呪縛の聖騎士、戻るために『女』として奮闘す?!

結城里音

文字の大きさ
26 / 27

第26話(2章14話)女神の採択と神託者《託されしもの》の存在・

しおりを挟む
 朽ちた城壁に硝煙《しょうえん》の香り。悲鳴がこだまする城内は、各地で炎が上がっていた。ついさっきまで何も変わらない現実だったその場所が、いつの間にか非現実な光景へと変わっていた。
 皇国セントリアに侵攻してきた魔族によって、街中が業火に焼かれ。瓦礫に埋まった家族をなんとか救おうと必死になる声や、助けを呼ぶ声。石壁で作られた街並みは一瞬にして、瓦礫の山へと変わっていた。

「……あ、あ。あぁぁ」

 突如、起きた爆発にあわてて飛び出した所に、新たに飛龍《ひりゅう》に乗った魔族の竜騎士が城内を滑空し、人々を無差別に攻撃していた。飛龍を見る事自体初めてだった少女、セリーネは魔力《まな》を扱える力こそあるものの、未だ幼く小さな回復魔法しか使えなかった。
 そんな少女を守ったのは、とても大きな体と懐かしい香りのする胸板。しかし、その匂いに血の匂いが混じり、鼻奥をくすぐるほどに彼女に危機が迫っていることを、その肌身に感じさせていた。

「……ガルドさん!!」
「その背中……。それに、その子は……」
「あぁ、俺の娘だ……! ぐっ!!」

 竜騎士のすくい上げるような攻撃を、寸前のところで庇《かば》ったガルドは、左脇腹から肩にかけての背中全体に深手を負ってしまう。それでも、娘を守れたこともあり、痛さを耐えながらも、ラントに指示を出す。
 しかし、背中にかけて負ってしまった深手の影響で、防具すらぱっくりと割れて血がとめどなく溢れるほどだった。咄嗟に治癒魔法の使える救護兵が駆けつけて、治癒を促すものの、この場ではできることが限られていた。

「ガルド隊長! 今、治癒魔法を!」

 ラントが襲撃を防ぐ壁となり、救護兵が杖を構えて詠唱を始める。短縮詠唱でも十分な効果をもたらす魔法は、彼女が救護兵たる所以でもあった……

「……聖縫《せいほう》!」

 淡く光が傷口を覆うと、光の糸と針が生成され、ガルドの傷口の止血と縫合《ほうごう》を1度にやってのける。

「ぐっ! くっ! ラント!!」

 噛み締めながら痛みに耐えるガルドは、護衛していたラントに娘を預ける。

「は、はい! ガルドさん!」
「娘を――安全な所に……」

 腕に抱いた娘をラントに預けながらも、痛みを堪えながら空を見上げて襲撃が無いことを確認する。

「ぐっ! ぐはっ!」
「ガルド隊長! 動かないでください! 縫合中なんですよ!」
「あ、あぁ。分かってる!」

 ラントの腕にしがみつきながらも、父親。ガルドの元を離れようとはしない少女、セリーネ。自分も手伝うとばかりに、ラントの手を振り払うと救護兵の真似をするように、治癒魔法のひとつ、聖脈《せいみゃく》を使おうとする。

「ちょっ! セリーネちゃん?!」
「私にもできる! お父さん!!」

 小さい体で自分を庇《かば》って傷を負ってしまった父親の元に戻るセリーネ。幾分、縫合が進んだとはいえ、未だ傷口が目立つその場所はまだ、十代になったばかりの彼女には辛い。それほどまでに、ぱっくりと傷口が開いている。

「うっ……!」

 思わず身構えるセリーネに、救護兵の女性も言葉が強くなる。

「隊長は、あなたのために庇って負傷したのよ? そのあなたがなにかできると……」
「っっ! でもっ! できるもん!」

 投げかけられた言葉すら、はねのけるようにして両手をかざすと淡い光が帯び始める。

「……聖脈《せいみゃく》」
「くっ……」

 その献身的な少女の姿に、救護兵も力をもらう。

『こんな小さい子まで……』
「……負けてられないわね!」
「えっ……?」
「ラント。この子をお願い……」
「えっ? 私、まだ……」

 そう口にするのは早いものの、体から力が抜けて座り込んでしまった。いきなり脚に力が入らなくなり戸惑っているその目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「あ、あれっ。わ、私……もっと、もっと。お父さんのために、できるのに……」
「うぅっ……どうして、どうしてなの……!!」
「立って、立ってよ! 私の脚……お父さんが……」
「落ち着きなさい。セリーナちゃん!」
「っっ……!」

 救護兵の声に、我に返るセリーナ。その上、自分では力不足だと言うことを感じ、ガックリと肩を落とす。そんな少女の肩にそっとと手を置いたラントは、語りかけるようにして話していく。

「ガルド隊長は、君を俺に任せてくれた。だから、俺は。君を全力で守る。誓ってな!」
「ラント――さん。私……」

 振り返りその手を握った彼女の手は小刻みに震え、現実を改めて理解したことで胸がいっぱいになり、張り裂けそうになっていた。その大きな瞳からは、ボロボロと大粒の涙がこぼれ、緊張の糸がプツリと切れてラントの胸の中で号泣する。
 そんな彼女の号泣は、戦火の渦に霧散するように消え。ラントはただ、彼女を支え続けていた。その間も、ガルドへの治療は続くものの、上空を竜騎士が滑空して襲撃を繰り返していた。

「ラント……お前は、俺の右腕だ。娘を任せたぞ!」
「はい!」

 治療を進めていた救護兵は、泣きじゃくっていたセリーネの元に駆け寄る。どうやら、ある程度の縫合が終わったこともあり、ほとんどの治療が終わっていた。

「セリーネちゃん。諦めないでね、あなたの力はとても大事なものよ……」
「……うん」

 救護の女性兵士の言葉を、一生懸命に聞きながらもうなずき続ける。

「聖縫《せいほう》を使える私でも、傷口の完全な治癒はできないわ。完全な治癒は聖女さましかデキないの」
「でもね、大切なことだから、覚えておいて……」
「誰かを治したい。助けたいって言う気持ちは、かけがえのないものよ」
「だから、ね。その力を、大切にしなさい」
「……うん」

 ボロボロと大粒の涙を流しながらも、しっかりと心に留《とど》めていく。その様子をしっかりと見守った救護兵士は、戦線へと戻っていく。そして、ガルドからセリーナを預かったラントは、彼女を安全な場所へと避難させることになった。
 それから、ラントはセリーネの護衛をしながらも、兄のように接するようになり師と慕っていたガルドの娘ということもあり、より親しく接することが増えていた。それを彼女の日常へと変え、簡単な剣技を教えたのもラントだった。

『……ラントさんは、昔と何も変わらないんですね……』
『誰かのために、一生懸命――』

 馬車に揺られながらも、中央広場へと向かう一行。六人掛けの長椅子に揺られながらも、窓の外は何ら変わることなく日常が巡っていた。そんな街の地下では、深淵教会が暗躍して今。まさに暴走を始めようとしている。

「ラント様の力は強大だ。向こうもそれを知っていて狙ったのだろう……」

 神妙な面持ちをしながらも、話し始めるマリヴェイラ。

「だろうな。向こうも馬鹿じゃない。護衛を増やすことは考えたのか?」
「……考えたさ。だが……」
「だが?」
「断られた……『オレがいるから』と……」
「はぁぁ……」

 イレイナスの問いかけに、苦虫を潰したような顔でしかめながら口にする。

「……どうすれば良かったんだ。私は、聖女様の聖騎士で枢機卿だ。守るのが当然で、それが務めだと思っていた。だが、ラント様は違った……」
「ご自身のことは、ご自身で守られると。そんな聖女など、見たこともない。聖女とはなんだ? 彼? いや、今は彼女か。彼女が特別なのか? すべてが分からない――」

 ガタゴトと揺れる車内を沈黙が襲う。
 重く暗い空気は、これから戦闘があるかも知れない中で、滅入ってしまうほどの息苦しさを感じさせた。同席しているラントの仲間、セリアにエリス、セリーネ。グリエリにイレイナスも同様に重苦しい空気に包まれてしまう。
 ガタゴトと揺れ動く馬車の音だけが、重苦しい空気を伴った籠を中央広場へと運んでいた。重苦しい空気に各々が、手をこまねいてしまう。ただひとりを除いて……

「そんなもん――」
「ラントに任せれば良いだろう?」

 ぶっきらぼうに頭の後ろに手を回しながら、さも普通に口にするイレイナス。余りの様子に妹が口を挟む――

「ちょっと、お姉ちゃん……マリヴェイラさんも考えた上なんですから。ね?」
「……」

 イレイナスとマリヴェイラを交互に見ながら、顔色を伺うグリエリ。

「なら、どうしろというのだ――」

 苦虫を潰しながらも、声を絞りだす。

「私だって考えた。考えたうえでそうした……」
「だな。だから、こうなった……」
「くっ!」
「姉様……!」

 グリエリが止めるよりも早く、イレイナスの胸ぐらを掴んだマリヴェイラ。

「……なら、どうしたら良かった! 答えてくれ。教えてくれ……」
「長命の魔族。しかも、王族なら分かるだろ! 答えてみろ……!」

 胸ぐらを掴まれながらも、頭に手を当てたままで微動だにしないイレイナス。何も言おうとしない様子に、涙だけがボロボロと溢れるマリヴェイラ。

「冷静になれ。マリヴェイラ」
「私は……冷静だ」

 そういい、イレイナスの胸元を掴んでいた手を離し、手を出してしまったことを悔いるように下がる。そして、元の場所に腰を下ろすと頭を抱えてしまった。

「ともかくだ、何でもひとりでやろうとしすぎだ。ラントがそう言ったんだろう? なら、任せれば良い。あいつ、思いの外。したたかだぞ?」
「ですが、イレイナス様。彼女は、聖女です。我々が守らなくては……」
「そこが、硬いと言うんだ。守る必要がない、『自由な聖女』が居てもいいだろう? そう思わないか? あいつにぴったりだ!」

 イレイナスの言葉に、周囲を包んでいた重苦しい空気は、幾分軽くなっていく。

「あいつなら大丈夫さ。きっと、なんとかする。お前も、それを期待しているんだろう? マリヴェイラ」
「っっ。それは――」

 ガタゴトと揺られながらも、中央広場へと向かう馬車の中で、これからの考えが巡っていく。

「姉様! 言いすぎですって、もぅっ……! 相手は枢機卿《すうききょう》様なんですからね?」
「あぁぁ、わかったよ。グリエリ――」

 耳穴に指を挿れながらも、聞こえないフリをしたイレイナスだった。


◇◇◇


 中央広場の地下深く。
 深淵教会の中央支部では、聖女ラントと司祭がにらみ合っている。力に溺れ、聖女の力を指輪に吸収した司祭は、老いぼれた見た目とは裏腹に莫大な魔力《まな》の力を内包していた。人でありながらこれほど魔力を内包したものは居ない――

「……まるで、『魔族』みたいですね。司祭殿」
「ふふっ、そうじゃろう? これが聖女の力。もとい、女神の力を手に入れたも同じよの。お主もそう思わぬか? 故に、魔族というのは、いかがなものかと思うが……」
「ですね――」

 多くのものがその魔力《まな》に圧倒され、ひざまずいていたものの唯一。並び立つようにして立って向かい合うラント。その様子に、司祭の口元もほころぶ。

「ふふっ……」
『こやつ、いや。今宵の聖女は我と並び立つほどの傑物《けつぶつ》のようだな』
『我についてきたものや、あの護衛騎士とて立って居《お》られぬというのに――』
『さすが、聖騎士であり聖女と言ったところか。これは、どんな祝福を受けたのやら』
『……ますます、欲しくなったわ!』

 その不敵な笑みを見せる司祭の姿は、決して司祭として尊敬でき、敬えるようなものではなく、むしろ。軽蔑されて然るべき相手でもあったが、ラントは力で解決というのは、基本的に嫌いだった。それに、決定的に嫌いなことを、この司祭はしていた。

『過去に何があったのかは知らないが――。オレは嫌いだ……』
『それに、そんな力を得てどうする? 単なるバカだろう。そんな馬鹿が力を手にしたら、何をしでかす? それが、老いぼれだろうと関係ない――』
『そんな、『借り物の力』で、何を言っているんだろうか』

 考えを巡らせるラントの傍らで、煌々と語る司祭。

「我と共に来ぬか。聖女、ラントよ。お主こそ、我と共に並び立つほどの傑物とみた。我と覇道の道を歩まぬか?」

 そういい、一歩後ろに下がると、貴族の子息がするようにして、頭を下げる。真っ二つに中央から裂けていた法衣《ローブ》はラントの柔肌をかろうじて抑えていたものの、頭を下げたことでその柔らかな体に、司祭はもちろんのこと取り巻きの信者たちも釘付けになる。

「ふふっ。分かれば良いのだ――」
『これで、我の魔力《マナ》供給源も確保じゃ。これほどの傑物が味方になれば、我の添加も夢ではない』
『なによりも、かように美しい聖女を従えるのに、我は相応しい!』

 後ろに控え、魔力《マナ》に圧倒されひざまずいていた信者たちは喜び、護衛騎士をしていたアリアンテは唇を噛む。

「くっ――」
『もはや、これまでか……! ラント様…!』

 地下聖堂の中で絶望と希望が渦巻く中で、希望のほうが風前の灯火《ともしび》になっていた。しかし、その灯火《ともしび》はただの灯火ではなかった――

「司祭様。聖女ラントは――」
「……お断りします」

 満面の笑みで返した言葉は、場の空気をガラリと変えた。

「……え?」

 ラントの言葉に、一瞬。空気が止まった。あまりの出来事に、思考が追いつかない司祭。

「な、何を言っておるのだ? 我と共に……」
「ですから、『お断りします』と……」
「……我の右腕だぞ? それ相応の椅子と待遇を――」
「――お断りします♪」

 満面の笑みで断りを入れる様子に腹立たしさに包まれ、ガタガタと小刻みにその身を震わせる司祭。その様子に、腰に手を当てて呆れてしまうラント……

『……なんと言うか、それだけ歳を重ねて、中身は子供だなぁ』
『そんなに力が欲しいか? 司祭という役職で、十分じゃないのか。まだ求めるか……』

 呆れて頭を抱えていたラント。
 その姿に腹が立つ司祭は、集まっていた力を使い信者たちに力を与える。

「……仕方なかろう。ラント様には、是が非でも来てもらわねば。お前たち、我が力を分け与える。さすればラント様を捕らえて差し上げるんだ」
「お前たち、このラント様に触れることができるのだ。良かろう?」

 後ろで項垂れていた信者たちをけしかけるようにして、ラントに差し向ける。信者たちはならず者の上に、女っ気に恵まれて居ない様子が手にとるように分かるほど。しまいには、司祭からの力を得たことで怪しさが二割増しになっていた。
 そんな男たちがラントの周りを囲むように練り歩き、上から下まで舐め回すように眺める。その好奇な視線が、つま先から頭のてっぺんまで眺める感覚に、気持ち悪さを感じるほどだった。

「うひょぉ。聖女様の体、たまんねぇ……」
「元・男だか知らねぇが、今は女だ」
「あぁ、こんなエロい体しておいて、元・男とか反則だろ」
「おまけに、白髪に赤目。これぞ聖女だな……深淵教会に染め上げてやるぜ」

 男たちの色物を見るような目に、吐き気すら覚えながらも。元・男としては、かつてそんな目で見ていたわけではないものの、女になって初めて気づくこともあった。良く、競うようにして腕を磨いたセリアがそうだった。
 可愛いもの好きな上に負けず嫌いで、幼馴染。双剣使いのラントとは違い、代々レイピア使いの家系のお嬢様。試合で負けた時には、ラントの真似をして双剣使いを目指したものの、挫折していた。そんな彼女を、時々。そんな目で見ることはあった。

「――んぅ」
『セリア。すまん、こんな気持ちだったんだ。それはともかくだ――』
『防御を張ってもいいが――目立ちたく…無いなぁ……』

 そんなラントの考えなどどこ拭く風。取り囲んでいた男たちは、ラントの腕を掴む。

「ほら。聖女様よ、俺らと一緒に……」

 そこまで安々《やすやす》と触れさせる訳にはいかず、ラントの体術が炸裂していく。横から手首を掴まれたラントは、男の手をもう片方の手で掴みながらくるりと体を翻《ひるがえ》すと、その場で振り返るようにして男を倒してしまう。その、あまりの早業に、男の驚きのほうが後になるほどだった。

ドシンっ!

「は? お前、なにを……」
「いいから、静かにして……!」

 そう言うと、ラントは男を抑えるようにしてどっかりと腹の上に座る。

「ぐはっ! お、重い……」
「あっ! 重いって? このっ!」

 そう言うと、わざとらしくグッと腰を落とす。うまくみぞおちにお尻が入り、(ぐふっ)と声がでる。

「お前、仲間によくも!!」
「大人しくしろっ!」

 男の上に座っていたラントを二人がかりで掴みにかかる。腕と肩をがっちり掴まれてしまう。しかし、それでもラントは捕まらない。今度は男たちふたりを柱に見立てるようにして、くるっとしなやかな体で宙返りをしてしまう。
 その勢いのままに、男たちも表と裏が逆転してしまい、その場にドタっと崩れ落ちてしまうのだ。諦めが悪い、司祭は次から次へと男たちを向かわせるものの。そのほとんどはラントが倒してしまう。

「このっ!」
「んぅ……」
『やっぱり、そうだ……この体――』
『……軽い!』

 掴みにかかった男を後ろ手に構え、更に追撃する男との壁にする。男の後ろに抱きつくようにしながらも、しっかりとその細い腕はしっかりと首に入っていた。そんなラントを後ろから襲う男にも、柔らかくしなやかで柔らかな体が相手をする。
 拘束していた腕をほどき、背筋を反るようにして両手を床につくと、その勢いで後ろから襲いかかろうとしていた男を蹴り上げる。しなやかな脚がムチのようにしなり、男の顔を直撃する。

「ぐはっ!」
「ぐぅっ!!」
『やっぱりだ。軽い! 男の時もできたが、それ以上だ――』

 しなやかな体を使い、男を倒していく様子は護衛騎士をしていたアリアンテの目を釘付けにするほど。

「っっ!!」
『なんて――うつくしい……これが、聖女だというのか……』
『あぁ、聖女だ! 彼女こそ。ラント様こそ聖女だ! 踊るように倒している。しかも、全く疲れた様子がない――ラント様には取るに足らないものということか!』

 いくらラントでも、十人以上ともなれば手数も限られるわけで、掴まれている時のほうが多くなってしまう。

「ふふっ……」
『最初はどうなるかと思うたが、やはり数には負けるようじゃ…』
『もう少しだな……』
「やれっ! ふんっ!」

 そういい、更に信者たちに力を与える司祭。その効果もあり、伸されていた信者たちが復活する。

『どうせ、また補給すれば良い。いくらでもなぁ!』

 強化されてしまった信者たちは、ラントの手に負えなくなる。

「くっ……!」
「いい加減に、大人しくしろ。ラント様――」
「うへぇ。いい女だぜ……!」
『……うわぁ。気持ち悪い……そうだ!』

 司祭とその信者たちと戦っていて気づいたことがあった。司祭が信者に力を与えられるのなら、ラントもできるはずだと――

『そうだよ。司祭ができるなら、オレもできるだろ……』
「アリアンテ!! 力を分ける! 助けてくれ!」
「っっ? ラント……さま。えっ?!」

 後方で項垂れていたアリアンテに手を伸ばしたラント。その考えは合っていたようで、ラントからアリアンテに向けて魔力《マナ》の流れがオーラの筋となって流れ出る。すると、先ほどまで項垂れていた体に力が入り、それどころか今までに感じたことのないほどの力が沸き起こっていく。

「こ、この力は――」
「あぁ、オレの力だ。受け取ってくれ……! アリアンテ――」
「護衛騎士としての務めを……果たしてくれ!」

 少し前まで、その魔力《マナ》の影響を受けて、ガタガタと震えていたのが嘘のように力に溢れていくアリアンテ。そこには、まるで守ろうとして叶わなかったかつての聖女。マリスティアが手を貸してくれたようにも感じた。

『……マリスティア様。まだ、私は…護衛騎士として勤めても良いのでしょうか?』

 力を得てもなお悩むアリアンテ。そんな彼女の耳に、存在するはずのない彼女の声が、喧騒の中から聞こえる。

『良いのよ。アリアンテ――』
『っっ!! マリスティア様……』
『ラントが困っているわ、あなたの力を使ってあげて……』
『私を守れなくて、悩んでいたことは知ってるわ。ラントが教えてくれた――』
『っっ……』
『あなたは、生粋の護衛騎士よ。その力を、今使わないで。どこで使うの? それは、あなたが一番分かっているでしょ?』
『……マレスティナ様』

