塵の涙。

青太郎

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プロローグ

Ⅰ,星の涙。

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 あるところに、少年と少女がいました。
彼らがいる場所、そこは小さな小さな島であり彼ら以外は誰もいません。
人間も、それ以外の動物も、いない。
少年と少女は毎日を2人ぼっちで過ごしていました。

その島の周辺には、船も島もない。
広い大海原の中にポツンと、その島はあります。
波は常に穏やかで、海は常に静穏としています。
今もゆっくりと砂浜に寄せたり引いたりしております。

そしてそこは夜が明けることはなく、彼らは星と月の光だけを灯として生きていました。
空も海と同じで、いつも晴れていて、荒れることはありません。
いつでも快晴で、宝石を散りばめたような星空がずっとあるのです。

そんな美しくもどこか寂しいこの世界は、「星の海」と呼ばれていました。

遊ぶものもあるわけがなく、彼らはそんな何もない日常をお互いに隙間を埋めるように過ごしています。
彼らはそれで幸せなのです。
お互いの存在が目の前にあれば、それで幸せだったのです。
彼らは大変仲が良く、お互いを呼ぶときは、
「ねえフレイヤ」
「なあにフレイ」
と呼び合っています。
少年フレイは運動が好きで心優しく、少女フレイヤは歌うことが好きで冷静な子でありました。
歳は同い年で、ここに来てから16年。
簡単に言えば16歳。

彼らは神様から、「【星の涙】を守る」という使命を言い渡された、神の使いでした。
彼らはこの誰もいない星の海で【星の涙】を守っていたのです。
そして【星の涙】を守り抜いた褒美として、彼らは【太陽】をこの世界に与えられることを約束されていました。

「【太陽】とは、暖かく、強く、優しいものです。月は暗き道を照らし、星は願いを叶えます」

神様は太陽、月、星についてフレイとフレイヤにこのように教えました。
このときフレイとフレイヤは太陽を、父親と母親のようだ考えました。
彼らには親がいません。
そのため彼らは自分の役割を全うしました。
神様に褒めてもらえるように。
【太陽】という暖かく、強く、優しい存在がこの世界に与えられるように。
彼らはとても純粋だったのです。

ある日、フレイはフレイヤに呼びかけました。
「ねえフレイヤ」
「なあにフレイ」
そしてこう問いかけました。
「【星の涙】って、結局何なのかな?」
神さまに【星の涙】を守るように言われたものの、【星の涙】が一体何なのか、それは言われてなかったのでした。
彼らは知りたいと思い、はこに手を伸ばしました。
【星の涙】はいつも容器に入っていて、さらに匣にしまわれています。
金の蓋は閉められており、割らない限り【星の涙】はこぼれないようにしてあるのです。
匣はとても頑丈で、ちょっとやそっとじゃ壊れません。
たとえ高いところからヤシの実を落とされても、壊れません。
いつもは砂浜に埋めてありますが、今は彼らの手によって匣が開いています。

知るために。

彼らもいつも【星の涙】を眺めているわけではないのです。
匣に入れて、そっとしておいているのでした。
零したら、大変だから。

星空のようで、海のようで、儚く、清澄なもの。
これが【星の涙】。
容器の向こう側に見える景色は、【星の涙】による屈折などもなく、自然に見ることができました。
濁りなく、透き通っている。
彼らは容器に入れられた【星の涙】をジッと見つめました。
月や星の光が反射していて、まるであの夜空をじっくりと煮詰めたようです。
その光がフレイとフレイヤの瞳にも反射し、彼らの瞳に第2の夜空を映し出していました。

しかし、何もわかりません。
何の変哲もない、ただの水にしか彼らには見えなかったのです。
「……飲んでみる?フレイヤ」
フレイは何気なくそんな考えが浮かびました。
見てわからないなら飲んで確かめてみよう、と思ったのです。
フレイは早速容器の蓋を開け、口の中へ【星の涙】を流しこもうとしました。
それを見たフレイヤは目が飛び出るくらいに驚き、全身から嫌な汗が噴き出しました。

「ダメよフレイ。神様に怒られてしまうわ」
青い顔をしてフレイヤはフレイを慌てて止めます。
そんなことしたら絶対に神様に怒られる、そう思ったからです。
【星の涙】と容器の蓋をフレイから取り上げ、フレイヤは固く封をしてしまいました。
それにもし飲んだとして、フレイの身体がおかしくなってしまったら、と考えたらフレイヤは寒気がしたのです。
結局、彼らは何もわかりませんでした。

とても大事なものであるから触るわけにもいかず、ただ眺めることしかできなかったのです。
それでもフレイは何度か、フレイヤから【星の涙】を取り返そうとしました。
「僕なら【星の涙】がなんなのか、絶対にわかるよ!」
「ダメよフレイ。これは神様にとって大事なものなのよ」
しかし、

