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紫煙
しおりを挟む光が射し込んだ。
遮光カーテンの隙間から
白いレースを透いた陽の光が、
艶の消えた床を撫でた。
柔らかな、
けれど肌を突くようなその光は、
ゆっくりと静かに地面を這ってきて、
そしてベッドに横たわる
私の横顔を刺した。
瞼の裏側の黒い世界が、
突如として白い世界へと入れ替わる。
私の閉じた瞳は
何か見えない力のようなものに
こじ開けられて、僅かに開いた。
ぴたりと閉じた筈の遮光カーテンに
切り裂いたような隙間が出来ている。
その隙間は生きているように
時折閉じたり開いたり呼吸をする。
そして大きく息を吸い込んだのか、
裂け目の片側がふわりと膨らんだ。
緩く風が流れ込んでくる。
寝苦しさに窓を開けていた事を思い出す。
生暖かな空気が
ベッドの方にまで滑り込んできた。
朝の訪れに微睡を諦めた。
私は薄目のまま起き上がる。
照明の消えた薄暗い部屋。
ゆっくりと立ち上がり
厚いカーテンに手を掛ける。
朝が息を吹き返した。
夜は束の間の眠りにつき
時間は次第に速度を取り戻した。
静寂だった世界に音が聞こえる。
町はゆっくりと動き出す。
緩やかに回転しながら巡る朝の中で
私だけが止まっている様に思えた。
くすんだ床に腰を下ろす。
下着からはみ出た肌に
張り付くような不快感を覚える。
部屋の中心に木製の丸い机がある。
その中心にはガラスの灰皿があって、
その隣に寄り添う様に
煙草とライターが置いてある。
私は腕を伸ばすとそれらを引き寄せた。
これは、私のではない。
私以外の誰かの物だった。
見慣れた銘柄の煙草。
ひんやりと冷たさを帯びた
銀色のオイルライター。
灰皿の中には数本、
ひしゃげた吸殻が転がっている。
煙草を喫む習慣はなかった。
けれどその匂いと味を私は覚えていて、
気がつけばいつの間にか
取り出した煙草を咥えていた。
唇に載せたのが最後の一本だった。
空になった煙草の箱は
なんだか草臥れて見える。
その空っぽの中身に
ひっそりと
私が隠れているような気がした。
火を点ける。
ちりっと葉の爆ぜる音が聞こえる。
ゆっくりと煙を肺の中に取り込んで、
そっと白い息を吐く。
紫煙はまるで雲のように
空気中を漂いどこかへ消えた。
その行く末を追っていた視線は
やり場を無くして焦点が定まらなくなる。
私は水中に居た。
溺れて窒息したかのような
滲んでゆくセピア色の世界。
外から入り込む光が
滲む輪郭に反射し、青白く浮かび上がる。
それらは混ざり合い、
ひとつになろうとし、
世界は白一色に近付きつつある。
もっと咽せるものだと思っていた。
紫煙は違和感なく、
自然と私の身体に熔けこんで、
手の届かない深い場所へと落ちていった。
これを置いた人は
もう何処にも居なかった。
姿も息遣いも夜と共に消えていた。
ここに私は独りだけ。
けれど私の身体には、
まだ激しく抱かれた感触がある。
吐気がする。
生々しく肌に残った温度が
夢では無いのだと訴えかけてくる。
私の中に熱い何かがある。
それはひどく汚れていて、
どうしようもないほどに、
私は私を殺してしまいたかった。
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