風と共に現れし虎、風と共に消える。

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第十章 ―去―

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 ブライは野盗のほうへと振り向いた。
 セシリアの頭をやさしく撫でると、

「ちと荒事がのこっている。おとなしく待っていろ」

 と、自らの背後へといざなった。
 セシリアが彼の背後に廻りこむと、刀を八双に構える。

 「さあ、次は誰が相手をしてくれるんだ?」

 その言葉で、ただの観衆と化していた野盗は、はっと我にかえった。
 そう。まだ戦闘は終わってはいない。
 最強の用心棒と思われたドラグ族の傭兵が敗れ、あとは『夕焼けの窃盗団』のみが残された。

 魔術師はあわてて呪文の詠唱にはいった。
―――だが、その声はすぐに途絶えた。
 ブライがこんどは小石ではなく、やじりを投擲したのだ。
 猟師のアランに頼み、用意していたものだった。 
 口の中を鋭い先端でつらぬかれ、魔術師は一瞬で絶命した。
 さらに投擲はつづく。仕掛ける間もなく、ふたりの男が屍と化した。

「―――次」

 ブライは無表情で告げた。

「こ、このや―――」

 野郎と言いたかったのだろう。しかしその前に、首が胴から離れている。
 ブライの大太刀は、いまだ八双のまま。
 ただその刀先が、朱に濡れている。

「次」

 野盗たちは慄然とした。
 かれは屹立する死、そのものだった。
 幾人かの野盗は、弓を装備していたが、恐怖で手元がおぼつかない。

「む、無理だ。あんな龍の化物さえ勝てない相手だぜ」

「とても、闘う気なんて起こらねえ。許してくれ」

 もともと村民や旅人などの弱い人々を相手に荒稼ぎしてきた連中だ。
 竜の末裔を切り伏せるような強者と相対したことなどないに違いない。

「どうする、大将。負けを認めるかね?」

 ブライは離れた位置で指示を出していたボランを見やった。
 いまいましげにブライを睨んでいたボランは、舌打ちとともに、

「ようし、俺がやってやろうじゃねえか」と吠える。

「ボス、無謀だ、相手が悪い」

「うるせえ、ガタガタ言ってねえであれを用意しろ」

 背後からふたりの部下が、各部から棘の突き出た、鉄製の棍棒を運んできた。

「木製の次は鉄製か。必死に考えたと見える」

「うるせえ、今度こそ決着だ」

 ブライはセシリアに、すこし離れているよう指示し、剣を正眼に構える。
 彼なりの礼儀のつもりであったかもしれない。
 
「悪いが、今度は手を抜くことはできんぞ」

「おおう、望むところよ!!」

 ボランは鉄製の棍棒をぐっと握り、脇構えの体勢へ入った。
 この構えの利点は、棍棒の全長を把握されにくいという部分にある。
 これまでの闘いにおいて、長さでは、ブライの刀が優位を占めていた。
 それを考えて、この武器を持ち出してきたのだ。
 条件面では、ほぼ互角である。

 だが―――。

「ぬう、何のつもりだ」

 ブライは、だらりと正眼の構えを解いた。
 どころか、野原を散歩するような無警戒さで歩み出した。

「甘く見たか!!」

 ボランの鉄棍棒が、大気を水平に割った。
 対するブライは、構えてもいない。勝負は決まったかに思われた。
 そうではなかった。地に接しそうなほど、だらしなく提げられていた切先は、野に放たれた獣のように躍動し、撥ねた。
 旋回する鉄棍棒のさらに下から、刀が疾る。金属音が響く。
 上へと向きを変えられた棍棒は、虚しく宙を薙いだ。
 ブライはそのままの勢いを利し、身を回転させ、刎ねた。
 
 首を。

 どさりと重い音が響き、草地の緑が、真紅に染めかえられた。
 
 
 
「ひいっ」と、聞き苦しい悲鳴が森林をこだました。
 野盗の数名が、泡を食って逃げ出した。
 果敢にも、ブライに斬りかかる者もあったが、次々と血煙に斃れた。

 頭を失った集団など、脆いものである。
 セシリアを人質にとろうとした野盗もいたが、すべて鏃の指弾の餌食となった。

「こ、こうなりゃヤケクソだ」

 三人が同時に、いっせいに斬りかかった。
 ブライの大太刀が、銀の軌跡を描いた。
 一閃、また一閃。
 三つの肉塊が、どうと大地に沈むとき―――
 すでに大太刀は付着した鮮血を、地に吐きだしていた。

 いまや五十人を数えた野盗も、半数を割っている。

「えらべ。ここで解散するか、全滅するかを」

「な、なんだと、おまえはまさか――」

「そのまさかだ。俺の受けた依頼は、おまえら木っ端盗賊団の殲滅さ」

 だが、アジトを急襲するにも手掛かりがないし、森をくまなく探すのは非効率。
 ならば、そちらから全員出向いてもらうのが一番いい。

 かれら野盗にとって、街道をとおる旅人や村人から奪う金品がおもな収入源だ。
 ブライが村に居座ることにより、それが封じられては、いずれ行動に出るしかない。
 野盗どもは慄然とした。
 すべてが、ブライの思惑通りコントロールされ、ここにほぼ盗賊団の全員があつまっている。

 
「だ、駄目だ、こいつはばけもんだ」

「もう、逃げるほかはねえ!!」

 やがて野盗はちりぢりに逃げ出しはじめ、場に留まったのは数人にすぎない。

「おまえらはどうする、来るなら早くしろ」

「い、いや、降参だ。もう闘う気はねえ」

 サブリーダー格の男が武器を捨て、両手をあげた。

「ならば、あの村を狙うのはすっぱりあきらめて『夕焼け窃盗団』は解散、それでいいな」

「そ、それは・・・・」

「声が小さいな。どうするんだ!」

「も、もう二度と、あの村もあんたも狙わねえ! 誓う!」

「よし、それでいい」

 ブライはにんまりとした。

「だが、約束を違えた場合は―――わかってるな」

「も、もちろんだとも。もう部下にも見限られちまったし、あいつらも懲りて、二度とこの辺には戻って来ねえだろう。このザマでは団を再興させることなんて不可能だ」

 サブリーダー格の男は、恨みがましい眼でブライを見、

「なにより、あんたみたいな化け物がいたんじゃな。ここらで潮時だ」
 
 男は、憔悴して去っていった。

―――こうして『夕焼けの窃盗団』は、壊滅した。

 それを見届けた後、ブライとセシリアは、連れ立って村へ歩きはじめた。
 どちらも無言のままだった。
 空気は湿気を孕んでいる。
 やがて、街道からフフォーレ村へつづく小路の前に出た。
 ブライは立ち止まらない。そのまま街道を北へとすすんでいく。

「ちょっと、そっちは村じゃないわ」

「―――ああ、すべて片付いた。野盗は単発であらわれることもあるだろうが、組織的な攻撃はもう不可能だろう。村は恐怖から開放された。虎はもう、必要ない」

「だめよ。みんな待ってるわ。あなたの帰りを」

 ぎゅっと、セシリアがブライのキモノの端をつかんだ。
 ブライは足を止めた。だが、振り向こうとはしなかった。

「・・・・世話になった。いい村だった。お前の口から、よろしく言っておいてくれ」

「いやよ、自分の口で伝えて!」

「しめっぽいのは苦手なのさ。それに言った筈だ――」

 そのとき、ようやく虎はふりかえった。
 キモノを握る手を、やさしく外していく。

「狡兎は死した。走狗は煮られるか、消えるかしかないのさ」

 最後にブライは、セシリアの手をぐっと握ると、ふたりは視線をかわした。
 彼の瞳の奥に去来するものは何か、セシリアにはわからなかった。
 やがてふっと笑い、背中越しに片手をふった。
 
 彼なりの惜別わかれのあいさつだったのだろう。
 いつもと同じように、何もなかったかのように、飄々と街道を歩みはじめた。
 小さくなっていく背中に、セシリアは小石を投げつけた。当然、あたるわけもない。

「この、かっこつけ――――ッ!」
 
 少女は絶叫した。
 もうブライはふりむかない。
 風が、セシリアの金髪をかきあげた。
 碧い眼にゆらめいていた涙が決壊し、透明な雫が空に溶けた。
 セシリアは、小さくなっていく背中を、ただ見つめ続けていた。
――やつは、ただの風。通り過ぎていくだけの。
 この涙も、胸をしめつける痛みも、いつかは消えるだろう。


 その声を背に、ブライはにやりと笑った。
 
「しあわせになれ」

 どこにも届かない独白をひとつ。
 おれはいっぴきの虎なのだ。
 どこにも留まれない。誰も愛せない。
 流れ流れて、斬るだけしか能がない、ただの流浪の傭兵。
 来たときと同じように、なにも持たず、ただ大刀のみを背負って。

 「ひと雨くるかな・・・」

 風の強い午後だった。
 空のどこかで、かすかに雷鳴がとどろいた。



 

『――風と共に現れし虎、風と共に消える――。』


―――了。
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