強引な男はお断りです!

朱月野鈴加

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《十四話》みやびの反抗

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 午後からはパソコンのデータも移行できたことだし、ようやく通常業務に戻ることが出来た。
 初校をデザイン会社に戻す準備をしたし、たまっていたメールも処理した。
 デザイン会社の営業が別ページの初校も持ってきたので、それを受け取り、みやびたちが赤字を入れた初校を渡したり、そうやっていると、終業時間が来た。だけど今日は、みやびは残業する気でいた。
 誌面に赤字を入れていると、勇馬がやってきた。

「みやびちゃん」
「なんですか」

 誌面から顔も上げず、みやびは一応、答えた。

「今日はもう帰ろう」
「嫌です。昨日、大行司さんのせいで進行が遅れているんです」
「ぼくはもう、帰るよ?」
「えぇ、どうぞ。わたし、一人で帰れますから」

 子どもではないのだから、いや、今時の小学生だって一人で電車に乗って通学している子がいるのだ。送迎がないと出勤・退社が出来ないだなんて、そんなことあり得ない。しかもみやびは、勇馬がいない間、一人できちんと出勤も退社もできていたのだ。

「でも」
「仕事の邪魔です、帰ってください」

 冷たいみやびの言葉に、勇馬は傷ついたような顔をしたが、そのまま部屋を出て行った。
 みやびが悪いわけではない、自分の都合でしか物事を進めない勇馬が悪いのだ。
 みやびはそう心の中で呟いて、淡々と仕事を進めた。

 みやびの仕事が落ち着いたのは、二十時前だった。さすがに疲れたし、お腹も空いた。目処も立ったので、帰ることにした。
 編集部を出ると、扉の横に勇馬が立っていて、みやびはびくりと肩を震わせた。

「みやびちゃん、待ってたよ」

 まさか終わるまで待っているとは思わず、みやびは後ずさった。

「沖谷さん」
「さ、帰ろうか」
「待ってたんですか」
「待ってたよ、当たり前でしょ」

 その一言に、みやびの中に一つの単語が思い浮かんできた。

「ストーカー……」

 思わずそう口にした途端、今までの勇馬の行動のすべてがそうとしか思えず、大きく頭を振った。

「沖谷さんのしていることは、ストーカーです!」
「違うよ」
「違いません! 嫌がるわたしの後をずっと追い続けて、わたしに恐怖を抱かせて行動を制限してっ!」

 みやびは勇馬から自由になって、気がついたことがたくさんあった。
 今まで、勇馬のせいで、やりたいことができなかった。勇馬の都合に合わせて、無理矢理、行動をさせられたり制限させられていた。

「わたしはっ! 今までのわたしは、わたしには! 自由がなかった! すべて沖谷さんの都合に合わせて、沖谷さんの思うがままに行動させられていた!」
「違うよ、みやびちゃんのために思ってやったことだよ?」

 編集部を出た廊下でやりとりをしていたため、まずはメイコが部屋から出てきた。さらには、まだ社内に残っていた人たちがみやびと勇馬の声を聞いて、集まってきた。

「わたしのためだと思うのなら、放っておいてください!」
「そんなこと、できないよ。かわいいみやびちゃんになにかあったらどうするんだい」
「なんにもありません! 沖谷さんがいない間、なんにもなかったですし、今からもいない方がなんにもないんです! むしろ、今まで沖谷さんがいたから、色々とあったんです!」

 みやびは今まで思っていたことを口にしたら、止まらなくなった。

「小学校からずっと、沖谷さんがわたしを構うから、友だちができなかった! 友だちができたと思ったら、沖谷さんがなにかしたのか、『ごめんね』って言って離れていった!」
「それはその友だちが悪いんじゃないの?」
「状況を説明して、友だちになったのに? 大丈夫って言ってくれたのに? 沖谷さんがなにかしたから、その友だちは離れていった!」
「だって近寄ってきたその友だちとやらは、ぼくに近づきたいから近寄ってきただけだよ?」
「それでもよかった! 学校で一人は辛かったっ」
「ぼくがいたじゃないか」
「沖谷さんがいなければ、もっと普通の道を歩めたのに! 沖谷さんなんて、要らない! 大嫌い! もうわたしの前に現れないで!」

 みやびははっきりとした拒絶の言葉を口にしても、勇馬は薄く笑っているだけだった。

「ぼくはぼくの意思で、今後もみやびちゃんの前に現れるよ」
「ストーカー!」

 みやびの一言に、メイコがみやびの肩に手を掛けた。
 それから勇馬を見る。

「沖谷くん、通報されたい?」
「ぼくはなにもしてませんけど」
「しているよ。まず、社員ではないキミが、たとえスポンサーという立場でも、社内にいること自体、おかしい。しかも、嫌がっている秋尾のことをつけ回している」
「呼んでもらっても結構ですよ」

 勇馬の一言に、メイコは麦に視線を向けた。麦は無言でうなずき、部屋へ入っていく。

「秋尾、少し落ち着こう」
「…………」

 メイコに肩を支えられ、みやびは編集部内へと連れられた。
 そして、いつの間にか狭い編集部内にソファが置かれていて、そこにメイコと並んで座った。
 メイコは、静かに口を開いた。

「今まで、よく頑張ったね」
「……メイコ、さん」
「私たちもどうにかしてあげたかったけど、秋尾が声を上げない限り、どうしようもできなかったんだ」
「…………」
「すまない、我慢させすぎたね」

 メイコの言葉に、みやびは唇を噛みしめた。
 勇馬は、エダス出版の大切なスポンサーという立場だ。無碍にできないというのは分かっていたけれど、みやびの置かれている状況だって、分かっていたし、異常だというのも知っていた。
 だけど、当のみやびが声を上げない限り、どうすることもできないもどかしさがあったのだ。

「事情が分からない第三者だから、声を掛けにくかった」
「…………」
「秋尾が入社すると分かってから、沖谷くんから事情説明があったし、社長も承諾していたようだから、余計にね」

 そんなことをしていたのかと知り、みやびは怒りが湧いてきた。

「小さい頃からずっとだったんです」
「……そうなのか」
「嫌だと言っても、どれだけ抗っても、しつこくついてくるんです」
「……強引、だね」
「はい。でも、わたしがもっと拒否をしていれば……」
「それは無理じゃないかな」

 外が騒がしくなり、廊下がガヤガヤといいはじめた。
 編集部のドアが叩かれ、制服を着た警察官が入って来た。

「通報したのはオレです」
「それで、状況は?」
「廊下にいる沖谷勇馬という男が、そこにいる秋尾みやびのストーカーをずっとしていたんです」
「沖谷……?」

 ざわざわ、ばたばたとみやびの周りが慌ただしい。
 廊下はしばらくざわめいていたけれど、気がついたら、静かになっていた。

「それで、事情聴取をしても?」

 先ほど、最初に入って来た警察官が手帳を見せながらみやびにそう聞いてきた。
 みやびは小さくうなずいた。
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