7 / 59
第一部 出会い、そして混沌の夜明け
第一章5 上陸 トリッヒ王国首都、〈リースヴァレン〉
しおりを挟む
湖の上を進むこと、およそ三時間。ようやく〈リースヴァレン〉の港に到着した。
村を出た頃はまだ薄暗かったが、出発してから四時間以上も経っているため、太陽は東の空に燦然と輝いている。
水面はキラキラと乱反射を繰り返し、眩しさにたまらず目を細めた。
ボーッ!
突然、腹の底を振るわせるほどの重い音が響いた。何事かと、音がした方向に視線を向ければ、すぐ近くの水上を、巨大な蒸気船が滑っていくのが見えた。上甲板に木箱が重ねられていることからして、おそらく貨物船だろう。さらに視線を移すと、大小様々な船が湖に浮いているのが見て取れる。
それは、港にある無数の桟橋も例外ではない。目前には、港を覆い尽くすほどの数の蒸気船が横並びに停泊している。
なんというか。
「思ったより、大きな港街だね」
「当然! 〈リースヴァレン〉は〈トリッヒ王国〉の首都でしょ?」
「首都? 〈トリッヒ王国〉?」
「うん。もしかして、おにい知らないの?」
「え? いや、知ってるけどなんとなく聞き返しただけ」
「ふ~ん。なんか怪しいけど、おにいが知らないはずないもんね!」
「うん、そうそう!」
いえ、知らないです。
とはいえ、これ以上迂闊に聞いたら、いろいろと面倒くさいことになりかねない。
ここは、フィリアに聞く以外の方法で、この世界の情報を得る必要がありそうだ。とりあえず、〈リースヴァレン〉に上陸することにしよう。
「フィリア、港に空いてる桟橋ない?」
「えーと、ちょっと待って」
フィリアは筏の上に立ち、手で双眼鏡を作って見回す。
しばらくして、「あ、あったよ! 左の奥っ!」と嬉々として叫んだ。
「サンキュー。じゃあ、そこに接岸しようか」
かくして、空いている桟橋に船を寄せ、僕達は目的の地に降り立った。
「着いたぁ!」
「うん、着いたね」
う~んと伸びをして叫ぶフィリアに応じる。
桟橋の上を進み、港の入り口へと向かう。
「ねぇ、おにい。王国騎士団ってどこにいるかな」
「王国って付くぐらいだから、王宮じゃない?」
「おー! さっすがー! 頭いい!」
いや、誰でもわかるでしょ。
「というか、騎士団に入隊したのなら、騎士団側から正式な文書が来てるはずだよね。当事者じゃないからよくは知らないけど、◯◯の日に△△に集合とかって。普通そういうものでしょ?」
(高校の入学式とかもそうだったし)そう心の中でつけ足す。
「あー! それなら貰ったよ! ポーチに入れて持ってきた」
「用意がいいね」
「当然? フィリアは常に、先を読んで行動してるんだから!」
この上なくウザい顔でフィリアは胸を張る。
「どの口が言ってるんだ?」とは流石に言えない僕であった。
フィリアは腰に下げたポーチを開け、がさごそと中を漁る……が、不意にその手が止まった。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「ない。どこにも入ってない。昨日の夜、ママに「入れておきなさいよ」って言われて確かに入れたはずなのに」
(用意周到なのは、やっぱお母さんの方だったか)
この超級おバカ天然娘が、自発的に重要書類を持ってくるなど、おかしいと思った。
「あぁあああああああああああッ!」
「ッ!」
突如、断末魔のような叫びを上げたフィリア。僕はぎょっとして二、三歩後ずさった。驚いたのは当然僕だけじゃない。
港で働いていた人達は、何事かと一斉にこちらを振り向く。すぐ近くで魚の入った箱を運んでいた人なんて、驚いた衝撃で足を滑らして転倒。頭から水と生魚を被ってしまっていた。
マジでごめんなさい。妹がご迷惑をおかけしました。
もっとも、当の本人は周りのことなど気付かないとばかりに、頭を押さえてぎゃんぎゃん喚き立てている。
「な、なに? どうしたんだよ」
「思い出した。後で入れようと思って、机の上に置いたまま忘れてた」
「……なにその、宿題やってくるの忘れた中学生の言い訳みたいな理由は」
心底呆れて、僕は盛大にため息をついた。
「じゃあ、どこに何時集合するのかもわかんないわけか」
「うん。出発してから見ればいいと思って、見てないんだ」
全く、この子は。
(こんな杜撰で、よく王国騎士団みたいな戦士職に受かったなぁ)
本当に、謎である。
「わかった。とにかく、王宮に向かおう。港にいても埒があかない」
「だね。案内よろしく、おにい」
「それはむしろフィリアにお願いしたいんだけど……」
「やだ、めんどくさい」
にべもなく言い捨てるフィリア。
「まあ、言うと思ったよ」
出会って一日。フィリアの我が儘にも、だいぶ慣れてきた。
(でも、どうしようか)
知りもしない街を歩き、王宮まで行く。それ自体は難しくない。コミュ障でも追い詰められれば堅い口を開く。その辺にいる人を捕まえれば、王宮の位置なんて教えてくれるだろう。
だが、そんな簡単なことが出来ない状況だ。
〈フィリアの兄〉として転生している僕は、〈この街をよく知っている〉はずなのだ。
つくづく兄としての記憶をちゃんと持ったまま転生したかったが、文句を垂れても詮無きこと。
(フィリアにバレずに、王宮へ向かう手段を考えないと)
無謀なことを思いつつ、港の出口にあるアーチを潜ろうとした……その時であった。
村を出た頃はまだ薄暗かったが、出発してから四時間以上も経っているため、太陽は東の空に燦然と輝いている。
水面はキラキラと乱反射を繰り返し、眩しさにたまらず目を細めた。
ボーッ!
突然、腹の底を振るわせるほどの重い音が響いた。何事かと、音がした方向に視線を向ければ、すぐ近くの水上を、巨大な蒸気船が滑っていくのが見えた。上甲板に木箱が重ねられていることからして、おそらく貨物船だろう。さらに視線を移すと、大小様々な船が湖に浮いているのが見て取れる。
それは、港にある無数の桟橋も例外ではない。目前には、港を覆い尽くすほどの数の蒸気船が横並びに停泊している。
なんというか。
「思ったより、大きな港街だね」
「当然! 〈リースヴァレン〉は〈トリッヒ王国〉の首都でしょ?」
「首都? 〈トリッヒ王国〉?」
「うん。もしかして、おにい知らないの?」
「え? いや、知ってるけどなんとなく聞き返しただけ」
「ふ~ん。なんか怪しいけど、おにいが知らないはずないもんね!」
「うん、そうそう!」
いえ、知らないです。
とはいえ、これ以上迂闊に聞いたら、いろいろと面倒くさいことになりかねない。
ここは、フィリアに聞く以外の方法で、この世界の情報を得る必要がありそうだ。とりあえず、〈リースヴァレン〉に上陸することにしよう。
「フィリア、港に空いてる桟橋ない?」
「えーと、ちょっと待って」
フィリアは筏の上に立ち、手で双眼鏡を作って見回す。
しばらくして、「あ、あったよ! 左の奥っ!」と嬉々として叫んだ。
「サンキュー。じゃあ、そこに接岸しようか」
かくして、空いている桟橋に船を寄せ、僕達は目的の地に降り立った。
「着いたぁ!」
「うん、着いたね」
う~んと伸びをして叫ぶフィリアに応じる。
桟橋の上を進み、港の入り口へと向かう。
「ねぇ、おにい。王国騎士団ってどこにいるかな」
「王国って付くぐらいだから、王宮じゃない?」
「おー! さっすがー! 頭いい!」
いや、誰でもわかるでしょ。
「というか、騎士団に入隊したのなら、騎士団側から正式な文書が来てるはずだよね。当事者じゃないからよくは知らないけど、◯◯の日に△△に集合とかって。普通そういうものでしょ?」
(高校の入学式とかもそうだったし)そう心の中でつけ足す。
「あー! それなら貰ったよ! ポーチに入れて持ってきた」
「用意がいいね」
「当然? フィリアは常に、先を読んで行動してるんだから!」
この上なくウザい顔でフィリアは胸を張る。
「どの口が言ってるんだ?」とは流石に言えない僕であった。
フィリアは腰に下げたポーチを開け、がさごそと中を漁る……が、不意にその手が止まった。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「ない。どこにも入ってない。昨日の夜、ママに「入れておきなさいよ」って言われて確かに入れたはずなのに」
(用意周到なのは、やっぱお母さんの方だったか)
この超級おバカ天然娘が、自発的に重要書類を持ってくるなど、おかしいと思った。
「あぁあああああああああああッ!」
「ッ!」
突如、断末魔のような叫びを上げたフィリア。僕はぎょっとして二、三歩後ずさった。驚いたのは当然僕だけじゃない。
港で働いていた人達は、何事かと一斉にこちらを振り向く。すぐ近くで魚の入った箱を運んでいた人なんて、驚いた衝撃で足を滑らして転倒。頭から水と生魚を被ってしまっていた。
マジでごめんなさい。妹がご迷惑をおかけしました。
もっとも、当の本人は周りのことなど気付かないとばかりに、頭を押さえてぎゃんぎゃん喚き立てている。
「な、なに? どうしたんだよ」
「思い出した。後で入れようと思って、机の上に置いたまま忘れてた」
「……なにその、宿題やってくるの忘れた中学生の言い訳みたいな理由は」
心底呆れて、僕は盛大にため息をついた。
「じゃあ、どこに何時集合するのかもわかんないわけか」
「うん。出発してから見ればいいと思って、見てないんだ」
全く、この子は。
(こんな杜撰で、よく王国騎士団みたいな戦士職に受かったなぁ)
本当に、謎である。
「わかった。とにかく、王宮に向かおう。港にいても埒があかない」
「だね。案内よろしく、おにい」
「それはむしろフィリアにお願いしたいんだけど……」
「やだ、めんどくさい」
にべもなく言い捨てるフィリア。
「まあ、言うと思ったよ」
出会って一日。フィリアの我が儘にも、だいぶ慣れてきた。
(でも、どうしようか)
知りもしない街を歩き、王宮まで行く。それ自体は難しくない。コミュ障でも追い詰められれば堅い口を開く。その辺にいる人を捕まえれば、王宮の位置なんて教えてくれるだろう。
だが、そんな簡単なことが出来ない状況だ。
〈フィリアの兄〉として転生している僕は、〈この街をよく知っている〉はずなのだ。
つくづく兄としての記憶をちゃんと持ったまま転生したかったが、文句を垂れても詮無きこと。
(フィリアにバレずに、王宮へ向かう手段を考えないと)
無謀なことを思いつつ、港の出口にあるアーチを潜ろうとした……その時であった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
103
1 / 2
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる