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気になる腕時計

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 土曜日。憲一けんいち細谷ほそたには、約束通り街に来ていた。
 細谷は、街に来たのは初めてのようだった。
 適当に時計店に入る。

 「すみません」

 「いらっしゃい」

 「イチズンの時計の事で聞きたいんですけど……」

 そう言うと、店の人はカタログを出して来た。
 その中の一つを細谷は指差す。
 全体的に黒で統一されていて、文字がローマ字の白。

 憲一は、そのページにある違う腕時計の写真が気になった。
 同じく黒で統一されていて、細谷が指差した物より高級そうだった。

 「これっていつ発売になったものですか?」

 「これか……。これは残念だが予約限定なんだ。予約分しか作らない記念の時計でね。最低ランクは、一万五千円からで、普段買えない人達も予約して買ったもんだ。今年の三月一四日に発売になって、シリアルナンバー付だ」

 「シリアルナンバー……」

 ボソッと細谷は呟いた。

 「まあ、他にもあるし……」

 落ち込む細谷にお店の人はそう声を掛けた。欲しかった物が手に入らないと落ち込んでいる様に見えたのだろう。

 「いえ……。えーと、ありがとうございました」

 そう言うと、細谷はふらふらと店を出て行く。

 「えっと。どうも!」

 憲一も店を出て行こうとする細谷を慌てて追った。

 「おい、待てって。いきなり出て行くなよ」

 「え? あ! ごめん……」

 「いやそのいいけど。聞きたい事聞けたのか?」

 憲一の質問に、細谷は頷いた。

 「その……弟さんの形見とか?」

 「え? いや……わからないんだ。だから……」

 わからないってなんだ? ―― 一生懸命になっているから形見とかなのかと思っていたのに拍子抜けだった。

 「なあ、その腕時計ってどこで見たんだ?」

 憲一も腕時計が気になり出していた。いやどこかで見たことがある。そういうひっかりがあった。もしかしたら同じ物なのかもしれない。だったとしたら火事に関係あるかもしれないと思ったのだ。

 「それは……」

 何故か細谷は、言葉を濁す。

 話したくない? やっぱり火事に関係あるのか? ――憲一はもやもやしていた。このひっかりがわかれば、火事の事を思い出せそうな気がする。そうも思った。

 「俺、ちょっと行くところ出来た!」

 憲一は唐突に、細谷にそう言った。
 本当はこの後に、火事の事を話すつもりだった。でもこのもやもやを解決してからにしようと思い立つ。
 まず先に火事の現場……北里旅館に行ってみようと思った。
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