14 / 14
あおいろ ~茉莉~
しおりを挟む
激しい雨が続きましたが、まもなく梅雨明けの一声が聞こえてきそうです。
そこから10日間程は厳しい暑さになることでしょう。
夕暮れまではまだ少し時間があります。
朝から続いた激しい雨が上がり、灰色の雲が風に流され、やがて強い日差しが戻ってきました。
私が店の外の掃除を始めると、右手の道から茉莉さん、正面の路地からはミドルがのんびり歩いて来るのが見えました。
お二人はそれぞれ私に気づいたようですが、お互いの姿は見えていないようです。
「よう、マスター。やっと晴れたな。」
ミドルは私に声を掛けると軽く右手を挙げました。
その声で茉莉さんはミドルに気づいたようです。
「ミドルー!、マスター!」
そう叫びながら茉莉さんが駆けてきます。
お店の前でほんの少しの時間、それぞれが日暮れ間近の空に目を遣りました。
私が古びた木の扉を開けると
「う~ん!涼しいー」
と言って大きく息を吸い込みました。
ミドルはいつものカウンターの端に腰掛け、茉莉さんがその横に座ります。私がメニューをお渡しすると、茉莉さんは開くことなく
「私はクリームソーダお願いします。」
「あっ、じゃあ俺はコーヒーフロート。」
珍しくミドルはアイスコーヒーではありません。
「クリームソーダは何いろにしましょう?」
「ん、ん……? 色? 緑以外にもあるんですか?」
「ああ、マスターに好きな色を言えば、その通りの色のクリームソーダが出てくることになってる。緑でも黄色でも、きっと好きな色を作ってくれるはずだ。」
私は大きく頷きました。
茉莉さんは暫し考えたあと
「あおいろ!」
それはまるで小さな女の子のような元気のいい答えでした。そしてさらに続けます。
「さっきみんなで見た空みたいな色のクリームソーダお願いします。」
「茉莉さん、こいつは素敵な注文だぜ。素敵ってのは素晴らしすぎて、誰も茉莉さんには敵わないってことだ。」
難しいご注文に身構えた私は、ミドルに目配せをしました。
私とミドルはミカン星から来た宇宙人同士です。地球人にはわからない無言会話術を使ってミドルの頭に浮かんだレシピを聞き取ります。
ミドルか地球に来てからの職歴にはバーテンダーと書いてある時期もありました。
ふむふむ、これなら私にも出来そうです。
「茉莉さん、どうやら素敵なクリームソーダができそうだぜ。ここは、コーヒーも美味いが、レモンスカッシュが絶品なんだ。」
「そうなんですね。楽しみです。」
私はミドルからの無言会話術に従って、カクテル用のシェイカーを用意します。
「この店は、何年か前まで夜はバータイムがあってお酒を出していたんだよ。その名残で今でもあの扉がついた棚にはお酒が並んでるんだ。茉莉さんはお酒飲むの?」
「サングリアとか飲みますよ」
静かな店内にシェイカーを振る音が響きます。
細長いグラス
シェイカーからこぼれる青い液体
そこに炭酸水を注いで軽くかき混ぜます。
「わっ、あおいろだ!」
私は更に石榴を煮詰めて作ったシロップを沈めてから、自家製のミルクアイスクリームを乗せ、さくらんぼ、ミントの葉、ライムスライスを飾ります。
「茉莉さん、大変お待たせしました。夕暮れ空のクリームソーダです。そのまま召し上がっても、スプーンで混ぜてからでも、お気のままに。」
「夕暮れ……空。さっきみんなで見た夕暮れ空。」
茉莉さんはグラスを見てから振り返って窓の外を眺めました。
すでに空は昼の青でもなく、日暮れの赤でもありません。
刻々と空は色を変えています。
「混ぜた方がいいのかな?」
「下に沈んでるの赤いのは少々甘いから、夕暮れ空を眺めたら混ぜた方がいいな。スプーンで撫でるように優しく。」
「優しく。」
茉莉さんはスプーンを手に取り、静かに混ぜました。
するときれいに別れていた夕陽の色と青空の色が、ちょうど今頃の時間の空のような淡い紫に変わります。
「夜に変わった。そしてアイスクリームが雲の間から光だけこぼれる月みたいに見える」
「なあ、茉莉さん。いつだって天を仰げば空が見える。この星のどこにいても見える空は1つだ。晴れる日もある。雨の日もある。」
「朝もあれば、昼も夜もあるけど空は空なのよね?」
「ああ、そうだな。いつでも空は空なのに、絶えず表情を変えて同じ空は1つもない。今日の空を見ることは2度とないんだ。」
「一期一会なのね。あっ、アイスが溶けちゃう。マスター、ありがとう。いただきます。」
茉莉さんは、薄明のようなクリームソーダを一口飲むと
「美味しい。でも不思議。色のイメージとは違って柑橘系の爽やかな味なんですね。」
「きっと、きれいな青にしたくてブルーキュラソーってオレンジの皮を使ったリキュールを使ったんだろうな、それとグレープフルーツを搾ってた。」
私はミドルから送られたレシピにほんの少しアレンジを加えました。
レシピには搾ったレモンと書いてありましたが、グレープフルーツにしたのは、なんとなく、あのわずかな苦味が茉莉さんにお似合いだと思ったからです。
「ところでマスター、俺のコーヒーフロートまだ?」
あら、私としたことが……
すっかり忘れていました。
本日もご来店ありがとうございました。
それではまた……、ごきげんよう。
そこから10日間程は厳しい暑さになることでしょう。
夕暮れまではまだ少し時間があります。
朝から続いた激しい雨が上がり、灰色の雲が風に流され、やがて強い日差しが戻ってきました。
私が店の外の掃除を始めると、右手の道から茉莉さん、正面の路地からはミドルがのんびり歩いて来るのが見えました。
お二人はそれぞれ私に気づいたようですが、お互いの姿は見えていないようです。
「よう、マスター。やっと晴れたな。」
ミドルは私に声を掛けると軽く右手を挙げました。
その声で茉莉さんはミドルに気づいたようです。
「ミドルー!、マスター!」
そう叫びながら茉莉さんが駆けてきます。
お店の前でほんの少しの時間、それぞれが日暮れ間近の空に目を遣りました。
私が古びた木の扉を開けると
「う~ん!涼しいー」
と言って大きく息を吸い込みました。
ミドルはいつものカウンターの端に腰掛け、茉莉さんがその横に座ります。私がメニューをお渡しすると、茉莉さんは開くことなく
「私はクリームソーダお願いします。」
「あっ、じゃあ俺はコーヒーフロート。」
珍しくミドルはアイスコーヒーではありません。
「クリームソーダは何いろにしましょう?」
「ん、ん……? 色? 緑以外にもあるんですか?」
「ああ、マスターに好きな色を言えば、その通りの色のクリームソーダが出てくることになってる。緑でも黄色でも、きっと好きな色を作ってくれるはずだ。」
私は大きく頷きました。
茉莉さんは暫し考えたあと
「あおいろ!」
それはまるで小さな女の子のような元気のいい答えでした。そしてさらに続けます。
「さっきみんなで見た空みたいな色のクリームソーダお願いします。」
「茉莉さん、こいつは素敵な注文だぜ。素敵ってのは素晴らしすぎて、誰も茉莉さんには敵わないってことだ。」
難しいご注文に身構えた私は、ミドルに目配せをしました。
私とミドルはミカン星から来た宇宙人同士です。地球人にはわからない無言会話術を使ってミドルの頭に浮かんだレシピを聞き取ります。
ミドルか地球に来てからの職歴にはバーテンダーと書いてある時期もありました。
ふむふむ、これなら私にも出来そうです。
「茉莉さん、どうやら素敵なクリームソーダができそうだぜ。ここは、コーヒーも美味いが、レモンスカッシュが絶品なんだ。」
「そうなんですね。楽しみです。」
私はミドルからの無言会話術に従って、カクテル用のシェイカーを用意します。
「この店は、何年か前まで夜はバータイムがあってお酒を出していたんだよ。その名残で今でもあの扉がついた棚にはお酒が並んでるんだ。茉莉さんはお酒飲むの?」
「サングリアとか飲みますよ」
静かな店内にシェイカーを振る音が響きます。
細長いグラス
シェイカーからこぼれる青い液体
そこに炭酸水を注いで軽くかき混ぜます。
「わっ、あおいろだ!」
私は更に石榴を煮詰めて作ったシロップを沈めてから、自家製のミルクアイスクリームを乗せ、さくらんぼ、ミントの葉、ライムスライスを飾ります。
「茉莉さん、大変お待たせしました。夕暮れ空のクリームソーダです。そのまま召し上がっても、スプーンで混ぜてからでも、お気のままに。」
「夕暮れ……空。さっきみんなで見た夕暮れ空。」
茉莉さんはグラスを見てから振り返って窓の外を眺めました。
すでに空は昼の青でもなく、日暮れの赤でもありません。
刻々と空は色を変えています。
「混ぜた方がいいのかな?」
「下に沈んでるの赤いのは少々甘いから、夕暮れ空を眺めたら混ぜた方がいいな。スプーンで撫でるように優しく。」
「優しく。」
茉莉さんはスプーンを手に取り、静かに混ぜました。
するときれいに別れていた夕陽の色と青空の色が、ちょうど今頃の時間の空のような淡い紫に変わります。
「夜に変わった。そしてアイスクリームが雲の間から光だけこぼれる月みたいに見える」
「なあ、茉莉さん。いつだって天を仰げば空が見える。この星のどこにいても見える空は1つだ。晴れる日もある。雨の日もある。」
「朝もあれば、昼も夜もあるけど空は空なのよね?」
「ああ、そうだな。いつでも空は空なのに、絶えず表情を変えて同じ空は1つもない。今日の空を見ることは2度とないんだ。」
「一期一会なのね。あっ、アイスが溶けちゃう。マスター、ありがとう。いただきます。」
茉莉さんは、薄明のようなクリームソーダを一口飲むと
「美味しい。でも不思議。色のイメージとは違って柑橘系の爽やかな味なんですね。」
「きっと、きれいな青にしたくてブルーキュラソーってオレンジの皮を使ったリキュールを使ったんだろうな、それとグレープフルーツを搾ってた。」
私はミドルから送られたレシピにほんの少しアレンジを加えました。
レシピには搾ったレモンと書いてありましたが、グレープフルーツにしたのは、なんとなく、あのわずかな苦味が茉莉さんにお似合いだと思ったからです。
「ところでマスター、俺のコーヒーフロートまだ?」
あら、私としたことが……
すっかり忘れていました。
本日もご来店ありがとうございました。
それではまた……、ごきげんよう。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。


カラスは賢くて美しい鳥なのに
ゴミに群がってるイメージが悲しいですね
みかん星にもカラスはいるのかな?
カラスからすれば美食家なだけって返されそうです。笑 ふらっと寄ってコーヒーを飲みながら
ミドルの会話に耳を傾ける そんな午後を過ごしたいと思いました。
こっこさん、元気かい?
うまく乗り切ったみかん星人🍊🍊
登場人物のヒメさんがとってもチャーミング笑笑
二人のやりとりを聞きながらコーヒー飲みたいなぁ〜( ˘ω˘ )〜