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三章 王都にて

当日

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「ごめん、待った?」
「い、いや待ってはねぇよ」
 
 今僕達は学舎の門前でまるで定番みたいな会話を繰り広げていた。
 これも原因はミュールだ。
 時間通りに行かないとという僕の足にひっついて足止めをされた。
 なんでも待たせる方が焦らしになるとかなんとか。
 結構それで時間を取られて、今に至った。僕は少し走ってきたせいで汗ばんで、息もみだれている。
 
「ちょっと出かけにルームメイトに捕まってさ。ごめんね」
「待ってねぇから大丈夫。それよりーー」
「ん?」
「いつもと服と髪、違うんだな」
 
 お、ちゃんと気づくあたりはポイント高いね。
 そう、今日の僕はミュールによる大改造作戦とやらの元、肩までの髪をちょっと結い、服だって最終的にミニ丈に改造されたワンピースを着ているのだ。正直足元がすーすーして心許ない。
 対して彼の格好は、いつも通りだ。チュニックにベスト。町中を見回したら、大半の男の人はこの格好だろう。
 まぁこれで着飾って来られたら僕は若干引いてしまっていただろうから、ある意味ナイスチョイスとも言える。
 
「一応休みの日だからね。たまにはいいかなって」
 
 そんな僕を彼はまたチラリと眺めてーー
 
「それ、似合うから、今度もそういう格好しろよな」
 
 照れながら、そう宣った。
 世間の評価はどうか知らないけれども、僕の前世の基準から言えばアランだって十分に彫りが深くて良い顔なのにそんなふうに言われるとこっちも照れてしまう。
 しかしリピートご希望とまできてるのだから、それなりに彼の琴線には触れることができたのだろう。恥ずかしい思いと苦労はした甲斐があったということだ。
 
「ほら、ぼーっとしてねぇでいこうぜ」
 
 すっと自然に手が差し出される。エスコートまで万全とな! これはもしかして誰かに何か吹き込まれてるのかな?
 それでも僕は誘われるままにその手を取って、意地悪もこめて腕を絡めてみた。
 おお、顔がまるでりんごみたいですなぁ。アランの癖に僕を照れさせたバツだ。あれ? でもこれアランが得してるだけな気も……
 お互いの照れのせいで気まずい沈黙が続く。
 それに先に耐えきれなくなったのは僕の方だ。
 
「この間はごめんね、悪戯が過ぎたよね」
「いや、違うんだ。あれは…… その、俺以外の冒険者だったら良くない事になるぞって言いたかっただけで……」
 
 それは理解できる。だっていくら細っこくて棒みたいでも、僕は女だ。それに前世の記憶だってあるから、男の人がどういうものかなんてある程度はわかってる。冒険者なんて大体が乱暴な人が多い、そんな中で悪戯に挑発してどうなるかなんて、想像に難くない。
 ただ僕は、安全だろうと彼の優しさに甘えていただけだ。
 
「じゃ、お互いごめんねってことで。細かいことは忘れて、今日は遊ぼうよ」
「教会にいくんじゃなかったのか?」
「うん、真っ先に済ませたら、あとは門限まで遊べるでしょ?」
「そっか、そうだな」
 
 どこか思い直したのか、彼の顔に明るさが戻る。うん、良かった良かった。これぞ正に雨降って地固まるってやつかな?
 なにせ僕はすでに散々恥ずかしい思いまでしているんだから、楽しんでもらわないとこっちも損した気分になってくるし。
 ふと横に並んだ顔を見れば、出会った時よりも大分距離が縮まったように思える。
 
「背、のびたね」
「そうか?」
「もう僕の方が低いくらいだよ」
 
 それはきっと彼の成長の証だ。以前僕よりも下にあった目線はいつのまにか追い越されていた。成長期ってすごいね、僕にはまだ成長期がきてないみたいだけど。
 
「でも、もっと早く大きくなりてぇな」
「どうしてさ?」
 
 僕の問いに答えづらそうに彼が顔を背ける。
 
「大きく強くなったら、メルタが前に出て戦わなくてもよくなるだろ」
 
 どうやら前回の狩猟神さまとの一件を気にしていたらしい。確かにあの時は僕が前にでて、アランが後ろだったけれども、それは射程距離の長さを確保したかったからで、強さがどうこうってわけじゃあない。
 でも彼としてはそれも納得はいっていなかったのだろう。
 
「次からは、お前に怪我させないように、頑張るからよ」
 
 ああ、一番気にしていたのはそこか。前に出れば怪我はする。でもそれをアランは自分自身が許せなかったのか。
 
「じゃあ僕は負けないくらい強くなるよ。誰かに危険を押し付けて甘えて戦いたくはないからね」
 
 僕だって思いは一緒だ。僕自身に課せられた問題に彼を突き合わせて一方的に怪我をさせるだなんて耐えられない。
 どっちが前か後かじゃなくて、僕はーー
 
「一緒に並んで戦おうよ。二人でさ」
 
 そう在りたいと思っている。
 うん、新しい人を入れるかどうこう以前に、僕ももっとちゃんと強くならないと。
 幸いハルバードという新しい攻撃手段と魔法を学ぶ機会を得たのだから、それを生かさない手はない。
 きっと僕は、この時に自分のすべきこと向かいあうことを決めたんだ。
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