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第2話 女の体と手合わせ。そして...
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あらすじ
前回。魔族国。ドラクシオンから逃げてきたであろう魔術師集団の捕縛に成功したものの、皇国騎士でもあるラントは、不意打ちの攻撃をその身で受けてしまう。幸い、命に別状はなかったものの、長く苦痛に苛まれる事になってしまった。
捕らえた魔術師が地下牢でほくそ笑む中で、聖騎士ラントは病床でうなされる事になってしまう。そんな中で息苦しさを覚え、いよいよと思ったその時だった。魔術師が残した魔法が発動してしまったのだった。
**
見慣れた天井、使い慣れたベッド。
ラントを心配して駆け寄るセリアとエリス。そして、若き皇女でもあるイザリアとその主席顧問のカエリクス。そして、魔族国。ドラクシオンから派遣されたであろう医師、エリオンと助手、メリッサの大勢がラントのベッドを囲んでいた。
あまりの物々しい様子に、生きていることを確かめる実感を得るのも苦労するほどだった......。
『苦しい...声も出にくい......』
『オレの体はどうなったんだ?』
『生きては......いるみたいだけど......?』
両手を抑えられ、身動きが取れないラントは視界に映る見慣れた顔を見やっても、驚いた表情をするばかりだった。右腕として寄り添うことの多かったセリアは呆れて頭を抱え、後輩のエリスに関しては目を輝かせていた。
「みんな、どうなって......」
「ん?!」
何気なく発したその言葉で、何かがおかしい事に気づく。
『オレ。声が変わってる?! いや、声だけじゃない......!?』
目を丸くして驚いていたラントを見たエリスが、化粧用の手鏡を取り出す。
「これが、今の団長っすよ~」
「ん? んんんんっ?!」
渡された手鏡に映っていたのは、絹のようなきめ細やかな白髪に赤い瞳。男の頃を強く引き継いだ、美少女がそこにいた。キリッとした目元に整った鎖骨、それらすべてが今までとは全く違っていた乗った。元々白髪の短髪だったその髪は長くなり、目元はキリッと大きくなっている。
『......なんだ。このかわいい女は......』
『ん? あれっ?』
『......これ』
『............オレか?!』
頬を擦れば鏡の向こうの美少女も頬を触る。
頬を摘めば、鏡の向こうも摘む。その繰り返しをしていると、エリスがひょっこりと顔を覗かせる。
「これが、今の団長だよ~」
「かわいい~」
「は、はぁぁぁぁぁぁぁあぁ?!」
『これが、オレだとぉぉぉぉっ!!』
ツインテールを小刻みに揺らし、翡翠色の瞳が楽しげに団長を眺めている。肩を出した魔術騎士の格好で楽しげに寄り添うエリス。男のときなら気にしたであろう距離も、今や全く気にすることはなかった。
それにあわせ、積極的に触れてくる柔らかな体が、また“別の感触”をラントに与える。男なら縁がなく、興奮するはずのものだった。
“むにっ......”
『むにっ? なっ!!』
それは、男の頃にはあるはずもない“胸”というものだった。
もっちりとして柔らかな扇型の膨らみは、平らだったラントの胸板に膨らみを生んでいた。仰向けに横になり、息苦しさを感じていた感覚に納得ができた。
『こりゃ。息苦しいわけだ......』
『おっぱい、デカイ!!』
『......お、女になったのか。オレ......』
『どうするんだよ......これぇ......』
聖騎士として大成を成し、かつては皇女の騎士として勤め上げたラントが、今や形はなくすっかり女になってしまっている。それに合わせて、すっかり声まで変わり、男らしさなど見る影もなかった。
唯一の救いだったのは、傍らに寄り添っていた皇女。イザリアに女になってしまったとはいえ、生きて会えたということだ。
「イザリア皇女。あなたの騎士は、こうして女になってしまいました......」
「これでは、お役に......」
『すみません、皇女殿下......オレは......』
小さな手を握り、あれほど悲しんでいた彼女の騎士として、約束を果たせなかった事に肩を落としていたラントだったが、その答えは全く違うものだった。
「いいえ、何を言うんです。ラント......」
「殿下......」
ラントの手をしっかりと握り直すイザリアは、潤んだ藤色の瞳に決意を宿らせながらも、ハッキリとした口調で言い放つ。
「あなたは私の騎士よ! たとえ女になったとしても!」
「殿下! よろしいんですか?」
「えぇ、それに......」
「それに?」
凛々しく決意した直後、もじもじと頬を染めながら視線をそらすと、付け加えて......。
「これで、一緒にお着替えができますわ!」
「......えぇっ?! そ、それは......」
「んんぅ......」
丹精な顔立ちを隠すように後れ毛に、隠しきれないほど頬を染めてしまっていたイザリア。もじもじと、同性になったことを喜んでいる家のようにも見えてしまうように、悶えていた。そんな傍らにいたカエリクスが、ラントの無事に胸をなでおろした所で耳打ちをする。
「......殿下。そろそろ......」
「ひゃいっ!」
突飛な声と共に我に返ると、皇女としての顔へと戻っていたイザリア。
「ごほん。それでは、これからも頼みますわ。ラント騎士団長“様”」
「はっ!」
「ふふっ......」
楽しげな笑みを見せたあと、イザリアは踵を返すようにして凛々しい後ろ姿を見せながらも、ラントの部屋を後にする。
そして、残ったラントはというと、寝間着を開けられて肌も露わになっていたものの、その臍の下には、何やら刻印が刻まれていた。それは、おおよそ聖騎士の体にあって良いものではなかった。
「くっ! オレの体にこんなものを......奴隷じゃないんだが......」
「いいえ。ラント様、これは奴隷商人が使う紋章ではないです」
「は? それじゃ、また違う何かなのか? 教えてくれ......オレにもわからないんだ......」
「お、落ち着いてください。ラント様......」
女の体になっただけでも困惑するのは当たり前。そのうえ、お腹に妙な刻印が刻まれているのだから、なおのこと悔しい気持ちに苛まれる。魔族医師、エリオンの手に掴みかかりながらも詰め寄ってしまう。しかし、頑ななまでに口をわろうとしなかった。そんな中で......