 ゆっくりと立ち上がりながらも、体に魔力《マナ》が満ちていく。その光は司祭が纏《まと》う禍々しいものとは違う、神聖で神々しい光だった。その光は、かつて守っていたマレスティナがまとっていた光でもあった。

『……終わらせましょう。アリアンテ――これまでのつながりを、断つのよ。私達の手で……』
「はい! マリスティア様!!」

 先ほどとは全く違い、復活したアリアンテの様子とその言葉に、司祭は高笑いを決め込む。

「ふふ。何を言っておる。マリスティアはこの世にはおらぬではないか。とうとう血迷ったか? 護衛騎士殿は……」
「ふはははは!」

 司祭が嘲笑うのに合わせ、信者たちも高笑いを始める。
 いつもなら、顔を背け屈していたアリアンテだったが、もう。弱い時の彼女ではなかった。

「うるさい! 私は、聖女様の護衛騎士だ! 何が悪い! 行くぞ! 司祭!!」
「何を! 若造がっ!! やれっ! お前ら! 護衛騎士殿を倒してしまえ!」

 復活していた男たちがアリアンテへと向かうものの、信者たちは一瞬で伸されると、ラントを取り囲んでいた信者たちも伸してしまう。
 ふたつの淡いオーラが並び立つようにして寄り添うと、それまでの窮地が一転して翻っていく。

「――すまない。ラント様。力を分けてもらって、しかもマリスティア様とも再会できた。感謝しか無い……」
「いや、いいさ。それに、彼女の願いだ。マリスティアはずっと、アリアンテのことを思ってたんだ。自分が良かれとしてしたことが裏目に出て――」
「重荷を背負わせた。ってな、だからその指輪にいるのは間違いなくマリスティアの意思だよ。アリアンテ……」

 剣を持つ手に着いていた指輪が、ひときわ明るく煌めくほどに、マリスティアの意思が宿っている温かな気持ちに包まれる。そこから沸き起こるような魔力《マナ》の流れに、重く沈んだ心が軽くなっていった。ほろりと涙を零しながらも、決意が固まっていく。

「あぁ、そうだな! ラント様。いや、聖女ラント! 共に倒すぞ!」
「あぁ。そうしよう!」

 苦虫を潰すように眉間にシワを寄せた司祭は、信者たちを集めて力を高める。

『くっ! 全て台無しだ!』
『こうなったら、やり直すしかない――!』

 唇を噛みながらシワの寄った顔でラントとアリアンテを睨む司祭。そこには深淵教会の司祭と言うよりは、力に囚われた哀れな老体に見えるほどだった。


◇◇◇


 中央広場にたどり着いたセリアたち一行は、イレイナスとグリエリの導きに合わせて、地下聖堂へと向かう道を見つける。それは、広場の陰にひっそりと隠された地下へと続く長い階段だった。
 しかし、その入り口までたどり着くと、その膨大な魔力《マナ》が溢れ出す感覚に、吐き気がしてしまうほどで、膝を付いてしまったグリエリ。イレイナスもなんとか耐えてはいるものの、余りの濃密さに頭が痛くなっていた。

「なんだ……この魔力《マナ》の濃さは……いっ――てぇ!」
「うっ! なんて、禍々しいの。吐き気が……うぅぅっ!!」

 セリアとエリスに支えられながらも、なんとか感じ取っていくふたり。

「無理をしないで、イレイナス……」
「そうです、グリエリさん」
「それに、魔族のおふたりですら酔うほどの魔力が……」

 そんなふたりを心配して近づいたマリヴェイラ。その手につけられた指輪が強く反応する。

「んっっ!! こ、こんな強い反応は……初めてです!」
「でも、これは。ふたつの魔力《マナ》がある?」

 魔力《マナ》に応じて反応し色が変わるその指輪は、複数の魔力の影響を受けて渦巻いていた。それを、説明するかのように、痛みを堪えながら口にするイレイナス。

「この、禍々しいのが、例の深淵教会のやつだとしてだ。他に、ふたつある?」
「は、はい。お姉様……」

 エリスに支えられながらも、返事を返すグリエリ。

「はい、どちらも強いですが、片方はおそらくラント様です。もうひとつは――定かではないですが……うっ」

 感じたことのない魔力《マナ》の流れに吐き気をもよおしながらも説明する。

「――マリスティア様。この色は……そうだ。でも、彼女は――もぅこの世には居ないはず……」
「でも、この光り方は、間違いない……」

 複雑な感情に包まれながらも、入り口で尻込みをしているよりなら、兵士を集めて入ることを決める。

「グリエリ様とイレイナス様。そしてセリア様方はここでお待ちを。我々と精鋭部隊で……」

 決意をきめたマリヴェイラに進み出るようにセリーネが顔を出す。

「ま、マリヴェイラ様! 私もなにか……」
「……お気持ちは嬉しいですが、今は……」
「そう、ですか」

 残念そうにうつむく様子に、そっと手を添えるマリヴェイラ。

「きっと、お力を借りる時が来ます。その時まで……ね」
「あなたは魔力《マナ》の有無に振り回されない、強い方です。ならば、その力は使いどころが寛容です」

 その言葉に救われたように、ぱっと笑みに満ち溢れる。

「はい! マリヴェイラ様!」

 そうして優しく諭したマリヴェイラは、少数精鋭と彼女たちの護衛を残し、階段を降りていったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

​『追放された底辺付与術師、実は【全自動化】のチートスキル持ちでした〜ブラックギルドを追い出されたので、辺境で商会を立ち上げたら勝手に世界規

NagiKurou
ファンタジー
​「お前のような、一日中デスクに座って何もしない無能はクビだ!」 国内最大のギルド『栄光の剣』で、底辺の付与術師として働いていたアルスは、ある日突然、強欲なギルドマスターから追放を言い渡される。 しかし、彼らは知らなかった。ギルドの武器の自動修復、物流の最適化、資金管理に至るまで、すべてアルスの固有スキル【全自動化(ワークフロー構築)】によって完璧にシステム化され、回っていたことを。 「俺がいなくなったら、あの自動化システム、全部止まるけど……まあいいか」 管理権限を解除し、辺境へと旅立ったアルス。彼は自身のスキルを使って、圧倒的な耐久力を誇る銀色の四輪型重装ゴーレムを作り出し、気ままな行商を始める。 一度構築すれば無限に富を生み出す「全自動」のチートスキルで、アルスの商会は瞬く間に世界規模へとスケールしていく! 一方、すべてを失ったギルドは、生産ラインが崩壊し、絶望のどん底へと突き落とされていくのだった……。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

追放された検品係、最弱の蛇に正しく聞いたら鉱脈を掘り当てた ~この世界は精霊の使い方を間違えている~

Lihito
ファンタジー
精霊に「やれ」と言えば動く。この世界の全員がそう信じている。 レイドだけが違った。範囲を絞り、条件を決め、段階的に聞く。それだけで最弱の蛇は誰より正確に答える。——誰にも理解されず、追放された。 たどり着いた鉱山町で、国が雇った上位精霊が鉱脈探査に失敗し続けていた。高性能の鷹が毎回違う答えを返す。 原因は鷹じゃない。聞き方だ。 レイドは蛇一体で名乗り出る。

スキル【幸運】無双~そのシーフ、ユニークスキルを信じて微妙ステータス幸運に一点張りする~

榊与一
ファンタジー
幼い頃の鑑定によって、覚醒とユニークスキルが約束された少年——王道光(おうどうひかる)。 彼はその日から探索者――シーカーを目指した。 そして遂に訪れた覚醒の日。 「ユニークスキル【幸運】?聞いた事のないスキルだな?どんな効果だ?」 スキル効果を確認すると、それは幸運ステータスの効果を強化する物だと判明する。 「幸運の強化って……」 幸運ステータスは、シーカーにとって最も微妙と呼ばれているステータスである。 そのため、進んで幸運にステータスポイントを割く者はいなかった。 そんな効果を強化したからと、王道光はあからさまにがっかりする。 だが彼は知らない。 ユニークスキル【幸運】の効果が想像以上である事を。 しかもスキルレベルを上げる事で、更に効果が追加されることを。 これはハズレと思われたユニークスキル【幸運】で、王道光がシーカー界の頂点へと駆け上がる物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...