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第3章:リサとネイト
30:ネイトの能力
しおりを挟む『おかえり~』
「……」
寮の部屋に戻ったフィオナを、茶髪の霊が満面の笑みで出迎える。
我が物顔でベッドに居座る彼にもの言いたげな視線だけ送り、フィオナは机に鞄を置く。
『えッ、ちょ、待ってよ着替えるなら出てくって!』
続いて制服のボタンを外し始めたフィオナに、霊はワタワタと慌てふためいた。
顔の前に手を広げて視界を遮るが、指の隙間からチラチラ見ているのはバレバレだった。
「別に……霊に見られても恥ずかしくない」
フィオナは淡々と言う。
『えーーー』
霊はベッドに大の字で倒れ込む。
ベッドのスプリングはキシリとも鳴らなかった。
『男として意識されてないってことじゃん、ショック~』
そのへらっとした顔を横目で見つつ、フィオナは制服をハンガーに掛ける。
「……あなたって、けっこう律儀だよね」
"……律儀な人ね"
フィオナの何気ない言葉と、記憶の中の透き通った声が重なる。
霊は寝転がったまま、一瞬だけ息を詰まらせる。しかし瞼をそっと閉じ、脳裏に浮かびかけた映像を振り払った。
『やっぱわかっちゃう?』
「約束守ってくれてありがとう」
『約束……あー、アレね』
霊は天井の小さな電球をぼんやりと見つめる。
"リサには近づかないで"
取引を持ちかけた時に、フィオナから提示された条件だ。
『まあ……近づきたくても近づけない場面もあったんだよね』
「?」
『よっ、と』
フィオナが部屋着に着替えたのを確認して、霊は上体を起こした。
『あの金髪ナイト』
「金髪ナイト?」
『ほら、口悪男の……じゃない、今日食堂で喧嘩を止めてた守衛だよ』
「ああ……」
霊が"金髪ナイト"と呼んだのはネイトのことだった。
『アイツ、霊を寄せ付けない能力を持ってるっぽい』
「!」
『アイツの近くに行くとなんつーか、身の毛がよだつっていうか……本能的に避けたくなる』
「あ……だから今日は食堂に霊がいなかったんだ……」
『うん。間違いなく金髪ナイトの影響だな』
フィオナが納得したように小さく口を開けると、霊はうんうんと何度も頷いた。
『……仲良くしといた方がいいかもね?』
そして意味ありげな視線をフィオナに送る。
フィオナはその琥珀色の瞳をじっと見つめ返したあと、ベッド脇の大きめの鞄を手に取った。
『そーいえば、結局長期休暇はどこ泊まるの?』
鞄の中に衣類を詰めるフィオナを見て、霊が尋ねる。
「リサの家」
『へー!』
フィオナの答えに、霊は嬉しそうに笑った。
『夜更かしして恋愛トークするやつじゃん。え、俺も混ざりたい』
「ダメだよ」
フィオナにきっぱりと断られると、『ちぇ』と拗ねたように呟いた。
そんな霊を横目に、フィオナは鞄に視線を戻す。
(友達の家に泊まるの……初めて)
瞬きで揺れる長い睫毛。
慎ましやかに喜びを表現するフィオナを、霊は優しく細めた目で見つめていた。
***
「じゃあね、フィオナ。また明日!」
「うん」
東門の前でリサに手を振るフィオナ。
明日からアカデミーは長期休暇に入る。寮から出てくる生徒たちは皆大きな鞄を持ち、門前に行列を成す馬車へと乗り込んでいく。
フィオナはリサの背中を見送り、寮へと踵を返した。
その時――
バチン!!
乾いた音が鳴り響く。
「ひどい! 私だけだと思ってたのに……っ!」
女子寮の脇に、涙する女子が一人。
「いやいや、俺はみんな可愛いと思うし……」
その前に立つ男子は身振り手振りで彼女を宥めようとするが……
「サイテー!!」
バチン!
二発目が入った。
「いてて……」
手の形に赤くなった両頬を涙目で押さえる男子。
(あの人……)
カナリアのような明るい金髪のツンツン頭に、フィオナは見覚えがあった。
そして、変わらず彼の腕に絡みつく桃色の髪の女性を視て、入学初日の鮮烈な記憶が蘇る。
「あ、フィオナちゃーん!」
「!」
フィオナはびくりと肩を揺らし、思わず後ずさる。
「俺のこと覚えてる? ジャスパー! 相変わらず可愛いね!」
ジャスパーが愛嬌のある笑顔で近寄ると同時に、彼の隣の女性がキッとフィオナを睨んだ。
「っ……」
その瞬間、側頭部がズキンと痛む。
フィオナは反射的に頭を押さえ、西に向かって走り出す。
「え、何で逃げんの!? ねぇフィオナちゃーん!」
ジャスパーはフィオナを追う。
『とらないで……奪わないで……!』
強烈な嫉妬の視線から逃れるため、フィオナは必死に足を動かした。
「足速くない!?」
だんだんとジャスパーとの距離が開き、頭痛が少しマシになってきた。
フィオナは校舎の角を曲がり、隠れる場所を探して周囲を見渡す。
「!」
男子寮の前に立つ守衛と、ばちりと目が合った。
(金髪ナイトさん……)
ライムイエローの金髪にオレンジ色のつり目。先日、食堂で男子の喧嘩を仲裁した守衛……ネイトだった。
そして、茶髪の霊が言っていた彼の能力を思い出す。
"アイツ、霊を寄せ付けない能力を持ってるっぽい"
後方からジャスパーの足音が近づいてくる。
フィオナは男子寮へと方向転換した。
(な、何故こっちに……!?)
いきなり現れたかと思えば自分に向かってくるフィオナに、ネイトは戸惑い目を丸くする。
「か、隠してください……っ」
「え?」
フィオナはネイトの隣にしゃがみ込んだ。
「あれー、見失っちゃったー」
少し離れた場所からジャスパーの声が聞こえる。
ちょうど寮の玄関に続く外階段が、フィオナの姿を隠してくれたようだ。
遠ざかる足音を聞いて、フィオナはそっと顔を出して覗いてみる。
『……』
背を向けるジャスパーの隣で、女性の霊はフィオナを見ていた。
しかし悔しそうに眉を顰めるだけで、寄ってこようとはしない。いや、近づけないのだろう。
(助かった……)
(やはり怪しい……)
ふう、と小さく息をついたフィオナを、ネイトが警戒を滲ませた目で見下ろす。
「あ……ありがとうございます」
「……俺は何もしていません」
フィオナはその目を見上げ、立ち上がる。膝についた草を払い、二歩分、ネイトから距離をとった。
「もう少しここにいていいですか……?」
「……」
フィオナの控えめな問いかけに、ネイトの片眉がぴくりと動く。
(何故だ……まさか俺の正体に勘付いているのか……!?)
「……何してんの?」
微妙な距離感の二人に、寮から出てきたルイスが訝しげな視線を向ける。
「えっと……」
「軟派男に追われているようでした」
「ふーん……」
言い淀むフィオナの代わりに、ネイトが簡潔に答えた。
「明日からリサんちだっけ?」
「うん。ルイスも帰省するの?」
「俺は……明日帰る」
「え」
「……」
(明日は調査に出るはずなのに……)
小さく声をあげたネイトを、ルイスは眼光で黙らせた。
「寮戻るなら送ってく」
「すぐそこだから……」
「軟派ヤローいたらケツ蹴り上げてやるよ」
「それは……痛そうだからやめてほしい」
ルイスの暴言に、少し呆れたように微笑むフィオナ。
そんなフィオナを見て、ルイスも表情を綻ばせた。
(殿下のあんな顔、初めて見た……)
並んで歩く二人の背中を、ネイトは呆然と見送った。
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