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第二章 《選抜魔剣術大会》編
第92話 闇側の誤算
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《三人称視点》
ここは、温泉のすぐ脇にある小さな休憩スペース。
一面に張られた大きな窓からは、夜の中庭が一望できるその場所で。
「ふぅ。やはり風呂上がりの一杯はコーヒー牛乳に限る」
脱衣所を後にしたシエンは、相変わらず抑揚のない声色でそんなことを呟いていた。
彼女の右手には、コーヒー牛乳の瓶が握られている。
笑えばどんな男でもイチコロであろう端麗な容姿をしているが、表情筋が死滅しているのではないかと疑いたくなるくらいに、無表情だった。
そのせいか、コーヒー牛乳片手に「ぷはー」と息を吐いている彼女は、どこかおっさんじみた雰囲気をただよわせている。
そんな彼女の背後から、音もなく近づく者がいた。
「リクスくんと接触したみたいね。どう? 裸の付き合いをしたご感想は」
そう語るのは、茜色の長い髪を持つ、メガネ巨乳のうら若い女性だった。
その女性の正体は、《神命の理》の最高幹部、エリスである。
その声に振り返ったシエンはしかし、エリスの正体が外道魔法結社の一員であることを知らない。
だが、彼女の中でその認識が固定されているかのように、彼女はただ一言「先生」と呟いた。
シエンの中でエリスは、正体不明の医者なのであった。
「うん。温泉で会ったよ」
「あなたなら、彼に問題なく勝てるわね。だって、あなたはまだ本当の姿を見せていない」
「……」
ほくそ笑むエリスに対し、シエンは無言を貫く。
だがそれは、自信がないからではない。それはただ単に、確実に勝てることがわかりきっているが故の沈黙だった。
「……まあ、いいわ。優勝した暁には、あなたの“病気”を治してあげる。あなたとの約束だものね」
「ううん、違う」
シエンは首を振って、
「僕との約束じゃない。あなたとパパの約束」
「おんなじことよ」
エリスはそう斬り捨てた。
彼女は知らなかったし、知る気もなかった。その訂正が、彼女の中でとても大きな意味を持つということを。
彼女がこの《選抜魔剣術大会》に参加したのは、ワードワイド公立英雄学園の代表選手だからという理由だけではない。
それは、彼女が持つ運命を塗り替えるため。
そのために、父親はエリスに接触したのだ。
そして、彼女の運命を塗り替えるための希望を、エリスという天才の医者に託した。
その医者のすすめ……というか、治療を受ける条件として提示されたのが、この大会での優勝。
もっとも、学校に通うお金すら特別な事情で免除させてもらっているほどお金に困窮しているシエンの実家に、高額な治療費を払える分の蓄えなどない。
手っ取り早く治療費を稼ぐためにも、大会で優勝することが近道なのは事実だった。
だからシエンは優勝する。
たとえ、シエン自身戦うのが好きじゃなくて、望まない選択だとしても。
そして――もう、自分の運命に見切りを付けていたとしても。
「まあ、明日は頑張って。期待してるわ」
そう言うエリスに対し、シエンはただこくりと頷く。
そして、踵を返して去って行く彼女を、やはり死んだような目で見送っているのだった。
――。
(これでいい。これでいいわ……)
ホテルのだだっ広い通路を歩きながら、エリスは不気味に嗤う。
彼女の向かう方向の壁に掛けてあるランプの明かりは消えていて、まるで闇に吸い込まれていくような錯覚すら与えていた。
(シエン(ターゲット)はまだ、本当の力を発揮していない。実力の半分を行使しただけで、ラマンダルス王立英雄学校の序列4位を瞬殺なんですもの。これは、思った以上の収穫になりそう)
《流星》を一撃で屠る魔剣の使い手。
そして――それだけではない逸材。
あんな研究素材は、この機会を逃せばもう二度と手に入ることはないだろう。
(計画は順調。あとは、現王国騎士団のナンバー2であるエレンと、王立学園地下研究所を壊滅させた勇者の弟との戦闘データがとれれば、より一層研究の質が上がる。あとは、ターゲットの身柄と戦闘データを、王国にある我々の研究機関に移送すれば、彼女の素質ごと手に入ったも同然だ)
そのために医者に偽装し、回りくどいことをしてまで確保する手段を構築した。
物量で押し切る作戦をしなかったのは、彼女の力が未知数であり、多くの人員を割いてもあのバケモノを止められないからだ。
そもそも、件の地下基地崩壊のお陰で、人員不足に陥っている。
(ここで確実に、あの貴重な戦力を解析して、我が組織の力に……!)
エリスは、どこまでも低く嗤う。
カツカツと靴底を鳴らしながら、彼女はランプの消えた通路の先へと歩いて行った。
そして――大会二日目には、計画が動き出す。
誰も知らないところで、1人の少女を手中に収めんとする昏い意志が暗躍する。
決して表に出ることのないその計画は、予定通り成就する。
荒事を起こさないために、こうして水面下で計画を立ててきたのだから。
しかし。
《神命の理》にはまたしても誤算があった。
それは、この大会に――とある黒髪の怠惰極まりない英雄が出場していたことである。
ここは、温泉のすぐ脇にある小さな休憩スペース。
一面に張られた大きな窓からは、夜の中庭が一望できるその場所で。
「ふぅ。やはり風呂上がりの一杯はコーヒー牛乳に限る」
脱衣所を後にしたシエンは、相変わらず抑揚のない声色でそんなことを呟いていた。
彼女の右手には、コーヒー牛乳の瓶が握られている。
笑えばどんな男でもイチコロであろう端麗な容姿をしているが、表情筋が死滅しているのではないかと疑いたくなるくらいに、無表情だった。
そのせいか、コーヒー牛乳片手に「ぷはー」と息を吐いている彼女は、どこかおっさんじみた雰囲気をただよわせている。
そんな彼女の背後から、音もなく近づく者がいた。
「リクスくんと接触したみたいね。どう? 裸の付き合いをしたご感想は」
そう語るのは、茜色の長い髪を持つ、メガネ巨乳のうら若い女性だった。
その女性の正体は、《神命の理》の最高幹部、エリスである。
その声に振り返ったシエンはしかし、エリスの正体が外道魔法結社の一員であることを知らない。
だが、彼女の中でその認識が固定されているかのように、彼女はただ一言「先生」と呟いた。
シエンの中でエリスは、正体不明の医者なのであった。
「うん。温泉で会ったよ」
「あなたなら、彼に問題なく勝てるわね。だって、あなたはまだ本当の姿を見せていない」
「……」
ほくそ笑むエリスに対し、シエンは無言を貫く。
だがそれは、自信がないからではない。それはただ単に、確実に勝てることがわかりきっているが故の沈黙だった。
「……まあ、いいわ。優勝した暁には、あなたの“病気”を治してあげる。あなたとの約束だものね」
「ううん、違う」
シエンは首を振って、
「僕との約束じゃない。あなたとパパの約束」
「おんなじことよ」
エリスはそう斬り捨てた。
彼女は知らなかったし、知る気もなかった。その訂正が、彼女の中でとても大きな意味を持つということを。
彼女がこの《選抜魔剣術大会》に参加したのは、ワードワイド公立英雄学園の代表選手だからという理由だけではない。
それは、彼女が持つ運命を塗り替えるため。
そのために、父親はエリスに接触したのだ。
そして、彼女の運命を塗り替えるための希望を、エリスという天才の医者に託した。
その医者のすすめ……というか、治療を受ける条件として提示されたのが、この大会での優勝。
もっとも、学校に通うお金すら特別な事情で免除させてもらっているほどお金に困窮しているシエンの実家に、高額な治療費を払える分の蓄えなどない。
手っ取り早く治療費を稼ぐためにも、大会で優勝することが近道なのは事実だった。
だからシエンは優勝する。
たとえ、シエン自身戦うのが好きじゃなくて、望まない選択だとしても。
そして――もう、自分の運命に見切りを付けていたとしても。
「まあ、明日は頑張って。期待してるわ」
そう言うエリスに対し、シエンはただこくりと頷く。
そして、踵を返して去って行く彼女を、やはり死んだような目で見送っているのだった。
――。
(これでいい。これでいいわ……)
ホテルのだだっ広い通路を歩きながら、エリスは不気味に嗤う。
彼女の向かう方向の壁に掛けてあるランプの明かりは消えていて、まるで闇に吸い込まれていくような錯覚すら与えていた。
(シエン(ターゲット)はまだ、本当の力を発揮していない。実力の半分を行使しただけで、ラマンダルス王立英雄学校の序列4位を瞬殺なんですもの。これは、思った以上の収穫になりそう)
《流星》を一撃で屠る魔剣の使い手。
そして――それだけではない逸材。
あんな研究素材は、この機会を逃せばもう二度と手に入ることはないだろう。
(計画は順調。あとは、現王国騎士団のナンバー2であるエレンと、王立学園地下研究所を壊滅させた勇者の弟との戦闘データがとれれば、より一層研究の質が上がる。あとは、ターゲットの身柄と戦闘データを、王国にある我々の研究機関に移送すれば、彼女の素質ごと手に入ったも同然だ)
そのために医者に偽装し、回りくどいことをしてまで確保する手段を構築した。
物量で押し切る作戦をしなかったのは、彼女の力が未知数であり、多くの人員を割いてもあのバケモノを止められないからだ。
そもそも、件の地下基地崩壊のお陰で、人員不足に陥っている。
(ここで確実に、あの貴重な戦力を解析して、我が組織の力に……!)
エリスは、どこまでも低く嗤う。
カツカツと靴底を鳴らしながら、彼女はランプの消えた通路の先へと歩いて行った。
そして――大会二日目には、計画が動き出す。
誰も知らないところで、1人の少女を手中に収めんとする昏い意志が暗躍する。
決して表に出ることのないその計画は、予定通り成就する。
荒事を起こさないために、こうして水面下で計画を立ててきたのだから。
しかし。
《神命の理》にはまたしても誤算があった。
それは、この大会に――とある黒髪の怠惰極まりない英雄が出場していたことである。
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