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第1章 最初の《契約》、竜の少女
第2話 臆病者の勇気
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そのとき。恐怖で腰を抜かさなかったことだけが、僕の唯一の救いだったかもしれない。
ブォン! と唸りを上げて、“デーモン・クラブ”の巨大なハサミが迫る。
「くっ!」
まるで大型ダンプが突っ込んでくるような重圧を感じながらも、僕はとっさに横へ転がった。
次の瞬間、僕の背後の岩壁が、紙くずのように吹き飛んだ。
穴が開いた、どころではない。
並みの攻撃では傷一つつかないはずのダンジョンの外壁が、まるで爆弾で内部から破裂でもしたかのように吹き飛んだのだ。
「く、くそぉおおおおおおっ!」
僕は、たまらず逃げ出していた。
あんなの! 一体どうしろって言うんだ!
Aランクのモンスター……下層より下にしか生息しない、ダンジョン内きっての強者だ。
何年もダンジョンに潜っているレベル20を超えるベテランの冒険者が、数人がかりでやっと倒せるレベルだと聞く。
対して僕のステータスは――
――
名前:神結絆
種族:人間
性別:男
レベル1
HP(体力):60
MP(魔力):40
STR(攻撃力):10
DEF(防御力):8
DEX(命中):11
AGI(敏捷):32
LUK(運):18
魔法:《ファイア・ボール》
固有スキル:――
所持アイテム:――
称号:――
――
「こんなんでどうしろって言うんだよ!!」
レベルは1。スキルも所持品も何もない。駆け出しの冒険者と言うより、身包み剥がされた初心者みたいなこの状態で、何ができると言うのだ。
叫ぶ僕の後ろから、目を向けなくともわかるほどの圧が迫ってくる。
思わず振り向いた僕の目に、ハサミを器用に使って地面を蹴り飛ばしながら迫ってくるカニの巨体が映った。
「くっ! 《ファイア・ボール》!」
半ば我武者羅に、唯一使える火属性魔法を起動する。
手の先端に生じた小さな魔法陣から、赤い火の玉が生まれ、目前に迫る“デーモン・クラブ”めがけて飛んでいき――当たった瞬間、まるでろうそくの火を掻き消すかの如く、かき消えた。
当然、青黒い外骨格には火傷の痕すらない。
おまけに、こんなしょぼい魔法でも、MPを一気に10も消費してしまった。
残存MPは残り30。これでは、あと三発しか撃てない。
「こんなしょぼい攻撃、あと何百発打ち込んだって倒せる気がしないのに!」
歯噛みする僕の背後から、青黒い巨体が土煙を上げて追いかけてくる。
岩の如く巨大なハサミが振り下ろされ、間一髪でそれを躱す。レベル!で30を超える敏捷があることが、唯一の救いだった。
が、直撃を回避しても、地面を砕く一撃の余波までは避けられない。
「ぐっ、が!」
衝撃波と土埃が僕の背中をたたき付け、僕の身体は数メートル真正面に吹っ飛ばされた。
そのままゴロゴロと地面を転がり、開けた場所に出る。
――ドーム状の空間だった。
まるで闘技場かと思えるくらいに広く、円形に整えられた空間。
ラスボスが待ち構えていても不思議ではないその場所に、大量の岩が落ちていた。
いや、よく見ると岩ではない。
強大な力で引き裂かれたらしき痕跡のある、ゴーレムのような無骨な形のモンスターの骸。
それが、大量に転がっているのだ。
「なんだ、この数……」
思わず息を飲んだ僕の視界に、あるものが映った。
広い空間の端に、何かがいる。そこそこの距離があるはずなのに、ソイツは恐ろしく巨大に見えた。
おそらく全高20メートルはあるだろう。
筋骨隆々な身体に、右手には巨大な棍棒を持っている。ゴーレムのような無骨な身体に、何より特徴的なのは赤く輝く単眼だ。
周りに転がっている骸と同じ形のモンスターだが、ソイツだけは威容に大きかった。
「まさか、あれは……Sランクモンスター“キング・サイクロプス”!?」
脳天を金槌でぶん殴られたような衝撃が僕を襲い、吐き気と目眩がこみ上げてくる。
ふざけるな。なんだこの状況!?
後ろからは“デーモン・クラブ”。前には“キング・サイクロプス”。
あまりにも、あんまりだ。
なんでこんなに、世の中は理不尽なんだ。
僕は頭を抱え、その場にうずくまろうとした――そんぼときだった。
轟っ!
凄まじい熱量の炎が、視界の端で燃えあがった。
「なんだ?」
見やれば、“キング・サイクロプス”の巨体を、炎が包み込んでいる。
よく目をこらしてみると、ソイツの足下に何かがいた。
身体の小さな女の子だ。見た目から推察するに八歳くらい。
そんな子が、強大な敵に対して超高熱の炎を放っているのだ。
にわかには信じられない光景。
しかし、“キング・サイクロプス”は苦しそうに呻き声を上げ、一歩後ずさっている。
そこで、僕はようやく気付いた。
ここにある大量の骸は、あの少女が造り出したものだと。
どこの誰かは知らないが、あの子の強さならあるいは――僕は、極限状態から解放される未来を見て、ほっと胸をなで下ろした。
そのときだった。
「ま、ず……流石に、もう魔力が」
不意に、少女の身体がぐらりと傾ぎ、ドサリとその場に倒れ込んだ。
「……あ」
そのとき、僕の目が少女の姿をはっきりと捉えた。
MPの使いすぎだろう。顔色は蒼白になり、衣服はボロボロであちこち傷だらけ。もう、戦える状態ではないことに。
そして――表面がちょっと焼け焦げただけで、“キング・サイクロプス”は未だ健在だということに。
“キング・サイクロプス”は、その豪腕に握る棍棒を、ゆっくりと振り上げる。
不気味な単眼は、動けない少女を見下ろしていて――
「や、やめろぉおおおおおおおおおお!」
――気付けば、僕はそちらへ向かって駆けだしていた。
後ろから、僕を狙う巨大なカニが迫っていることすら忘れて。
自分でも、なんで臆病な僕がそうしたかなんてわからなかった。ただ、数秒後に訪れる結末を前に、何も動かないでいる自分を想像なんてしたくなかった。
「ぁあああああああああっ!」
“キング・サイクロプス”の豪腕が振り下ろされ、少女を粉々に砕く寸前。僕は、少女の身体を抱きかかえてそのまま走り抜けた。
鋭い音が背後で響く。が、それは棍棒が地面を砕いた音では無かった。
今まさに僕に飛びかかろうとしていた“デーモン・クラブ”が、運悪く棍棒の射線上に入ってしまい、殴り飛ばされた音だった。
あれほど硬い外骨格がいとも簡単にひしゃげ、あっという間に絶命する。
黒い霧となって消えていく“デーモン・クラブ”の身体から、何かが生まれ落ちた。
ドロップアイテム――いや違う。よりレアな、宝箱だ。
ハイランクのモンスターは、ごく低確率で宝箱を落とす。
その中には、レアな武器や防具、新たな魔法やスキルなどが詰まっていると聞く。
僕は、腕の中で荒く息を吐いている少女を見下ろした。
艶やかな赤い髪に、雪も欺く白い肌。見た目の年齢に見合った慎ましやかな胸。そして、なぜか黒い角と太い尻尾が生えている。
……コスプレか何かかな?
このコスプレ少女が、あれほどの力を持っていたのが信じられないが、苦しそうな顔を見るにとても戦えそうにない。
「くっ……一か八かだ!」
“キング・サイクロプス”の攻撃から生き延びるには、もうこの宝箱に頼るより道はない。
僕は、藁にも縋る思いで宝箱を開けた。すると――
ブォン! と唸りを上げて、“デーモン・クラブ”の巨大なハサミが迫る。
「くっ!」
まるで大型ダンプが突っ込んでくるような重圧を感じながらも、僕はとっさに横へ転がった。
次の瞬間、僕の背後の岩壁が、紙くずのように吹き飛んだ。
穴が開いた、どころではない。
並みの攻撃では傷一つつかないはずのダンジョンの外壁が、まるで爆弾で内部から破裂でもしたかのように吹き飛んだのだ。
「く、くそぉおおおおおおっ!」
僕は、たまらず逃げ出していた。
あんなの! 一体どうしろって言うんだ!
Aランクのモンスター……下層より下にしか生息しない、ダンジョン内きっての強者だ。
何年もダンジョンに潜っているレベル20を超えるベテランの冒険者が、数人がかりでやっと倒せるレベルだと聞く。
対して僕のステータスは――
――
名前:神結絆
種族:人間
性別:男
レベル1
HP(体力):60
MP(魔力):40
STR(攻撃力):10
DEF(防御力):8
DEX(命中):11
AGI(敏捷):32
LUK(運):18
魔法:《ファイア・ボール》
固有スキル:――
所持アイテム:――
称号:――
――
「こんなんでどうしろって言うんだよ!!」
レベルは1。スキルも所持品も何もない。駆け出しの冒険者と言うより、身包み剥がされた初心者みたいなこの状態で、何ができると言うのだ。
叫ぶ僕の後ろから、目を向けなくともわかるほどの圧が迫ってくる。
思わず振り向いた僕の目に、ハサミを器用に使って地面を蹴り飛ばしながら迫ってくるカニの巨体が映った。
「くっ! 《ファイア・ボール》!」
半ば我武者羅に、唯一使える火属性魔法を起動する。
手の先端に生じた小さな魔法陣から、赤い火の玉が生まれ、目前に迫る“デーモン・クラブ”めがけて飛んでいき――当たった瞬間、まるでろうそくの火を掻き消すかの如く、かき消えた。
当然、青黒い外骨格には火傷の痕すらない。
おまけに、こんなしょぼい魔法でも、MPを一気に10も消費してしまった。
残存MPは残り30。これでは、あと三発しか撃てない。
「こんなしょぼい攻撃、あと何百発打ち込んだって倒せる気がしないのに!」
歯噛みする僕の背後から、青黒い巨体が土煙を上げて追いかけてくる。
岩の如く巨大なハサミが振り下ろされ、間一髪でそれを躱す。レベル!で30を超える敏捷があることが、唯一の救いだった。
が、直撃を回避しても、地面を砕く一撃の余波までは避けられない。
「ぐっ、が!」
衝撃波と土埃が僕の背中をたたき付け、僕の身体は数メートル真正面に吹っ飛ばされた。
そのままゴロゴロと地面を転がり、開けた場所に出る。
――ドーム状の空間だった。
まるで闘技場かと思えるくらいに広く、円形に整えられた空間。
ラスボスが待ち構えていても不思議ではないその場所に、大量の岩が落ちていた。
いや、よく見ると岩ではない。
強大な力で引き裂かれたらしき痕跡のある、ゴーレムのような無骨な形のモンスターの骸。
それが、大量に転がっているのだ。
「なんだ、この数……」
思わず息を飲んだ僕の視界に、あるものが映った。
広い空間の端に、何かがいる。そこそこの距離があるはずなのに、ソイツは恐ろしく巨大に見えた。
おそらく全高20メートルはあるだろう。
筋骨隆々な身体に、右手には巨大な棍棒を持っている。ゴーレムのような無骨な身体に、何より特徴的なのは赤く輝く単眼だ。
周りに転がっている骸と同じ形のモンスターだが、ソイツだけは威容に大きかった。
「まさか、あれは……Sランクモンスター“キング・サイクロプス”!?」
脳天を金槌でぶん殴られたような衝撃が僕を襲い、吐き気と目眩がこみ上げてくる。
ふざけるな。なんだこの状況!?
後ろからは“デーモン・クラブ”。前には“キング・サイクロプス”。
あまりにも、あんまりだ。
なんでこんなに、世の中は理不尽なんだ。
僕は頭を抱え、その場にうずくまろうとした――そんぼときだった。
轟っ!
凄まじい熱量の炎が、視界の端で燃えあがった。
「なんだ?」
見やれば、“キング・サイクロプス”の巨体を、炎が包み込んでいる。
よく目をこらしてみると、ソイツの足下に何かがいた。
身体の小さな女の子だ。見た目から推察するに八歳くらい。
そんな子が、強大な敵に対して超高熱の炎を放っているのだ。
にわかには信じられない光景。
しかし、“キング・サイクロプス”は苦しそうに呻き声を上げ、一歩後ずさっている。
そこで、僕はようやく気付いた。
ここにある大量の骸は、あの少女が造り出したものだと。
どこの誰かは知らないが、あの子の強さならあるいは――僕は、極限状態から解放される未来を見て、ほっと胸をなで下ろした。
そのときだった。
「ま、ず……流石に、もう魔力が」
不意に、少女の身体がぐらりと傾ぎ、ドサリとその場に倒れ込んだ。
「……あ」
そのとき、僕の目が少女の姿をはっきりと捉えた。
MPの使いすぎだろう。顔色は蒼白になり、衣服はボロボロであちこち傷だらけ。もう、戦える状態ではないことに。
そして――表面がちょっと焼け焦げただけで、“キング・サイクロプス”は未だ健在だということに。
“キング・サイクロプス”は、その豪腕に握る棍棒を、ゆっくりと振り上げる。
不気味な単眼は、動けない少女を見下ろしていて――
「や、やめろぉおおおおおおおおおお!」
――気付けば、僕はそちらへ向かって駆けだしていた。
後ろから、僕を狙う巨大なカニが迫っていることすら忘れて。
自分でも、なんで臆病な僕がそうしたかなんてわからなかった。ただ、数秒後に訪れる結末を前に、何も動かないでいる自分を想像なんてしたくなかった。
「ぁあああああああああっ!」
“キング・サイクロプス”の豪腕が振り下ろされ、少女を粉々に砕く寸前。僕は、少女の身体を抱きかかえてそのまま走り抜けた。
鋭い音が背後で響く。が、それは棍棒が地面を砕いた音では無かった。
今まさに僕に飛びかかろうとしていた“デーモン・クラブ”が、運悪く棍棒の射線上に入ってしまい、殴り飛ばされた音だった。
あれほど硬い外骨格がいとも簡単にひしゃげ、あっという間に絶命する。
黒い霧となって消えていく“デーモン・クラブ”の身体から、何かが生まれ落ちた。
ドロップアイテム――いや違う。よりレアな、宝箱だ。
ハイランクのモンスターは、ごく低確率で宝箱を落とす。
その中には、レアな武器や防具、新たな魔法やスキルなどが詰まっていると聞く。
僕は、腕の中で荒く息を吐いている少女を見下ろした。
艶やかな赤い髪に、雪も欺く白い肌。見た目の年齢に見合った慎ましやかな胸。そして、なぜか黒い角と太い尻尾が生えている。
……コスプレか何かかな?
このコスプレ少女が、あれほどの力を持っていたのが信じられないが、苦しそうな顔を見るにとても戦えそうにない。
「くっ……一か八かだ!」
“キング・サイクロプス”の攻撃から生き延びるには、もうこの宝箱に頼るより道はない。
僕は、藁にも縋る思いで宝箱を開けた。すると――
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