強引な男はお断りです!

朱月野鈴加

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《十三話》強引な人たち

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 プレイン編集部に戻ると、予想以上の光景が広がっていた。
 部屋中に紙が散乱して、壁際の本棚からは本という本が出されていて、まき散らされていた。一体なにが起こったのだろうか。

「戻りました」

 麦はしれっと編集部へと入ったが、みやびはあまりのことに踏み入れることができずに、扉のところで止まってしまった。
 部屋の真ん中には、髪の毛がぐちゃぐちゃになったメイコが呆然と突っ立っていた。

「メイコさん、どうしたんですか、これ」
「どうしたもこうしたも、大行司さんが暴れたせいでね……」

 メイコは大きくため息を吐くと、みやびを見た。

「秋尾も大変だったみたいだね」
「え……あ、はい」
「沖谷くんが警察を呼んでくれて、今、大行司さんは連行されたところだ」
「……………………」

 それで外がなにか騒がしかったのかと分かったが、まさか警察沙汰になるとは思わなかった。

「なにかよく分からないけれど、気にくわなかったみたいだね」
「……それにしても、ひどいです」
「あぁ、そう思う。まさかこんなことになるとは、思わなかった」

 メイコはもう一度、ため息を吐くと、編集部内にいる全員に視線を向けた。

「申し訳ないんだが、とりあえず片付けを優先させてほしい」
「はい」

 みやびは自分の机の上を見ると、午前中にしていた校正紙がなくなっていた。しかも机の上はなにもない状態になっていた。もしかしなくても、撫子が暴れた時に投げたのかもしれない。
 校正紙はもう一度、取り寄せればいいとして、せっかく赤を入れたのに……と腹が立ってきた。

「ひどいです」
「あぁ、秋尾の席が一番被害がひどいな。パソコンもたぶん、使い物にならない状態になっている」
「…………」
「沖谷くんから大行司さんのご両親に連絡してもらうようになっている。しっかり弁償してもらうから、心配するな。とりあえず、パソコンは電源がつけば儲けものと思っておけ」
「はい」

 マメにバックアップは取っているものの、最近のメールはさすがに保存していない。しかもよく見ると、引き出しも開けられて、中からすべてが出されていた。片付けることを考えると、気が遠くなった。

「……なにが気に入らなかったんでしょうか」
「夢を見すぎたんだろう」

 メイコの答えは少しずれているようだったけれど、そうとしか思えない。
 普通の神経であれば、こんなに暴れるとは思えない。現実を知らなくて、ショックを受けたのだろう。
 しかし、やはりこれは納得がいかない。

「警察に連れて行かれたけれど、すぐに保釈されるだろうね」

 みやびは散乱している自分の荷物を片付けながら、ため息が止まらなかった。
 なにをどうしたら、ここまでできるのだろうか。撫子の心境がまったく分からなかった。

 編集部内が片付いたのは、終業時間間際だった。
 みやびは投げ飛ばされたパソコンの電源を付けると、無事についた。データも無事だった。だけど、ノートパソコンは投げ飛ばされたせいで、画面にヒビが入っていた。

「みんな、片付けお疲れさま。仕事が残っていると思うが、今日はもう帰ろう」
「……そうですね」
「明日に回した方が捗るだろう」

 というメイコの一言で、編集部の全員が定時で帰ることになった。
 全員がこの時間に帰ることなんて、飲み会の時ぐらいではないだろうか。メイコが最後に部屋を出て、鍵を掛けた。

「じゃ、お疲れさま。寄り道しないで帰るように」
「はぁーい」

 武藤の気の抜けた返事に、みやびはようやくホッとした。

 部員全員が駅まで向かうことになり、話ながら向かった。そんなことも今までのみやびにはなくて、とても新鮮だった。

 そんな風に楽しく帰った次の日。
 みやびは編集部に着いて、唖然とした。
 部屋の中が、いつの間にか模様替えされていたのだ。机は今までの事務机ではなく、撫子のとは違っていたが、社長室に置いてあっても不思議はない立派な茶色い机に変わっていた。
 あまりの代わり映えに、みやびは何度か瞬きをした後、メイコの席へ視線を向けた。
 そこには、みやびたちのより立派な机に変わったところに、メイコが渋面をして座っていた。

「……おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「これは……」
「あぁ、大行司さんのお父さんがお詫びにと言って、夜に模様替えを勝手にしたようだ」
「えぇっ」

 鍵は、メイコが掛けていた。総務部から借りて勝手に開けたのだろうか。

「荷物はすべてそのまま移したと言っているが、確認してくれ」
「……はい」

 前に使っていた机はどこに行ったのだろうか。それに、机の上のパソコンも新しくなっている。

「データはさすがに移せてないらしいから、前のパソコンも残っているだろう?」 データを移して、仕事に取りかかろう」

 メイコの声は疲れていて、朝からすでにやり合った後だというのがなんとなく分かり、みやびは大人しく従うことにした。
 みやびが確認したりデータを移行したりしていると、編集部員が次々に出勤してきた。そして、みやびと同じような反応を全員がするのを見て、みやびは苦笑した。
 正直、お詫びと言っても迷惑以外のなにものでもない。それが分かっていないところが、この親にこの子ありだなとみやびは思った。

 データを移行している間、みやびは紙で校正を進めていた。しわくちゃにはなっていたけれど、幸いなことに破られていなかったのだ。
 そして、作業をしながらふと気がついた。昨日、隣にあった撫子用の机がなくなっていた。

「メイコさん」
「ん、なんだ?」

 メイコはパソコンの画面からみやびに視線を移し、首を傾げた。

「大行司さんの机がなくなっていますけど」
「あぁ、あれだけ迷惑を掛けたから、もう出社させないと言われた」
「そうですか」

 それはホッとしたけれど、それでいいのだろうかと思う部分もある。

「それと、迷惑を掛けたから、今後もスポンサーを続けると申し出があったよ」

 それは喜ばしいことなのだろうけど、なんでだろう、妙なモヤモヤ感がみやびの中にうまれた。

 そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま、みやびは午前中の仕事を済ませた。
 お昼に出ようと思ったら、編集部の外で勇馬が待っていたことに驚いた。

「みやびちゃん」
「沖谷さん」
「今からお昼に一緒に行こう」

 勇馬はそう強引に話を進めると、みやびの肩を押して、外へ出るようにうながされた。
 ここで抗ってもしつこくされるのはすでに知っているので、みやびは仕方がなく素直に従うことにした。
 勇馬に連れて来られたのは、高級イタリアンのお店だった。
 みやびがなにも言わなくても、料理が次々と出てきて、とにかくなにも言わずに口にする。

「みやびちゃん、撫子さんとの結婚、断られた」
「え」
「今、撫子さんは拘留中だ。大行司さんはそれはもうご立腹で、釈放させないと言ってるんだ。それに、こんなことになったからって、婚約話はなかったことにってなったんだ」
「…………」

 ようやく自由になれたと思ったのもつかの間、勇馬はまた、フリーになってしまった。

「だからぼく、またみやびちゃんを守るよ」
「……結構です」

 そう断っても、勇馬は笑っているだけだった。
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