男気ゴリラが大暴れ!恋する魔法少女リーザロッテは今日も右往左往!

ニセ梶原康弘

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Episode.2 泥と涙のリーザロッテ・パイルドライバー!

第8話 魔法少女は旅の空の下になんかいなかった

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 レストリア王国首都、トルンペスト。
 首都といっても牧歌的な雰囲気の色濃い街である。メインストリートを行き交うのはほとんど馬車と人で、列強諸国のような自動車は滅多に見かけない。牛がのっそりと横断することすらある。
 街の中心には建国と共に築城された古めかしいブルダ王城があった。
 現在、この王城から国を統べるのは第三七代国王、ニコラ・フォル・レストリア。先王の事故死によって急遽即位した若干二五歳の王で、一時は諸外国から王朝の存続が危ぶまれたほどだった。
 だが、この青年王に対し二人の弟は王位継承権を返上して臣下となり、重臣達も恭順の意を示して王をよく支えた。喪が明ける頃には民心の動揺もようやく治まっていた。
 今しも、そのニコラは閣議の間へ重臣達を集め、会議を開いていた。末弟のレディルが緊張を深める隣国の情勢をその目で確かめ、帰城したのだ。
 開け放たれた窓の外に広がる街は活気に溢れている。先王を失い一度は悲しみに暮れた国民も今は立ち直った。喪も明け、レストリアは若き王を戴いた新しい季節を迎えていたのである。
 だが……
 閣議の間で大きなテーブルを囲む表情はどれも重苦しく、青ざめていた。いずれも司法や経済、外交を担う大臣や国防を預かる軍人達である。

「レディル殿下のお話を伺うに」

 外務相のルーゲンが苦々しげに言った。

「国威発揚と称してもズワルト・コッホ帝国の式典は我がレストリアに対する恫喝ですな。それにしても最後に軍事パレードとは、またあからさまな」
「戦車だけで六〇両、それに馬力牽引の野戦重砲に装甲トラック……我がレストリア軍にはない機甲師団か。これがこのまま国境を越えて押し寄せてきたら」

 大臣の一人がつぶやくと、レディルは励ますように口を挟んだ。

「国境の森にはあちこちに障害物の巨岩を配置しています。戦車が越えられないくらいの溝も僕が工兵隊と共に今掘っています。塹壕だってある。地雷はこれから埋めてゆきます」

 会議に居並ぶ人々の中で唯一、一〇代の少年でしかないレディルは出来るだけ発言を控えていたが、悄然となった人々を見かねて口を出さずにいられなかった。
 次兄のギデオンが「レディル、控えよ」とたしなめたが、国防相のベルトラン将軍は「いや、レディル殿下の言う通りです。奴等がパレードのように国境を通るつもりなら思い違いも甚だしいことを国境守備隊が教えてやりますぞ」と強がってみせた。

「間もなくリードケネスから戦車も輸入されます。わずか八両ですが、国境の警備線をどしどし巡回させて倍以上あるように見せつけてやるつもりです」
「しかしそれくらいであの強欲なズワルト・コッホの老帝、ジーグラーが引き下がるだろうか」
「我が国と同様にズワルト・コッホと国境を接するリードケネス合衆国にも牽制を働きかけているのですが……ルーゲン閣下、首尾はいかがでしたか?」
「リードケネス政府は懸念の表明を確約してくれました。ですが……」

 外務相の声は力なかった。

「あくまで自制を促す範囲で留めたいという意向でした」
「リードケネスめ。所詮は他人顔か」
「悔しいが、我が国が領土を多少なり割譲して妥協出来ないだろうか。落としどころさえ探れれば……」
「それは弱腰すぎる。そんなことをすれば奴等は嵩にかかって更に要求を釣り上げて来るに決まっている」
「だが、ズワルト・コッホの圧力に対抗する手立てが何かあるのか?」

 討議する大臣や将軍達の声に、次第に苛立ちが混じり始めた。

「そうは仰いますが連中はこうしている間にも膨大な兵力を国境へ送り込んでいるのですぞ」
「確かにこのまま手をこまねいていられぬが」
「だが、だからと言ってどうすれば……」
「……少し休憩しよう」

 抑揚のない声で手を挙げたのは、それまで重臣達の討論を黙然として聞いていた国王ニコラだった。彼は目線で弟達を促し、席を立つ。
 国王が退出するのを見て、重臣たちは一斉に立ち上がり頭を下げた。ギデオンとレディルは視線を交わし、王を追って別室に消える。それを見送った重臣や将軍達は、みな疲れた顔でひそひそと雑談を始めた。
 小さな控室で座り込むとニコラはぼんやりした顔でお茶を啜ったが、しばらくして弟達を見ると弱々しい笑みを浮かべた。

「……レディル、遠路ご苦労だったな。あんな恫喝を見せつけられちゃ、さぞかし不快だっただろう」
「どうってことないよ。これだけの軍備を揃えるのにさぞかし国民に重い税を課したんでしょうねって向こうの将軍に言ったら嫌な顔をされたよ」
「ははは、そうか」
「王族って言ったって、どうせ年端もいかない若造って見下されてるんだ。僕、言いたい放題言ってきてやったよ」

 ざまあみろと言わんばかりの顔でレディルは笑った。次兄のギデオンも笑ったが、二人の笑い声はいかにも苦しげだった。
 ふいに顔を歪めると、ニコラは頭上の王冠をそっとテーブルの上に置いた。

「あれだけ露骨に脅かされても、こっちはせいぜいそんな厭味を言うくらいしか出来ないのか。ちくしょう……」
「兄ちゃん」
「父ちゃんが生きてたらな。ウチの国がもともとズワルト・コッホの領土だから返せだの隷属しろだのフザけたことなんか言わせやしなかっただろうに」

 声を震わせ、顔を覆ったニコラは嗚咽を漏らした。

「何で死んじゃったんだよ。父ちゃん……母ちゃん……」

 彼等の両親……先王と王妃は地方の巡幸中に馬車が落石を避けようとして崖から転落し帰らぬ人となったのである。あまりにも突然の死だった。
 次兄のギデオンも服の袖を自分の顔に押し当てる。レディルも肩を震わせ、俯いた。

「オレ、父ちゃんの後を継ぐのなんてまだずっと先だって思ってたのに……」
「でも今の兄ちゃんだってちゃんとやってるよ。ギデ兄も内閣のみんなも助けてくれてるじゃないか。僕なんかせいぜい国境で穴を掘ったりズワルト・コッホに嫌味を言うくらいしか出来ない。ごめんよ……」
「何言ってる、お前一八だろ。でもなあ、俺だってまだ二五。王様ごっこじゃあるまいし、こんな青二才が背伸びしたところで諸外国から笑い物になるだけだろうけどよ。せめて幽霊でもいい、父ちゃんが俺にどうしたらいいか教えてくれたらなあ……」
「駄目だよ、それを言ったら天国の父ちゃんと母ちゃんが悲しむ。僕ら三人いるんだ。力を合わせて頑張ろう。なんとかなるさ」
「そうだ。レディルの言う通りだぜ、兄貴」

 ギデオンは泣きながらニコラの手を取った。レディルもそこに自分の手を重ねる。重ねた手の上に弟達の涙がぽたぽた落ちるのを見てニコラは胸が詰まった。

「そうだな。オレが一番上なのに、弱気になってゴメンな」

 傷心の王は涙を拭き、顔を上げた。
 弟達もまた、自分と同じように癒えぬ悲しみを背負いながらも懸命に力を尽くしている。どんなに未熟であってもそれに応えねば王たる資格はない。

「取り乱してすまなかった。さ、閣議室に戻ろうか。あまり長く座を外すと皆が心配する」

 王冠を頭に乗せ、口調を改めたニコラが立ち上がると、ギデオンとレディルは王の忠実な臣下に戻って恭しく頭を下げ、後に続いた。

「すまぬ。皆、待たせたな」

 入室したニコラへ起立した一同が頭を垂れて再び着座すると、外務次官がおずおずと「陛下、実は中座されている間にこんな案が上がったのですが……」と切り出した。

「どのような案でもよい。聞かせてくれ」
「恐れ入ります。まずはズワルト・コッホとの会談を開き、穀物の輸出について優先権を与えることを持ち掛けてみてはどうでしょうか」
「ほう」
「おそらくはこれだけでは納得しないでしょう。そこで次に輸入品の関税を緩和すると内約し、妥協出来る税率を探ってゆきます」

 なるほど、と感心したようにニコラは頷いた。

「領土ではなく利益を与えるのです。ズワルト・コッホの国内が潤う訳ですから向こうにも悪い話ではない。税率を削った分だけ我々が一見譲歩した形になりますが、実際は利益を減らすだけなので損失にはなりません」
「よい案だ。これなら互いの顔も立つ。どうだ、ルーゲン」
「問題はズワルト・コッホが交渉の席に就いてくれるかどうかですが……」

 外務相の顔は浮かなかった。相手にされない可能性だってあるのだ。
 察したニコラは「案ずるな、余からも親書を添えよう。列強諸国の手前もある。まさか一蹴出来まい」と笑ってみせた。ギデオンも身を乗り出した。

「会談と交渉には私も随伴しましょう。高慢な要求もおいそれとは出せないはずです。レディル、お前も来てくれ」
「はい、僕で役に立つなら喜んで」
「ギデオン、よく言ってくれた。レディルもありがとう。では、交渉の内容を詰め次第ズワルト・コッホへ会談を申し入れよう。皆、手配と準備を頼む」
「ははっ」
「交渉の内容はよく検討しておいてくれ。恐らく厳しい駆け引きになる」
「かしこまりました、陛下」

 ようやく、この小国の前途に彼等は小さな希望を探り出せたかのように思えた。それでも居並ぶ人々の表情から懸念は消せない。
 無理もなかった。交渉の席に就いてくれたとしても、傲慢な大国はこちらが到底呑みかねるような内容を要求してくるに違いない。それをどこまで許容出来るだろうか。
 彼らのそんな不安が手に取るように分かり、レディルは唇を噛みしめた。

(何か、僕が出しゃばっても皆を明るい気持ちにさせられたら……)

 そう思ったとき、ふと森の中で出会った少女のことが心に浮かんだ。

(私の名前はリーザロッテ・プレッツェル。見ての通り、旅の途中で死にかけてたマヌケな魔法使いでございます。ハイ……)

 小心で、だが明るく可笑しげな魔法少女。両親の死や小国の悲哀で暗かったレディルの心をひととき明るくしてくれた。そればかりか彼の窮地に彼女は祖母の大切な形見を使うことすら躊躇わなかった。

(お婆ちゃんは亡くなる前に私に言いました。“困った人を見たら必ず助けなさい、一切れのパンしかなくても、ひもじい人を見たら必ず分けてあげなさいって)

 報われぬことを厭わず、困った人を救う為に魔法を使い続けた少女は、貧しげな身なりこそしていたが美しいものを心に持っていた。その小さな胸に宿したものがいじらしく思えて、今も彼の心に残っていたのである。

「陛下。隠していたわけではありませんが一昨日、不思議な辻占に出会いました。交渉はきっと上手くゆくと思います」
「……レディル?」

 気がつくと、ひとりでに言葉が出ていた。
 ニコラが「突然どうした。何かあったのか?」と尋ねると、居並んだ人々も不審そうに少年の顔を凝視する。
 彼女が召喚した巨大ゴリラの雄姿を思い出したレディルの顔に笑みが浮かんだ。
 そうだ、「彼」がこの場にいたらきっと自分達へ「大国の横暴なんぞに怯むな、奮い立てい!」と、どやしつけるに違いない。

「父ちゃ……いや、先王と同じ言葉を遺言にしていた魔女の娘に出会ったのです。実は僕、危ういところをその少女に救われて……」
「なんと」

 思わぬ言葉にどよめく一同に向かって、レディルは楽しそうに話し始めた。

「ズワルト・コッホからの帰国中でした。夜の森を通っているとき、おかしな話し声が聞こえてきたのです。不審に思って近づくと、その少女がお腹を空かして行き倒れていて……」

 話が進むにつれ、それまで不安や心配で暗かった彼等に思わず笑いがこぼれ始めた。謹厳でいるべき国王ですら顔をほころばせている。
 レディルは嬉しくなった。
 耳を傾ける人々へ不思議な一夜の邂逅を語りながら彼は、窓の外に広がる爽やかな青空を見た。

 あの魔法少女はきっと今、笑顔で旅の空の下を……


☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆  ☆☆


 ……そのリーザロッテは笑顔どころか、ヒゲを垂らした猫よろしく箒を抱えて路傍の石にしょんぼり腰かけていた。

「何てこった、この村からすっかり『怪しい人』認定されちゃったよ。はぁぁぁぁ~」

 暗雲漂うレストリアの宮廷にひとときの明るさをもたらした魔法少女はそうとも知らず、人生に絶望しましたと言わんばかりの深いため息をついた。

「初営業はものの見事にスベっちまったな。ウーム……」

 お供のプッティも思わずボヤく。トホホ顔を見合わせた二人は同時につぶやいた。

「「……ダメだこりゃ」」

 やけくそになったプッティが手にしたラッパをプーと鳴らす。情けないことこの上ない。
 一体、何があったというのか……
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