「......エルフェシア」
「え? エルフェシア?」
空気を震わせたその声は、助手。メリッサの口から紡がれたものだった。
すぐに、エリシオンが口止めをする。
「こら、メリッサ。憶測を口にするものではない」
「すみません。ですが、このルーンは......」
「いいから!」
強めに静止されたことで、口をつぐむメリッサ。しかしラントはその名前に記憶があった。脳裏を駆け巡るその名前は、かつての自分を呼び起こすかのような、かき混ぜられる感覚に襲われる。
「なんだ、この記憶......おもい、だせない......」
「いっ!!」
「大丈夫ですか! ラント様!」
「あ、あぁ。ただ、痛いだけ......でも、なんだ? エルフェシア......んんぅ!!」
思い出そうとするほどに、頭に痛みが走る。それはまるで思い出すのを拒んでいるかのように、記憶を妨げている。掴みかかるようにして起き上がっていたラントの体は、ゆっくりと横に寝かされると、いくらか落ち着いていく。
「はぁ、はぁぁ。オレは......過去に......」
「ラント様、落ち着いてください。こちらで解析を進めますから......」
「あ、あぁ。頼みます......」
「はい。魔族医師の名にかけて。お体も安定したようなので......」
ゆっくりと立ち上がると、一度会釈をして部屋を後にしていく。助手のメリッサも一礼をすると医師の後についていく。
静まり返る廊下を歩きながら、魔族医師。エリオンは、頭を抱える。人族と魔族のハーフで、多くの患者を見てきた中で、ごく稀にラントのお腹に浮かんだルーンの紋章を確かに見たことは会った。
「......先生。あれはどう見ても......」
「あぁ、たしかにそうだが、それだとすればどうしてあの姿で済むんだ......?」
「すべてが謎だ......」
「はい......」
「ドラクシオンに戻るぞ!」
「はい」
穏やかな日差しが廊下を歩くふたりを照らし出す中で、エリオンとメリッサのふたりは魔族領ドラクシオンにある病院に戻ることを決めたのだった。
**
見慣れた天井を眺めながらも、女の体になってしまったことは、もうすでに変えることができない。さりとて、ついさっきまでは男の体だったというのに、今は全く別だ。少し動けば胸も動き、その違和感がついて回る。
ゆっくりと体を起こしても、視線を下げれば小高い丘が視界に留まる。意識しないほうが無理で、そこにある。そして何よりも、ずしりと肩に重みを感じては背筋を丸めてしまった。
「はぁぁぁ......」
『......オレ。どうなるんだ? 女になっちゃって......』
ガックリと肩をおとしてしまうラント。
大きなため息をつく丸まった背中を眺めながら、セリアが喝を入れる。
“ぱちん!!”
“いっ!!”
