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第23話(2章11話)囚われの聖女と神託の指輪 Ⅰ
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静まり返る聖堂。
ステンドグラスから差し込む月明かりは、何処か儚げに聖堂の中を照らし出す。しかし、外の喧騒は聞こえず、動くのをやめたかのような静寂に包まれていた。
どんな聖女や女神だとしても、不治の病。白潮病《はく し びょう》によって石化し、御身体《ご しん たい》として祀《まつ》られることになる。しかしそれは、自然の理《ことわり》として伝えられ、だれも不思議とは思っていない。
『本当に良いのか? こうして捕らえてしまって……』
紺色の法衣《ローブ》の外套《フード》を目深に被りながらも、悩み続けるひとりの女。アリアンテ。深淵教会聖騎士として、頭を抱える。かつて、女神を純粋に信奉していた教会も、いつしか道が外れていた。
その手には指輪がはめられ、聖女の加護を得られる神託の指輪がつけられている。怪しく光る紅玉《こう ぎょく》は、聖女の力をマナに変換して保管し、力として行使できる。
「これでは、聖女様はただの『補給装置』ではないか」
剣に手を掛けながらも、しかめる。
「深くは考えるな。良いな? 深淵教会のためだ」
「しかし、これでは。聖女様を、道具のように……」
「ならば問おう。お主のその力は、誰のおかげだ?」
「誰の恩恵を受けて動いているのだ?」
「ぐっ……!」
苔むした岩肌のような深いシワに、年季の入る眉。深淵教会の司祭はその指輪に魅了されていた。
「かつて、忍ぶようにして信仰を始めた我が深淵教会も、この指輪のおかげで神聖な御技《み わざ》を行使できるのだ」
「聖女様には、我々を守護してもらい。その力を分け与えてもらえる『器』を、我々は手にしているのだよ」
「その身を代償としないだけでも、恵まれていると思わぬのか? お主…」
司祭の言葉に、その力を行使している聖騎士として、うなずく事しかできないアリアンテ。
「……あぁ、そうだな」
「改めるよ。司祭、私は深淵教会の聖騎士だからな」
司祭の話を聞きながらも、聖堂の中央部にある女神像のように吊るされている聖女の様子に、かつての記憶が残像のように重なる……
「ぐっ!」
『……まただ。また、この記憶だ……』
『もう、忘れたはずだ。はずなのに、どうして……』
外套《フード》に手をいれ、頭を抑えるアリアンテ。その記憶に焼き付くような残滓は、今も続いていた……
--
吊るされながらも、かろうじて息はあるラント。朦朧《もう ろう》とする意識の中で、マナを吸われた脱力感で力がでなかった。そんな状態で聞こえる華やかな声は、ラントの意識と重なり合っていく。
『あぁ。まだ、続いているのですね』
『……誰だ?』
『不思議な方。聖女でありながら、男性なのね。とても興味深いわ♪』
親しげに話すその声は、どこか深みのある。それでいて包み込むような優しげな声だった。
『でも、男性なのに、女性の姿。とても不思議だわ』
気がついた時には、見知らぬ水平線にいた。
どこまでも続く水平線。上もなく、下もない。でも、そこは静かでとても安心できるような場所だった。鏡のように反射する眩しいほどの水平線に映るのは、男の姿でありながら体は女のままだった。
その不思議な空間の中で、ひとりの少女が出迎える。それは、ラントと同じ白髪だったものの、澄んだ青色をしていて海を溶かしたような美しい眼差しでラントを見上げていた。
「ねぇねぇ。あなたはどっちなの? 男? 女?」
「ほんと、見た目はお姉さんなのに、鏡に映るあなたはお兄さん♪」
「あなた、不思議ね♪」
ラントの周りを楽しげにまわる少女は、聖女の法衣《ローブ》を着ている様子をしげしげと眺める、水面に映る男のラントもちゃんとした法衣を着ている。鏡写しのような状態で内面と表面を表していた。
「お、オレは……死んだのか?」
「確か、マナを吸われて……」
「そうだ、司祭が付けていた指輪に……」
頭を抑えながらも、記憶が蘇るラント。
フラッシュバックするように、これまでの出来事が蘇ってくる。
*
村での浄化の後、国外れに作られた野営地に張られたテントの中で休んでいたふたり。特にアレスティナの方はラントのマナの循環によって膨大な浄化能力を発動したこともあり、横になっていた。
寄り添うようにしてベッドに腰を下ろし、ギシッと独特な音を響かせながらも、疲れて横たわるアレスティナの頬に手を添える。本当に聖女としては幼く、10代半ばに差し掛かったばかりのように見える。そんな華奢な子がめいいっぱい浄化の力を使ったのだから、納得だった。
「今は、ゆっくり……」
「んぅ……ラント」
「ふふっ……」
時々、記憶の再生が止まり、今へと戻ってくる。
「……あぁ、そうだ。オレは、あの後」
「そうね、あなた。本当に凛々しかったわ」
「あぁ、奴らが来たんだ……」
「えぇ、深淵教会の…聖騎士」
「聖騎士? あれが……?」
「オレの知ってる聖騎士とは……」
そう言うと、興味深くしていた少女が、そっと手を添える。そのひんやりとした冷たい指先が、思考を整理させていく。
「そう、貴女も聖騎士なのよね。その上、聖女。だから、気になるの」
「私だけではできなかったことが、貴女にならできる」
「はぁ? それって、どういう……」
「ん、続きを思い出して……」
ラントの頬に冷たい手が重なると、意識はスッと戻されてしまう。
*
紺色の法衣《ローブ》と外套《フード》を目深に被った数名を従えたひとりの女性は、恭しく頭を下げる。その姿は、どう見ても盗賊と言った類ではなく、ラントと同じ。レーネ教の信者であり、信奉者のように見えていた。
それでいて、その腰には帯刀されていて、どこか騎士風に見えた。しかし、それでいてそこを動かないという……確固たる意志が感じられた。
「聖女、ラント様。お迎えにあがりました」
「えっと…オレは、彼女。アレスティナのそばを離れられないんだが……」
「では、アレスティナ様もご一緒に」
片膝をついて敬わりながら話す様子だったものの、ここから何処かに向かうというその言葉は、明らかにマリヴェイラの意思に反していた。それに何よりも、名乗らないのが一番怪しい。
「まずは、名乗るべきではないのか?」
キリリと威圧を込めた眼差しで見るラントに、場の空気が凍りつく。ひとりの女性を除いてふたりは、その威圧に萎縮してしまうほどだった。
「ひっ!」
「……こ、こえぇぇ」
「…怖気づくな」
部下たちを制するようにして、もう一度。頭を下げる女。
「そう、でしたね。申し遅れました。我々は……」
「深淵教会《しんえん きょうかい》聖騎士。アリアンテとお付きのものです」
「ここには、聖女。ラント様をお迎えに馳せ参じました」
「我々と、共に。いらしてください」
しっかりと礼を尽くし、攻撃もせずに説明する相手に、こちらから手を出すほど好戦的でもない。
「はぁ、分かった」
「ついて行く」
テントの中で起こった出来事が全て蘇ると、その後の記憶と結びついていく。地下にある教会に連れて行かれ、吊るされてからというものマナを吸われて気を失ったのだった。
「あぁ、そうだ。オレは……」
「そう、聖女の恩恵に依存してしまったの彼ら」
「彼女、アリアンテは私。マリスティアを守る聖騎士だったの。でも、私は……」
悲しそうに瞳を潤ませながらも、視線を逸らすマリスティア。その場所がどこだろうと関係なく、ラントは目の前で困っている少女をただ見ていることはできなかった。
◇◇◇
彼女。アリアンテには絶望が待ち受けていた。ゆっくりと石化をしていく聖女マリスティアを守る聖騎士として、成す術がなく。ただの『石像』へと変わる様子を見ている事しかできなかった。
その絶望は図り知れず、幼い頃から寄り添っていた聖女が、司祭の思惑に躍らされて指輪の糧でもあり、動力源とされてしまったのだから。
『あの時。私は、どうすれば良かったんだ?』
『お前は、自ら。贄《にえ》となることを選んでいた……』
『だが、私は……私は。なってほしくなかった!』
教会の壁に背中を預け、両足を抱えながらも顔をしかめるアリアンテ。そんな彼女の前では、祭壇に祀り上げられているラントを崇めながら詠唱を始めると、その体が光り始める。
「ぐっ! んはぁっ!」
マナが吸われ、全身から力が抜けていくラント。かろうじてマナの枯渇こそ無いものの、ドッと疲労が押し寄せる。しかも、それが男の体ならまだしも、今は女でもあり体力がそもそも違う……
「おぉっ! 凄まじい力だ……」
「今度の聖女様は、膨大なマナを持たれているようだ……」
「くふふふ……」
『かつて、聖騎士だったと聞くからの』
『おそらく、マナに適正があるのだろうて……』
「このお方こそ、我々。深淵教会に賜った、真正の女神様じゃ!」
「おぉぉっ!!!!」
歓声を上げる信徒たちを眺めながらも、強制的に呼び戻されたラントは顔をしかめる。
「はぁ、はぁぁぁ……」
『まったく、オレが聖女だろうと関係なしだなぁ……』
『そんなに力に飢えてるのか……』
それでも、女の体な影響は強く。すぐに意識を失ってしまった。
「くっ……」
『これが、男の体なら。もう少し耐えれるんだが……』
『今のオレは、聖(女)だから……』
力なく項垂れるとその意識は、見知らぬ場所へと飛ばされる。
何度もマナを吸われながらも石化する様子のない聖女ラントの様子に驚きながらも、苦しむ様子を見ていられないアリアンテ。流石に見かねて声を上げる。
「もう、良いだろ。十分にマナは補給したはず」
「これ以上のマナは……」
司祭に詰め寄るアリアンテ。
「まだ、若いの。聖騎士アリアンテ」
「なにっ?」
しかし、その思いと感情は、あっさり跳ね除けられる。
「力じゃよ。たとえ、信仰を集めようとも、抗える力無くば滅ぶもよの。そうとは思わぬか? その極地にたどり着いておらぬか、聖騎士ともあろう方が……」
「ぐっ……!」
司祭の言い分もわかる。信仰を守るのも聖女を守るのにも『力』は必要。それは、聖女を守る聖騎士であるアリアンテが一番理解している。
「しかし。これ以上は、聖女様の体が……」
絞り出すようにして口にする言葉すら、司祭を動かすことはできず。むしろ、ほくそ笑むようにして返されてしまう。
「お主は、まだ。囚われているのか? 先代の聖女様……」
「マリスティア様に」
「なっ!」
「あの、幼く、そして若く純粋な聖女様は、我々の糧となったのだよアリアンテ」
「お主も、若いのぅ。お主も付けている指輪に、宿っているとは考えぬのか? その行使する力の一部は、マリスティア様が残された力と、考えぬか。だから、若いと言うのだ!」
「くっ!」
あまりの言い草に、口をつぐんでしまったアリアンテ。
『……マリスティア様、深淵教会はもぅ……』
『あなたが遺そうとした教会は、すでに……』
絶望に打ちひしがれながらも、自らも女神の指輪をして力を行使していることもあり、何も言えなくなってしまった。
鏡のように水面に映し出される光景は、腐敗しきった教会の姿だった。その様子に、悔しさで顔を歪ませるラント。
「腐ってる。力がそんなに必要か?」
腹立たしい気持ちに包まれ顔をしかめるようすに、そっと優しげな手が添えられる。
「そんな顔をしないで。綺麗なお顔が台無し……」
「だが、これは……。これでは……アリアンテの献身が!」
「ラントさんは優しいのね。私が望んでしたことだけれど、それがアリアンテを苦しめてる」
「私のせいでもあるのに、そのためにあなたも悲しんでくれるのね」
「……当たり前だ! こんなの……ない! ありえない……」
膝をつくラントにマリスティアがそっと手を絡めて、抱くように包む。腹立たしい気持ちだけがラントを駆り立てていた。
--
ラントの不在に気づいた中央テントでは、慌ただしく聖騎士たちが駆け回る様子は事態の緊急性を表すほどだった。そのうえ、レーネ教の本部を置いていたテントから、あろうことかレーネ教の聖女の姿が消えたのだから、大事《おお ごと》だ。
「探せ! 大至急だ!」
「はっ!」
『なんということだ! よりにもよって、ラント様が捕らえられるなんて……』
枢機卿《すうききょう》のマリヴェイラが、街並み地図を眺めながら頭を抱える。総動員で探したいのも山々で、おおよそラントを捕らえた者たちの想像はつく。
しかし、その拠点としている箇所は複数あるものの、そのどれにラントが捕らえられているのかは、定かではなかった。
「何している! マリヴェイラ。聖女が囚われたのだろう、探しに行かないのか!」
「ヴェルミア。これは、レーネ教の問題……」
「そんなことを言っている場合か! なんなら、我らの私兵を動かすぞ」
「おい! お前ら! ラントを探すぞ!」
「はっ!」
ラントにご執心だったヴェルミアは、早々に私兵を駆り立てると、出発しそうな程の勢いだ。
「待て。まってくれる……ヴェルミア」
「なんだ。まだ、なにかあるというのか! お前のところの聖女だろう!」
「こっちでも、すでに調べているわ」
「なら、どうしてじっとしているんだ」
「ここには、私だけではないわ」
「他に誰がいるってんだ……」
「忘れたの? ドラクシオンの王女がいるでしょ?」
「っっ! はぁぁぁ。ラントのお付きだっけか? どうしてこうも、あいつは面倒事を背負い込むんだ……」
頭を抱えるヴェルミアとマリヴェイラ。ふたりにとっても、ドラクシオン王女ふたりは国賓待遇で護衛しないといけない最重要人だ。
「王女様の他にも、セリアやエリス殿はもちろんのこと、セリーネはセントリアの方。その方々を放っておく訳にはいかないでしょう?」
「はぁぁ、それもそうだが……」
「とりあえず、うちのは護衛に戻らせる」
「そうね。頼むわ」
中央テントの騒々しさはセリアたちが利用していたテントまで、その喧騒が届き、何事かと顔をだすほどだった。
「何事ですか? 枢機卿。ヴェルミア枢機卿も……」
「私達で、お役に立てるのなら」
「手伝います!」
「……セリア殿にエリス殿。セリーネまで」
セリアやエリスに続き、王女ふたりまで集まってしまった。
「なんだ? 相変わらず賑やかだな……」
「どうしたんですか?」
「これは! 王女様。おふた方の手を煩わせては……」
イレイナスとグリエリの登場に、枢機卿ふたりは慌てながらも片膝をつく。
「これは、こちらが対処すべきことですし……」
「あぁ、ドラクシオンの王女様の手を借りてしまったらなぁ……」
地図を眺めながらも、頭を抱える枢機卿ふたり。
そこかしこに置かれたコマは、何かのポイントを表していた。
「これは……?」
「あぁ。これですか、これは……」
「……深淵教会の支部です」
「えっ? 深淵教会?」
「それは、どんな教会なのですか?」
セリアやエリスの疑問に、都合が悪そうに顔を合わせるヴェルミアとマリヴェイラ枢機卿。
「あの、なんと言うか……」
「あれだ。過激派の奴らだ」
「過激派?」
「ヴェルミア。彼らも考えがあって……」
「お前がそんなだから、つけあがるんだ! あの指輪だって……」
指輪という言葉に首を傾げるセリアたち……
「指輪? それは、いったい……」
「あぁ、一時的ではあるものの、聖女様の加護を付与できる魔具です」
言葉を選びながらも、自分の指を出す。そこには、艶やかな指輪がはめられており、うっすらと瞬くように光を放っていた。ほのかにマナを帯びながら鼓動しているようにも見える。
「私も、同じものを付けていますが。基本的には、自身のマナを使用するものです。しかし、彼らは……」
バンッ!
