2 / 9
第一巻
第1話 プロローグ 魔王現る
しおりを挟む
グシャッ。
地上数百メートルの高さから落下した俺が、最後に聞いたのは、
自分の体が地面に叩きつけられて、臓物をブチ撒けた音……のはずだった。
☆
その直前。
師走に入って間もなくのこと。
自分が関わった同人誌が出ないと知ったのは、夜中の牛丼屋でメシを食ってる最中だった。
「ふざくんなよッくしょ~~~~~~~!」
店を出てすぐ、同人作家・久我山晶はシャウトした。
店内で即叫ばなかったのは、わずかに残った自制心のおかげか。
有償のゲストだった。
だがギャラは払えねえと同人ゴロは言いやがった。
流行アニメの二次マンガを十数ページほど。
納品はとっくに済んでいる。
久我山が、借金返済やら機材を買おうと当て込んでいた金だった。
おまけに、参加する他のプロにも紹介してやるだの、商業の仕事を回してやるだの、今にして思えば甘言としか思えないようなプレミアム感満載の誘い文句で、――釣られた自分もアホだった。
普段はしがないフリーターの久我山でも、都会で何とか生きていけたのは、こうした雇われ同人作家の仕事をしていたからだ。
新規の客にはあんだけ注意しろ、って友人にも言われていたのに……。
あーあ。
こんなことばっかやってても名前は売れないし、もううんざりだ。
人生やりなおしてえなあ……。
「よう。俺と代わってくんねえか」
とぼとぼと久我山が夜道を歩いていると、見知らぬ男に声を掛けられた。
この寒空にアロハシャツ一枚でガードレールに腰掛けている。
(絶対ヤバイ人だこいつ……逃げよ)
「おい待てって! 久我山晶!」
「!」
男の前を通り過ぎて3メートルほど、彼はピタリと足を止め、錆びた機械のようにギギギ……と首を回した。
「あんた……誰」
男はまるで古風なヤクザのように、腰を落とし、左手を腰に、右手を前に差し出して見栄を切った。
「俺か? ――一応、魔王やらせてもらってます」
……なにそれ。
久我山晶と呼ばれた男は、コートのポケットをまさぐり、携帯を探した。
男が己の名前を知っている以上、ここで逃げても面倒事は解決しまい。
「ん~、信じてない? まあ、しゃあねえか」
彼は任侠的挨拶のポーズを解いて棒立ちになると、いい具合に街灯を浴びた男の容姿が浮かび上がった。
見た目アラサーのその男、何かで鍛えているのか体格はがっちりとしているが、顔や髪はチャラ目の、まあイケメンおっさんだ。しかしチンピラと言うには余裕、いや、威厳がありすぎる。
パチン。
男が指を鳴らした直後、それは起こった。
☆ ☆ ☆
……こ、ここは。
眼下に広がる美しい帝都の夜景。
ざっくり言って高さは300メートル以上あるだろう。
だって、東京タワーより上から見下ろしてるんだから。
自分と男は、宙に浮いていた、いや、立っていた。
「お、おい……なんだよこれ……」
こわいこわいこわいこわいこわいこわい。
あまりに怖くて立っていられず、久我山は四つん這いになった。
「そんなに怖いか? 安心しろ。落ちはしねえよ。今んとこはな」
男は足下をトントン、とつま先で叩いた。
まるで見えない地面があるみたいだ。
(こんなの夢に決まってる……、きっとヤケになった俺が見ている夢だ)
「夢じゃねえよ?」
「!?」
「なんで心の中が分かるのかって? だから言ったじゃん。俺、魔王だって」
「……マジ、なのか」
自称魔王は腰をかがめると、久我山に手を差し出した。
「さあ、立てよ晶。取引を始めよう」
手を取ると、魔王は晶を引き起こした。
「取引?」
「悪い話じゃあねえよ」
「みんな最初はそう言うんだよ」
吐き捨てるように晶は言った。
「まーまーまーまー。お前、騙されてタダ働きして色々イヤになってんだろ? だーかーらー」
「な、なんだよ。内臓でも売れってのかよ」
「ちげーよバカ」
いちいちイラっとさせる男、魔王。
「お前が俺の代わりに魔王になれ。俺がお前の代りやっといてやるから」
「は?!」
魔王はそう言いながら、久我山のコートのポケットに紙切れを突っ込んだ。
「あとは向こうで好きにしてくれればいい。その手紙を最初に会ったやつに渡せ」
向こうで好きにって……俺が魔王?
好きに?
好きにしていいの? あんなこととか? そんなこととか?
え? え?
脳内が一瞬でピンク色に染まった男、久我山晶。
だってしょうがないじゃない。そういうマンガ描いてたんだもの。
一瞬、魔王の口の端がつり上がったのを久我山は見逃さなかった。
「じゃ、商談成立ってことで」
「ちょっと、あの」
「たのしいぞ! あんなこととか、そんなこととか、存分にやってこーい! じゃーなー」
ドン。
魔王がいきなり彼をド突いた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
足場があったはずの空中に、久我山は放り出された。
地上数百メートルの高さから落下した俺が、最後に聞いたのは、
自分の体が地面に叩きつけられて、臓物をブチ撒けた音……のはずだった。
☆
その直前。
師走に入って間もなくのこと。
自分が関わった同人誌が出ないと知ったのは、夜中の牛丼屋でメシを食ってる最中だった。
「ふざくんなよッくしょ~~~~~~~!」
店を出てすぐ、同人作家・久我山晶はシャウトした。
店内で即叫ばなかったのは、わずかに残った自制心のおかげか。
有償のゲストだった。
だがギャラは払えねえと同人ゴロは言いやがった。
流行アニメの二次マンガを十数ページほど。
納品はとっくに済んでいる。
久我山が、借金返済やら機材を買おうと当て込んでいた金だった。
おまけに、参加する他のプロにも紹介してやるだの、商業の仕事を回してやるだの、今にして思えば甘言としか思えないようなプレミアム感満載の誘い文句で、――釣られた自分もアホだった。
普段はしがないフリーターの久我山でも、都会で何とか生きていけたのは、こうした雇われ同人作家の仕事をしていたからだ。
新規の客にはあんだけ注意しろ、って友人にも言われていたのに……。
あーあ。
こんなことばっかやってても名前は売れないし、もううんざりだ。
人生やりなおしてえなあ……。
「よう。俺と代わってくんねえか」
とぼとぼと久我山が夜道を歩いていると、見知らぬ男に声を掛けられた。
この寒空にアロハシャツ一枚でガードレールに腰掛けている。
(絶対ヤバイ人だこいつ……逃げよ)
「おい待てって! 久我山晶!」
「!」
男の前を通り過ぎて3メートルほど、彼はピタリと足を止め、錆びた機械のようにギギギ……と首を回した。
「あんた……誰」
男はまるで古風なヤクザのように、腰を落とし、左手を腰に、右手を前に差し出して見栄を切った。
「俺か? ――一応、魔王やらせてもらってます」
……なにそれ。
久我山晶と呼ばれた男は、コートのポケットをまさぐり、携帯を探した。
男が己の名前を知っている以上、ここで逃げても面倒事は解決しまい。
「ん~、信じてない? まあ、しゃあねえか」
彼は任侠的挨拶のポーズを解いて棒立ちになると、いい具合に街灯を浴びた男の容姿が浮かび上がった。
見た目アラサーのその男、何かで鍛えているのか体格はがっちりとしているが、顔や髪はチャラ目の、まあイケメンおっさんだ。しかしチンピラと言うには余裕、いや、威厳がありすぎる。
パチン。
男が指を鳴らした直後、それは起こった。
☆ ☆ ☆
……こ、ここは。
眼下に広がる美しい帝都の夜景。
ざっくり言って高さは300メートル以上あるだろう。
だって、東京タワーより上から見下ろしてるんだから。
自分と男は、宙に浮いていた、いや、立っていた。
「お、おい……なんだよこれ……」
こわいこわいこわいこわいこわいこわい。
あまりに怖くて立っていられず、久我山は四つん這いになった。
「そんなに怖いか? 安心しろ。落ちはしねえよ。今んとこはな」
男は足下をトントン、とつま先で叩いた。
まるで見えない地面があるみたいだ。
(こんなの夢に決まってる……、きっとヤケになった俺が見ている夢だ)
「夢じゃねえよ?」
「!?」
「なんで心の中が分かるのかって? だから言ったじゃん。俺、魔王だって」
「……マジ、なのか」
自称魔王は腰をかがめると、久我山に手を差し出した。
「さあ、立てよ晶。取引を始めよう」
手を取ると、魔王は晶を引き起こした。
「取引?」
「悪い話じゃあねえよ」
「みんな最初はそう言うんだよ」
吐き捨てるように晶は言った。
「まーまーまーまー。お前、騙されてタダ働きして色々イヤになってんだろ? だーかーらー」
「な、なんだよ。内臓でも売れってのかよ」
「ちげーよバカ」
いちいちイラっとさせる男、魔王。
「お前が俺の代わりに魔王になれ。俺がお前の代りやっといてやるから」
「は?!」
魔王はそう言いながら、久我山のコートのポケットに紙切れを突っ込んだ。
「あとは向こうで好きにしてくれればいい。その手紙を最初に会ったやつに渡せ」
向こうで好きにって……俺が魔王?
好きに?
好きにしていいの? あんなこととか? そんなこととか?
え? え?
脳内が一瞬でピンク色に染まった男、久我山晶。
だってしょうがないじゃない。そういうマンガ描いてたんだもの。
一瞬、魔王の口の端がつり上がったのを久我山は見逃さなかった。
「じゃ、商談成立ってことで」
「ちょっと、あの」
「たのしいぞ! あんなこととか、そんなこととか、存分にやってこーい! じゃーなー」
ドン。
魔王がいきなり彼をド突いた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
足場があったはずの空中に、久我山は放り出された。
0
あなたにおすすめの小説
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる