追放呪術師と吸血鬼の冒険譚

夜桜

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4 吸血鬼との衝撃的な出会い

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「ふーむ。こちらから直接飛ばしての攻撃は久々だから、少し感覚が鈍っているな」

 森に入って二時間ほどが過ぎた頃。魔物を一体殺した後、その場で大火力の『炎開』で死体を爆裂することで大きな音を響かせて、意図的に他の魔物を呼び寄せた。
 やってきた数は二十弱。どれもユウナより大きな体をしているが、大した脅威では無かった。

 動けない、故に避けられない。そんな縛りを課してどう戦えばいいのかは、とっくに模索済み。避けられないなら、攻撃を使って防御すればいい。
 『捌解』は単発攻撃ではなく、自分の意思で一度に浴びせられる斬撃の数を調整できる。上手く設定すれば、魔物が完全に細切れになるか呪力が尽きるまで、永遠に斬撃を浴びせ続けることだってできる。それをすると呪力をやたらと食うので、使う機会はあまりないが。

 それで取った行動は、自分自身から直接攻撃を飛ばすという方法だった。
 ここのところずっとこの手段を封じて、攻撃対象のすぐそばで捌解を起動させていたので、ようやく周りへの被害を気にせずにいられる環境になったのだからと、封印同然だったそれを解禁して使ったのだ。

 その結果、一年近くそれを使うことが無かったが故に、余計なものまで切ってしまっていた。頭を切り落とすだけだったつもりが地面ごと抉ったり、一体だけを縦に両断したと思ったら勢い余って後方にいたもう一体まで切ってしまった。
 たった一年使わなかっただけでこんなになるとは、思いもしなかった。

 幸い魔物は山ほどいる。魔物は倒すべき存在なので、いくら倒しても文句は言われない。同業者からは自分たちの分も残しておけと言われそうだが。

「まあいいだろう。魔物を殺していればまた感覚を取り戻す。さて、他にいないだろうか」

 見るも無残な魔物の肉塊を一瞥した後、練習相手となる魔物を探そうと一歩踏み出す。
 その時、後ろの茂みから何かが動く気配がして、恐ろしい存在感をそこから感じる。それが人のものとは思えない感じがして、このまま放置すると殺されるような気がして、反射的に振り返りながら捌解を腕の振りに合わせて放つ。

「あ」

 人ではなく恐ろしい存在感。膨れ上がった死への恐怖心。それを感じたからか無意識のうちそれを薙ぎ払うようにに、かなりの威力と範囲の捌解を放ってしまった。
 あぶり出すために一太刀のつもりが、十二個もの斬撃がいっぺんに放たれる。

 地面に十二の斬撃痕が深々と刻まれ、直線状にあった木が切り分けられて地面に落ちる。
 反射的とはいえこんな被害を出してしまったことを後悔と反省しながら、印を結んですぐに捌解と炎開を叩き込めるように構える。

「いやー、いきなり攻撃を仕掛けてくるとは思いもしなかったよ」

 妙に明るい声で茂みから出てきたのは、痛々しいほど深い切り傷を負った一人の金髪の少女だった。
 顔の半分は切り落とされており、左肩口からの傷は腹部までざっくりと切られてぶら下がっており、普通だったら即死するような傷だ。

 そんな傷を負っているというのに、その少女が何故かぴんぴんしている。
 ユウナは何故と首を傾げそうになるが、人の姿をしていながら不死性を持つ存在は広い世界といえど一つしかない。

「……お前、吸血鬼か?」
「せいかーい。ちょっと待っててね。なんか傷の再生が上手くいかないから、少し時間かかるかも」

 吸血鬼は、別名月夜の支配者と呼ばれる、名前の通り血を吸う人の姿をした存在だ。
 人外の膂力に人外の魔力を持ち、並みの吸血鬼ですらそれなりに上位の冒険者でなければ対等に渡り合うこともできない。

 ただ彼らには欠点があり、それは太陽の下を歩けないということだ。吸血鬼が太陽の光を浴びると、瞬く間に焼け焦げて灰になって消えてしまう。
 普通だったらそうなのだが、戸惑いながら傷を修復している吸血鬼は思い切り日の光を浴びていながらも、普通に生きている。体が焼ける様子も何も無い。

「ねえ、君どうやってわたしを攻撃したの? 傷が上手くくっつかないんだけど」

 見た目だけは元通りになったが、切られた部分からはじわりと血が滲んでいる。
 一瞬で魅了されてしまいそうなほど美しい顔に、異性を虜にするためにあると言わんばかりの見事なスタイルをしているが、服や肌に滲んでいる血のせいで台無しになっている。

「どうやってと言われても、ただ俺の呪術で切っただけだが」
「それだけだったらこんな苦労しないよ。他に何かやったんでしょ? こうしてあなたの前にいるとはいえ一回殺されているんだから、責任取って全部吐きなさい」

