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第一章 分身体
第5話 夜の街と誤解
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細身のモデルのような体は、レヴィンの性別を入れ替えたような中性的な面影を持っている。シェルヴィと名付けたその体には、擬似的な人格を与えて仮の器を維持するように働くようにしている。
そんなシェルヴィと寄り添うようにして、外の見える窓際まで来ると、星が瞬き月明かりが輝く夜であっても、皇都《こうと》の繁華街が照らし出され、そこだけ華やかさが別格で、周囲に淡い光を放つほどだった。
「見えるか? シェルヴィ」
「えっ? あの街? 繁華街ね......」
「あぁ、皇都《こうと》一の繁華街。エスカテリアだ......」
レヴィンの隣で風に乱れる髪を抑えながらも、皇都内でひときわ輝きを放つ街並みが目に留まる。赤レンガの淡い表面が、同色の暖色系のランプに照らし出されていることで、夜の街と言うよりも、オシャレな街のようにも見える。しかし、それは乙女たちを呼び寄せる怪しい光でもあった。
騎士団の寮から数キロ先に見える繁華街。煌々と照らし出される淡い光は、皇国で一、二を争うほどに賑わい、同時に負の側面を持ち合わせていた。日中も華やかであれば、スラム街からの雇用など、夜になれば一段と治安が悪くなる。
「これが厄介なのがスラムあがりの子がたどり付くらしい」
「なるほどね。それじゃ、治安が悪くなるわね......」
「俺は、何も出生云々にこだわりたくはないが......」
「どうしても、力で優劣が決まるだろう?」
「そうね......そうなると、必然的に悪化するわね」
なにも学がないから治安が悪いというのではなく、そのエリアを収めるトップの手腕が、隅々まで行き届いていない。ただそれだけのことだった。コインの表と裏のようなもので、騎士団が表なら、夜の街が裏のような存在になってしまう。
さりとて、騎士団が介入すれば、それはそれで内乱のような物騒な事案になりかねないのは、レヴィンも承知の上だった。それには、男の体だと都合が悪いこともある。
「ほんとうなら、俺が行ければいいが......」
「それは、無理ね」
「あぁ、団長をしている俺が、夜の街に行ってるとなれば...」
「騎士団の品位も下がるわね」
「だろう? そこでだ」
月明かりのオープンテラスで、分身体。シェルヴィを作った理由と、してほしい任務について話し合う。それはある種の契約のようなものだったが、レヴィンの叶えたい願いでもあった。
「俺は、争いが嫌いだ」
「レヴィン」
「聖騎士と呼ばれる俺が何を言うんだと思うさ、でもな......」
「だれも、痛いのや嫌なんだ」
「そうね......」
本心を吐露《とろ》するレヴィンに、相槌《あいずち》をうつようにしてうなずくシェルヴィ。
「それでだ、シェルヴィには調査をしてほしいんだ」
「えぇ」
「......日中はシェルヴィが、夜は俺が体に入る」
「...そういうことね。あたしは、器の管理人ということかしら?」
「......まぁ、人格としては存在しているし...」
「俺も、その体に入る夜は、シェルヴィとして行動する」
「.........」
うつむき加減になりながら、しばらく考え込むように整えると、シェルヴィの思考がまとまっていく。
「わかったわ。レヴィンが行くよりもいいわね」
「あぁ、頼むよ。俺との会話は念話を使ってくれ」
「そうするわ」
月明かりの差し込むテラスで、連絡をしているレヴィンは彼女にイアリングを渡す。通信機を兼ねたそれは、レヴィンとマナでつながっている。レヴィンの意識がシェルヴィに入れるのもこれが基準となっていた。
「そういうことだ、頼むぞ?」
「えぇ、それは良いけれど......レヴィン」
「ん?」
「あの子、どうするの?」
「ん。あの子って......あ」
シェルヴィが先に気づき、レヴィンに知らせた視線の先。ちょうど室内には、艶やかな白髪と青い瞳が、怒りに満ちていた。
「レヴィン。その女は誰ですか?......」
「......へっ?」
その瞬間、場の空気が凍りついた。
浮いた話のないレヴィンということもあり、セリアがアプローチすることも会ったものの、二つ返事で返したりと、脈のない素振りをすることが当たり前だったレヴィン。そんなレヴィンの寝室に、見知らぬ“女”がいるのだから、セリアの沸点もピークを迎えてしまう。
おまけに、レヴィンが器として入りやすいように、レヴィンに“似た容姿”で女性体を作ったこともあり、似た女性がアプローチをしているようにも見えてしまう。そんなセリアの頬は紅潮して副団長としての怒りが沸々とこみ上げているのを感じさせるには十分だった。
「ひゃ、百歩譲って、レヴィンが呼んだとして、どうして、ここに?」
「......せ、セリア?」
「でも、レヴィンも男ですから......」
「......セリアさん? おちついて......」
「わ、私は落ち着いてますよ? だから、その女から離れてください!」
きっ!と睨むその瞳は、もう完全に腹が立っているセリアの姿そのものだった。そして、腰に挿していた愛刀の束に手を乗せると、今にも突っ込みそうな気合だった。
『あんなに親しげに......』
『なんですか? 瞳の色が同じね~とでも言ってたんですか?』
完全な被害妄想が交じる考えは、静かに抜かれたレイピアの切っ先が着実にシェルヴィにに向けていた。鋭い先端が、月明かりに妖しく照らし出され、今にも射抜くところだった。
「せ、セリア......」
ふたりの間を取り持とうとするレヴィンだったが、シェルヴィが割って入る。
『シェルヴィ?』
『ここは任せて。女同士に......』
『......しかし......』
「いいから......」
『それに、この体も試したいから......』
『あぁ......』
その揺るがない決意を瞳に感じ、そっと後ろに控えるレヴィン。
いくらレヴィンが夜に体を使うからと言って、普段から空っぽの器では維持できないため、仮の人格としてシェルヴィという名を付けている。
『いいか? “アルスト”の名は明かすな......』
『わかったわ......』
シェルヴィがレヴィンをかばうような位置取りをすることで、燃え上がるセリアの衝動に油を注いだようで、更に空気が張り詰めていく。
『......とりあえず、テストだな......』
ジリジリとにじり寄りながらも、シェルヴィの体はセリアの動きに合わせるようにして、刹那の動きで、刺突をひるがえす。踊り子のようにしなやかな体を活かして、セリアの刺突を交わしてみせる。
次第にセリアの様子に変化が現れ始める。
普段ならいくら刺突を繰り出しても頬を紅潮させることのないセリアが、刺突を繰り返す度に高調するのが目に留まるようになってくる。最初こそ、後手に回り技もだったシェルヴィの回避もいつしか逆転していく。
『どうした? 何が起こってる?』
『セリアが押し負けてる?』
マナ通信でシェルヴィに言葉を飛ばすレヴィンだったが、予想の斜め上の疑問が帰ってくる。
『あなた。セリアのこと、どう思ってるの?』
『どうって、どういう意味だ...?』
『どうもなにも、このセリアって子......』
『あんたの事大好きよ?』
『それに、私の中にある共有された記憶と照らし合わせるとね......』
どこか言い淀むような口ぶりを見せる間を開けた後に、ひとこと。
『この子、あなたと同じ剣を使おうとして、くじけてるわね......』
『......やっぱりか』
思い当たる節はいくらでもあった。
セリアがレイピアに変える前、レヴィンと同じ片刃の刀を使おうとしていた。しかし、セリアはうまく使いこなせず、レイピアに転向していた。それから、数年の月日を経て右腕と呼べるような腕まで上り詰めていた。
セリアの恋心についてもそうだった。事あるごとにレヴィンのそばから離れることはなく、まるで妹のように寄り添うことが増えていた。
『でもね......』
続けるようにして、シェルヴィーが感じた内容を伝えてくる。
『もぅ、迷ってないみたい。まぁ、今はブレブレだけどね......』
『そうか、わかった』
通信する声が上ずるほどに楽しさを感じているシェルヴィの様子とは裏腹に、息を切らしながら荒い攻撃が続くセリア。その腕前は、騎士団随一といっても過言ではないほどの腕前だった。
『で、どうする? 勝ったほうが良い? それとも、退散する感じ?』
『あぁ、退散してくれ。それで、安全な場所を確保したら......』
『えぇ、分かってるわ。私はサポートだもの......』
『あぁ。頼む!』
『えぇ、そうするわ......』
そうすると、ひょいっと体を翻《ひるがえ》して、テラスへと背中を向ける。セリアも追うようにしてテラスへと向かおうとする。
「こら! 逃さないわよ!」
「ふふっ、あなたとの遊びも楽しかったわ......」
「あ、遊び? バカにして......」
「それじゃぁね~」
そういうと、はらりとテラスの縁から身を翻《ひるがえ》すと、闇夜に溶け込むようにして姿が見えなくなってしまう。そんな闇夜に向けてセリアの甲高い声が響く。
「こら! 戻ってこ~い!!」
瞬く星に霧散するようにして、セリアの声は物悲しくこだましてしまった。
そんな虚しく遠くを眺める彼女の肩に手を乗せると、嗜《たしな》めるようにして諭《さと》す。
「仕方ない。逃げられたものは......」
「れ、レヴィン」
「セリア?」
「一緒に寝ましょう!」
「......へっ?」
頬を赤らめながら詰め寄るセリアの美しい瞳は、まっすぐにレヴィンを映し出す。やり取りの中で早まった鼓動が、まるで告白の直後のような衝動をもたらし詰め寄る。その様子はしっかりとレヴィンの脳裏にピンク色のオーラを映し出してしまった。
「お、落ち着いて。セリア......」
「君も、まだ乙女だ。俺と寝るというのは......」
「いえ。あんな女が潜入したんです」
「じっとしていられません‼」
「私が泊まって、お守りします!」
一度決めたらテコでも動こうとはしないセリアの、強い意志に押されるようにして、うなずくことしかできなかったレヴィン。
「お、おぅ......」
完全に泊まる気満々のセリアは早々に装備を身軽にすると、それまでレヴィンが横になっていたベッドから少し離れた扉のそばに椅子を持たれ掛けさせる。さすがに添い寝とまでは思考が巡らなかったのか、頬を染めながらも椅子に腰を下ろす。
「こ、これでも、副団長ですから! 団長をお守りするのは、努めですから‼」
「そ、そうか......」
室内に差し込む月明かりが、軽装になったセリアの柔肌を照らし出しながらも、椅子に体を預けて剣を構えるセリア。気配を決して殺さず、見張るようにして警戒し続けている。
そんなセリアに守られながらも、そっとベッドへと入っていくレヴィンだったが、むしろ気になってしまう。
『俺のほうが気になる!』
『まぁ、寝てる内は、向こうの体だから、大丈夫か......』
まぶたが落ち、意識が体から離れてシェルヴィの元へと向かうのを感じると、思念同士での話しが始まる。
『シェルヴィ? そろそろいいか?』
『えぇ。入れ替わる準備は整っているわ』
『それじゃ......そっちの体に入らせてもらうよ』
『えぇ、待ってるわ』
こうして、セリアに守られながらも、意識を飛ばしたレヴィンはシェルヴィとしての活動が始まっていく。
†
第一章完結。
次回からは、第二章。皇国の聖騎士♂、夜の女♀を知る。
が始まります。
シェルヴィの体。女と男の体の違いやしなやかさ、そして、夜の街で暗躍する輩共を女の武器を駆使して相手をします。
そんなシェルヴィと寄り添うようにして、外の見える窓際まで来ると、星が瞬き月明かりが輝く夜であっても、皇都《こうと》の繁華街が照らし出され、そこだけ華やかさが別格で、周囲に淡い光を放つほどだった。
「見えるか? シェルヴィ」
「えっ? あの街? 繁華街ね......」
「あぁ、皇都《こうと》一の繁華街。エスカテリアだ......」
レヴィンの隣で風に乱れる髪を抑えながらも、皇都内でひときわ輝きを放つ街並みが目に留まる。赤レンガの淡い表面が、同色の暖色系のランプに照らし出されていることで、夜の街と言うよりも、オシャレな街のようにも見える。しかし、それは乙女たちを呼び寄せる怪しい光でもあった。
騎士団の寮から数キロ先に見える繁華街。煌々と照らし出される淡い光は、皇国で一、二を争うほどに賑わい、同時に負の側面を持ち合わせていた。日中も華やかであれば、スラム街からの雇用など、夜になれば一段と治安が悪くなる。
「これが厄介なのがスラムあがりの子がたどり付くらしい」
「なるほどね。それじゃ、治安が悪くなるわね......」
「俺は、何も出生云々にこだわりたくはないが......」
「どうしても、力で優劣が決まるだろう?」
「そうね......そうなると、必然的に悪化するわね」
なにも学がないから治安が悪いというのではなく、そのエリアを収めるトップの手腕が、隅々まで行き届いていない。ただそれだけのことだった。コインの表と裏のようなもので、騎士団が表なら、夜の街が裏のような存在になってしまう。
さりとて、騎士団が介入すれば、それはそれで内乱のような物騒な事案になりかねないのは、レヴィンも承知の上だった。それには、男の体だと都合が悪いこともある。
「ほんとうなら、俺が行ければいいが......」
「それは、無理ね」
「あぁ、団長をしている俺が、夜の街に行ってるとなれば...」
「騎士団の品位も下がるわね」
「だろう? そこでだ」
月明かりのオープンテラスで、分身体。シェルヴィを作った理由と、してほしい任務について話し合う。それはある種の契約のようなものだったが、レヴィンの叶えたい願いでもあった。
「俺は、争いが嫌いだ」
「レヴィン」
「聖騎士と呼ばれる俺が何を言うんだと思うさ、でもな......」
「だれも、痛いのや嫌なんだ」
「そうね......」
本心を吐露《とろ》するレヴィンに、相槌《あいずち》をうつようにしてうなずくシェルヴィ。
「それでだ、シェルヴィには調査をしてほしいんだ」
「えぇ」
「......日中はシェルヴィが、夜は俺が体に入る」
「...そういうことね。あたしは、器の管理人ということかしら?」
「......まぁ、人格としては存在しているし...」
「俺も、その体に入る夜は、シェルヴィとして行動する」
「.........」
うつむき加減になりながら、しばらく考え込むように整えると、シェルヴィの思考がまとまっていく。
「わかったわ。レヴィンが行くよりもいいわね」
「あぁ、頼むよ。俺との会話は念話を使ってくれ」
「そうするわ」
月明かりの差し込むテラスで、連絡をしているレヴィンは彼女にイアリングを渡す。通信機を兼ねたそれは、レヴィンとマナでつながっている。レヴィンの意識がシェルヴィに入れるのもこれが基準となっていた。
「そういうことだ、頼むぞ?」
「えぇ、それは良いけれど......レヴィン」
「ん?」
「あの子、どうするの?」
「ん。あの子って......あ」
シェルヴィが先に気づき、レヴィンに知らせた視線の先。ちょうど室内には、艶やかな白髪と青い瞳が、怒りに満ちていた。
「レヴィン。その女は誰ですか?......」
「......へっ?」
その瞬間、場の空気が凍りついた。
浮いた話のないレヴィンということもあり、セリアがアプローチすることも会ったものの、二つ返事で返したりと、脈のない素振りをすることが当たり前だったレヴィン。そんなレヴィンの寝室に、見知らぬ“女”がいるのだから、セリアの沸点もピークを迎えてしまう。
おまけに、レヴィンが器として入りやすいように、レヴィンに“似た容姿”で女性体を作ったこともあり、似た女性がアプローチをしているようにも見えてしまう。そんなセリアの頬は紅潮して副団長としての怒りが沸々とこみ上げているのを感じさせるには十分だった。
「ひゃ、百歩譲って、レヴィンが呼んだとして、どうして、ここに?」
「......せ、セリア?」
「でも、レヴィンも男ですから......」
「......セリアさん? おちついて......」
「わ、私は落ち着いてますよ? だから、その女から離れてください!」
きっ!と睨むその瞳は、もう完全に腹が立っているセリアの姿そのものだった。そして、腰に挿していた愛刀の束に手を乗せると、今にも突っ込みそうな気合だった。
『あんなに親しげに......』
『なんですか? 瞳の色が同じね~とでも言ってたんですか?』
完全な被害妄想が交じる考えは、静かに抜かれたレイピアの切っ先が着実にシェルヴィにに向けていた。鋭い先端が、月明かりに妖しく照らし出され、今にも射抜くところだった。
「せ、セリア......」
ふたりの間を取り持とうとするレヴィンだったが、シェルヴィが割って入る。
『シェルヴィ?』
『ここは任せて。女同士に......』
『......しかし......』
「いいから......」
『それに、この体も試したいから......』
『あぁ......』
その揺るがない決意を瞳に感じ、そっと後ろに控えるレヴィン。
いくらレヴィンが夜に体を使うからと言って、普段から空っぽの器では維持できないため、仮の人格としてシェルヴィという名を付けている。
『いいか? “アルスト”の名は明かすな......』
『わかったわ......』
シェルヴィがレヴィンをかばうような位置取りをすることで、燃え上がるセリアの衝動に油を注いだようで、更に空気が張り詰めていく。
『......とりあえず、テストだな......』
ジリジリとにじり寄りながらも、シェルヴィの体はセリアの動きに合わせるようにして、刹那の動きで、刺突をひるがえす。踊り子のようにしなやかな体を活かして、セリアの刺突を交わしてみせる。
次第にセリアの様子に変化が現れ始める。
普段ならいくら刺突を繰り出しても頬を紅潮させることのないセリアが、刺突を繰り返す度に高調するのが目に留まるようになってくる。最初こそ、後手に回り技もだったシェルヴィの回避もいつしか逆転していく。
『どうした? 何が起こってる?』
『セリアが押し負けてる?』
マナ通信でシェルヴィに言葉を飛ばすレヴィンだったが、予想の斜め上の疑問が帰ってくる。
『あなた。セリアのこと、どう思ってるの?』
『どうって、どういう意味だ...?』
『どうもなにも、このセリアって子......』
『あんたの事大好きよ?』
『それに、私の中にある共有された記憶と照らし合わせるとね......』
どこか言い淀むような口ぶりを見せる間を開けた後に、ひとこと。
『この子、あなたと同じ剣を使おうとして、くじけてるわね......』
『......やっぱりか』
思い当たる節はいくらでもあった。
セリアがレイピアに変える前、レヴィンと同じ片刃の刀を使おうとしていた。しかし、セリアはうまく使いこなせず、レイピアに転向していた。それから、数年の月日を経て右腕と呼べるような腕まで上り詰めていた。
セリアの恋心についてもそうだった。事あるごとにレヴィンのそばから離れることはなく、まるで妹のように寄り添うことが増えていた。
『でもね......』
続けるようにして、シェルヴィーが感じた内容を伝えてくる。
『もぅ、迷ってないみたい。まぁ、今はブレブレだけどね......』
『そうか、わかった』
通信する声が上ずるほどに楽しさを感じているシェルヴィの様子とは裏腹に、息を切らしながら荒い攻撃が続くセリア。その腕前は、騎士団随一といっても過言ではないほどの腕前だった。
『で、どうする? 勝ったほうが良い? それとも、退散する感じ?』
『あぁ、退散してくれ。それで、安全な場所を確保したら......』
『えぇ、分かってるわ。私はサポートだもの......』
『あぁ。頼む!』
『えぇ、そうするわ......』
そうすると、ひょいっと体を翻《ひるがえ》して、テラスへと背中を向ける。セリアも追うようにしてテラスへと向かおうとする。
「こら! 逃さないわよ!」
「ふふっ、あなたとの遊びも楽しかったわ......」
「あ、遊び? バカにして......」
「それじゃぁね~」
そういうと、はらりとテラスの縁から身を翻《ひるがえ》すと、闇夜に溶け込むようにして姿が見えなくなってしまう。そんな闇夜に向けてセリアの甲高い声が響く。
「こら! 戻ってこ~い!!」
瞬く星に霧散するようにして、セリアの声は物悲しくこだましてしまった。
そんな虚しく遠くを眺める彼女の肩に手を乗せると、嗜《たしな》めるようにして諭《さと》す。
「仕方ない。逃げられたものは......」
「れ、レヴィン」
「セリア?」
「一緒に寝ましょう!」
「......へっ?」
頬を赤らめながら詰め寄るセリアの美しい瞳は、まっすぐにレヴィンを映し出す。やり取りの中で早まった鼓動が、まるで告白の直後のような衝動をもたらし詰め寄る。その様子はしっかりとレヴィンの脳裏にピンク色のオーラを映し出してしまった。
「お、落ち着いて。セリア......」
「君も、まだ乙女だ。俺と寝るというのは......」
「いえ。あんな女が潜入したんです」
「じっとしていられません‼」
「私が泊まって、お守りします!」
一度決めたらテコでも動こうとはしないセリアの、強い意志に押されるようにして、うなずくことしかできなかったレヴィン。
「お、おぅ......」
完全に泊まる気満々のセリアは早々に装備を身軽にすると、それまでレヴィンが横になっていたベッドから少し離れた扉のそばに椅子を持たれ掛けさせる。さすがに添い寝とまでは思考が巡らなかったのか、頬を染めながらも椅子に腰を下ろす。
「こ、これでも、副団長ですから! 団長をお守りするのは、努めですから‼」
「そ、そうか......」
室内に差し込む月明かりが、軽装になったセリアの柔肌を照らし出しながらも、椅子に体を預けて剣を構えるセリア。気配を決して殺さず、見張るようにして警戒し続けている。
そんなセリアに守られながらも、そっとベッドへと入っていくレヴィンだったが、むしろ気になってしまう。
『俺のほうが気になる!』
『まぁ、寝てる内は、向こうの体だから、大丈夫か......』
まぶたが落ち、意識が体から離れてシェルヴィの元へと向かうのを感じると、思念同士での話しが始まる。
『シェルヴィ? そろそろいいか?』
『えぇ。入れ替わる準備は整っているわ』
『それじゃ......そっちの体に入らせてもらうよ』
『えぇ、待ってるわ』
こうして、セリアに守られながらも、意識を飛ばしたレヴィンはシェルヴィとしての活動が始まっていく。
†
第一章完結。
次回からは、第二章。皇国の聖騎士♂、夜の女♀を知る。
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