64 / 84
第二章 《最凶の天空迷宮編》
第六十四話 報復者との接触
しおりを挟む
降りしきる雨の中、俯いて立ち尽くす僕の横に、いつの間に近づいてきたのか、エナが立っていた。
「……悲しんでる?」
既に亡骸となった、かつてのリーダーを見ながら、エナは聞いてきた。
「まさか。これが、彼の選んだ選択だ」
狂った覚悟に身を委ねた男。
最後の最後まで、愚かで間違った道を進み続けた奴だった。
けれど……心の奥の奥。くだらないくらいに肥大化したプライドの殻を取り去ったむき出しの精神の僅かな隙間に、良心の呵責みたいなものはあったのかもしれない。
自分の行動が間違っているのだと、無意識の内ではきっと気付いていたのだ。
そして、だからこそ、間違った道を進み続けるしかなかった。
自分の狂ったプライドに食い殺された哀れな人間。その認識は、亡骸を前にした今とて変わらない。
けれど。
(なんとなく、最後の最後に心を交わすことができた気がする)
《憑怪の石》を砕いた瞬間、すべてのしがらみを取り去ったウッズの心が聞こえてきた。
まるで、やるせない気持ちを全て拳に込めて放った僕に、呼応するようにして。
だから、せめて誠意を込めてウッズのボロボロになってしまった魂を、空に送ってあげることにしよう。
俯いたまま目を瞑る。
耳に届く雨の音が、一際強くなった気がした。
――しばらくの間、雨の音が静寂を支配する。
時間としては、そんなに長い間じゃないだろう。
降りしきる雨の中、海で囲われた世界の中心で立ち尽くす僕達。
ある意味で、一つの静寂で完結された世界。
それを打ち壊すようにして、そいつは唐突に現れた。
パチパチパチパチ。
不意に、場違いな拍手の音が聞こえ、僕とエナは顔を上げる。
いつの間にか。
そいつは岩山の外、僕等から数メートル離れた空中に立っていた。
年齢は、20代前半くらいだろうか?
長い白髪に、鋭い金色の瞳を持つ青年だった。
微笑んでいるわりに、その表情の端々には喜びとは無縁の――ともすれば憎悪のような感情すら見て取れる。
全身にはボロボロのコートを纏っているが、不思議と廃れた印象は受けず、そのボロボロの姿も彼を構成する一部かのような、妙な一体感がある。
均衡を模した歪。
そんな矛盾した言葉が似合うような、不思議な男だった。
「誰……ですか?」
全身が緊張でピリピリと震えるのは、きっとこの男の気配にただならぬものを感じているからだろう。
一切の油断をすることなく、僕は質問した。
『まずは、第一迷宮《モノキュリー》のラスボス討伐おめでとう、と言っておこうか』
その男は、僕の質問には答えずそう言った。
ラスボス?
今のが?
一瞬そう思ったが、元々このダンジョンは迷い込んだ者を虚像の空間に閉じ込めて、嬲り殺しにするというのが、前提条件の構造であるはずだ。
それを打ち破り、一つしか無い実像世界に移動したとき、敵として待ち構えていたのはハイド・ウンディーネだけだった。
海を丸ごとひっくり返す勢いで《衝撃拳》―重炸裂をぶっ放したが、他のモンスターがいる気配はなかったし、襲ってくるモンスターもいなかった。
ハイド・ウンディーネがラスボスという意見も頷ける話だ。
(しかし、この声……どっかで聞いたような)
目の前にいる、この男の声に聞き覚えがある。
ただ者ではないと本能で警戒し、あまり声色に着目していなかったが、次声を聞けば間違い無く思い出すと確信が持てる。
それくらい、僕の意識に入り込んでくる声。
「……あなたは、誰なんですか?」
もう一度、同じ質問をぶつける。
答えなくていい、声を聞かせてくれ。そうすればわかる。
ゴクリと唾を飲み込んだ僕の前で、男は口を開いた。
『わかるだろう、お前には。俺の名は――』
その瞬間、僕の頭の中を閃光が駆けた。
今、目の前で話している声と、自分の記憶が保持している声が合致する。
こいつは。
僕が今、最も会いたかった存在。いや、こいつに会うためだけに、このダンジョンに足を踏み入れたと言っても過言じゃない。
ずっと会いたかった、お前に――
お前の正体を悟った瞬間、お前の名乗りに重なるようにして、僕は叫んでいた。
「――報復者ッ!!」
『――報復者だ』
「……悲しんでる?」
既に亡骸となった、かつてのリーダーを見ながら、エナは聞いてきた。
「まさか。これが、彼の選んだ選択だ」
狂った覚悟に身を委ねた男。
最後の最後まで、愚かで間違った道を進み続けた奴だった。
けれど……心の奥の奥。くだらないくらいに肥大化したプライドの殻を取り去ったむき出しの精神の僅かな隙間に、良心の呵責みたいなものはあったのかもしれない。
