深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第一話 白い灯台

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 私がまだ幼かった頃。両親に連れられて遠くの海へ出かけた。そこには高台があり、金色のススキが生い茂っていた。真っ白で大きな灯台のある岬で近くにはこじんまりとした水族館があった。水平線はどこまでも広がり、海上には何隻かの漁船が見えた。
「おねぇちゃん! おふねいっぱいだね」
「そうだね」
 妹は船を見つけると嬉しそうに飛び跳ねた。妹は好奇心旺盛で、特に船だとか飛行機なんかがお気に入りなのだ。水平線がまっすぐに広がる。それは地球が丸いということを私に教えてくれた。まん丸くて青い星。
「おさかないるかなぁ?」
 妹は岬から岩礁を覗いた。当然、そこには打ち寄せる白波しかない。
「もっと下に行かないとわからないよ」
「おさかなみたいなぁ」
 妹にとってこの場所の全てが新鮮だったのだろう。白い灯台、ウミネコ、こじんまりとした水族館、水平線。その全てが。
 それとは対照的に私は酷く冷めていた。たしかに両親と一緒に旅行できるのは嬉しかったし、妹と手をつないで歩くのも悪くなかった。でも……。どこかで気づいていたのだ。この幸せが長続きはしないと――。

 二〇二二年一〇月。私はバンドメンバーの竹井くんの車で移動していた。助手席から見える街路樹もすっかり紅葉している。明治通りの紅葉。それを見るたび私は秋を感じた。
「秋だねぇ」
 私は独り言のように呟いた。
「そうですねぇ」
「モンブラン食いたいよ。モンブラン! のんちゃんもあいちゃんに買って帰れば?」
 秋の味覚といえば栗。というのが私の独断と偏見だった。私の地元の特産物はさつまいもだけど子供の頃から見過ぎて飽き飽きしている。
「モンブランですか……。じゃあ買って帰ります? たしか丸の内に美味しいケーキ屋さんあった気がするんで」
「やったー! さすがのんちゃん!」
 優秀な後輩だ。素直にそう思う。
 それから私たちは二四六号線を日本橋方面に向かって走った。右手に警視庁、左手には皇居。皇居付近にはランニングする人がたくさんいた。彼らはヴィヴィットカラーのランニングウェアを身に纏っていた。派手なウェアが最近の流行なのかも知れない。
「健康的だよねー」
「そうですねー。実は愛衣も最近ランニングしてるんですよ」
 愛衣ちゃん……。竹井くんの奥さんだ。信じられないけれど竹井くんは学生なのに既婚者なのだ。
「へー! やっぱスポーツマンなんだね。……。のんちゃんも見習った方がいいかもよ?」
「ハハハ……。たしかに」
 そんな話をしていると車は丸の内に着いた。ビル街。日本の中枢。
「フィアットって都内だといいよねー。駐車とか楽そうだし」
「そうなんですよー。ほぼ全ての駐車場に停められますからね」
 フィアット500。竹井くんの愛車は小さくて元気な車だ。竹井くんから聞いた話だと彼の大叔父さんがお祝いにくれたらしい。くれた……。と聞いたときは正直かなり驚いた。車一台ポーンとあげるスケールは私にはない。
「はい、お待たせしました」
 彼は車を路肩に止めてサイドブレーキを引いた。
「ありがとう。じゃあ行ってくるよ……。のんちゃんちの分はいくつ買ってくる?」
「そうですね……。じゃあ三つで」
 三つ。おそらく竹井くんが一つ。愛衣ちゃんが二つだと思う。
「了解! したら買ってくるね。駐禁切られそうになったら呼んでね」
 私はそう言うと竹井くんに手を振った。
 丸の内の雰囲気は渋谷や新宿のそれとは違った。言葉で上手く説明はできないけれど、そこには汚れのようなものが少なく感じる。まぁ、汚れが少ないのは良いことだけれど、その洗練された雰囲気は私に多少の居心地の悪さ覚えさせた。掃き溜めに鶴の逆。みたいな感じ。
 早く立ち去らねば。そう思った。こんなところに居たら私もキレイになってしまう。私に似合うのはあの小汚い掃き溜めのような街なのだから……。
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