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第十三話 不可思議な夢
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「番頭さん、おいのさんが来た後から苛立っているように見えたぜ。本人は隠してるつもりみてぇだけど」
「いや、それは知りませんでした。元より善太郎が欠落していたから、縁談はなかったことになっていたんだが、おいのさんの方が乗り気なら、きちんと断りを入れた方が良いね。私の方から岩喜屋さんに伝えておくから、心配しなくてもいいよ。善太郎」
「それなら良かった。これ以上、許嫁としての関わりは持ちたくない」
おいのという娘は、善太郎に相当な恋慕の情があったのかもしれない。一体どこから聞いたのか、家にまで来るのが早すぎる。しかも寅次が止めているのに、半ば強引に入ってきた様子だった。
彼女に恋慕の情があるのなら、下手なことをすれば傷つけてしまう。蒼介はひとまず安心したが、今度は寅次のことが気になって来た。
「寅次という男は、辞めてしまった手代の事も嫌っていたようだが」
「平太のことですか?」
「ああ。平太ってのはどんな男だった? 本人にも話を聞きたいんだが」
善右衛門は、冷めたお茶をひと啜りしてから口を開く。
「平太は甲斐国西山村の百姓の次男坊でして、ウチを辞めた後は実家がある西山村に帰ったはずです。性分としては、人当たりは良かったですよ。周りの者とも上手くやっていたように見えたんですがね。寅次とはそうではなかったようです」
疲れた様子でため息を吐いた。
「遠いな……さすがに話を聞きには行けないか」
「平太が、倅の欠落に関係があると……?」
善右衛門の顔つきが深刻になる。
「欠落前に揉めていたのが、寅次。その寅次と仲が悪いのが、平太という男だ。気にはなる。欠落とは関係ないかもしれないが、どこから繋がるかわからないからな」
「寅次をお疑いで……?」
善右衛門の顔色が悪くなってきた。蒼介は慌てて手を振って否定した。
「いや、そういうわけではないが……」
善右衛門は、寅次のことを随分と信頼しているようだ。猫背気味に丸まった姿が弱々しく見えた。
「というかよぉ、平太って男がなんかしたから嫌われたんじゃねぇのか? 寅次は番頭だろ。お店の金でもちょろまかしたんじゃないのかい?」
雪太郎が膝を打つ。
「よくある話だな」
蒼介が頷くと、善右衛門は首を振った。
「いえ。当時、寅次からそのような事は聞いていませんし、帳簿も問題ありませんでした」
「そうか。それだけ聞いていると、寅次は『俺』とも喧嘩をしているし、平太のことも嫌っている。おいのさんのことも良くは思っていないようだし、揉め事が多いように見えるが――同時に信頼もされているようだな」
善右衛門は「ええ、ええ。寅次は番頭という立場ですから店の者を叱ったりもしていますが、真面目な男なんです」と頷いている。
「なるほどねぇ。店での揉め事が欠落の原因とも限らねぇからな。外には兄貴だっているし、なんなら全く関係のねぇならず者に絡まれたって可能性もあるぜ。それか、痴情のもつれとかな」
雪太郎は天井を見上げた後に、ゆっくりとお茶を飲んだ。
痴情のもつれと聞いて、おいのの顔を思い浮かべる。色恋沙汰のことは置いておいて、話だけでも聞いた方が良さそうだ。気は進まないが。
「おとっつあんの土産の団子だが、皆で食べないか?」
蒼介は気分を変えようと、二人に声をかけた。紙で包まれた団子を出すと、「食べていなかったのかい?」と善右衛門が心配そうな声を上げた。
「夜に食べようと思って、取っておいたんだ」
「美味そうな団子だな。俺もいいのかい?」
「ああ。いつもの礼にもならないが」
体調を崩してから、雪太郎は色々と気にかけてくれた。遠い昔のように感じたが、ここに来てから数日も経っていない。この仕事が無事に終わったら、改めてお礼をするつもりだ。
茶介が土産の団子の匂いを嗅ぎつけのか、座敷に上がって来た。
「おっ、来たか。茶介にも分けてやろう」
蒼介がそう言うと、善右衛門は悲し気な表情を浮かべた後に微笑んだ。
その夜、蒼介は夢を見た。
豊島町の長屋に居ると、誰かが部屋の腰高障子を叩いてくる。客かと思い障子を開けると、目の前に自分に似た男が立っていた。小紋の着物と藍色の羽織。蒼介が善太郎のふりをするため、はじめに着た着物に似ていた。
……ああ、本物の善太郎だ。蒼介は思ったが、同時に違和感も感じた。なぜそう思ったのかは分からない。
善太郎は口をぱくぱくと開いている。微かな声がするが、何を言っているかは聞き取れなかった。
『今、どこにいる?』
心の中で問いかけた。
『生きているのか? もし、もうこの世にいないのなら……誰にやられたんだ?』
こちらの声は届いたのか、善太郎は苦悶の表情を浮かべ、必死に口を開く。しかし、やはり掠れた声がわずかに耳に届くだけだ。
『……ろ。……が、くる……』
かろうじて、そこだけ聞き取れた。
不可思議な夢を見てから数日が経った。
蒼介は善右衛門に頼み込んで、お店に出ていた。善太郎の夢が気になったからだ。
以前、善右衛門も善太郎の夢を見ている。『明日、店の前を通るから』と伝えた言葉を信じて、自分を見つけ出したのだ。
善右衛門にそう伝えると、神妙な顔をしながら頷いてくれた。
「もしも誰かが来るなら……やはり、善一郎か……」
独り言のように呟いている。
「いや、それは知りませんでした。元より善太郎が欠落していたから、縁談はなかったことになっていたんだが、おいのさんの方が乗り気なら、きちんと断りを入れた方が良いね。私の方から岩喜屋さんに伝えておくから、心配しなくてもいいよ。善太郎」
「それなら良かった。これ以上、許嫁としての関わりは持ちたくない」
おいのという娘は、善太郎に相当な恋慕の情があったのかもしれない。一体どこから聞いたのか、家にまで来るのが早すぎる。しかも寅次が止めているのに、半ば強引に入ってきた様子だった。
彼女に恋慕の情があるのなら、下手なことをすれば傷つけてしまう。蒼介はひとまず安心したが、今度は寅次のことが気になって来た。
「寅次という男は、辞めてしまった手代の事も嫌っていたようだが」
「平太のことですか?」
「ああ。平太ってのはどんな男だった? 本人にも話を聞きたいんだが」
善右衛門は、冷めたお茶をひと啜りしてから口を開く。
「平太は甲斐国西山村の百姓の次男坊でして、ウチを辞めた後は実家がある西山村に帰ったはずです。性分としては、人当たりは良かったですよ。周りの者とも上手くやっていたように見えたんですがね。寅次とはそうではなかったようです」
疲れた様子でため息を吐いた。
「遠いな……さすがに話を聞きには行けないか」
「平太が、倅の欠落に関係があると……?」
善右衛門の顔つきが深刻になる。
「欠落前に揉めていたのが、寅次。その寅次と仲が悪いのが、平太という男だ。気にはなる。欠落とは関係ないかもしれないが、どこから繋がるかわからないからな」
「寅次をお疑いで……?」
善右衛門の顔色が悪くなってきた。蒼介は慌てて手を振って否定した。
「いや、そういうわけではないが……」
善右衛門は、寅次のことを随分と信頼しているようだ。猫背気味に丸まった姿が弱々しく見えた。
「というかよぉ、平太って男がなんかしたから嫌われたんじゃねぇのか? 寅次は番頭だろ。お店の金でもちょろまかしたんじゃないのかい?」
雪太郎が膝を打つ。
「よくある話だな」
蒼介が頷くと、善右衛門は首を振った。
「いえ。当時、寅次からそのような事は聞いていませんし、帳簿も問題ありませんでした」
「そうか。それだけ聞いていると、寅次は『俺』とも喧嘩をしているし、平太のことも嫌っている。おいのさんのことも良くは思っていないようだし、揉め事が多いように見えるが――同時に信頼もされているようだな」
善右衛門は「ええ、ええ。寅次は番頭という立場ですから店の者を叱ったりもしていますが、真面目な男なんです」と頷いている。
「なるほどねぇ。店での揉め事が欠落の原因とも限らねぇからな。外には兄貴だっているし、なんなら全く関係のねぇならず者に絡まれたって可能性もあるぜ。それか、痴情のもつれとかな」
雪太郎は天井を見上げた後に、ゆっくりとお茶を飲んだ。
痴情のもつれと聞いて、おいのの顔を思い浮かべる。色恋沙汰のことは置いておいて、話だけでも聞いた方が良さそうだ。気は進まないが。
「おとっつあんの土産の団子だが、皆で食べないか?」
蒼介は気分を変えようと、二人に声をかけた。紙で包まれた団子を出すと、「食べていなかったのかい?」と善右衛門が心配そうな声を上げた。
「夜に食べようと思って、取っておいたんだ」
「美味そうな団子だな。俺もいいのかい?」
「ああ。いつもの礼にもならないが」
体調を崩してから、雪太郎は色々と気にかけてくれた。遠い昔のように感じたが、ここに来てから数日も経っていない。この仕事が無事に終わったら、改めてお礼をするつもりだ。
茶介が土産の団子の匂いを嗅ぎつけのか、座敷に上がって来た。
「おっ、来たか。茶介にも分けてやろう」
蒼介がそう言うと、善右衛門は悲し気な表情を浮かべた後に微笑んだ。
その夜、蒼介は夢を見た。
豊島町の長屋に居ると、誰かが部屋の腰高障子を叩いてくる。客かと思い障子を開けると、目の前に自分に似た男が立っていた。小紋の着物と藍色の羽織。蒼介が善太郎のふりをするため、はじめに着た着物に似ていた。
……ああ、本物の善太郎だ。蒼介は思ったが、同時に違和感も感じた。なぜそう思ったのかは分からない。
善太郎は口をぱくぱくと開いている。微かな声がするが、何を言っているかは聞き取れなかった。
『今、どこにいる?』
心の中で問いかけた。
『生きているのか? もし、もうこの世にいないのなら……誰にやられたんだ?』
こちらの声は届いたのか、善太郎は苦悶の表情を浮かべ、必死に口を開く。しかし、やはり掠れた声がわずかに耳に届くだけだ。
『……ろ。……が、くる……』
かろうじて、そこだけ聞き取れた。
不可思議な夢を見てから数日が経った。
蒼介は善右衛門に頼み込んで、お店に出ていた。善太郎の夢が気になったからだ。
以前、善右衛門も善太郎の夢を見ている。『明日、店の前を通るから』と伝えた言葉を信じて、自分を見つけ出したのだ。
善右衛門にそう伝えると、神妙な顔をしながら頷いてくれた。
「もしも誰かが来るなら……やはり、善一郎か……」
独り言のように呟いている。
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