自分の行動が間違っているのだと、無意識の内ではきっと気付いていたのだ。
そして、だからこそ、間違った道を進み続けるしかなかった。
自分の狂ったプライドに食い殺された哀れな人間。その認識は、亡骸を前にした今とて変わらない。
けれど。
(なんとなく、最後の最後に心を交わすことができた気がする)
《憑怪の石》を砕いた瞬間、すべてのしがらみを取り去ったウッズの心が聞こえてきた。
まるで、やるせない気持ちを全て拳に込めて放った僕に、呼応するようにして。
だから、せめて誠意を込めてウッズのボロボロになってしまった魂を、空に送ってあげることにしよう。
俯いたまま目を瞑る。
耳に届く雨の音が、一際強くなった気がした。
――しばらくの間、雨の音が静寂を支配する。
時間としては、そんなに長い間じゃないだろう。
降りしきる雨の中、海で囲われた世界の中心で立ち尽くす僕達。
ある意味で、一つの静寂で完結された世界。
それを打ち壊すようにして、そいつは唐突に現れた。
パチパチパチパチ。
不意に、場違いな拍手の音が聞こえ、僕とエナは顔を上げる。
いつの間にか。
そいつは岩山の外、僕等から数メートル離れた空中に立っていた。
年齢は、20代前半くらいだろうか?
長い白髪に、鋭い金色の瞳を持つ青年だった。
微笑んでいるわりに、その表情の端々には喜びとは無縁の――ともすれば憎悪のような感情すら見て取れる。
全身にはボロボロのコートを纏っているが、不思議と廃れた印象は受けず、そのボロボロの姿も彼を構成する一部かのような、妙な一体感がある。
均衡を模した歪。
そんな矛盾した言葉が似合うような、不思議な男だった。
「誰……ですか?」
全身が緊張でピリピリと震えるのは、きっとこの男の気配にただならぬものを感じているからだろう。
一切の油断をすることなく、僕は質問した。
『まずは、第一迷宮《モノキュリー》のラスボス討伐おめでとう、と言っておこうか』
その男は、僕の質問には答えずそう言った。
ラスボス?
今のが?
一瞬そう思ったが、元々このダンジョンは迷い込んだ者を虚像の空間に閉じ込めて、嬲り殺しにするというのが、前提条件の構造であるはずだ。
それを打ち破り、一つしか無い実像世界に移動したとき、敵として待ち構えていたのはハイド・ウンディーネだけだった。
海を丸ごとひっくり返す勢いで《衝撃拳》―重炸裂をぶっ放したが、他のモンスターがいる気配はなかったし、襲ってくるモンスターもいなかった。
ハイド・ウンディーネがラスボスという意見も頷ける話だ。
(しかし、この声……どっかで聞いたような)
目の前にいる、この男の声に聞き覚えがある。
ただ者ではないと本能で警戒し、あまり声色に着目していなかったが、次声を聞けば間違い無く思い出すと確信が持てる。
それくらい、僕の意識に入り込んでくる声。
「……あなたは、誰なんですか?」
もう一度、同じ質問をぶつける。
答えなくていい、声を聞かせてくれ。そうすればわかる。
ゴクリと唾を飲み込んだ僕の前で、男は口を開いた。
『わかるだろう、お前には。俺の名は――』
その瞬間、僕の頭の中を閃光が駆けた。
今、目の前で話している声と、自分の記憶が保持している声が合致する。
こいつは。
僕が今、最も会いたかった存在。いや、こいつに会うためだけに、このダンジョンに足を踏み入れたと言っても過言じゃない。
ずっと会いたかった、お前に――
お前の正体を悟った瞬間、お前の名乗りに重なるようにして、僕は叫んでいた。
「――報復者ッ!!」
『――報復者だ』
10
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~
名無し
ファンタジー
突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。
自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。
もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。
だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。
グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。
人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる