呪縛の聖騎士、戻るために『女』として奮闘す?!

結城里音

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第24話(2章12話)囚われの聖女と神託の指輪Ⅱ

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 その日、海沿いの国。マリネシアでにある荘厳な装飾があしらわれた教会では、賛美歌《さんびか》で彩られるはずの聖堂内が賛美歌とは全く違う、怒号《どごう》と揶揄《やゆ》と野次《やじ》の応酬が続いていた。
 本来、二神教《にしんきょう》でもある各国と同じように、マリネシアも表を司る神と裏を司る神の存在がある。表の神が女神シエラを崇拝する宗教。シエラー教と枢機卿《すうききょう》ヴェルミアが象徴と潮騒を司る宗派。
 一方が、今回。教会の中でなにやら揉め事を起こしていた宗派。レーネ教でもあった。

「かの子らは、加護を受けれずとも良いのか!」
「マリヴェイラ卿は、どうお考えか! 答えていただこう!」

 信仰を維持するにも、資金がいる。
 もとより、資産家でもあったアスミラル卿《きょう》とマリヴェイラ卿のふたりが出資することで運営がなされることになっていた。この日も、マリヴェイラ卿とアスミラル卿が顔を突き合わせながら、議論が白熱していく。

「我々も、無下にしているわけではない。何も、救わぬと言っていないではないか」
「しかし、実際のところ、富めるものばかりになっているのは、いかがなものか!」
「では、聞かせていただく、信仰という名目のもとで行われた奉仕という使途不明な金品の流れは、どうお考えか!」
「ぐぬぬ!」

 本来であれば、祈りの場としての聖堂が今では議論の場へと変わり、信仰云々よりも(運営)のほうが議題に上っていた。その中央で、双方の議論を聞いていた当時の聖女、マリスティアは頭を抱え顔をしかめる。
 不安でいっぱいなマリスティアを支える様にして、レーネ教の法衣《ローブ》を羽織る護衛聖騎士のアリアンテは、傍らに寄り添いながら肩を抱き、覗き込むようにして優しく語りかける。

「大丈夫か? アリアンテ」
「こんなこと、信仰の前では無意味なのに。どうして……」
「しかたないさ、彼らの前では大事なことなんだ」
「私は、アリアンテを守るだけだ。それが聖騎士の務め…」
「えぇ、分かっているわ」

 聖女はどちらが良いなどといった優劣は付けられず、平等に尽くすことに重きを置いていたこともあり、こうして言い争いをする光景は苦手だった。
 そのため、あまりに長く続く舌戦の中で、すっかり疲弊してしまったアリアンテは護衛聖騎士マリスティアの手を取り、講堂を後にする。その胸の奥を占めるのは悲しい気持ちだけだった。

『どうして、言い争うの? どちらもレーネ教の信者なのに……』
「……マリスティア。わたし……」
「……優しいアリアンテ。貴女は皆を救おうと……」
「当たり前よ。どちらも同じ信者だもの。なのに……」

 甘えるように凛々しいマリスティアに腕を絡めて、法衣《ローブ》を涙で濡らす。信仰には活動資金が必要だという理由もわかる。しかし、それを差し引いたとしても、言い争いを見ているだけでも嫌だった。
 それは、傍らに寄り添う護衛騎士マリスティアも同じで、嫌気を感じていた。しかし、事態はふたりを苦難へと導くことになる。
 アスミラル卿とマリヴェイラ卿の意見が纏まることはなく、あろうことかアスミラル卿が新興宗教。深淵教会を設立し真のレーネ教信者として、活動を始めてしまったのだ。

「そんな。マリヴェイラ。貴女はいかないの?」
「聖女様、我々はしっかりとお役目を果たします。アスミラル卿も同じです。しかし、教義を違えて……」

 マリヴェイラの話を遮るように、アスミラル卿が割って入る。

「聖女様、こちらに。護衛聖騎士殿もおられるので、教義を違えた者たちなど、放って置いて……」
「何をいう! アスミラル卿! 違えたのは貴殿の……」

 腹立たしい気持ちを抑えきれず、詰め寄るマリヴェイラ。しかし、これ幸いとニヤつきほくそ笑むようにして、マリスティアの手を引いて振り向かせると、恭しく頭《こうべ》を垂れる

「……聖女様。我々、真のレーネ教信者をお導きください。深淵教会を設立し、お迎えいたします」
「えっ、えっ……? アスミラル。マリヴェイラ? どういうこと?」

 キョロキョロと周囲を見回しながら、動揺してしまう。いきなり、新しい宗派を興したと言っても、マリスティアにとってはどちらも同じ信者で、優劣も何もない。
 しかし、アスミラル卿はもちろんのこと、護衛聖騎士でもあるアリアンテがいたこともあって、戸惑ってしまう。アスミラル卿の横に並ぶように片膝をつく。

「聖女マリスティア、我々は新たに興されたアスミラル卿の支援をせねば……」
「アリアンテ。そうだけど、でも。マリヴェイラも……」

 戸惑ってしまったマリスティアは、身につけていた指輪を外すと、マリヴェイラに駆け寄っていく。

「…マリスティア様? どちらへ……」

 声を上げたアスミラルを制するように、護衛聖騎士が声を挟む。

「アスミラル卿。聖女様のすることだ、他言は無用にしてもらいたい」
「んんぅ……」

 アリアンテに言われ、口から出そうになっていた言葉を引っ込めるアスミラル卿。

「聖女様。こちらは……」
「マリヴェイラ、この指輪には加護の力が宿っているわ。信者たちを守って……」
「このようなもの、頂けません」
「いいから、受け取って」
「……しかし、は。はい……」

 聖女マリスティアに押し切られるようにして、指にしていた指輪を受け取ってしまったマリヴェイラ。その指輪がすべてを変えることになっていく。


--


 ラントが吊るされた聖堂で、かつての聖女の行いを聞いていたラント。その全てが、巻き込まれてしまった聖女。マリスティアの生い立ちだった。

「そうだ。聖女様はマリヴェイラ卿に指輪を渡されたんだ。信者に浸かってほしいと……」
「しかし、そのことが聖女様を苦しめることになったんだ……」
「……どうなったんだ? アリアンテ」

 呆れるようにして話し始める。しかしそこには、諦めにも似た感情が滲み出ていた。

「わかるだろう? 片方の枢機卿に下賜《かし》されたんだ。もう片方も欲しがったんだよ。アスミラル卿も……」
「あぁ、そういうことか……」
「もちろん、下賜されたさ。望むままにな」

 拳を握っているその手からは、血が滲み滴るほどに強く握られる。腹立たしさに体は小刻みに震え、納得がいかないようすがその仕草からも伝わって来る。
 手首を手枷《てかせ》のような金具で固定されながらも、アリアンテの話に聞き耳を傾ける。目で追うほどに、その悔しさや憤りを肌で感じるほどに、腹に据えかねている様子だった。

「で、どうしたんだ? あんたは……」

 項垂れながらも、顔をもたげてアリアンテを眺める。
 すると、開き直ったかのように目を見開く。

「なにもしなかったさ、司祭の考えだったからな……」
「そうするしか無かった。それがマリスティアの命を縮めると、知ってたとしても。だ……!」
「滑稽だろう? 笑ってくれ。加担したんだよ、深淵教会に。アスミラル卿に…」
「その結果が、この有様だ! 何が護衛聖騎士だ!」
「聖女を守れなくて、聖騎士と言えるのか! 答えろ! ラント!」
「お前も、聖騎士ならわかるだろ!」

 ラントの胸ぐらに掴みかかり、腹立たしい気持ちをぶちまけるアリアンテ。

「そんなに腹が立っているなら、なんで行動しない」
「司祭に申し立てるにも、従わないことだってできた。なぜしない…」

 うつむき、苦虫を潰すように歯を食いしばる。

「したさ、なんどもな! 何度もだ!」
「でも、変わらなかった。変えられなかった!」
「変えられなかったんだ!」
「私には、もぅ……」

 ラントの胸ぐらを掴みながらも、その力は次第に薄れ、掴んでいるというよりも項垂れているようにしか見えず、その姿は諦めが見え隠れしていた。しかし、ラントは目を合わせた刹那に気づいていた。

「なら、なんで。そんな目をしてるんだ……」
「なにっ! まだ、私になにかしろと、なにか出来たといいたいのか!」
「違う。そうじゃない」
「なら、なんだ! 言ってみろ! 縛られたお前が言えるのなら……」

 腹立たしさのままにラントに詰め寄るアリアンテ。
 その様子は、吐息を肌で感じられる程に近かった。

「なら、言うが。アリアンテ……」
「なんだ! 言ってみろ! ラント」
「あぁ、そんな、諦めてるやつが。そんな目をしているのを見たことがない。お前は、まだ。諦めてないんだよ」

 ラントの言葉に、掴んでいた手を離して退いていく。

「……は? 何を言ってるんだ。お前は……」

 信じられないといった様子で、首を左右に振る。そこには聖騎士としての威厳も、騎士としての享受すら無く。ただひとり、アリアンテという女性がそこにいる。
 そんな彼女に、ラントが感じたことをまっすぐに言い放つ。

「しっかり聞け。アリアンテ。お前はまだ諦めてない」
「まだ、可能性を感じてるんだよ……」
「な、何を言って……」
「お前は、オレに『可能性』を感じてるんだ。変えてくれるかもと……」
「だから、頼れ。頼ることを忘れるんじゃない。お前は聖騎士と言う前に、ひとりのアリアンテなんだろう」

 地下に作られた聖堂でありながらも、聖堂の体《てい》をなすためにあしらわれた採光に使われていたステンドグラスから差し込む、穏やかな月明かりがラントを後光が指したように照らし出す。
  磔《はりつけ》のように拘束されながらも、堂々としていて怖気づかない様子に、聖女の風格を通り越して、ひとりの聖騎士として輝きを放つように、アリアンテの目には見えていた。  
  

◇◇◇

  
 護衛聖騎士とて、ただの人だ。
 役職と肩書きを得て、力を得たとしても。それは変わらない。
 マリスティアは、自ら磔のように拘束され、下賜《かし》した指輪に加護を付与するだけの存在になったとしても、その祈りは変わることはなかった。それが、聖女の務めだと信じてやまなかった。

「もう、おやめください! マリスティア!」
「……いいの。私は聖女よ。信徒が欲しているんだもの、与えなければ、聖女じゃないわ」
「しかし! これ以上は、お体に障《さわ》ります!」

 アリアンテの話しもむなしく、司祭を含めて多くの信者たちがマリスティアの加護を求めて集まる。指輪もいつの間にか多く下賜され、その指輪全てに彼女の力が注がれることになった。
 それが、いくら聖女の務めや加護があると言っても、限度というものがある。アスミラル卿に進言したアリアンテだったが、返事は芳しく無く。むしろ跳ね返されてしまう。

「その指輪はなんだ? お前も下賜されている立場ではないか」
「お前も護衛聖騎士なのだろう? なら、その身で姿を見せるのが、護衛聖騎士というものではないのか?」

 恭《うやうや》しく扱うかつての枢機卿の姿はすでにもう無く、欲と金。そして力に目がくらんだ姿に、嫌気が差す。しかし、枢機卿の言い分もマトを射ている。護衛聖騎士なら、指輪に頼らずとも力を振るえる。
 しかし、アリアンテの指にはマリスティアから下賜された指輪が光る。もちろん使うことは少なかったが、彼女にとっての指輪は力以上の価値を持っていた。

『これは、この指輪は……』
『マリスティアとの証なんだ。外せるものか……』
『……これは、絆の証なんだ』

 指輪をいじり、マリスティアとの絆を確かめるアリアンテ。本来であれば筋違いだと言うことは甚だしいものの、マリヴェイラ卿に頼むことも考えたほどだった。
 しかし、事態は風雲急を告げることになってしまった。

「あの聖女様は、もぅ。駄目かもしれんな」
「加護の力も、もう。指輪に少ししか貯まらなくなっている」
「これじゃ、力が使えない……」
「お労しい、聖女マリスティア。嘆かわしいマリスティア……」

 廊下ですれ違った信者たちが漏らしていたそんな愚痴が、アリアンテの鼓膜を震わせた。その瞬間、今までに感じたことのないような危機感を駆り立てさせ、足を聖堂に向けさせる。
 重い、足枷でもつけられているかのように、聖堂へと向かう足はとても重く、進まない。まるで認めるのを(嫌っている)かのようだ。とても遠く、数キロ先にある村まであるかのように遠く感じてしまった。

ばんっ!

 聖堂につながる大きな扉を、力に任せて盛大に開け放つと、そこには司祭と数名の神官たちがいた。どちらも祈りを捧げてはいるものの、どこかほくそ笑むような、笑みを見せ。信者の風上にも置けない顔をしていた。

「貴様ら! 聖女様に何をした! ことと次第では、許さんぞ!」

 腹立たしい気持ちが先走り、相手がたとえ司祭や神官であろうと関係なく、腰に携えた剣に手を乗せて詰め寄っていた。

「おやおや、護衛聖騎士殿。『許さん』とは、大きく出ましたな」
「そやつは分からぬのだよ。我らが永らえるのは、聖女様の力があってこそだ。それを、今更。手放せという方が無理というものだ」
「そうであろう? アリアンテ聖騎士殿」
「……くっ! しかしだ、もぅ。聖女様は……」

 アリアンテがアスミラル卿に直談判する前には、ほのかに赤みを帯びていた柔肌は彫刻のような白磁色へと変わり、もはや息をするのすらままならない状況に陥っていた。

「もはや、聖女様は女神のもとに召されるようだ」
「……マリスティア! マリスティア!」

 血の気が引き、気がついたころにはもう駆け出し、その肌にすり寄っていた。残っていた赤みがほんのりと熱を伝えるなかで、小さく愛らしい声がアリアンテの鼓膜を震わせる。

「……アリアンテ。アリアンテ」
「なんですか! 聖女様! マリスティア……!」
「最期に貴女に出会えてよかったわ。貴女に、最期の加護を……」
「そんなことはいいです、いいですから! マリスティア!」

 しかし、彼女の意思は固く、アリアンテの指輪に光が宿る。それを最後に、その柔肌からは赤みが消え、聖女の彫刻かのように白くなってしまった。

「あぁ、聖女様が女神に迎えられた! これこそ、聖女の証だ!」
「さすが、聖女様。最期のその時まで、役目を果たされたのだ!」

 神官たちの歓声がこだまする中で、アリアンテの意識は内へとむかう。

『なにが、役目だ! 何がお勤めだ!』
『マリスティアは、お前たちのために死んだんだぞ!』
『何が誇らしいんだ! 馬鹿野郎ども!』

 うちに秘めて閉じ込めたはずの感情が、ラントの言葉で呼び起こされる。

 「お前に何がわかる。何がわかると言うんだ!」
 「私は、何も出来なかった! 出来なかったんだ!」
 「守りたかったのに、守りきれなかった!」
 「そんな私に、何をしろと言うんだ!」
 「言ってみろ! ラント。何ができる、教えてくれ。助けてくれ、聖女様……」

 アリアンテのまっすぐで、ストレートな感情が、ようやくその口から漏れ出る。

「言えたじゃないか。助けてくれと」
「オレは『聖女』だからな。願いに応えないと……」

 ラントがその返事を返した時、聖堂にうやうやしく司祭と神官。枢機卿までもがゾロゾロとあらあれる。

「では、どのようにお答えになるのか、楽しみですな。聖女様」
「司祭、神官まで……」
『まるで、悪役の登場だ……』

 ズラズラと押し寄せるようなその姿は、実に滑稽で笑みがこぼれてしまうほど。そんな司祭たちは、また。ラントから加護の力を得ようと片膝をつきながら、その指輪を掲げる。
 すると、ラントの体が光を放ち始めると、その光が指輪へと集束していく。

「んはっ! あ、あぁぁぁ……!」
「おおぉっ。凄まじい加護のお力だ。全く、枯渇する様子がない」
「司祭! 神官殿! 聖女様は先ほども補給したはず!」
「なのに、またですか!」

 光が宿り、煌々と光を放つ様子がその瞳に映るものの、その瞳はとても卑しく、欲にまみれているのが見て取れるほどだった。

「ラント! 大丈夫か?」
「んはぁ! あぁぁ……」
『吸われる……。だが……!』
「……これ以上は、従う必要はなさそう」

 すると、ラントの意思に反応して加護の流れが止まり、指輪の光が弱まるものまで現れていた。

『やはりそうか、オレが与えないと意識をすれば、流れが止まるのか……』
『随分、便利な加護だ。というか、そういうものか……』

   加護の流れがとまった様子に、司祭の顔が歪み更に怪しげな顔へと変わる。

 「困りましたな。我々も、信者というものなのに、加護を断ると言われるのでしょうか?」
「聖女の風上にも置けませぬな」
「…司祭! 何を……」
「聖女様がこちらの意向にそぐわぬのなら……」
「……沿ってもらう必要がありますな! 神官、あれを…」
「……今更なにを」

 司祭に言われ、神官が恭しく持ってきたのは、立派な装飾がなされた刀だった。

「それは!」
「……さすが、護衛聖騎士殿。東方の商人から手に入れた名刀、深影《しんえい》。まさに、これこそ。深淵教会が手にすべき名刀ではないか!」
「おぉぉぉぉっ!」