「あぁ、術式を組んで。聖女様から吸い出してんだよ。直接な!」
顔をしかめながら、机を叩き腹立たしさを表すヴェルミア。
その様子に驚きながらも、セリアたちの理解を越えていた。
「そんなことが……」
「あぁ、つまりだ……」
「はい、今。ラント様は彼らの『エネルギー源』になっていると言っても、過言ではありません」
「ラントさん……」
「ラント…」
その場に絶望の空気が漂い始めるものの、その場に居合わせたたったふたり。ドラクシオン王女、グリエリとイレイナスだけは違った。
「……ん。ラント様なら、大丈夫ではないでしょうか? ねぇ、お姉様?」
「あぁ、大丈夫だろ。ラントのことだし……」
ふたりの言葉に居合わせたセリアたちはともかく、ヴェルミアやマリヴェイラまで驚いていた。
「そ、それって。どういう……」
「お聞かせいただけますか? グリエリ様、イレイナス様……」
恭しく聞かれたふたりは、かつての経験を踏まえながら話し始めた。
◇◇◇
いくら神聖な場所で、自然と供給されるとは言え、疲れるものはある。その上、先代の聖女と会えたことで、全てが見えてきていたラント。それでも、吊るされた状態は続きガックリと項垂れるだけだった。
「はぁ、はぁぁ……」
『まったく、オレ。そういう趣味は無いんだが……』
壇下《だんか》では、司祭やその信者たちが狂乱の宴でも開いているかのように、賑わっていた。ラントから吸い取ったマナを蓄えた指輪に目を輝かせる者、その力に酔いしれる者など。
そして、指輪に十分蓄えたのか、ラントに頭を下げながら教会を後にしていく信者と司祭。そして、残ったのは聖騎士と吊るされたラントだけとなった。
「はぁ、はぁぁ。いるか? 聖騎士様……」
「なぁ、いるんだろう? オレの護衛を…」
その口ぶりは、まるで男のような口調にも聞こえるほどだった。その余りの様子に、呆れた声があがる。
「……まるで、男のようだな。お前は……」
「それでも、聖女か?」
項垂れていた体を起こして、ラントの元へと歩く姿は力なく、それでいて聖騎士としての誇りすら、無くしかけた姿だった。
「ようやく会えた……」
「なんだ。本当にマナが多いだな。ラント様は……」
「あぁ、そうみたいだ。疲れはするけど……」
「私に期待をするな。深淵教会の聖騎士…」
「……アリアンテ」
「っっ!!」
ラントの口から紡がれた名前に、目を見開き驚きの眼差しで眺める。
「そうだろう? アリアンテ。マリスティアから聞いたよ」
「オレと会ってくれた……」
その名前と言葉に、アリアンテの体はガクガクと震え出し、腰に携えた剣の柄に手を乗せる。
「その口が言うな!」
「……知らぬクセに! マリスティア様を侮辱するな!」
その時、スッとラントの体を伝い、マリスティアが話しかける。
『マリスティア……良いのか?』
『えぇ……』
そうして、口にする。
「……ごめんね。アリアンテ」
「っっ! その声…」
「肩の荷を、下ろしてもいいの。アリアンテ……」
姿こそラントだったものの、その目には間違いなく石化して女神像と貸してしまったマリスティアの、生前の姿に見えてしまった。片膝をつき、頭《こうべ》を垂れるほどにガックリと頭をもたげてしまう。
静まり返る教会内に響くその声は、聖女の再来を思わせるほどだった。
「どうしろと言うのだ……」
「どうすれば救えた。マリスティア様は、自ら望まれた。望まれたのだ!」
「なのに、この胸に残るのはなんだ! 何が残っているというのだ!」
「私は、わたし……は……」
ボロボロと大粒の涙を流しながらも、手に輝く指輪にこぼれ落ちた涙が滴り落ちる。そして、見上げる様にしてラントを見たその目は、決意に満ちていた。
「私は、深淵教会の聖騎士なんだ! だから、教会からは離れられない!」
「なのに、お前はどうしろと言うんだ! 私に何をさせたい」
「聖女なんだ。願えばいいだろう! 助けてくれと!」
「なのに、なぜだ。なぜ拒む……! なぜこの手を取らない……」
聖騎士の号泣する姿など、同じ聖騎士としてもみるに余りあるラント。器を共有するようにして、話していたマリスティアに変わってもらう。
『良いか。マリスティア……』
『オレも、聖騎士の端くれだ。こんな悩んでる聖騎士、見たくない……』
『……えぇ、そうね。ラント……お願い』
『彼女を助けて!』
『あぁ、そうする』
そういい、ラントの体を借りていたマリスティアは、すっと離れていく。そして、嗚咽を漏らしながらも泣き続けるアリアンテ。
「しっかりしろ。それでも聖騎士か」
「聖女の前で泣くな。聖騎士を誇れ、胸を張れ!」
「その上で、あんたは何がしたいんだ。教会に従うだけか? 飼い犬でいるつもりか?」
ラントの声にグッと歯を食い締めるアリアンテ。
「なら、どうすればいい! お前はどうするんだ。聖騎士ラント!」
「聖女の身でありながら、どう。この状況を切り抜けるというのだ!」
「言ってみろ!」
両手を磔《はりつけ》のように吊るされ、マナを吸われて力が抜けたラントの艶やかな白髪に隠れた赤い瞳には、確かな決意があった。
ステンドグラスから差し込む月明かりは、何処か儚げに聖堂の中を照らし出す。しかし、外の喧騒は聞こえず、動くのをやめたかのような静寂に包まれていた。
どんな聖女や女神だとしても、不治の病。白潮病《はく し びょう》によって石化し、御身体《ご しん たい》として祀《まつ》られることになる。しかしそれは、自然の理《ことわり》として伝えられ、だれも不思議とは思っていない。
『本当に良いのか? こうして捕らえてしまって……』
紺色の法衣《ローブ》の外套《フード》を目深に被りながらも、悩み続けるひとりの女。アリアンテ。深淵教会聖騎士として、頭を抱える。かつて、女神を純粋に信奉していた教会も、いつしか道が外れていた。
その手には指輪がはめられ、聖女の加護を得られる神託の指輪がつけられている。怪しく光る紅玉《こう ぎょく》は、聖女の力をマナに変換して保管し、力として行使できる。
「これでは、聖女様はただの『補給装置』ではないか」
剣に手を掛けながらも、しかめる。
「深くは考えるな。良いな? 深淵教会のためだ」
「しかし、これでは。聖女様を、道具のように……」
「ならば問おう。お主のその力は、誰のおかげだ?」
「誰の恩恵を受けて動いているのだ?」
「ぐっ……!」
苔むした岩肌のような深いシワに、年季の入る眉。深淵教会の司祭はその指輪に魅了されていた。
「かつて、忍ぶようにして信仰を始めた我が深淵教会も、この指輪のおかげで神聖な御技《み わざ》を行使できるのだ」
「聖女様には、我々を守護してもらい。その力を分け与えてもらえる『器』を、我々は手にしているのだよ」
「その身を代償としないだけでも、恵まれていると思わぬのか? お主…」
司祭の言葉に、その力を行使している聖騎士として、うなずく事しかできないアリアンテ。
「……あぁ、そうだな」
「改めるよ。司祭、私は深淵教会の聖騎士だからな」
司祭の話を聞きながらも、聖堂の中央部にある女神像のように吊るされている聖女の様子に、かつての記憶が残像のように重なる……
「ぐっ!」
『……まただ。また、この記憶だ……』
『もう、忘れたはずだ。はずなのに、どうして……』
外套《フード》に手をいれ、頭を抑えるアリアンテ。その記憶に焼き付くような残滓は、今も続いていた……
--
吊るされながらも、かろうじて息はあるラント。朦朧《もう ろう》とする意識の中で、マナを吸われた脱力感で力がでなかった。そんな状態で聞こえる華やかな声は、ラントの意識と重なり合っていく。
『あぁ。まだ、続いているのですね』
『……誰だ?』
『不思議な方。聖女でありながら、男性なのね。とても興味深いわ♪』
親しげに話すその声は、どこか深みのある。それでいて包み込むような優しげな声だった。
『でも、男性なのに、女性の姿。とても不思議だわ』
気がついた時には、見知らぬ水平線にいた。
どこまでも続く水平線。上もなく、下もない。でも、そこは静かでとても安心できるような場所だった。鏡のように反射する眩しいほどの水平線に映るのは、男の姿でありながら体は女のままだった。
その不思議な空間の中で、ひとりの少女が出迎える。それは、ラントと同じ白髪だったものの、澄んだ青色をしていて海を溶かしたような美しい眼差しでラントを見上げていた。
「ねぇねぇ。あなたはどっちなの? 男? 女?」
「ほんと、見た目はお姉さんなのに、鏡に映るあなたはお兄さん♪」
「あなた、不思議ね♪」
ラントの周りを楽しげにまわる少女は、聖女の法衣《ローブ》を着ている様子をしげしげと眺める、水面に映る男のラントもちゃんとした法衣を着ている。鏡写しのような状態で内面と表面を表していた。
「お、オレは……死んだのか?」
「確か、マナを吸われて……」
「そうだ、司祭が付けていた指輪に……」
頭を抑えながらも、記憶が蘇るラント。
フラッシュバックするように、これまでの出来事が蘇ってくる。
*
村での浄化の後、国外れに作られた野営地に張られたテントの中で休んでいたふたり。特にアレスティナの方はラントのマナの循環によって膨大な浄化能力を発動したこともあり、横になっていた。
寄り添うようにしてベッドに腰を下ろし、ギシッと独特な音を響かせながらも、疲れて横たわるアレスティナの頬に手を添える。本当に聖女としては幼く、10代半ばに差し掛かったばかりのように見える。そんな華奢な子がめいいっぱい浄化の力を使ったのだから、納得だった。
「今は、ゆっくり……」
「んぅ……ラント」
「ふふっ……」
時々、記憶の再生が止まり、今へと戻ってくる。
「……あぁ、そうだ。オレは、あの後」
「そうね、あなた。本当に凛々しかったわ」
「あぁ、奴らが来たんだ……」
「えぇ、深淵教会の…聖騎士」
「聖騎士? あれが……?」
「オレの知ってる聖騎士とは……」
そう言うと、興味深くしていた少女が、そっと手を添える。そのひんやりとした冷たい指先が、思考を整理させていく。
「そう、貴女も聖騎士なのよね。その上、聖女。だから、気になるの」
「私だけではできなかったことが、貴女にならできる」
「はぁ? それって、どういう……」
「ん、続きを思い出して……」
ラントの頬に冷たい手が重なると、意識はスッと戻されてしまう。
*
紺色の法衣《ローブ》と外套《フード》を目深に被った数名を従えたひとりの女性は、恭しく頭を下げる。その姿は、どう見ても盗賊と言った類ではなく、ラントと同じ。レーネ教の信者であり、信奉者のように見えていた。
それでいて、その腰には帯刀されていて、どこか騎士風に見えた。しかし、それでいてそこを動かないという……確固たる意志が感じられた。
「聖女、ラント様。お迎えにあがりました」
「えっと…オレは、彼女。アレスティナのそばを離れられないんだが……」
「では、アレスティナ様もご一緒に」
片膝をついて敬わりながら話す様子だったものの、ここから何処かに向かうというその言葉は、明らかにマリヴェイラの意思に反していた。それに何よりも、名乗らないのが一番怪しい。
「まずは、名乗るべきではないのか?」
キリリと威圧を込めた眼差しで見るラントに、場の空気が凍りつく。ひとりの女性を除いてふたりは、その威圧に萎縮してしまうほどだった。
「ひっ!」
「……こ、こえぇぇ」
「…怖気づくな」
部下たちを制するようにして、もう一度。頭を下げる女。
「そう、でしたね。申し遅れました。我々は……」
「深淵教会《しんえん きょうかい》聖騎士。アリアンテとお付きのものです」
「ここには、聖女。ラント様をお迎えに馳せ参じました」
「我々と、共に。いらしてください」
しっかりと礼を尽くし、攻撃もせずに説明する相手に、こちらから手を出すほど好戦的でもない。
「はぁ、分かった」
「ついて行く」
テントの中で起こった出来事が全て蘇ると、その後の記憶と結びついていく。地下にある教会に連れて行かれ、吊るされてからというものマナを吸われて気を失ったのだった。
「あぁ、そうだ。オレは……」
「そう、聖女の恩恵に依存してしまったの彼ら」
「彼女、アリアンテは私。マリスティアを守る聖騎士だったの。でも、私は……」
悲しそうに瞳を潤ませながらも、視線を逸らすマリスティア。その場所がどこだろうと関係なく、ラントは目の前で困っている少女をただ見ていることはできなかった。
◇◇◇
彼女。アリアンテには絶望が待ち受けていた。ゆっくりと石化をしていく聖女マリスティアを守る聖騎士として、成す術がなく。ただの『石像』へと変わる様子を見ている事しかできなかった。
その絶望は図り知れず、幼い頃から寄り添っていた聖女が、司祭の思惑に躍らされて指輪の糧でもあり、動力源とされてしまったのだから。
『あの時。私は、どうすれば良かったんだ?』
『お前は、自ら。贄《にえ》となることを選んでいた……』
『だが、私は……私は。なってほしくなかった!』
教会の壁に背中を預け、両足を抱えながらも顔をしかめるアリアンテ。そんな彼女の前では、祭壇に祀り上げられているラントを崇めながら詠唱を始めると、その体が光り始める。
「ぐっ! んはぁっ!」
マナが吸われ、全身から力が抜けていくラント。かろうじてマナの枯渇こそ無いものの、ドッと疲労が押し寄せる。しかも、それが男の体ならまだしも、今は女でもあり体力がそもそも違う……
「おぉっ! 凄まじい力だ……」
「今度の聖女様は、膨大なマナを持たれているようだ……」
「くふふふ……」
『かつて、聖騎士だったと聞くからの』
『おそらく、マナに適正があるのだろうて……』
「このお方こそ、我々。深淵教会に賜った、真正の女神様じゃ!」
「おぉぉっ!!!!」
歓声を上げる信徒たちを眺めながらも、強制的に呼び戻されたラントは顔をしかめる。
「はぁ、はぁぁぁ……」
『まったく、オレが聖女だろうと関係なしだなぁ……』
『そんなに力に飢えてるのか……』
それでも、女の体な影響は強く。すぐに意識を失ってしまった。
「くっ……」
『これが、男の体なら。もう少し耐えれるんだが……』
『今のオレは、聖(女)だから……』
力なく項垂れるとその意識は、見知らぬ場所へと飛ばされる。
何度もマナを吸われながらも石化する様子のない聖女ラントの様子に驚きながらも、苦しむ様子を見ていられないアリアンテ。流石に見かねて声を上げる。
「もう、良いだろ。十分にマナは補給したはず」
「これ以上のマナは……」
司祭に詰め寄るアリアンテ。
「まだ、若いの。聖騎士アリアンテ」
「なにっ?」
しかし、その思いと感情は、あっさり跳ね除けられる。
「力じゃよ。たとえ、信仰を集めようとも、抗える力無くば滅ぶもよの。そうとは思わぬか? その極地にたどり着いておらぬか、聖騎士ともあろう方が……」
「ぐっ……!」
司祭の言い分もわかる。信仰を守るのも聖女を守るのにも『力』は必要。それは、聖女を守る聖騎士であるアリアンテが一番理解している。
「しかし。これ以上は、聖女様の体が……」
絞り出すようにして口にする言葉すら、司祭を動かすことはできず。むしろ、ほくそ笑むようにして返されてしまう。
「お主は、まだ。囚われているのか? 先代の聖女様……」
「マリスティア様に」
「なっ!」
「あの、幼く、そして若く純粋な聖女様は、我々の糧となったのだよアリアンテ」
「お主も、若いのぅ。お主も付けている指輪に、宿っているとは考えぬのか? その行使する力の一部は、マリスティア様が残された力と、考えぬか。だから、若いと言うのだ!」
「くっ!」
あまりの言い草に、口をつぐんでしまったアリアンテ。
『……マリスティア様、深淵教会はもぅ……』
『あなたが遺そうとした教会は、すでに……』
絶望に打ちひしがれながらも、自らも女神の指輪をして力を行使していることもあり、何も言えなくなってしまった。
鏡のように水面に映し出される光景は、腐敗しきった教会の姿だった。その様子に、悔しさで顔を歪ませるラント。
「腐ってる。力がそんなに必要か?」
腹立たしい気持ちに包まれ顔をしかめるようすに、そっと優しげな手が添えられる。
「そんな顔をしないで。綺麗なお顔が台無し……」
「だが、これは……。これでは……アリアンテの献身が!」
「ラントさんは優しいのね。私が望んでしたことだけれど、それがアリアンテを苦しめてる」
「私のせいでもあるのに、そのためにあなたも悲しんでくれるのね」
「……当たり前だ! こんなの……ない! ありえない……」
膝をつくラントにマリスティアがそっと手を絡めて、抱くように包む。腹立たしい気持ちだけがラントを駆り立てていた。
--
ラントの不在に気づいた中央テントでは、慌ただしく聖騎士たちが駆け回る様子は事態の緊急性を表すほどだった。そのうえ、レーネ教の本部を置いていたテントから、あろうことかレーネ教の聖女の姿が消えたのだから、大事《おお ごと》だ。
「探せ! 大至急だ!」
「はっ!」
『なんということだ! よりにもよって、ラント様が捕らえられるなんて……』
枢機卿《すうききょう》のマリヴェイラが、街並み地図を眺めながら頭を抱える。総動員で探したいのも山々で、おおよそラントを捕らえた者たちの想像はつく。
しかし、その拠点としている箇所は複数あるものの、そのどれにラントが捕らえられているのかは、定かではなかった。
「何している! マリヴェイラ。聖女が囚われたのだろう、探しに行かないのか!」
「ヴェルミア。これは、レーネ教の問題……」
「そんなことを言っている場合か! なんなら、我らの私兵を動かすぞ」
「おい! お前ら! ラントを探すぞ!」
「はっ!」
ラントにご執心だったヴェルミアは、早々に私兵を駆り立てると、出発しそうな程の勢いだ。
「待て。まってくれる……ヴェルミア」
「なんだ。まだ、なにかあるというのか! お前のところの聖女だろう!」
「こっちでも、すでに調べているわ」
「なら、どうしてじっとしているんだ」
「ここには、私だけではないわ」
「他に誰がいるってんだ……」
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「っっ! はぁぁぁ。ラントのお付きだっけか? どうしてこうも、あいつは面倒事を背負い込むんだ……」
頭を抱えるヴェルミアとマリヴェイラ。ふたりにとっても、ドラクシオン王女ふたりは国賓待遇で護衛しないといけない最重要人だ。
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「とりあえず、うちのは護衛に戻らせる」
「そうね。頼むわ」
中央テントの騒々しさはセリアたちが利用していたテントまで、その喧騒が届き、何事かと顔をだすほどだった。
「何事ですか? 枢機卿。ヴェルミア枢機卿も……」
「私達で、お役に立てるのなら」
「手伝います!」
「……セリア殿にエリス殿。セリーネまで」
セリアやエリスに続き、王女ふたりまで集まってしまった。
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「これは! 王女様。おふた方の手を煩わせては……」
イレイナスとグリエリの登場に、枢機卿ふたりは慌てながらも片膝をつく。
「これは、こちらが対処すべきことですし……」
「あぁ、ドラクシオンの王女様の手を借りてしまったらなぁ……」
地図を眺めながらも、頭を抱える枢機卿ふたり。
そこかしこに置かれたコマは、何かのポイントを表していた。
「これは……?」
「あぁ。これですか、これは……」
「……深淵教会の支部です」
「えっ? 深淵教会?」
「それは、どんな教会なのですか?」
セリアやエリスの疑問に、都合が悪そうに顔を合わせるヴェルミアとマリヴェイラ枢機卿。
「あの、なんと言うか……」
「あれだ。過激派の奴らだ」
「過激派?」
「ヴェルミア。彼らも考えがあって……」
「お前がそんなだから、つけあがるんだ! あの指輪だって……」
指輪という言葉に首を傾げるセリアたち……
「指輪? それは、いったい……」
「あぁ、一時的ではあるものの、聖女様の加護を付与できる魔具です」
言葉を選びながらも、自分の指を出す。そこには、艶やかな指輪がはめられており、うっすらと瞬くように光を放っていた。ほのかにマナを帯びながら鼓動しているようにも見える。
「私も、同じものを付けていますが。基本的には、自身のマナを使用するものです。しかし、彼らは……」
バンッ!
「あぁ、術式を組んで。聖女様から吸い出してんだよ。直接な!」
顔をしかめながら、机を叩き腹立たしさを表すヴェルミア。
その様子に驚きながらも、セリアたちの理解を越えていた。
「そんなことが……」
「あぁ、つまりだ……」
「はい、今。ラント様は彼らの『エネルギー源』になっていると言っても、過言ではありません」
「ラントさん……」
「ラント…」
その場に絶望の空気が漂い始めるものの、その場に居合わせたたったふたり。ドラクシオン王女、グリエリとイレイナスだけは違った。
「……ん。ラント様なら、大丈夫ではないでしょうか? ねぇ、お姉様?」
「あぁ、大丈夫だろ。ラントのことだし……」
ふたりの言葉に居合わせたセリアたちはともかく、ヴェルミアやマリヴェイラまで驚いていた。
「そ、それって。どういう……」
「お聞かせいただけますか? グリエリ様、イレイナス様……」
恭しく聞かれたふたりは、かつての経験を踏まえながら話し始めた。
◇◇◇
いくら神聖な場所で、自然と供給されるとは言え、疲れるものはある。その上、先代の聖女と会えたことで、全てが見えてきていたラント。それでも、吊るされた状態は続きガックリと項垂れるだけだった。
「はぁ、はぁぁ……」
『まったく、オレ。そういう趣味は無いんだが……』
壇下《だんか》では、司祭やその信者たちが狂乱の宴でも開いているかのように、賑わっていた。ラントから吸い取ったマナを蓄えた指輪に目を輝かせる者、その力に酔いしれる者など。
そして、指輪に十分蓄えたのか、ラントに頭を下げながら教会を後にしていく信者と司祭。そして、残ったのは聖騎士と吊るされたラントだけとなった。
「はぁ、はぁぁ。いるか? 聖騎士様……」
「なぁ、いるんだろう? オレの護衛を…」
その口ぶりは、まるで男のような口調にも聞こえるほどだった。その余りの様子に、呆れた声があがる。
「……まるで、男のようだな。お前は……」
「それでも、聖女か?」
項垂れていた体を起こして、ラントの元へと歩く姿は力なく、それでいて聖騎士としての誇りすら、無くしかけた姿だった。
「ようやく会えた……」
「なんだ。本当にマナが多いだな。ラント様は……」
「あぁ、そうみたいだ。疲れはするけど……」
「私に期待をするな。深淵教会の聖騎士…」
「……アリアンテ」
「っっ!!」
ラントの口から紡がれた名前に、目を見開き驚きの眼差しで眺める。
「そうだろう? アリアンテ。マリスティアから聞いたよ」
「オレと会ってくれた……」
その名前と言葉に、アリアンテの体はガクガクと震え出し、腰に携えた剣の柄に手を乗せる。
「その口が言うな!」
「……知らぬクセに! マリスティア様を侮辱するな!」
その時、スッとラントの体を伝い、マリスティアが話しかける。
『マリスティア……良いのか?』
『えぇ……』
そうして、口にする。
「……ごめんね。アリアンテ」
「っっ! その声…」
「肩の荷を、下ろしてもいいの。アリアンテ……」
姿こそラントだったものの、その目には間違いなく石化して女神像と貸してしまったマリスティアの、生前の姿に見えてしまった。片膝をつき、頭《こうべ》を垂れるほどにガックリと頭をもたげてしまう。
静まり返る教会内に響くその声は、聖女の再来を思わせるほどだった。
「どうしろと言うのだ……」
「どうすれば救えた。マリスティア様は、自ら望まれた。望まれたのだ!」
「なのに、この胸に残るのはなんだ! 何が残っているというのだ!」
「私は、わたし……は……」
ボロボロと大粒の涙を流しながらも、手に輝く指輪にこぼれ落ちた涙が滴り落ちる。そして、見上げる様にしてラントを見たその目は、決意に満ちていた。
「私は、深淵教会の聖騎士なんだ! だから、教会からは離れられない!」
「なのに、お前はどうしろと言うんだ! 私に何をさせたい」
「聖女なんだ。願えばいいだろう! 助けてくれと!」
「なのに、なぜだ。なぜ拒む……! なぜこの手を取らない……」
聖騎士の号泣する姿など、同じ聖騎士としてもみるに余りあるラント。器を共有するようにして、話していたマリスティアに変わってもらう。
『良いか。マリスティア……』
『オレも、聖騎士の端くれだ。こんな悩んでる聖騎士、見たくない……』
『……えぇ、そうね。ラント……お願い』
『彼女を助けて!』
『あぁ、そうする』
そういい、ラントの体を借りていたマリスティアは、すっと離れていく。そして、嗚咽を漏らしながらも泣き続けるアリアンテ。
「しっかりしろ。それでも聖騎士か」
「聖女の前で泣くな。聖騎士を誇れ、胸を張れ!」
「その上で、あんたは何がしたいんだ。教会に従うだけか? 飼い犬でいるつもりか?」
ラントの声にグッと歯を食い締めるアリアンテ。
「なら、どうすればいい! お前はどうするんだ。聖騎士ラント!」
「聖女の身でありながら、どう。この状況を切り抜けるというのだ!」
「言ってみろ!」
両手を磔《はりつけ》のように吊るされ、マナを吸われて力が抜けたラントの艶やかな白髪に隠れた赤い瞳には、確かな決意があった。
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