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10話
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数日後、いつものように佐藤の家に行った帰り道。
瞬一の携帯に着信があった。
珍しいことに佐藤からだった。
佐藤は電話が嫌いなはずなのに。
「どうした?俺何か忘れ物した?」
「……いや」
「じゃあ、どうしたんだよ。
普段メールすら寄越さないのに」
「あの、よ」
珍しくまごついている。珍しいもの続きだ。
なんとなく嫌な予感がした。
歩くと、鞄がからりと音を立てた。
つい懐かしさに買ってしまったドロップ缶。
存在を主張するみたいに、歩く度にからからと音を立てる。
静まりかえった夜道で、心臓を突き刺す靴音と、飴の音と、佐藤の声が反響する。
「"イット"」
「へ?」
「あいつの名前。"It"にする」
はは、と気の抜けた笑いが瞬一の口からもれる。
風船に穴が空いたみたいに、体から力が抜けていく。
すぐそばの駅のベンチに腰かけた。
佐藤の声をかき消してくれるものは何もなくなった。
「……理由聞いてもいい?」
「なんとなくだ」
代名詞を固有名詞としてあてがうなんて。
お前は本当に、最後まで悪あがきをしようとするんだな。
「名前をつけたってことは、決めたんだね」
時間をたっぷり使って。佐藤は答えた。
「ああ。
俺があいつの主人になる。
だが、お前が言ったからじゃない。
俺の決めたことだ。
お前に迷惑をかけるつもりはない」
……何言ってるのか。最初にお前を頼ったのは僕なのに。
体が空気に切り裂かれるみたいに。
傷口から溢れる虚が、悲痛の叫びを上げる。
「……永遠」
ずっと言わないでいた彼の名前を呟く。
拒絶されることを知っていたから、瞬一はずっと佐藤の名前を呼ばずにいた。
本当は言いたかったのだ。
佐藤の両親しか許されていないその呼び名が欲しかった。
佐藤の特別になりたかった。
だけどその名前を呼ぶことは、彼の過去の傷口を抉る行為でしかないと知っていたから。
名前を呼ぶのは、別れの時だと決めていた。
自分の感情に決別しなければならない。
その時がついにやってきた。
「星野?」
電話の向こうで、佐藤が息を呑む音がした。
「……ちゃんと大切にしてあげなよ。その子のこと。
そうしたら、きっとお前にとって一番の理解者になってくれるから」
佐藤。頭のいい人。
隣に立つ人のいない、可哀想な人。
自らを孤独に追い立てる人。
だけどイットならきっと。
そう期待せずにはいられない。
「イットは絶対に、お前を見捨てたりなんてしないから」
瞬一は佐藤の返事を待たずに電話を切り、鞄にしまった。
その時、乱雑に入れていたドロップ缶が目に入った。
手に取って振ってみる。
からからと空虚な音を立てて、掌に転がり落ちた一粒のかけら。優しさ。
佐藤から与えられてきた思い出。
「……よりにもよってハッカかよ」
幸先は、悪いみたいだ。
瞬一はその場にうずくまり、声も立てずに静かに涙を流した。
瞬一の携帯に着信があった。
珍しいことに佐藤からだった。
佐藤は電話が嫌いなはずなのに。
「どうした?俺何か忘れ物した?」
「……いや」
「じゃあ、どうしたんだよ。
普段メールすら寄越さないのに」
「あの、よ」
珍しくまごついている。珍しいもの続きだ。
なんとなく嫌な予感がした。
歩くと、鞄がからりと音を立てた。
つい懐かしさに買ってしまったドロップ缶。
存在を主張するみたいに、歩く度にからからと音を立てる。
静まりかえった夜道で、心臓を突き刺す靴音と、飴の音と、佐藤の声が反響する。
「"イット"」
「へ?」
「あいつの名前。"It"にする」
はは、と気の抜けた笑いが瞬一の口からもれる。
風船に穴が空いたみたいに、体から力が抜けていく。
すぐそばの駅のベンチに腰かけた。
佐藤の声をかき消してくれるものは何もなくなった。
「……理由聞いてもいい?」
「なんとなくだ」
代名詞を固有名詞としてあてがうなんて。
お前は本当に、最後まで悪あがきをしようとするんだな。
「名前をつけたってことは、決めたんだね」
時間をたっぷり使って。佐藤は答えた。
「ああ。
俺があいつの主人になる。
だが、お前が言ったからじゃない。
俺の決めたことだ。
お前に迷惑をかけるつもりはない」
……何言ってるのか。最初にお前を頼ったのは僕なのに。
体が空気に切り裂かれるみたいに。
傷口から溢れる虚が、悲痛の叫びを上げる。
「……永遠」
ずっと言わないでいた彼の名前を呟く。
拒絶されることを知っていたから、瞬一はずっと佐藤の名前を呼ばずにいた。
本当は言いたかったのだ。
佐藤の両親しか許されていないその呼び名が欲しかった。
佐藤の特別になりたかった。
だけどその名前を呼ぶことは、彼の過去の傷口を抉る行為でしかないと知っていたから。
名前を呼ぶのは、別れの時だと決めていた。
自分の感情に決別しなければならない。
その時がついにやってきた。
「星野?」
電話の向こうで、佐藤が息を呑む音がした。
「……ちゃんと大切にしてあげなよ。その子のこと。
そうしたら、きっとお前にとって一番の理解者になってくれるから」
佐藤。頭のいい人。
隣に立つ人のいない、可哀想な人。
自らを孤独に追い立てる人。
だけどイットならきっと。
そう期待せずにはいられない。
「イットは絶対に、お前を見捨てたりなんてしないから」
瞬一は佐藤の返事を待たずに電話を切り、鞄にしまった。
その時、乱雑に入れていたドロップ缶が目に入った。
手に取って振ってみる。
からからと空虚な音を立てて、掌に転がり落ちた一粒のかけら。優しさ。
佐藤から与えられてきた思い出。
「……よりにもよってハッカかよ」
幸先は、悪いみたいだ。
瞬一はその場にうずくまり、声も立てずに静かに涙を流した。
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