお願いできるわね」と図々しさだけを口にするのだ。

 さしずめ、男の心配というよりは、金目当てだろう。

 だから、男の所在を掴んでいても、接触をすることを堪えた。自分が自由に動ける大学生になるまでは、見守ることに徹した。
 どうか、毒親が黒田を介さずして捜索に出ない事を願いながら。

 準備というのは、どこまで行っても不十分に思えてしまうのが、完璧主義の黒田には辛かった。二人で住む場所は狭すぎても良くないし、広すぎても威圧的に感じさせてしまうので、いい塩梅の場所はどこがいいか。どうやって男をあのマンションから外へ連れ出すのが、一番スムーズか。
 綿密に立てられた計画が完成する頃、黒田は大学院生になっていた——。

 その間、黒田グループが黒田を差し置いて男を探していないのを見る限り、毒親は直接請求できなかったとみた。己がした過ちくらいは理解しているらしい。
 
 ——そして、存在しない配達員に成りすました黒田は、深く帽子を被り田淵の自宅のインターホンを鳴らす——。

(マンションの一部屋をもらう代わりに、黒田グループの跡取りの隠蔽が条件だったけど、全然惜しくなかったな。あれだけ復讐に燃えてたのに……)

 暫時、無音だ。しかし、男は応答する。必ず。
 なぜなら、常に家に居ることくらい、朝飯前の情報なのだから。

 「す、すみま、せんっ! えと、・・・・・・おそら、く、間違えてると、思います……」と待ち望んだ田淵の声がする。

(俺は俺のできる範囲で、手に入れる。あんな女のやり方とは違うやり方で)

 そのために、何年もの時間をかけて準備をしてきたのだから。

 「あ、こんにちは! こちら田淵様のお荷物となっておりますが、身に覚えないでしょうか?」黒田は鍔の影に隠れてニヒルな笑みを溢す。
 
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