背中を叩く小さな手は、さすが聖騎士。ものすごい勢いで肩甲骨を叩かれ、丸まった背中が一気に伸びる。
「いたっ! 何するんだよ。セリア......」
「なに怖気づいてるのよ......今までのラントはどこに行ったの?」
「怖気づいて?! オレが......」
「そうよ。女になった程度で、へこたれてるんじゃないわよ!」
「なにを。オレだってショックなんだ。いきなりこんなになって......」
「はぁ。それがへこたれてるっていうのよ! シャンとしなさいよ!」
「......セリア」
ベッドに座りながらも、セリアに励まされていくラント。セリアの相変わらずな姿に戸惑いながらも、エリスが駆け寄ってくる。
「団長は、女の子になっても凛々しくて可愛いんですね~」
「エリス? そ、そうか?」
「そうですよ? 目元なんて、キリッとしてて。宝石みたいな赤い瞳で、羨ましいです!」
「......ありがと。エリス、セリアも......」
慕ってくれる後輩に励まされて、胸がいっぱいになってしまった。
--
そうして、ラントは“女”としての生活が始まることになった。当然男とは全く勝手が違い、しばらくの間はセリアが所作を教えてくれる事になる。それでも、物覚えの良かったラントは、セリアから教えてくれることはスッと覚えてしまう。しかし、やはり油断はあるもので......。
「ん?」
「脚......」
「脚? あ......」
「もぅ、気を抜けば、すぐ脚を開くんだから......」
「しかたないだろう? ちょっと前まで男で生活してたんだから......」
「それでも。もぅ、今は女なんだから......」
騎士団の仲間にも女になってしまったことを伝えたものの、いまいち信用されるはずもなく、団員の中には単純な噂話だと、団員を和ませる話題づくりだと、勝手な噂が走るほどだった。普段から、親しげに過ごしていたこともあり、その噂も納得だった。
この日も、基本的に聖騎士としてすることと言えば、事務仕事で部屋から出る必要がなかったというのも相まって、女の姿を団員に見せる機会もなかった。
『......たしかに、女としての振る舞いはまだだからなぁ......』
『それに......スカートに慣れない!! それに、コルセット、キツい......』
長い髪をひとつに纏め、公務をするためにセリアのお抱えメイドから新調してもらって、コルセットやシャツなどの一通り着付けをしてもらったものの、とりあえずの仮の衣装ということもあり、所々がキツい。
まして、男には縁のないコルセットはウェストをキツく締めるため、息苦しさすら感じる。ただ唯一良いのは、胸が楽ということだった。
『コルセット、キツイけど、慣れれば......それ以外......』
『スカート。スースーしすぎだ。それに、布地小さすぎだろう......』
半ばメイドに強制的に履かされてしまったインナーショーツとスカート。慣れるはずもなく、それがかえって内股を促していた。それでも、一通り執務を終えると、ぐっと背伸びをする。
「んんんぅっ......はぁぁ......」
「お疲れ様。ラント......」
「ん、そう言えば、エリスは?」
セリアが一緒に執務をしていたものの、もうひとり。エリスの姿が見えなかった。元々、どこかに落ち着くというものでもなかったこともあり、自由にさせていた。
「多分、団員の相手をしてるんじゃないかな?」
「ん~そうか」
「行ってみる? ラント......」
「ん。そうだね! せっかくだし......」
「この姿をみせて、信用してもらわないと......」
「ふふ、そうね......」
そうして、ラントはセリアと共に騎士団の詰め所にある、修練場へと向かっていく。
ーー
セントリア皇国騎士団。
総団員数、数百名を誇るちょっとした騎士団で、皇女。イザリアの銘のもとで設立された騎士団でもあった。
大理石のような白壁に囲まれた廊下を歩きながら、騎士団の詰め所や修練場へと向かう道すがら、ラントの姿はやはりすれ違う団員の注目を浴びてしまう。団長の特徴を持ちながらも、凛々しく歩く様は、団長の風格を感じさせる。
『......あ、あれ。団長か?!』
『というか、変わりすぎだ......』
『女になったとは、聞いてたが......』
『......エロい!』
そんな団員たちの好奇な目は、ラントの背筋に突き刺さる。
『お前ら......』
『ちょっとは、欲望を隠せ......』
『というか、オレも前はこんな風に見えてたのか......』
『これに気がつくようになったのも、これおおかげか......?』
そう言い、思わずお腹を撫でてしまった。
そんな団員たちが、遠くからついてくるのを感じながらも、修練場に到着すると、案の定。エリスが団員の相手をしていた。
広い木目の目立つ室内で、杖を使いながらしなやかに舞うエリス。支配のスキルは封印して、その杖を使った立ち回りをしていた。魔術師にとっての弱点でもある距離を縮められることに対しての対策をしていた。しかし、団員たちでは役不足のようで......
「ま、参りました......」
「えぇっ。もぅ? はぁぁ......」
呆れているエリスに、見に来たつもりだけだったラントは声をかけてしまった。
「エリスは強いから」
空気を震わせるその声は、修練場に響き団員の注目を浴びてしまう。そして、エリスのひとことでガラリと変わってしまう。
「......あっ! 団長!」
『団長?! あ、あれが......!!』
『ま、マジだったんだ......』
『団長、可愛い......』
『それに、エロい......』
団員の視線がラントに集まり、ボソボソと声が漏れてくる。
『......お前ら......』
『エロいとか言うな。まったく......』
『オレが一番戸惑ってんだから......』
団員たちの声に頭を抱えていると、テトテととエリスが駆け寄ってくる。その手には、しっかりと木刀がふたつ握られていた。
「団長! お手合わせを。その姿に慣らすためにも......」
「それは、そうだけど......」
そう言い、周囲をちらりと見る。
団員たちの注目は相変わらずで、手合わせを見たい。と口にこそしないものの、注目するその目が言っていた。そんな、視線に背中を押されるようにして、木刀を手にする。
この道場には、木剣と木刀の二種類あり、木剣はレイピアなどの両刃向けで、木刀は片刃向けとして用意されていた。ラントは元々二刀流の片刃使いで、いつものように構える。すると、それだけで道場の空気がガラリと変わる。
『やばぁ......団長、女の子になっても、かっこいい......♡』
『というか、男のときでもカッコよかったけど......』
『こっちも、やばい......♡』
意識を周囲に張り巡らせるようにして、呼吸を整えるラント。その姿は、男だろうと女だろうと関係がなかった。吸い付く手の感触、木刀二本の柄を握る感覚は多少違ったとしても、すり合わせをすればいい。
『ん。男の体より、繊細に動かせるのか?』
「団長さん。お願いします」
「あぁ、エリス。行くよ?」
「はい!」
その刹那だった、床を蹴るようにして動いたラントの体は、次の瞬間。エリスの前にいた。おおよそ数メートルはあろうかと言う距離を、ものの一瞬で動いて見せる。
「ふっ!」
「なっ!? ぐっ!!」
そのあまりの早業は、布の揺れや音が後から届くほどで、エリスの後ろにいた団員に強い風が吹いたかのように煽らえてしまう。
『マジだ。やっぱり団長だ!』
『すげぇ。女になっても強い!!』
もちろん、ラントは最初から当てるつもりなどなく、ただ。女の体でどれくらい動けるかを確かめたかっただけ。しかし、思いの外軽く動けたことで、セリアのスキルを超えてしまっていた。
「す、すまない......」
「い、いえ......」
そういい、一度。間合いを取り直す。呼吸を整えるようにして、もう一度構え直すラントと引き換えに、エリスの鼓動は高鳴ってしまった。
「.........!!」
『やばぁ。マジで強い!!』
『しかも、かっこいい!!』
『セリアのレイピアを受けたこともあるけど...あの倍近く早い......』
『たまらない......♡ 団長。かっこいい~♡』
“かんっ! かんっ!!”
それからも、何度か木刀と杖が鍔迫り合いをするも、ふたりの攻防を目で追える団員は数少なく、そのふたりの威圧に圧倒されてしまっていた。一方で、女の体に慣れ始めるラントは、動きが次第に洗練されていた。
そして、約。数分間の間。エリスとラントの打ち合いが続くと、互いに息が上がってしまった。その間、周囲の団員はふたりの鍔迫り合いに釘付けになっていた。
『こんなの、相手できない......』
『あぁ、さすが団長だ。女になっても強い!』
『......それに......エロい!!』
ヒラヒラと風に舞う団長の服は、動きやすさはもちろんの事、団員たちの目を釘付けにしていた。
「はぁ、はぁぁ。ありがとう、エリス......」
「だいぶ、この体に慣れたよ......」
そういい、その場でジャンプしてみせる。身体の動きにあわせて、その大きな胸も揺れるが、その揺れすら利用するように、身のこなしが熟達していた。
そんな、未だ大きく息が上がっていないラントの様子に、胸がいっぱいになってしまったエリスは、感激を表すようにしてその胸に飛び込む。
「団長!!」
「おぉっ。何だ? エリス......?」
「かっこいいです! さすが団長!!」
「そ、そうか?」
そうして、胸に飛び込んでくるエリスの頭を撫でてあげるラント。
そんなふたりを眺めながら、団員たちはそれぞれの鍛錬へと向かっていく。道場内の緊張が解かれ、いつもの喧騒へと変わっていた。そんな団員たちの邪魔をしないようにと、入口へとむかう。
「......ラント」
「セリア......」
ラントとエリスを出迎えるようにしてセリアが向かい合う。どこか深刻そうな表情をしながらも、まっすぐに眺める。澄んだ瑠璃色の瞳にラントの姿が映るほど、まっすぐと眺める。
「どうしたの? セリア......」
「ラント......」
「ん? なに。セリア......」
「あとで、付き合ってもらうわよ?」
「付き合う? あ、あぁ......」
「えぇっ、付き合う?!」
面と向かって付き合うという言葉に、敏感に反応したエリスの驚きの声と共に、修練場内はラントとセリアが付き合うという話になってしまったのだった。
--
肩を隠すほどに長い黒髪を揺らしながら歩くセリア。その後ろ姿を眺めながらも、ラントがついて歩く。その後ろ姿は、どこか起こっているようにも見え、不思議でしかなかった。
「お、オレ。何かした? ただ、エリスと相手をしただけだけど......」
「そのことではないわ......」
「それじゃ、付き合うって......?」
ほんのりと頬を染めながらも、ラントの前を歩くセリア。幸いにも午後の昼下がり、鍛錬も終わったこともあり、少し汗ばんだ程度だった。そして、何度か廊下の曲がり角を曲がったとこでセリアが立ち止まる。
「ねぇ、ラント......」
「ん? どうした、セリア......」
「......あなた。ブラジャー。してる?」
ほんのりと頬を染めながら口にした言葉に、ラントは耳を疑った。
実際。コルセットをつける際に胸の下を締め付ける事になるため、ブラジャーはいらないと思っていた。そのうえ、付けない理由もあった。
「いや、だって、コルセットしてるし。メイド付けてくれなかったよ?」
「そ、そうよね......んぅ......」
「ん?」
つかつかとラントの横を歩くセリアには、薄々気がついていた。横目でチラリと胸元を眺める。
『......私より......大きいものね......』
『私のメイドにもいないもの、ラントみたいに大きい子......』
しかし、そんなことなど全く分からないラントは、ただセリアについていくことしかできなかった。
「いいから、ついてきて。ラント......」
「だから、どこに行くのかだけでも......」
「いいから! ね!」
「......う、うん」
有無を言わさないセリアに気圧されるようにして、行き先も分からずついて歩く事になったのだった。
前回。魔族国。ドラクシオンから逃げてきたであろう魔術師集団の捕縛に成功したものの、皇国騎士でもあるラントは、不意打ちの攻撃をその身で受けてしまう。幸い、命に別状はなかったものの、長く苦痛に苛まれる事になってしまった。
捕らえた魔術師が地下牢でほくそ笑む中で、聖騎士ラントは病床でうなされる事になってしまう。そんな中で息苦しさを覚え、いよいよと思ったその時だった。魔術師が残した魔法が発動してしまったのだった。
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見慣れた天井、使い慣れたベッド。
ラントを心配して駆け寄るセリアとエリス。そして、若き皇女でもあるイザリアとその主席顧問のカエリクス。そして、魔族国。ドラクシオンから派遣されたであろう医師、エリオンと助手、メリッサの大勢がラントのベッドを囲んでいた。
あまりの物々しい様子に、生きていることを確かめる実感を得るのも苦労するほどだった......。
『苦しい...声も出にくい......』
『オレの体はどうなったんだ?』
『生きては......いるみたいだけど......?』
両手を抑えられ、身動きが取れないラントは視界に映る見慣れた顔を見やっても、驚いた表情をするばかりだった。右腕として寄り添うことの多かったセリアは呆れて頭を抱え、後輩のエリスに関しては目を輝かせていた。
「みんな、どうなって......」
「ん?!」
何気なく発したその言葉で、何かがおかしい事に気づく。
『オレ。声が変わってる?! いや、声だけじゃない......!?』
目を丸くして驚いていたラントを見たエリスが、化粧用の手鏡を取り出す。
「これが、今の団長っすよ~」
「ん? んんんんっ?!」
渡された手鏡に映っていたのは、絹のようなきめ細やかな白髪に赤い瞳。男の頃を強く引き継いだ、美少女がそこにいた。キリッとした目元に整った鎖骨、それらすべてが今までとは全く違っていた乗った。元々白髪の短髪だったその髪は長くなり、目元はキリッと大きくなっている。
『......なんだ。このかわいい女は......』
『ん? あれっ?』
『......これ』
『............オレか?!』
頬を擦れば鏡の向こうの美少女も頬を触る。
頬を摘めば、鏡の向こうも摘む。その繰り返しをしていると、エリスがひょっこりと顔を覗かせる。
「これが、今の団長だよ~」
「かわいい~」
「は、はぁぁぁぁぁぁぁあぁ?!」
『これが、オレだとぉぉぉぉっ!!』
ツインテールを小刻みに揺らし、翡翠色の瞳が楽しげに団長を眺めている。肩を出した魔術騎士の格好で楽しげに寄り添うエリス。男のときなら気にしたであろう距離も、今や全く気にすることはなかった。
それにあわせ、積極的に触れてくる柔らかな体が、また“別の感触”をラントに与える。男なら縁がなく、興奮するはずのものだった。
“むにっ......”
『むにっ? なっ!!』
それは、男の頃にはあるはずもない“胸”というものだった。
もっちりとして柔らかな扇型の膨らみは、平らだったラントの胸板に膨らみを生んでいた。仰向けに横になり、息苦しさを感じていた感覚に納得ができた。
『こりゃ。息苦しいわけだ......』
『おっぱい、デカイ!!』
『......お、女になったのか。オレ......』
『どうするんだよ......これぇ......』
聖騎士として大成を成し、かつては皇女の騎士として勤め上げたラントが、今や形はなくすっかり女になってしまっている。それに合わせて、すっかり声まで変わり、男らしさなど見る影もなかった。
唯一の救いだったのは、傍らに寄り添っていた皇女。イザリアに女になってしまったとはいえ、生きて会えたということだ。
「イザリア皇女。あなたの騎士は、こうして女になってしまいました......」
「これでは、お役に......」
『すみません、皇女殿下......オレは......』
小さな手を握り、あれほど悲しんでいた彼女の騎士として、約束を果たせなかった事に肩を落としていたラントだったが、その答えは全く違うものだった。
「いいえ、何を言うんです。ラント......」
「殿下......」
ラントの手をしっかりと握り直すイザリアは、潤んだ藤色の瞳に決意を宿らせながらも、ハッキリとした口調で言い放つ。
「あなたは私の騎士よ! たとえ女になったとしても!」
「殿下! よろしいんですか?」
「えぇ、それに......」
「それに?」
凛々しく決意した直後、もじもじと頬を染めながら視線をそらすと、付け加えて......。
「これで、一緒にお着替えができますわ!」
「......えぇっ?! そ、それは......」
「んんぅ......」
丹精な顔立ちを隠すように後れ毛に、隠しきれないほど頬を染めてしまっていたイザリア。もじもじと、同性になったことを喜んでいる家のようにも見えてしまうように、悶えていた。そんな傍らにいたカエリクスが、ラントの無事に胸をなでおろした所で耳打ちをする。
「......殿下。そろそろ......」
「ひゃいっ!」
突飛な声と共に我に返ると、皇女としての顔へと戻っていたイザリア。
「ごほん。それでは、これからも頼みますわ。ラント騎士団長“様”」
「はっ!」
「ふふっ......」
楽しげな笑みを見せたあと、イザリアは踵を返すようにして凛々しい後ろ姿を見せながらも、ラントの部屋を後にする。
そして、残ったラントはというと、寝間着を開けられて肌も露わになっていたものの、その臍の下には、何やら刻印が刻まれていた。それは、おおよそ聖騎士の体にあって良いものではなかった。
「くっ! オレの体にこんなものを......奴隷じゃないんだが......」
「いいえ。ラント様、これは奴隷商人が使う紋章ではないです」
「は? それじゃ、また違う何かなのか? 教えてくれ......オレにもわからないんだ......」
「お、落ち着いてください。ラント様......」
女の体になっただけでも困惑するのは当たり前。そのうえ、お腹に妙な刻印が刻まれているのだから、なおのこと悔しい気持ちに苛まれる。魔族医師、エリオンの手に掴みかかりながらも詰め寄ってしまう。しかし、頑ななまでに口をわろうとしなかった。そんな中で......
「......エルフェシア」
「え? エルフェシア?」
空気を震わせたその声は、助手。メリッサの口から紡がれたものだった。
すぐに、エリシオンが口止めをする。
「こら、メリッサ。憶測を口にするものではない」
「すみません。ですが、このルーンは......」
「いいから!」
強めに静止されたことで、口をつぐむメリッサ。しかしラントはその名前に記憶があった。脳裏を駆け巡るその名前は、かつての自分を呼び起こすかのような、かき混ぜられる感覚に襲われる。
「なんだ、この記憶......おもい、だせない......」
「いっ!!」
「大丈夫ですか! ラント様!」
「あ、あぁ。ただ、痛いだけ......でも、なんだ? エルフェシア......んんぅ!!」
思い出そうとするほどに、頭に痛みが走る。それはまるで思い出すのを拒んでいるかのように、記憶を妨げている。掴みかかるようにして起き上がっていたラントの体は、ゆっくりと横に寝かされると、いくらか落ち着いていく。
「はぁ、はぁぁ。オレは......過去に......」
「ラント様、落ち着いてください。こちらで解析を進めますから......」
「あ、あぁ。頼みます......」
「はい。魔族医師の名にかけて。お体も安定したようなので......」
ゆっくりと立ち上がると、一度会釈をして部屋を後にしていく。助手のメリッサも一礼をすると医師の後についていく。
静まり返る廊下を歩きながら、魔族医師。エリオンは、頭を抱える。人族と魔族のハーフで、多くの患者を見てきた中で、ごく稀にラントのお腹に浮かんだルーンの紋章を確かに見たことは会った。
「......先生。あれはどう見ても......」
「あぁ、たしかにそうだが、それだとすればどうしてあの姿で済むんだ......?」
「すべてが謎だ......」
「はい......」
「ドラクシオンに戻るぞ!」
「はい」
穏やかな日差しが廊下を歩くふたりを照らし出す中で、エリオンとメリッサのふたりは魔族領ドラクシオンにある病院に戻ることを決めたのだった。
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見慣れた天井を眺めながらも、女の体になってしまったことは、もうすでに変えることができない。さりとて、ついさっきまでは男の体だったというのに、今は全く別だ。少し動けば胸も動き、その違和感がついて回る。
ゆっくりと体を起こしても、視線を下げれば小高い丘が視界に留まる。意識しないほうが無理で、そこにある。そして何よりも、ずしりと肩に重みを感じては背筋を丸めてしまった。
「はぁぁぁ......」
『......オレ。どうなるんだ? 女になっちゃって......』
ガックリと肩をおとしてしまうラント。
大きなため息をつく丸まった背中を眺めながら、セリアが喝を入れる。
“ぱちん!!”
“いっ!!”