……パリンッ。

誤って落としてしまい、容器が粉々に。
そして中に入っていた【星の涙】も、全てこぼれてしまいました。
フレイとフレイヤは息を呑み、顔を真っ青にしました。
乾いた砂浜に、【星の涙】がどんどん染みていきます。
ここから海までは坂になっており、零れた【星の涙】は海の方へとつたっていきました。
だが海に行き着くまでの量がなかったらしく、零れた【星の涙】は途中で全て砂浜に染みてしまいました。
その光景は彼らにとっては恐ろしいものでしたが、【星の涙】が染みた砂浜はまるで天の川が描かれたようになっていました。

「持っていたフレイヤが悪いよ!」
天の川をよそに、フレイはフレイヤを責め始めました。
落としたとき、容器を持っていたのはフレイヤでした。
だから落としたのはフレイヤだ、フレイはそう思ってフレイヤを責めたのです。
フレイはフレイヤを睨みつけました。
歯を食いしばって必死にこらえていたフレイヤは、とうとう我慢できなくなり声を張り上げました。
「フレイが【星の涙】が何か知りたいって言ったから、こんなことになったのよ!」
そもそも言い出したフレイが悪いんだ、そう思いフレイを責めました。

「フレイヤが悪い!」
「フレイが悪い!」
彼らは言い合いになって、喧嘩をしてしまいました。

「なんの騒ぎですか?」

すると彼らの姿を見かねて、神様が天から降りてきました。
「神さま!」
「神さま!」
彼らは声を合わせてそう呼びます。
「フレイヤが星の涙をこぼしてしまったんだ!」「フレイが星の涙が何なのか知りたいって言ったからよ!」
彼らはお互いのことなど考えず、自分のことを守るのに必死でした。
神様に怒られると考えているのです。
それを見て神様は大変心を痛めました。

「いいえ、この場合お互い様というものです。どちらが正義というのはありません。どちらもまちがっていますよ」
神様は彼らにそう告げました。
「相手に罪をなすりつけるなど、相手の幸せを奪ってしまうだけです。あなたたちは幸せを奪ってしまう側になってもいいのですか?」
「そ、それは……」
「……」
彼らは戸惑い、目を泳がせています。
先程まであんなに言葉を発していたはずが、神様の前では全く言葉が出てこなくなってしまいました。
「幸せを奪ってしまうということは、必ず自分に返ってきます。奪った側は二度と幸せになどなれないのです。人間で言う戦争が主な例でしょう。誰かを不幸にした人間には、必ず罰が与えられます」
「……ごめんフレイヤ」
「……私の方こそごめんなさいフレイ」
彼らはお互いに謝り、仲直りをしました。
元々仲が良いので、仲直りをするまでにそこまで時間はいらなかったのです。
神様は喜びました。

「それでこそ『あなたたち』です」

ですが、と神様は付け加える。
「【星の涙】をこぼしてしまった、という事実は変わりません」
神様は少しだけ怒っていました。
本当に少しだけ。
【星の涙】を守り抜いた褒美として彼らには、【太陽】を見ることが約束されていました。
しかし、彼らは【星の涙】を守ることができませんでした。

「ごめんなさい。もうしませんでも、僕らは【太陽】がほしいんです。神さまが教えてくれた、暖かく、強く、優しい【太陽】が」
フレイは神様に頭を下げ、許しを請いました。
そしてそれでも【太陽】がほしいと懇願しました。
それは彼の我儘でもありました。
「私たちは、どうすれば許してもらえますか?」
フレイヤは許されるために、何をすれば良いか聞きました。

「あなたたちのことは許します。わたくしの『お気に入り』ですから……」
彼らは神様から大事にされていました。
彼らは運がよかったのかもしれません。
「ありがとう神さま」
「ありがとう神さま」
彼らは声を合わせてそう言います。
「そこで、あなたたちには試練に挑んでいただきます」
彼らを許す代わりに、神様は試練を与えました。
「試練?」
「どんなものかしら?」

神様は説明します。
からこの島に、人間たちが来るようになります。その人間たちは全員悩みを抱えています。彼らのその悩みを解決する、それが試練です」
フレイとフレイヤは安心して、胸を撫でおろしました。
「なんだそんなことか」
「簡単ね」
彼らはとても簡単だと思ったのです。
しかし神様はそれを否定しました。

「いいえ、人間はあなたたちが思っているほど、単純な生き物ではありませんよ」
「……」
「……」
このときの彼らには、その言葉の意味がわからなかったのかもしれません。
彼らは黙ってしまいました。
「これを機に学びなさい、フレイ、フレイヤ。期待しております」
そう言って神様はまた天に戻っていきました。
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