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第二章 弓使いと学校のアイドル編
第27話 私のヒーロー
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《三人称視点》
自分の持てる技量を総動員して、なけなしの勇気を振り絞って。
それでも尚、何事もなかったかのようにむくりと起き上がる強化版“エンペラー・ゴーレム”。
その赤く不吉な単眼が、この場に取り残された2人を睨みつける。
「あ……あ」
乃花はパニックに陥りかけ、それでも気を抜けば膝から崩れ落ちそうになる足を踏ん張る。
左手に握った弓矢の力強い感覚を心の支えに、再び浮上してくる恐怖心を抑え込む。
(に、逃げない!)
乃花は一瞬空白に陥りかけた思考を繋ぎ、今すべきことに目を向ける。
「は、はやくここを出よう!」
乃花はへたりこんでいる真美の手を取り、引き上げる。
「う、うん!」
そのまま、2人は元来た道を全速力で引き返した。
今、乃花がすべきこと。
それは、目の前の敵から逃げないことではない。
彼女の全身全霊を込めた一撃は、まるで歯が立たなかった。
だから、今彼女がとるべき最善の一手は――
「このまま安全なとこまで逃げるよ!」
「で、でも。そんなことできるの!?」
真美は震える声でそう尋ねる。
彼女の意見はもっともだ。見やれば、ゴーレムが追ってきている。
元々乃花達がいたのは、中ボスや雑魚敵が時間帯によってわんさか湧くエリアで、周りよりも空間が縦横共に広く設けられている。
だから、一度洞窟のような細い通常の道に入ってしまえば、追ってはこれない。
否。そんな常識すら、あらゆるイレギュラーを備えた背後の敵には通用しない。
ゴーレムはその巨体を惜しげも無く主張しながら、2人を追う。
どうやって? そんなの決まっている。そのダンプカーよりも重厚な身体で、壁と天井を悉く破壊しながらだ。
「このままじゃ、追いつかれる!」
真美がそう叫んだのと同時、ゴーレムはその太い腕を振るい、拳を放ってきた。
「っ!」
心臓が悲鳴を上げ、恐怖と戦慄が乃花の身体を駆け巡る。
が、乃花は爆発のスキルを矢にかけ、全力で放った。
放たれた矢は拳の左端に突き刺さると同時に、小さな爆発を生む。
外骨格が強化され、その上再生までする敵に大したダメージは入らない。
が、爆風の影響で拳の軌道が逸れ、乃花たちのやや後ろの地面に突き刺さった。
(今の私の力じゃ倒せない。でも……時間を稼ぐことくらいなら!)
時間を稼ぐ。
そして、あわよくばゴーレムの猛攻を逃げ切る。もしだめでも、現在編成中の救助隊がやってくるまで粘ればいい。
(今私がとるべき最善の一手は、目の前の敵から逃げないことじゃない! この恐怖から、逃げないこと!)
そう自分の心に言い聞かせ、乃花は真美と共に終わりの見えない攻防を開始した。
そう――終わりの見えない攻防を。
――。
「はぁっ! はぁっ!」
荒い息を吐きながら、乃花は真美と共に走る。
あれから、何分経過したかわからない。
心臓を握りつぶされるような極限状態の中、時間感覚は正常に働かなくなっていた。
一分が数十分のようにすら感じるこの状況。
助けはいつ来る? 無事にここを出られるの?
そういった不安や焦りが、時間が経過するごとに乃花の心を蝕んでいく。
少しずつ――抑え込んでいた恐怖の蓋が、内側からの圧力で開こうとしている。
「逃げない! 私は――逃げない」
いっそ呪いのように自分に言い聞かせる乃花。
だが、そのとき――矢筒に伸ばした手が、空を切った。
「なっ!? もう矢がない――っ!?」
その瞬間、ゴーレムの拳が飛んで来る。
たった一撃。その一撃で、状況は決定的に追い詰められる。
「ぐっ!」
咄嗟に避けた乃花は、直撃こそ避けられたものの、拳の端が彼女の身体を掠める。それだけで乃花の身体は大きく後ろへ吹き飛ばされ、ダンジョンの壁に背中からぶち当たった。
「がっ、は――ッ!」
肺の中の空気が全て吐き出され、呼吸困難に陥る。
全身はビリビリと痺れ、痛みを通り越して感覚が無い。弾き飛ばされるときに手を離してしまった弓矢が、目の前におちた。
彼女の近くには、同じく余波で瀕死になっている真美が転がっている。
もしかしたら、最初にもデカい一撃をもらっているせいで、乃花よりも肉体のダメージは大きい可能性すらある。
そして正面には――動けない2人を見下ろす破壊の帝王の姿が。
「……あ」
ドクンと、乃花の心臓が一際大きく暴れる。
――確かに、彼女は一度恐怖を乗り越えた。
しかし、忘れてはいけない。彼女はあくまで、ただの女子高生だ。
ダンジョンには本来死の危険はなく、ゲーム感覚で攻略をする者も少なくない。彼女もそのうちの1人であることは、否定できない。
どれだけ逃げても追ってくる強敵。
攻撃しても攻撃しても再生する脅威。
助けがいつ来るかもわからないという焦り。
そういったものが命を常に狙われ続ける極限状態の中でつのり続け――絶体絶命に陥った今、恐怖を抑える脆い蓋は、粉々に砕け散った。
「あ……う」
元々、普通の女子高生である乃花が、一度立ち上がれたことがもう奇跡なのだ。
遅れて全身を駆け巡る痛みと恐怖で、乃花の心臓は潰れそうなほどに悲鳴を上げる。
もう、攻撃手段も残っていない。ここで――乃花と真美の運命は終わる。
ゴーレムはその巨体を揺らしながら、一歩、乃花の方へ踏み出す。
彼女の前に堕ちていた弓矢が、ばきりと音を立てて砕けた。彼女の心を奮い立たせる、心の拠り所。それをあまりにも無慈悲に、希望をへし折るかのごとく叩き折る。
喉に瞬間接着剤でも注ぎ込まれたかのように、彼女の肺は酸素を取り込まない。
グラグラと揺れる視界の中、ゴーレムはゆっくりと腕を上げる。今度こそ、逆転の手段がないことを知って、確実に乃花の息の根を止めるために。
「たす……けて」
だから、彼女は呼んだ。
彼女の知る中で唯一の。ずっと憧れ、思いを寄せてきた人物の名前を。
恐怖で張り付いた喉で、確かにその名前だけははっきりと。
「助けて、かっくん!」
その瞬間、ゴーレムの豪腕が無慈悲に振り下ろされ。
同時に――乃花の視界を閃光が焼いた。目の前のゴーレムの右腕ごと、真上から真下に貫く赤い閃光が、景色を焼き尽くした。
「グォオオオオオオオオオッ!?」
極光の戦鎚の直撃を受け、右腕を吹き飛ばされたゴーレムが、一歩後ずさる。
「あ……」
乃花は、自分でも気付かぬうちに空を見上げていた。
息苦しいほど低い天井が取り払われ、巨大な穴が空いている。
そして、二つ上の階層に誰かがいた。
「あ、あなたは……」
乃花には、1発でわかった。
ゴーグルで顔を隠していたって、彼女にはわかる。ずっと憧れ恋い焦がれてきた存在が。
あのときと同じように、恐怖を射貫く弓矢を携えて、そこにいる。
「かっくん!」
思わず叫んだ乃花の方を見た、かっくん――息吹翔は、はっきりとこう言った。
「ごめん、かのん。遅くなった」
自分の持てる技量を総動員して、なけなしの勇気を振り絞って。
それでも尚、何事もなかったかのようにむくりと起き上がる強化版“エンペラー・ゴーレム”。
その赤く不吉な単眼が、この場に取り残された2人を睨みつける。
「あ……あ」
乃花はパニックに陥りかけ、それでも気を抜けば膝から崩れ落ちそうになる足を踏ん張る。
左手に握った弓矢の力強い感覚を心の支えに、再び浮上してくる恐怖心を抑え込む。
(に、逃げない!)
乃花は一瞬空白に陥りかけた思考を繋ぎ、今すべきことに目を向ける。
「は、はやくここを出よう!」
乃花はへたりこんでいる真美の手を取り、引き上げる。
「う、うん!」
そのまま、2人は元来た道を全速力で引き返した。
今、乃花がすべきこと。
それは、目の前の敵から逃げないことではない。
彼女の全身全霊を込めた一撃は、まるで歯が立たなかった。
だから、今彼女がとるべき最善の一手は――
「このまま安全なとこまで逃げるよ!」
「で、でも。そんなことできるの!?」
真美は震える声でそう尋ねる。
彼女の意見はもっともだ。見やれば、ゴーレムが追ってきている。
元々乃花達がいたのは、中ボスや雑魚敵が時間帯によってわんさか湧くエリアで、周りよりも空間が縦横共に広く設けられている。
だから、一度洞窟のような細い通常の道に入ってしまえば、追ってはこれない。
否。そんな常識すら、あらゆるイレギュラーを備えた背後の敵には通用しない。
ゴーレムはその巨体を惜しげも無く主張しながら、2人を追う。
どうやって? そんなの決まっている。そのダンプカーよりも重厚な身体で、壁と天井を悉く破壊しながらだ。
「このままじゃ、追いつかれる!」
真美がそう叫んだのと同時、ゴーレムはその太い腕を振るい、拳を放ってきた。
「っ!」
心臓が悲鳴を上げ、恐怖と戦慄が乃花の身体を駆け巡る。
が、乃花は爆発のスキルを矢にかけ、全力で放った。
放たれた矢は拳の左端に突き刺さると同時に、小さな爆発を生む。
外骨格が強化され、その上再生までする敵に大したダメージは入らない。
が、爆風の影響で拳の軌道が逸れ、乃花たちのやや後ろの地面に突き刺さった。
(今の私の力じゃ倒せない。でも……時間を稼ぐことくらいなら!)
時間を稼ぐ。
そして、あわよくばゴーレムの猛攻を逃げ切る。もしだめでも、現在編成中の救助隊がやってくるまで粘ればいい。
(今私がとるべき最善の一手は、目の前の敵から逃げないことじゃない! この恐怖から、逃げないこと!)
そう自分の心に言い聞かせ、乃花は真美と共に終わりの見えない攻防を開始した。
そう――終わりの見えない攻防を。
――。
「はぁっ! はぁっ!」
荒い息を吐きながら、乃花は真美と共に走る。
あれから、何分経過したかわからない。
心臓を握りつぶされるような極限状態の中、時間感覚は正常に働かなくなっていた。
一分が数十分のようにすら感じるこの状況。
助けはいつ来る? 無事にここを出られるの?
そういった不安や焦りが、時間が経過するごとに乃花の心を蝕んでいく。
少しずつ――抑え込んでいた恐怖の蓋が、内側からの圧力で開こうとしている。
「逃げない! 私は――逃げない」
いっそ呪いのように自分に言い聞かせる乃花。
だが、そのとき――矢筒に伸ばした手が、空を切った。
「なっ!? もう矢がない――っ!?」
その瞬間、ゴーレムの拳が飛んで来る。
たった一撃。その一撃で、状況は決定的に追い詰められる。
「ぐっ!」
咄嗟に避けた乃花は、直撃こそ避けられたものの、拳の端が彼女の身体を掠める。それだけで乃花の身体は大きく後ろへ吹き飛ばされ、ダンジョンの壁に背中からぶち当たった。
「がっ、は――ッ!」
肺の中の空気が全て吐き出され、呼吸困難に陥る。
全身はビリビリと痺れ、痛みを通り越して感覚が無い。弾き飛ばされるときに手を離してしまった弓矢が、目の前におちた。
彼女の近くには、同じく余波で瀕死になっている真美が転がっている。
もしかしたら、最初にもデカい一撃をもらっているせいで、乃花よりも肉体のダメージは大きい可能性すらある。
そして正面には――動けない2人を見下ろす破壊の帝王の姿が。
「……あ」
ドクンと、乃花の心臓が一際大きく暴れる。
――確かに、彼女は一度恐怖を乗り越えた。
しかし、忘れてはいけない。彼女はあくまで、ただの女子高生だ。
ダンジョンには本来死の危険はなく、ゲーム感覚で攻略をする者も少なくない。彼女もそのうちの1人であることは、否定できない。
どれだけ逃げても追ってくる強敵。
攻撃しても攻撃しても再生する脅威。
助けがいつ来るかもわからないという焦り。
そういったものが命を常に狙われ続ける極限状態の中でつのり続け――絶体絶命に陥った今、恐怖を抑える脆い蓋は、粉々に砕け散った。
「あ……う」
元々、普通の女子高生である乃花が、一度立ち上がれたことがもう奇跡なのだ。
遅れて全身を駆け巡る痛みと恐怖で、乃花の心臓は潰れそうなほどに悲鳴を上げる。
もう、攻撃手段も残っていない。ここで――乃花と真美の運命は終わる。
ゴーレムはその巨体を揺らしながら、一歩、乃花の方へ踏み出す。
彼女の前に堕ちていた弓矢が、ばきりと音を立てて砕けた。彼女の心を奮い立たせる、心の拠り所。それをあまりにも無慈悲に、希望をへし折るかのごとく叩き折る。
喉に瞬間接着剤でも注ぎ込まれたかのように、彼女の肺は酸素を取り込まない。
グラグラと揺れる視界の中、ゴーレムはゆっくりと腕を上げる。今度こそ、逆転の手段がないことを知って、確実に乃花の息の根を止めるために。
「たす……けて」
だから、彼女は呼んだ。
彼女の知る中で唯一の。ずっと憧れ、思いを寄せてきた人物の名前を。
恐怖で張り付いた喉で、確かにその名前だけははっきりと。
「助けて、かっくん!」
その瞬間、ゴーレムの豪腕が無慈悲に振り下ろされ。
同時に――乃花の視界を閃光が焼いた。目の前のゴーレムの右腕ごと、真上から真下に貫く赤い閃光が、景色を焼き尽くした。
「グォオオオオオオオオオッ!?」
極光の戦鎚の直撃を受け、右腕を吹き飛ばされたゴーレムが、一歩後ずさる。
「あ……」
乃花は、自分でも気付かぬうちに空を見上げていた。
息苦しいほど低い天井が取り払われ、巨大な穴が空いている。
そして、二つ上の階層に誰かがいた。
「あ、あなたは……」
乃花には、1発でわかった。
ゴーグルで顔を隠していたって、彼女にはわかる。ずっと憧れ恋い焦がれてきた存在が。
あのときと同じように、恐怖を射貫く弓矢を携えて、そこにいる。
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