燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第四章

大魔法

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「大将は討たれた! 兵糧は燃えた! 貴様らの負けだ!!」

 ダーは宣言するように、大声で叫んだ。
 エクセの機略により混乱をきたしているが、もとより数の上では比にならぬ大軍勢である。冷静さをとりもどせば、寡兵の冒険者たちには勝ち目はなかった。
 だが、総大将を討ち取られて、統率力を維持できる部隊などない。特に様々な魔物の混成部隊である魔王軍はなおさらである。
 かろうじての体裁を保っていた魔王軍は、完全に浮き足立っている。
 恐慌状態の一歩手前であった。

 ここでふたたび、ザラマの門が開いた。
 今度は、誰も出陣しないわけではなかった、

「さあ、手柄の取り放題だ! 片っ端から狩れ!」

 城を護っていた城兵、ことごとく突進してきたのだ。
 兵そのものは冒険者をふくめ、わずか五百人程度である。だが残る冒険者や町民にも協力してもらい、後方より派手にヴァルシパルの旗をふりまわさせ、太鼓を叩かせて進軍した。
 敵には、実数の数倍の数に見えたことだろう。

「かかれぇーーっ!!」

 ザラマ兵は「うおおおおお!」と地鳴りのような歓声をあげ、襲いかかった。
 残党となった魔王軍は、もう支えるものもいなかった。
 
 その様子をクロノトールは、両膝をついた体勢から見つめていた。
 緊張の糸が切れたのか、彼女はぐらりと倒れかけた。
 ダーが彼女に真っ先に駆け寄ると、その巨体を支えた。

「よくやったぞ、わが弟子よ」

「……うん、やれた……」

 ダーは誇らしげにクロノの手を握った。
 彼らの目の前には、敵の総大将であったンシモナの、無残な死体が横たわっている。
 敵将とはいえ、勇敢なる最後であった。
 ダーは遺体の顔部分に布をかぶせ、礼をつくした。
 
 残った兵はつぎつぎと逃亡した。兵糧が火に包まれた瞬間から、急行下しつづけていた士気は、とうに決壊していた。
 抵抗の意思を示すものは、つぎつぎとザラマ兵の剣にかかり、倒れた。
――勝敗は完全に決した。
 魔王軍は四散した。


 しかし、簡単に勝ち名乗りをあげるわけにはいかぬ、大問題が残されている。
――黒魔獣が一体、残っているのである。
 
 その小山のような巨体、刃を通さぬ身体、おそるべき瘴気と雷撃。
 孤立してしまったとはいえ、戦力としては厄介きわまりない存在だった。
 コスティニルがかけた暗示はすでに解けている。
 勇敢な数人の兵が正面から挑んだものの、すべて蹂躙された。

 そのようすを遠目で見やっていた一組の男女がいる。
『ミラージュ』のリーダーであるベスリオスと、『フォー・ポインツ』のコスティニルだった。

「ねえ、コスティニル。あの呪文使って何とかできないの?」

 この問いに、コスティニルはかぶりを振って、

「あの呪文は万能じゃない。帰れ、と命じることはできるかもしれないが、効果時間というものがある。それが切れたとき、奴がどんな行動に出るかわからない。またここへ引き返してきて、攻撃をはじめたら元の木阿弥さ。自分の身体を食いちぎれ、と命じたところで、その痛みですぐに催眠状態は解け、俺のほうが頭から齧られてしまうだろう。正直言って、お手上げだよ」

 ベスはちらりと背後を見た。
 ここまで魔王軍撃退の原動力となった冒険者達は、ほぼ一刻ほど動きづくめで、疲労の色が濃い。
 特に、一騎打ちで勝ったクロノトールは、全精力を振りしぼってしまい、立つのもおぼつかぬ有様だった。彼女はダーと数人の兵士により馬に乗せられ、ほぼ、強引なかたちでザラマの町へと帰還させられた。
 賢明な判断だ、とベスは思った。放っておけば、無理をすることは明白だったからだ。
 ふう、とベスは重い吐息をついた。疲労は彼女の身体にも蓄積している。

「アタシが、もうひと働きしなくちゃいけないかもだねえ……」

「いいや、ここはワシらの出番じゃよ!」

 ダーが走りながら、ふたりに向かって叫んだ。タフな爺さんだ。
 その後方からカイとバーンドがつづく。

「黒魔獣に牽制の射撃を。――コニン、白いバカ、頼んだ!」

「わかったよ、ダーさん!」

「白いバカとは誰のことですか! 誰の!」

 アルガスはぶつぶつ言いながらも、コニンと連携して矢をはなつ。白いバカとは自分だと認めたようなものだ。これに連動して、アイアンナイツのメンバーも射撃を開始する。
 むろん硬い黒魔獣相手では、効果はないに等しい。が、注意を逸らすには効果的だったようだ。
 黒魔獣が首を射撃手たちに向けたとき、ダーたちはほぼ無傷で、近接武器を振るう距離まで詰め寄っていた。

