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第二章
第九話
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冒険者になって、既に一週間と少しが経っていた。
現状、俺は1階層の探索を終えて、今日から2階層へ進出予定である。
「レイン、いい? 冒険者になって、こうやって少し慣れてきた今頃が一番危ないんだからね? くれぐれも、気をつけること」
玄関で、いつもは笑顔で送り出してくれるフィル姉に、厳重に注意される。
まぁ、それも俺のことを心底心配してくれているからこそなのだが。
「わかってる。フィル姉の美味しい晩御飯を食べるためにも、無事に帰ってこなくちゃな」
「ふふ。わかった。じゃあ、私はご希望通り美味しいご飯を用意して待ってるね。レイン、いってらっしゃい」
「行ってきます」
フィル姉に手を振って、家を出る。
今日から2階層。
強くはないが、2階層からはオークなどのモンスターも出現する。新人の、最初の関門である。
改めて、フィル姉の言葉を胸に気を引き締めた。
「レインさん、いいですか? くれぐれも気を付けてくださいね? 気を抜けば、最悪死んでしまいますからね?」
「わかってますって、ティルさん。気を付けますから」
ギルドでティナさんに、2階層に進出したい旨を伝えた結果が、これである。
ティナさんもフィル姉同様、本気で心配してくれているのが伝わって来るからこそ、無碍にはしにくい。
「あら、レイン? あなたも今日から2階層に行くの?」
「ん? なんだリアか。ああ、今日から行こうと思ってる」
「なるほど。もし邪魔じゃなければ、一緒にどう? 私もサポーターさんに心配されていてね」
と、ちょうど隣のカウンターにいたらしいリアが、話を聞いていたようでこちらに話しかけてきた。
「貴方は、確かリアさん。戦闘のできるヒーラー、でしたね?」
「ええ、そうよ」
「ああ、ティナのところの。レインさん、でしたか? アルマ先輩が目を付けてた。なんでも、かなり強いとか」
アルマさんって、テストのときの人だよな? あれが評価された、ってことか?
「ああ、申し遅れました。私、リアさんのサポーターをさせていただいています、ミリヤと申します。レインさんがご迷惑でなければ、私からも、ご同行の件、お願いします」
そう言って、ミリヤと名乗った女性が俺に頭を下げた。
見ると、リアは苦笑を浮かべていた。彼女もまた、心配してくれている手前無碍にできず、困っていたらしいな。
「レインさん、ヒーラーは大変優秀です。ここは、誘いを受けるべきです」
「わかりましたよ、ティナさん。じゃあリア、よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
という訳で、今日はリアとパーティを組んで迷宮に挑むこととなった。
冒険者の死亡率が最も高いのが、ここ2階層である。
冒険者になって、ちょうど調子に乗る時期であるのと同時、1階層を踏破したこともあり、変な自信を身に着けているためだ。
そのため、2階層より出現するオークやウルフと呼ばれる、分類としては雑魚と呼ばれるモンスター相手に、油断して戦いを挑む。
結果、追い込まれた末に死を迎える。もしもその冒険者が女性であったならば、死亡ではなく行方不明になる可能性もあるが。
オークは、繁殖に種族を問わない故に。
「それで、今日はどうするつもり?」
2階層に続く階段をのぼりながら、リアが尋ねてきた。
「そうだな。今日はとりあえず、新しいモンスターの討伐を主にするかな。ティナさんから、オークとウルフ、それぞれ一体ずつ討伐のクエストも受注したことだし」
「そうね。私も同じクエストを受注している以上、そうするわ」
2階層に初めて足を踏み入れた冒険者は、俺とリアが受けているクエストを受注するのがルールらしい。
といっても、絶対ではない。
ただ、この程度のクエストにしては報酬がそれなりに良く、受ける人がほとんどだ。
ギルド側としては、このクエストを受けることで、その階層に慣れてほしい、という狙いもあるのだとか。
リアと1階層と変わらない、ゴツゴツとした岩肌の通路を進んでいく。岩肌には既に血が付いており、足元には焼け焦げたゴブリンの死体が転がっている。
「リア、止まれ」
前を歩く俺が、後ろのリアを制する。
前方の曲がり角。その奥から響く足音が聞こえてきたためだ。
「ねぇレイン。折角パーティを組んだことだし、私の実力を把握しておく、というのはどう?」
そう言えば、リアの戦っている姿は見たことがない。
「わかった、じゃあ頼む」
俺とリアは立ち位置を入れ替える。
俺は後方で、剣を抜く。
「さて、かかってきなさい、豚ども」
そう言って、拳を打ち合わせるリア。
リアの武器はナックル。ヒーラーでナックルとは何ともミスマッチな気がするが、これでテストも合格しているのだから、実力はあるのだろう。
「来たわ」
リアの声の後に、曲がり角からモンスターが一体姿を現す。
緑色の体皮に、脂肪を蓄えた豚面のモンスター、オークだ。
タッ!
軽やかに地面を蹴る音が聞こえた直後、リアの体は、オークの目の前にあった。
「早いな」
目視で百mほどの距離を、瞬時に詰めたリア。
そして。
「グモォッ⁉」
くぐもった唸り声が響く。
リアが放った一撃が、オークの頭に炸裂。数歩後ろに下がる姿が見えた。
「無駄にでかい図体のおかげで、狙いやすくて助かるわ!」
オークは動きが遅い。その代り、一撃の攻撃力は高いのだが。
そして、リアが言っていた通り、図体はでかい。要は攻撃させなければただのミットと変わりない。
「はぁッ!」
リアが拳を次々と打ち込んでいく。素早い殴打に、オークの速度では防御すらも間に合わない。
そして、殴打が止んだ。
「グ、グモォ……」
ドスン! という音と共に、オークの体が倒れた。
奇襲からの素早い攻撃。
これが、リアの戦い方。
「終わったわね。どう? あなたのお眼鏡にかなったかしら?」
リアが水色の長い髪を手で払いながら、こちらに向き直る。
その口元には、戦闘の余韻か、笑みが浮かんでいた。
「ああ、確かに強い。強いがッ」
俺はリアの脇を駆け抜ける。
「はぁッ!」
跳躍し、逆手に剣をもって振りかぶり。
「死ねっ!」
ザシュッ。
喉元めがけて突き刺した。
「……ッ⁉」
喉を潰されて声をあげられず、暴れるオーク。
俺は剣を九十度回転させる。
「……」
今度こそ、動きが止まる。
「強いが、詰めが甘いな」
「あ、ありがとう……」
オークは、ゴブリンと違いしぶとい。そして、ゴブリンよりも知性があり、学習する。
このオークはおそらく、先ほどのリアのような冒険者を見たことがあったのだろう。そして、死んだふりをした。
ゴブリンも死んだふりはするが、あのリアの攻撃を食らえば、そもそも死んでいる。だからこそリアも、死んだと確信したのだろう。
「よくわかったわね」
「昔から耳が良くてな。こいつのかすかな息遣いも聞こえてた」
「なにそれ。地獄耳とかいうレベルじゃないわよ」
原理は分からないが、俺は昔から耳が良かった。フィル姉が体調を崩したときなども、かすかな息遣いの乱れから察知したこともある。
「さて。これでいいな」
俺は殺したオークから、オークの右手を切断し、アイテムボックスに入れる。
「それ、アイテムボックス? 買ったの?」
「いや、姉からもらった」
「へぇ。レインって、実はお金持ちの家の出身なのかしら?」
「いや、全然。まぁ、姉が人よりもモノ作りが得意なんだ」
「モノ作り? それでアイテムボックスが作れたら、それはそんなに高くないと思うのだけど?」
もっともな意見だが、フィル姉があまり錬金術師を名乗りたくないらしく。リアにはそこを隠して伝えるほかないので、ここは誤魔化すしかない。
「それよりも、後はオークを一体、ウルフを二体だ。さっさと行くぞ」
「まぁいいわ。見てなさい、次は油断しないから」
闘志を燃やすリアと共に、クエスト達成に向けて未だ見ぬ2階層を進む。
現状、俺は1階層の探索を終えて、今日から2階層へ進出予定である。
「レイン、いい? 冒険者になって、こうやって少し慣れてきた今頃が一番危ないんだからね? くれぐれも、気をつけること」
玄関で、いつもは笑顔で送り出してくれるフィル姉に、厳重に注意される。
まぁ、それも俺のことを心底心配してくれているからこそなのだが。
「わかってる。フィル姉の美味しい晩御飯を食べるためにも、無事に帰ってこなくちゃな」
「ふふ。わかった。じゃあ、私はご希望通り美味しいご飯を用意して待ってるね。レイン、いってらっしゃい」
「行ってきます」
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今日から2階層。
強くはないが、2階層からはオークなどのモンスターも出現する。新人の、最初の関門である。
改めて、フィル姉の言葉を胸に気を引き締めた。
「レインさん、いいですか? くれぐれも気を付けてくださいね? 気を抜けば、最悪死んでしまいますからね?」
「わかってますって、ティルさん。気を付けますから」
ギルドでティナさんに、2階層に進出したい旨を伝えた結果が、これである。
ティナさんもフィル姉同様、本気で心配してくれているのが伝わって来るからこそ、無碍にはしにくい。
「あら、レイン? あなたも今日から2階層に行くの?」
「ん? なんだリアか。ああ、今日から行こうと思ってる」
「なるほど。もし邪魔じゃなければ、一緒にどう? 私もサポーターさんに心配されていてね」
と、ちょうど隣のカウンターにいたらしいリアが、話を聞いていたようでこちらに話しかけてきた。
「貴方は、確かリアさん。戦闘のできるヒーラー、でしたね?」
「ええ、そうよ」
「ああ、ティナのところの。レインさん、でしたか? アルマ先輩が目を付けてた。なんでも、かなり強いとか」
アルマさんって、テストのときの人だよな? あれが評価された、ってことか?
「ああ、申し遅れました。私、リアさんのサポーターをさせていただいています、ミリヤと申します。レインさんがご迷惑でなければ、私からも、ご同行の件、お願いします」
そう言って、ミリヤと名乗った女性が俺に頭を下げた。
見ると、リアは苦笑を浮かべていた。彼女もまた、心配してくれている手前無碍にできず、困っていたらしいな。
「レインさん、ヒーラーは大変優秀です。ここは、誘いを受けるべきです」
「わかりましたよ、ティナさん。じゃあリア、よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
という訳で、今日はリアとパーティを組んで迷宮に挑むこととなった。
冒険者の死亡率が最も高いのが、ここ2階層である。
冒険者になって、ちょうど調子に乗る時期であるのと同時、1階層を踏破したこともあり、変な自信を身に着けているためだ。
そのため、2階層より出現するオークやウルフと呼ばれる、分類としては雑魚と呼ばれるモンスター相手に、油断して戦いを挑む。
結果、追い込まれた末に死を迎える。もしもその冒険者が女性であったならば、死亡ではなく行方不明になる可能性もあるが。
オークは、繁殖に種族を問わない故に。
「それで、今日はどうするつもり?」
2階層に続く階段をのぼりながら、リアが尋ねてきた。
「そうだな。今日はとりあえず、新しいモンスターの討伐を主にするかな。ティナさんから、オークとウルフ、それぞれ一体ずつ討伐のクエストも受注したことだし」
「そうね。私も同じクエストを受注している以上、そうするわ」
2階層に初めて足を踏み入れた冒険者は、俺とリアが受けているクエストを受注するのがルールらしい。
といっても、絶対ではない。
ただ、この程度のクエストにしては報酬がそれなりに良く、受ける人がほとんどだ。
ギルド側としては、このクエストを受けることで、その階層に慣れてほしい、という狙いもあるのだとか。
リアと1階層と変わらない、ゴツゴツとした岩肌の通路を進んでいく。岩肌には既に血が付いており、足元には焼け焦げたゴブリンの死体が転がっている。
「リア、止まれ」
前を歩く俺が、後ろのリアを制する。
前方の曲がり角。その奥から響く足音が聞こえてきたためだ。
「ねぇレイン。折角パーティを組んだことだし、私の実力を把握しておく、というのはどう?」
そう言えば、リアの戦っている姿は見たことがない。
「わかった、じゃあ頼む」
俺とリアは立ち位置を入れ替える。
俺は後方で、剣を抜く。
「さて、かかってきなさい、豚ども」
そう言って、拳を打ち合わせるリア。
リアの武器はナックル。ヒーラーでナックルとは何ともミスマッチな気がするが、これでテストも合格しているのだから、実力はあるのだろう。
「来たわ」
リアの声の後に、曲がり角からモンスターが一体姿を現す。
緑色の体皮に、脂肪を蓄えた豚面のモンスター、オークだ。
タッ!
軽やかに地面を蹴る音が聞こえた直後、リアの体は、オークの目の前にあった。
「早いな」
目視で百mほどの距離を、瞬時に詰めたリア。
そして。
「グモォッ⁉」
くぐもった唸り声が響く。
リアが放った一撃が、オークの頭に炸裂。数歩後ろに下がる姿が見えた。
「無駄にでかい図体のおかげで、狙いやすくて助かるわ!」
オークは動きが遅い。その代り、一撃の攻撃力は高いのだが。
そして、リアが言っていた通り、図体はでかい。要は攻撃させなければただのミットと変わりない。
「はぁッ!」
リアが拳を次々と打ち込んでいく。素早い殴打に、オークの速度では防御すらも間に合わない。
そして、殴打が止んだ。
「グ、グモォ……」
ドスン! という音と共に、オークの体が倒れた。
奇襲からの素早い攻撃。
これが、リアの戦い方。
「終わったわね。どう? あなたのお眼鏡にかなったかしら?」
リアが水色の長い髪を手で払いながら、こちらに向き直る。
その口元には、戦闘の余韻か、笑みが浮かんでいた。
「ああ、確かに強い。強いがッ」
俺はリアの脇を駆け抜ける。
「はぁッ!」
跳躍し、逆手に剣をもって振りかぶり。
「死ねっ!」
ザシュッ。
喉元めがけて突き刺した。
「……ッ⁉」
喉を潰されて声をあげられず、暴れるオーク。
俺は剣を九十度回転させる。
「……」
今度こそ、動きが止まる。
「強いが、詰めが甘いな」
「あ、ありがとう……」
オークは、ゴブリンと違いしぶとい。そして、ゴブリンよりも知性があり、学習する。
このオークはおそらく、先ほどのリアのような冒険者を見たことがあったのだろう。そして、死んだふりをした。
ゴブリンも死んだふりはするが、あのリアの攻撃を食らえば、そもそも死んでいる。だからこそリアも、死んだと確信したのだろう。
「よくわかったわね」
「昔から耳が良くてな。こいつのかすかな息遣いも聞こえてた」
「なにそれ。地獄耳とかいうレベルじゃないわよ」
原理は分からないが、俺は昔から耳が良かった。フィル姉が体調を崩したときなども、かすかな息遣いの乱れから察知したこともある。
「さて。これでいいな」
俺は殺したオークから、オークの右手を切断し、アイテムボックスに入れる。
「それ、アイテムボックス? 買ったの?」
「いや、姉からもらった」
「へぇ。レインって、実はお金持ちの家の出身なのかしら?」
「いや、全然。まぁ、姉が人よりもモノ作りが得意なんだ」
「モノ作り? それでアイテムボックスが作れたら、それはそんなに高くないと思うのだけど?」
もっともな意見だが、フィル姉があまり錬金術師を名乗りたくないらしく。リアにはそこを隠して伝えるほかないので、ここは誤魔化すしかない。
「それよりも、後はオークを一体、ウルフを二体だ。さっさと行くぞ」
「まぁいいわ。見てなさい、次は油断しないから」
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