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第80話 苦渋の決断

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「え…?……えぇ!?婚約者!?」

 苦々しい表情を浮かべる初音。
 そういえば初めて会った時に言っていた、婚約がどうだとか……。

「だけど、その婚約者…しかも、なぜ忍者が?」

「簡単な話ぞ、ワシを連れ戻す為に探しておるのよ。そういった働きならば忍びはうってつけじゃ」

 えらい大事になってきたんじゃないか?
 あまりに多くの情報が入ってきて思考がまとまらないが、ここは一旦外へ出て森田屋へ戻ろう。

 2階から外を見ると先程の衝撃で、近隣の住民が集まってきている。
 急いで裏口へ回り込むと、そこからバギーを再び呼び出して現場を後にした。

「さっきチラッと見たら館の従業員や見物人は眠らされておった。全員無事じゃ」

「そうか、良かった…」

 自分達が原因で誰かが傷ついたりするのは避けたい。
 今回は物的被害はともかく、人的被害が出なくて幸いだった。

 しかし、どうする?
 もし、森田屋の人達が巻き込まれでもしたら…。考えたくもない。

 そんな不安を感じさせず新品同然のバギーは、おはらい町への道を快調に疾走していく。

 ――――――――――

「あら、遅かったじゃないのさ若旦那さん。
 今日の夕食も御馳走を用意したから、たんと食べていってね」

 正直、お江さんの明るい声を聞くと心の底からほっとした。
 どうしようか迷ったが、後々の事を考えて思いきって口を開く。

「その…俺達が留守中に誰か訪ねて来ませんでしたか?」

 何の事か分からず少し考えていた様子だったが質問に答えてくれた。

「あー、今日も多かったねぇ。
 色んな人が後から次々やって来てさ。
 あぁ!そうそう、黒髪で赤い差し色のすっごい美人さんが訪ねてきたのよ!
 一体どこで知り合ったんだい?
 若旦那さんも隅に置けないねぇ!」

 曖昧な返事をした後に、形ばかりのお礼を言うと無言で初音と顔を見合わせる。
 やはり…ここもバレているようだ。

「あしなよ、どうするのじゃ?」

「ここだとマズイ、客室で話そう」

 宿は普段と変わらず喧騒と騒乱の極みといった具合に人混みで溢れ、誰が怪しいのか、あの女が紛れているのかも判然としない。
 なるべく人目を避けるように宿の入り口から客室へ移動し、誰も尾行していないのを確認してからふすまを閉じる。

「さて…最悪の形じゃがワシが実家に……」

「待て」

 それ以上は言うな。
 短い言葉だったが十分に俺の意思は伝わったのか、初音は口をつぐんだまま、部屋には重苦しい静寂が漂う。

 その最中、ゆっくりと話の堰を切ったのは初音であった。

「では…どうする?お主が宿の者達を巻き込みたくないのは分かる。
 だが、それはワシも同じじゃ。相手は一国の城主と忍びの頭領、どうやっても勝ち目などない」

 理屈では分かっている。
 それでも、納得できるかどうかは別の話だ。…決断しなければならない。

「…あの忍者には逃げられたけど、相当な怪我を負ったはず。
 だとすれば直ぐには動けない。明日の朝、ここを出てホームへ戻ろう。
 それからの事は…その時に決めよう」

 再びの静寂。
 これが現段階で取れる最善手、そう信じたい。初音も無言で頷き、一応の同意を得られた。

 だが、そんな異様な空気の中で小さな息を潜ませ、ふすまの向こうで会話を聞いてしまった者が居た事など、俺達には知るよしもない。

 ――――――――――
「いや…初音お姉ちゃん…折角、お友達になれたのに…遠くへ行っちゃうの……?」
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