 だんだん修復されていっているのか、滲んでいる血がほんの少しずつ消えていく。
 その顔は、いきなり攻撃されたことに対しての怒りの感情があらわになっているのだが、不思議とあまり怖くない。

「……待て、一回殺されている・・・・・・? 吸血鬼は不死身じゃなかったのか?」

 不死身のはずの吸血鬼が、『一回殺されている』と発言した。どんな攻撃を受けても必ず復活するから不死身だという認識であるため、その言葉が理解できなかった。

「勘違いされているみたいだけど、吸血鬼の不死性って常に世界倉庫って場所に保存してある肉体情報を現実世界に反映させているだけで、肉体的には殺せるのよ? だから体が殺されても魂は無事なら死なないし、バックアップをとってあるから生き返るのに一秒もかからないの」

 腰に手を当てて説明をする吸血鬼の少女。一つ一つの仕草が、どうしても魅力的に見えてしまい、鼓動が少し早くなる。

「それで、どうやってわたしを攻撃したの? 世界倉庫に保存してあるわたしの肉体情報まで壊されていたんだけど」

 ずいっと詰め寄る吸血鬼。血の匂いはせず、ほのかに甘い香りがする。それはあまりにも刺激的で、魅了されそうになってしまう。

「だから、俺の呪術で切っただけだ。こんな風に」

 そう言って左腕の人差し指を軽く動かして捌解を起動し、近くにある木を真ん中から綺麗に縦に両断する。
 大きな動作も呪文の詠唱も無く呪術を起動させたことに驚いた吸血鬼は、軽い足取りで縦に両断された木に近寄り、その断面をまじまじと見る。

「……これ、切られた部分が概念的に死んでいる。今の術には死を付与するような式は組まれていなかったのに、どういうこと?」

 ささくれすらもない綺麗な断面に指を這わせながら、ぶつぶつと呟く。

「あー……、なんだ。その、俺はいきなりお前に攻撃を仕掛けてしまった。不死の存在であることにこれほど感謝したことはないが、お前を一度殺したことは事実だ。当然、それ相応の責任は取らせてもらう」

 ぺたぺたと木の幹に触れ、断面だけで無く全体が概念的に死んでいる云々と言っている吸血鬼に、ユウナが申し訳なさそうに声をかける。
 声をかけられた吸血鬼はぱっとユウナの方を見ると近寄ってきて、紫紺の瞳を覗き込むようにじっと目を合わせる。

「殺したという責任を一生償えというのであればそれに従う。一生血液タンクとしてそばにいろと言われても、文句は言えない」
「別に、そこまでしてもらわなくてもいいんだけどね。わたし、血は飲まなくても平気だし。でも、そうだなぁ……」

 一歩だけ後ろに離れて顎にたおやかな指を当てて、同じところをしばらくうろうろと歩き回る。

「わたしは不死身なのに、一回でも殺したことに罪悪感を抱いているの?」

 歩き回るのを辞め、向かい合って聞く。

「一回でも殺したから罪悪感を抱いているんだ。それに、殺していなかったとしても攻撃して怪我を負わせたのも事実だ。自分のしでかした不祥事は、自分で誠意を以って償いをする。人として当然だ」
「ふーん。吸血鬼わたしたちには無いことだね」

 ユウナの言葉を聞いて面白そうに笑みを浮かべてから、もう一度紫紺の瞳を覗き込むように至近距離で目を合わせる。
 血色の瞳に見つめられ、体の自由が利かなくなる。

「なんでもってわけじゃ無いみたいだけど、あなたはわたしの要求を飲んでくれるの?」
「あぁ、飲む。誓縛呪術でも使えればよかったが、生憎生得呪術しか使えない身でな。そちらが誓約の魔術が使えるなら、そちらが俺に誓約をかけてもいい」

 誓縛、誓約の術は誓った内容を強制的に守らせる術だ。どちらも魂に刻み込む術なので、逆らおうものなら抗い難い苦痛を与えられる。

「そんなのしなくてもいいよ。そうねぇ、見た感じ冒険者っぽいし、わたしの手伝いをしてほしいかな。ちょっとあることしていてね、解決するまでわたしのそばにいること。それと、色々と興味を持ったから観察対象ね。オッケー?」
「あ、あぁ。それでいいなら、その要求を飲もう」
「ん、よろしい。わたしはシルヴィア・アルカード。知っての通り吸血鬼よ。あなたの名前は?」

 にこっと眩い笑顔を浮かべると、自己紹介して右手を差し出してくる。

「俺はユウナ・オーウェン。呪術師だ。よろしく頼む、アルカード」
「その呼び方は、あまり好きじゃ無いかな。シルヴィアでお願い。わたしもユウナって呼ぶから」
「……分かった。それじゃあ、よろしく頼む、シルヴィア」

 なんとも奇妙な出会いから、ユウナは吸血鬼の少女シルヴィアと共に行動することになった。
 この時ユウナは思いもしなかった。このあまりにも衝撃的な出会いをきっかけに、己の名前が広く知られることになるなどと。
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