「よし、気合入れていくぞ、正念場じゃ!」

 ダーと、カイ、バーンドが突撃した。

「合点承知!!」

「わかりました!!」

 三人は黒魔獣の正面に立ち、射手への接近を阻止する。
 ダーはいつもの戦斧で、二人は槍を手にして、主に目を狙って刺突をくりかえす。
 黒魔獣は、足許からの攻撃に苛立ったらしく、巨大な足を踏み降ろしてきた。予備動作が大きい。これを三人は余裕をもってかわした。
 すると今度は巨大な顎をひらき、暗黒のブレスをはなつ。

抗魔の奇跡ダークレジスト!」

 すぐさま後方から、冒険者が援護の奇跡を唱える。

「討ち取るという野心は捨てよ。あくまで牽制が目的じゃ!」

 ダーはふたりにアドバイスを送った。
 しかし一瞬、槍の穂先が目をかすめ、魔獣がひるんだ。
 これを好機とみたのがバーンドである。

「――いまだ!!」

 深く踏み込み、執拗に槍を眼球へ叩き込もうとするバーンド。
 彼は、黒魔獣が知性ある怪物だということを、完全に失念しているようだ。
 怪物のわずかに開いた口から、再び黒い瘴気が放出された。
 抗魔の奇跡の加護により、当然ダメージはない。だが、バーンドの視界を塞ぐには充分であった。
 がきん、と硬質の音がした。

「バ、バーンドォ!!」 

 バーンドは一瞬にして、その巨大なあぎとに捕われていた。
 その鋭角で、硬質な牙。それは加工したダーが一番良く知っていた。
 
「ぐあああああああっ!!」

 バーンドの悲痛な叫び声がこだました。
 ばきばきばきという無慈悲な粉砕音とともに、バーンドの胴体は魔獣に咀嚼された。ふたつに分かれた肉体が、鮮血をまきちらしてザラマの地表に転がった。

「このおおお、バーンドの仇だあっ!!」

「よせ、やめんか、激情に身を任せるな!」

 ダーは突進しかけたカイの腕をつかみ、勢いを利してぐるりと一回転し、後方へと投げ捨てた。
 その隙に、黒魔獣はふたりに肉薄している。柱のような足が、ふたたび大きく持ち上がった。
 ダーは態勢を崩している。一瞬、回避が遅れた。
 だが、その黒魔獣の首筋から、がんがんという音がする。
 それなりに痛いのか、黒魔獣は身体をよじる。その隙に、ダーはわずかながら、怪物から距離をとることができた。

「なにさ、このデカブツ、歯が立ちゃしないよ!」

 黒魔獣の背中から、うっすらと姿を現したのは、ベスだった。
 二本の短剣で、しきりと相手の延髄を狙って斬りつけている。
 チームメイトのバーンドを殺され、激情に駆られているようだ。

「ちいっ、なんて硬さだい! 短剣が欠けちまったよ」

 さらに激しく身をよじり、彼女を振り落とそうとする怪物。
 危険を察知したベスは、ふっとハイド・アンド・シークで姿を消した。

「あとちょっとだって言うのに、どうしたら――」

 コニンが、疲労のこもったつぶやきをもらしたときである。

「……刻を稼いでいただいて、ありがとうございます」

 戦闘の最初から、ひたすら呪文を練り続けていた男が、ようやく動き始めた。
 護衛の冒険者――ドルフと、女僧侶ルカに挟まれるように立っている、美しきエルフの魔法使い、エクセ=リアン。
 傍らにつきそうルカは、片手をエクセに触れ、もう片手に赤と黒のチェック模様のような、不思議な物体をぶらさげている。
 指先の、小さなチェーンの先にぶら下がったそれは、赤いその身に黒い装飾を施されて、神秘的な炎のごとき光彩を放っている。カイが驚きの声をあげた。

「あ、あれはまさか――?」
 
「――そう、朱雀の珠じゃ」

 ダーが、怪物と対峙したまま、ワシがこしらえた、といわんばかりに応えた。
 
「じゃあコートオアさんが持っていたのは?」

「あんなものはフェイクにすぎんよ。時間稼ぎの他に、まがい物へと目を向けさせるのが目的じゃ」

 いまや本物の朱雀の珠は、黒魔獣のあまった革で作成した頑丈な装飾の中で、きらきらと紅色の光を放って、激しい自己主張をしている。 
 朱雀の珠が魔法のサポートに利用できることはわかった。ただし、手で触れると大火傷を負う。
 ならば身に触れなければよい。というのがエクセの結論であった。
 エクセはひたすら、ある呪文を練り続けていた。耐火の奇跡で身を護ったルカが、エクセに手を触れ、ポンプのように魔力を供給している。

「……ダー、ルカ、ドルフ、ありがとうございます。未熟者ゆえ私だけの魔力では、この大魔法はマナが不足し、成立しませんでした。――これで、発現できます」

「ごたくはよいから、さっさとけりをつけい」

 ダーはにやりと返答した。
 エクセもふっと微笑で返す。
 そして、きびすを返すや否や、ダーはカイをひきずるようにしてその場を離脱した。
 
「大いなる天の四神が一、朱雀との盟により顕現せよ――」

 エクセは瞬時に空中魔法陣を描き、杖をふりおろす。

「ファイヤー・カセウェアリー」

 エクセ=リアンが持つ、朱雀系最大の攻撃呪文。
 大気が震撼した。
 巨大ななにかが、黒魔獣めがけ、天空から飛来しようとしていた。
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