燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第八章

三魔将との激突 その5

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 鉈のごとき分厚い剣が、風を斬ってクロノトールの身体の側面を襲った。
 クロノはすでに察している。なめらかに状態をそらしてその攻撃を回避した。
 回避運動と同時であったろうか。すでにクロノの剣先は、ンリッグの咽喉もとに伸びている。
 相手もただものではない。巨体に似ず、敏捷にそれを避ける。
 
 腹部からは鎧が裂け、そこから流血が見られる。
 先ほどの一撃は、その皮下脂肪の厚さのおかげか、内臓まで刃が達しなかったようだ。
 ンリッグはという魔将は、一言でいえばタフな相手だった。
 むきだしの両碗には、致命傷こそないとはいえ、剣先による擦過傷が目立つ。青い腕に赤き血がにじんでいるが、まるで怯むようすがない。それが何だと言わんばかり、ますます活気付いて次々と大振りの斬撃をくりだしてくる。
 クロノは勢いに飲まれぬように、後の先に徹していた。

(……敵はタフ……こっちは当れば危険……)
 
 彼女はあえて頭を働かせないよう、自分に言い聞かせた。
 先入観は死につながる。
 それよりも剣闘士時代に遭遇したあらゆる敵との闘いが、クロノの身体のなかに経験として詰まっている。それが彼女にさまざまなものを教えてくれる。
 剣闘士にはいろんなタイプが存在する。階級差があり、地位に応じて与えられる武器と防具が変わってくる。完全武装フルプレートで闘いにのぞめる剣闘士はごくわずかだ。
 
 クロノトールは、ビキニ以外の防具の着用を禁じられていた。手に持つのはごく短めの剣身の、グラディウスとよばれる剣一本。盾の使用すらも禁じられていた戦士だった。
 露出のはげしいビキニアーマーは男性観客の目を大いによろこばせたが、クロノにとっては冗談ではなかった。かすり傷すらも致命傷となりかねないのだ。
 
 そこでクロノが編み出したのが、剣を盾代わりにする技だ。
 相手に先に攻撃をさせ、その軌道を読む。受けるかあるいは流すか、咄嗟に対応するのだ。
 しかし、剣と剣と真正面からぶつけ合えば、どうなるかは自明の理である。相手の剣が折れる可能性もあるが、下手をすれば自分の剣も折れる。
 剣が折れてしまえば、攻撃も防御もない。ただ八つ裂きにされるのみだ。
 
 そこでクロノが体得したのが、受け流しの技術である。それが剣闘士時代のクロノの持ち味となった。
 上段から敵が斬ってくれば、こちらもわずかに遅れて上段で返す。
 ただし、相手の剣のやや側面を叩く。
 すると相手の剣先は、斜め下へと滑り落ちていく。
 相手の剣は、当然だが自分の剣の下にある。
 再攻撃の先を取るのは、確実に自分となる。
 
 こうした剣の技術を、円形闘技場という実戦の場で徹底的に磨き上げることによって、彼女は闘技場でトップの地位にまで昇りつめた。生きて闘技場から出ることを許された、数少ない戦士となったのだ。
――あの地獄。今でも思いかえせば肌が粟立つ。
 その経験がこの敵を相手に、最大限に発揮されている。
 逆にいえば、ンリッグはそれほどまでの相手だった。
 
「うおおおお、まだだ、まだだぞう!!!」

 みずからを鼓舞するように、天に向かって吼えるンリッグ。二の腕の細かな裂傷は確実に数を増やしつつあるものの、なお戦意を喪失していない。むしろ、その勢いは増すばかりだ。
 坂を転がる大岩のごとき突進力で、剣を振り回してくる。
 
 ンリッグの雄大な軌道からはなたれる袈裟斬りの一撃。
 クロノは剣を遅らせ、合わせる。一瞬だけ空中で嚙みあった剣は火花を発し、方向を変えて斜め下方へと落ちていく。
 ンリッグはあきらめない。さらに下段から斬りあげるが、これまたクロノは敵の剣にそえるように合わせ、剣は見当違いの方向へと流れていく。そのような攻防が幾度となく繰返されたであろうか。
 先に根をあげそうになったのは、クロノの方である。ンリッグはその肥満した胴体からは想像もつかぬほどに持久力があった。

 このままでは埒があかない。
 そう判断したのは、クロノの長年の経験であっただろうか。
 剣での迎撃は致命傷を与えるに足りない。ならば刺し違える覚悟が必要になる。クロノはさっと背後に下がると、さきほど地に投じたブラックタートルシールドを拾いあげ、構えた。
 
「フフフッフ、また先程の繰り返しか。芸のないことよ」

 それを見ても、ンリッグは動じない。むきだしの両腕に血管をみなぎらせ、その鉈のような分厚い剣をふりかぶって突進してきた。
 ブラックタートルシールドは、硬い黒魔獣の甲羅からダーが作り上げた渾身の逸品。並の打撃では表面に傷ひとつ付けられはしない。
 轟音がひびき、火花が散った。果たしてタートルシールドは無事だった。だが、盾の持ち主はどうであろう。そのあまりの強烈な打撃力に、クロノは盾ごと後方へ大きく弾かれていた。
 
 クロノとしては、このパターンはすでに経験ずみである。だからこそ重心を低くし、足を踏ん張って相手の一撃を耐えるよう待ち構えていたのだ。
 にもかかわらず、これである。他はいらぬ、体重によるパワーこそがすべて。
 先程のンリッグの言葉がクロノの脳裏によみがえった。

「さあ次が行くぞ。果たして、耐えられるかな?」

 余裕の笑みが浮かぶ。ンリッグはふたたび怪力無双の一撃を放った。
 しかし、異変があった。
 強烈な一撃を打ち込まれても、タートルシールドは、微動だにしなかったのだ。
 唖然とした表情を浮かべたンリッグは、すぐにそのタネを理解した。

 地に転がったシールドの背後。支柱のように垂直に、クロノの武器であるバスタードソードが突き立っていた。剣を、地中に柱代わりに埋め込むことにより、後方へ弾きとばされることを防いだのだ。

「愚か者が! みずから得物を捨て去るとは!!」

 ンリッグは無手となったクロノへとどめを刺すため、ふたたび巨大な剣を水平に振りかぶった。一方のクロノも、そのまま、剣が振り下ろされるのをじっと待っていたりはしない。
 前方へと、奔った。
 ンリッグの大剣が中空で静止した。
 クロノの長い前脚が、かれの腕を力強く蹴っていた。

 両者共にバランスを大きく崩していた。肥満した身体をよろめかせつつも、転倒をこらえたンリッグは、再度、無手のクロノへとどめを刺すべく突進していた。
 その双眸が、驚きに見開かれた。クロノはすでに無手ではなかった。
 その両手に握られているのは、まぎれもなくバスタードソードだった。

(……フフッフ、そうか、そういうことか)

 ンリッグは瞬時に悟っていた。さきほどのクロノの一連の行動は、単なるやけくそではなく、すべて連動していたのだ。
 クロノの前蹴りと、剣を持ったンリッグの腕が激突した瞬間――クロノは衝突の勢いを利して、背後へと旋回していた。すなわち、大地に突き立ったままのバスタードソードを握るために。
 回転しつつ剣の柄を握ったクロノは、そのまま旋回をとめることなく、ンリッグへ突進している。ンシモナを葬った、クロノ式旋風剣であった。
 ンリッグはおのれの迂闊さを悟っていた。だが、振り下ろす剣をとめることなどできはしない。流れ落ちる滝を止めることができぬように。

 ンリッグは袈裟斬りに剣をふりおろした。
 全体重を預けた、猛烈な一撃。当たれば間違いなく、クロノの頭蓋は肉の塊と化していただろう。
 そうはならなかった。クロノ式旋風剣の速度がまさった。
 さきほど一撃を見舞っていた傷口に、黒い刃が連続で叩きこまれた。 
 大量の血が、腹部から噴水のようにあふれ出した。
 ンリッグはふきでる鮮血のなか、クロノに微笑みかけ、

「ンシモナを斃しただけのことはある。見事な剣技だった……みごと……」

 そのまま鮮血の泥濘に抱かれ、永遠の眠りについた。
 クロノトールは、剣を眼前に掲げ、ひとことだけ呟いた。

「……あなたも……」 
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