 どよめきにも似た歓声が上がる聖堂。
 そんなひと振りが手渡されたのは、あろうことかアリアンテの元だった。

「命ずる。聖女の服を切り、その気になってもらうのだ」
「なっ! そんなこと! 私にしろというのか!」
「あぁ、その指輪はなんだ? 加護を得ているのだろう?」
「なら、お主がやらずして、誰がやるのだ……」
「くっ……!」

 苦虫を潰し、悔しがるアリアンテに近づく司祭。

「なにも、殺めるのではない。服も用意してあるのだ。切れた服は着替えてもらえばよかろう?」
「しかし、聖女様が決められたことを、勝手に……」
「いいか! アリアンテ。もはや、お主の手は穢れているのだろう。それを、加護で救済するというのだ」
「ぐっ……それは……」

 逃げられない状況で、名刀・深影《しんえい》を渡される。カチャッと小気味良い音を立てながら抜かれた刀は、黒光りし、見事な名工によって仕上げられたことが見て取れた。その見事な刀身に、どよめきが起きる。

「おぉっ! さすが、名刀だ!」
「これで、聖女様も力を授けてくれる!」

 盲信している信徒たちは、聖女を従えてでも加護の力を欲していた。まさに(狂信)の名に相応しい。

『狂ってやがる!』
『しかし、私は聖騎士だ、従わねばならない……』

 ラントの前に歩みを勧めたアリアンテは、その目に悲しみを隠していた。

「すまない、ラント……」
「私は、深淵教会の聖騎士なんだ……」
「あぁ、役目を果たせ。アリアンテ……」
「っっ! ラント……!」
「っっっ!」

 歓声がひしめき合う聖堂の中で、ひと振りの剣が風切り音と共に振り下ろされた。

  
◇◇◇

  
 聖女を(殺めろ)とは言われていない。それを忠実に実行したアリアンテ。その技術は確かで、ラントの体は無事だった。しかし、その服。法衣《ローブ》は無事ではなく、振り下ろされた一閃《いっせん》に合わせて紺色のローブが切り裂かれていく。
 胸の谷間を抜けるようにして切り裂かれた法衣《ローブ》は、ラントの柔肌を少しだけ斬ったものの、致命傷でもなくただ服だけが切れた状態だった。柔肌が露わになり、臍の下まで切り開かれる。

「おぉぉぉっ! これこそ、聖女のお姿だ!」
「でも、見ろ! あそこ! なんと美しい!」
「あぁ、今回の聖女は『当たり』のようではないか。こんな、紋様がお腹に浮かんでいるとは」

 ぷるんとした柔肌に整った臍。艷やかな柔肌は宝石のようにみずみずしく、潤っている。それでいて、臍の部分には古代語で描かれた紋様が浮かぶため、その神聖さが際立っていた。

「……ら、ラント。その模様は……!」
『お腹に模様を持つものが、聖女の力を……!?』

 しかし、その模様はあまりに見たことがなく、信者たちは見知ったものを記憶と照らし合わせる。

「聖女様が、奴隷紋持ち? いや、奴隷紋は血が……」
「あぁ、そうだ。もっと違うはずだ」
「じゃぁ、なんだ? あの模様は。淫紋か?」
「は? それは伝説に聞く、魔族が使うというものだろう?」
「聖女にそんなものが……」
「だが、あれは……」

 集まっていた信者たちが、ざわざわと体に刻まれた模様に盛り上がる。

「これはこれは、聖女ラント様は性紋持ちとは、なお一層。従っていただくしかありませんな。あははは!」
「……ラント、一体。えっ?」

 その瞬間、ラントは光が満ちていく。神々しいオーラをその身に宿したかのように光を放つ姿は、まるで神託が降りた時のような柱を生み出す。

『……腹が立つ。まったく、そんなに辱めたいか……』
『オレは、力を振るわない。振るいたくないが……』
『いくら従えるためとは言え、やり過ぎだ!』

 その光は、周囲の信者たちも魅了し、その視線を釘付けにする。

「おぉぉっ! これこそ、聖女様の覚醒だ!」
「素晴らしい加護の力。これほどまでに、今までは我々のことを考えた慈悲なのか!」
「なんとまばゆい光だ!」

 しかし、ラントが纏った光は指輪に向かうこと無く、体の周りを満たすばかりで、聖堂の台座を照らし出す。

『この模様はなぁ、淫紋でも、奴隷紋でもないんだ!』
『性紋であってたまるか!』

 耳まで真っ赤になりながらも、腹を立てたラントの聖女としての振る舞いが始まる。
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