背中を叩く小さな手は、さすが聖騎士。ものすごい勢いで肩甲骨を叩かれ、丸まった背中が一気に伸びる。
「いたっ! 何するんだよ。セリア......」
「なに怖気づいてるのよ......今までのラントはどこに行ったの?」
「怖気づいて?! オレが......」
「そうよ。女になった程度で、へこたれてるんじゃないわよ!」
「なにを。オレだってショックなんだ。いきなりこんなになって......」
「はぁ。それがへこたれてるっていうのよ! シャンとしなさいよ!」
「......セリア」
ベッドに座りながらも、セリアに励まされていくラント。セリアの相変わらずな姿に戸惑いながらも、エリスが駆け寄ってくる。
「団長は、女の子になっても凛々しくて可愛いんですね~」
「エリス? そ、そうか?」
「そうですよ? 目元なんて、キリッとしてて。宝石みたいな赤い瞳で、羨ましいです!」
「......ありがと。エリス、セリアも......」
慕ってくれる後輩に励まされて、胸がいっぱいになってしまった。
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そうして、ラントは“女”としての生活が始まることになった。当然男とは全く勝手が違い、しばらくの間はセリアが所作を教えてくれる事になる。それでも、物覚えの良かったラントは、セリアから教えてくれることはスッと覚えてしまう。しかし、やはり油断はあるもので......。
「ん?」
「脚......」
「脚? あ......」
「もぅ、気を抜けば、すぐ脚を開くんだから......」
「しかたないだろう? ちょっと前まで男で生活してたんだから......」
「それでも。もぅ、今は女なんだから......」
騎士団の仲間にも女になってしまったことを伝えたものの、いまいち信用されるはずもなく、団員の中には単純な噂話だと、団員を和ませる話題づくりだと、勝手な噂が走るほどだった。普段から、親しげに過ごしていたこともあり、その噂も納得だった。
この日も、基本的に聖騎士としてすることと言えば、事務仕事で部屋から出る必要がなかったというのも相まって、女の姿を団員に見せる機会もなかった。
『......たしかに、女としての振る舞いはまだだからなぁ......』
『それに......スカートに慣れない!! それに、コルセット、キツい......』
長い髪をひとつに纏め、公務をするためにセリアのお抱えメイドから新調してもらって、コルセットやシャツなどの一通り着付けをしてもらったものの、とりあえずの仮の衣装ということもあり、所々がキツい。
まして、男には縁のないコルセットはウェストをキツく締めるため、息苦しさすら感じる。ただ唯一良いのは、胸が楽ということだった。
『コルセット、キツイけど、慣れれば......それ以外......』
『スカート。スースーしすぎだ。それに、布地小さすぎだろう......』
半ばメイドに強制的に履かされてしまったインナーショーツとスカート。慣れるはずもなく、それがかえって内股を促していた。それでも、一通り執務を終えると、ぐっと背伸びをする。
「んんんぅっ......はぁぁ......」
「お疲れ様。ラント......」
「ん、そう言えば、エリスは?」
セリアが一緒に執務をしていたものの、もうひとり。エリスの姿が見えなかった。元々、どこかに落ち着くというものでもなかったこともあり、自由にさせていた。
「多分、団員の相手をしてるんじゃないかな?」
「ん~そうか」
「行ってみる? ラント......」
「ん。そうだね! せっかくだし......」
「この姿をみせて、信用してもらわないと......」
「ふふ、そうね......」
そうして、ラントはセリアと共に騎士団の詰め所にある、修練場へと向かっていく。
ーー
セントリア皇国騎士団。
総団員数、数百名を誇るちょっとした騎士団で、皇女。イザリアの銘のもとで設立された騎士団でもあった。
大理石のような白壁に囲まれた廊下を歩きながら、騎士団の詰め所や修練場へと向かう道すがら、ラントの姿はやはりすれ違う団員の注目を浴びてしまう。団長の特徴を持ちながらも、凛々しく歩く様は、団長の風格を感じさせる。
『......あ、あれ。団長か?!』
『というか、変わりすぎだ......』
『女になったとは、聞いてたが......』
『......エロい!』
そんな団員たちの好奇な目は、ラントの背筋に突き刺さる。
『お前ら......』
『ちょっとは、欲望を隠せ......』
『というか、オレも前はこんな風に見えてたのか......』
『これに気がつくようになったのも、これおおかげか......?』
そう言い、思わずお腹を撫でてしまった。
そんな団員たちが、遠くからついてくるのを感じながらも、修練場に到着すると、案の定。エリスが団員の相手をしていた。
広い木目の目立つ室内で、杖を使いながらしなやかに舞うエリス。支配のスキルは封印して、その杖を使った立ち回りをしていた。魔術師にとっての弱点でもある距離を縮められることに対しての対策をしていた。しかし、団員たちでは役不足のようで......
「ま、参りました......」
「えぇっ。もぅ? はぁぁ......」
呆れているエリスに、見に来たつもりだけだったラントは声をかけてしまった。
「エリスは強いから」
空気を震わせるその声は、修練場に響き団員の注目を浴びてしまう。そして、エリスのひとことでガラリと変わってしまう。
「......あっ! 団長!」
『団長?! あ、あれが......!!』
『ま、マジだったんだ......』
『団長、可愛い......』
『それに、エロい......』
団員の視線がラントに集まり、ボソボソと声が漏れてくる。
『......お前ら......』
『エロいとか言うな。まったく......』
『オレが一番戸惑ってんだから......』
団員たちの声に頭を抱えていると、テトテととエリスが駆け寄ってくる。その手には、しっかりと木刀がふたつ握られていた。
「団長! お手合わせを。その姿に慣らすためにも......」
「それは、そうだけど......」
そう言い、周囲をちらりと見る。
団員たちの注目は相変わらずで、手合わせを見たい。と口にこそしないものの、注目するその目が言っていた。そんな、視線に背中を押されるようにして、木刀を手にする。
この道場には、木剣と木刀の二種類あり、木剣はレイピアなどの両刃向けで、木刀は片刃向けとして用意されていた。ラントは元々二刀流の片刃使いで、いつものように構える。すると、それだけで道場の空気がガラリと変わる。
『やばぁ......団長、女の子になっても、かっこいい......♡』
『というか、男のときでもカッコよかったけど......』
『こっちも、やばい......♡』
意識を周囲に張り巡らせるようにして、呼吸を整えるラント。その姿は、男だろうと女だろうと関係がなかった。吸い付く手の感触、木刀二本の柄を握る感覚は多少違ったとしても、すり合わせをすればいい。
『ん。男の体より、繊細に動かせるのか?』
「団長さん。お願いします」
「あぁ、エリス。行くよ?」
「はい!」
その刹那だった、床を蹴るようにして動いたラントの体は、次の瞬間。エリスの前にいた。おおよそ数メートルはあろうかと言う距離を、ものの一瞬で動いて見せる。
「ふっ!」
「なっ!? ぐっ!!」
そのあまりの早業は、布の揺れや音が後から届くほどで、エリスの後ろにいた団員に強い風が吹いたかのように煽らえてしまう。
『マジだ。やっぱり団長だ!』
『すげぇ。女になっても強い!!』
もちろん、ラントは最初から当てるつもりなどなく、ただ。女の体でどれくらい動けるかを確かめたかっただけ。しかし、思いの外軽く動けたことで、セリアのスキルを超えてしまっていた。
「す、すまない......」
「い、いえ......」
そういい、一度。間合いを取り直す。呼吸を整えるようにして、もう一度構え直すラントと引き換えに、エリスの鼓動は高鳴ってしまった。
「.........!!」
『やばぁ。マジで強い!!』
『しかも、かっこいい!!』
『セリアのレイピアを受けたこともあるけど...あの倍近く早い......』
『たまらない......♡ 団長。かっこいい~♡』
“かんっ! かんっ!!”
それからも、何度か木刀と杖が鍔迫り合いをするも、ふたりの攻防を目で追える団員は数少なく、そのふたりの威圧に圧倒されてしまっていた。一方で、女の体に慣れ始めるラントは、動きが次第に洗練されていた。
そして、約。数分間の間。エリスとラントの打ち合いが続くと、互いに息が上がってしまった。その間、周囲の団員はふたりの鍔迫り合いに釘付けになっていた。
『こんなの、相手できない......』
『あぁ、さすが団長だ。女になっても強い!』
『......それに......エロい!!』
ヒラヒラと風に舞う団長の服は、動きやすさはもちろんの事、団員たちの目を釘付けにしていた。
「はぁ、はぁぁ。ありがとう、エリス......」
「だいぶ、この体に慣れたよ......」
そういい、その場でジャンプしてみせる。身体の動きにあわせて、その大きな胸も揺れるが、その揺れすら利用するように、身のこなしが熟達していた。
そんな、未だ大きく息が上がっていないラントの様子に、胸がいっぱいになってしまったエリスは、感激を表すようにしてその胸に飛び込む。
「団長!!」
「おぉっ。何だ? エリス......?」
「かっこいいです! さすが団長!!」
「そ、そうか?」
そうして、胸に飛び込んでくるエリスの頭を撫でてあげるラント。
そんなふたりを眺めながら、団員たちはそれぞれの鍛錬へと向かっていく。道場内の緊張が解かれ、いつもの喧騒へと変わっていた。そんな団員たちの邪魔をしないようにと、入口へとむかう。
「......ラント」
「セリア......」
ラントとエリスを出迎えるようにしてセリアが向かい合う。どこか深刻そうな表情をしながらも、まっすぐに眺める。澄んだ瑠璃色の瞳にラントの姿が映るほど、まっすぐと眺める。
「どうしたの? セリア......」
「ラント......」
「ん? なに。セリア......」
「あとで、付き合ってもらうわよ?」
「付き合う? あ、あぁ......」
「えぇっ、付き合う?!」
面と向かって付き合うという言葉に、敏感に反応したエリスの驚きの声と共に、修練場内はラントとセリアが付き合うという話になってしまったのだった。
--
肩を隠すほどに長い黒髪を揺らしながら歩くセリア。その後ろ姿を眺めながらも、ラントがついて歩く。その後ろ姿は、どこか起こっているようにも見え、不思議でしかなかった。
「お、オレ。何かした? ただ、エリスと相手をしただけだけど......」
「そのことではないわ......」
「それじゃ、付き合うって......?」
ほんのりと頬を染めながらも、ラントの前を歩くセリア。幸いにも午後の昼下がり、鍛錬も終わったこともあり、少し汗ばんだ程度だった。そして、何度か廊下の曲がり角を曲がったとこでセリアが立ち止まる。
「ねぇ、ラント......」
「ん? どうした、セリア......」
「......あなた。ブラジャー。してる?」
ほんのりと頬を染めながら口にした言葉に、ラントは耳を疑った。
実際。コルセットをつける際に胸の下を締め付ける事になるため、ブラジャーはいらないと思っていた。そのうえ、付けない理由もあった。
「いや、だって、コルセットしてるし。メイド付けてくれなかったよ?」
「そ、そうよね......んぅ......」
「ん?」
つかつかとラントの横を歩くセリアには、薄々気がついていた。横目でチラリと胸元を眺める。
『......私より......大きいものね......』
『私のメイドにもいないもの、ラントみたいに大きい子......』
しかし、そんなことなど全く分からないラントは、ただセリアについていくことしかできなかった。
「いいから、ついてきて。ラント......」
「だから、どこに行くのかだけでも......」
「いいから! ね!」
「......う、うん」
有無を言わさないセリアに気圧されるようにして、行き先も分からずついて歩く事になったのだった。
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