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第二部 二章 新たな仲間、新たな岐路
暴かれる奇跡の執行者
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「それはどういう……否、承知した」
事態の深刻さを理解していた初音は議論を後回しにすると、自身のやるべき時に備えて集中力を研ぎ澄ます。
そう、だからこそ頼りにするのだ。
この柔軟な思考こそ、初音の真骨頂。
「そして、アンタにも聞こえてるんだろ?
階下から押し寄せる足音が!」
ドタドタと古めかしい踏板を鳴らして駆け上がる音は10や20ではなく、川沿いに面した宿部屋は瞬く間に息巻く男達で溢れた。
中には刺股や短槍で武装した者もおり、特に面目を潰され続けてきた町役人は怒り心頭といった感じで、捕縛よりも殺す事に主眼を置いているのではと思う程。
「ようやっと追い詰めたぞ!
お前の首を五十鈴川に晒してやる!」
物騒極まりない台詞に彼らの心情が見て取れる。
更には、表に控えていた愚連隊の面々まで駆けつけ、階段から廊下まで蟻の這い出る隙間もなく埋め尽くす。
だが、殺伐とした集団の中に見知った顔が混じっているのに気づくと、俺は思わず声を上げてしまった。
「お江さん!? それにお鈴ちゃんまで!
危ないから下がっててください!」
「そうもいかないのさ!
森田屋はアタイらの家、おはらい町を訪れる旅人の家なんだ! そこで好き勝手する奴は誰だろうと容赦しないよ!」
一気呵成に啖呵を切ったお江さん。
どうやら物々しい喧騒によって眠っていたヤンキー魂が触発され、宿を守る使命感と相まって黙っていられなかったのだろう。
それは傍らで震えるお鈴ちゃんも同様で、小さな手に杓文字を持って闘う気概を示す。
「わた、私も…た、たたたかえ…まふ!」
「お鈴! お主、このような所にまで…」
無茶な行動に走った友人に歯噛みする初音だったが、内心では俺も焦りつつあった。
宿部屋をリングに見立ててゴえもんとの決戦に臨むつもりが、観客である森田屋の人達が入り込んでしまった為に、思いきった手段が打てなくなってしまったのだ。
「おやおや~、難しい局面だねぇ?
ほら、ボッとしてないで考えて考えて。
それが旦那の取り柄だもんなぁ?」
見え透いた挑発。
ところが、その効果は思わぬ方向で発揮してしまう。
「この野郎!
アニキにナメた口利いてんじゃねぇ!」
「待…!」
俺が口を開くよりも早く飛び出した万治郎は、相手よりも大きな体格を最大限利用した捨て身同然の特攻で両手を広げ、ゴえもんへ組み付こうとする。
だが――。
「若ぇな。うん、素晴らしいことさ」
両者は勢いよく激突したかに思われた瞬間、190cmを超える万治郎の巨体は重力を忘れたように宙を舞い、二階の窓を突き破って外へと投げ出された!
「女媧様ッ! お願いします!」
そのまま地上へ落下するかと思われた青年の体は不透明な膜に被われ、地面との衝突をギリギリで回避する事ができた。
「当方は……誰の義理で助けられたんだ!?」
外から驚きに満ちた万治郎の声が響く。
あの御方の存在は町人は勿論、森田屋の人達にも教えてはいない。
にも関わらず、初めて相対するはずのゴえもんは興味深そうに視線を中空に漂わせ、煙管を片手に値踏みの表情を浮かべながら、ゆっくりと奇跡の執行者に語り掛けた。
「お初に、人の身を案じる慈愛の女神サマ」
――ゴえもんという男、本当に何者だ?
行灯の光届かぬ部屋の隅、誰もが気にも留めない一角から滲み出た異変。
人間が原初から抱き続ける暗闇への畏怖よりも、遥かに深い漆黒を身に纏う女神 女媧様が顕現する。
事態の深刻さを理解していた初音は議論を後回しにすると、自身のやるべき時に備えて集中力を研ぎ澄ます。
そう、だからこそ頼りにするのだ。
この柔軟な思考こそ、初音の真骨頂。
「そして、アンタにも聞こえてるんだろ?
階下から押し寄せる足音が!」
ドタドタと古めかしい踏板を鳴らして駆け上がる音は10や20ではなく、川沿いに面した宿部屋は瞬く間に息巻く男達で溢れた。
中には刺股や短槍で武装した者もおり、特に面目を潰され続けてきた町役人は怒り心頭といった感じで、捕縛よりも殺す事に主眼を置いているのではと思う程。
「ようやっと追い詰めたぞ!
お前の首を五十鈴川に晒してやる!」
物騒極まりない台詞に彼らの心情が見て取れる。
更には、表に控えていた愚連隊の面々まで駆けつけ、階段から廊下まで蟻の這い出る隙間もなく埋め尽くす。
だが、殺伐とした集団の中に見知った顔が混じっているのに気づくと、俺は思わず声を上げてしまった。
「お江さん!? それにお鈴ちゃんまで!
危ないから下がっててください!」
「そうもいかないのさ!
森田屋はアタイらの家、おはらい町を訪れる旅人の家なんだ! そこで好き勝手する奴は誰だろうと容赦しないよ!」
一気呵成に啖呵を切ったお江さん。
どうやら物々しい喧騒によって眠っていたヤンキー魂が触発され、宿を守る使命感と相まって黙っていられなかったのだろう。
それは傍らで震えるお鈴ちゃんも同様で、小さな手に杓文字を持って闘う気概を示す。
「わた、私も…た、たたたかえ…まふ!」
「お鈴! お主、このような所にまで…」
無茶な行動に走った友人に歯噛みする初音だったが、内心では俺も焦りつつあった。
宿部屋をリングに見立ててゴえもんとの決戦に臨むつもりが、観客である森田屋の人達が入り込んでしまった為に、思いきった手段が打てなくなってしまったのだ。
「おやおや~、難しい局面だねぇ?
ほら、ボッとしてないで考えて考えて。
それが旦那の取り柄だもんなぁ?」
見え透いた挑発。
ところが、その効果は思わぬ方向で発揮してしまう。
「この野郎!
アニキにナメた口利いてんじゃねぇ!」
「待…!」
俺が口を開くよりも早く飛び出した万治郎は、相手よりも大きな体格を最大限利用した捨て身同然の特攻で両手を広げ、ゴえもんへ組み付こうとする。
だが――。
「若ぇな。うん、素晴らしいことさ」
両者は勢いよく激突したかに思われた瞬間、190cmを超える万治郎の巨体は重力を忘れたように宙を舞い、二階の窓を突き破って外へと投げ出された!
「女媧様ッ! お願いします!」
そのまま地上へ落下するかと思われた青年の体は不透明な膜に被われ、地面との衝突をギリギリで回避する事ができた。
「当方は……誰の義理で助けられたんだ!?」
外から驚きに満ちた万治郎の声が響く。
あの御方の存在は町人は勿論、森田屋の人達にも教えてはいない。
にも関わらず、初めて相対するはずのゴえもんは興味深そうに視線を中空に漂わせ、煙管を片手に値踏みの表情を浮かべながら、ゆっくりと奇跡の執行者に語り掛けた。
「お初に、人の身を案じる慈愛の女神サマ」
――ゴえもんという男、本当に何者だ?
行灯の光届かぬ部屋の隅、誰もが気にも留めない一角から滲み出た異変。
人間が原初から抱き続ける暗闇への畏怖よりも、遥かに深い漆黒を身に纏う女神 女媧様が顕現する。
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