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第一話 白い灯台
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モンブランを買うとすぐに竹井くんの車へ戻った。
「おまたせ」
「いえいえ。じゃあ行きましょうか……」
竹井くんは読んでいた本を閉じるとサイドブレーキを戻した。手慣れた所作。
「茶色いモンブランってあんまり食わないから楽しみだよ」
「そこのモンブラン有名なんですよ。下の部分がタルト生地でちょっと食べづらいですけどね」
『特別な日のモンブランタルト』というのがそのケーキの名前だった。かなりオシャレなケーキだと思う。店も小綺麗な内装だったし、店のオーナーがこだわりまくっているのだと思う。
それから私たちは皇居を回って目的地へと向かった。今日の主目的はケーキを買うことではない。極めて実務的。そんな用事だ。
「やっぱり緊張する?」
「うーん……。少し」
竹井くんは全く緊張していない様子で返事した。この子はいつもこうなのだ。
「なら良かったよ。とりあえずいつも通り叩けば良いと思う。あちらさんだって普段通りの演奏聴きたいんだろうしね」
「ハハハ……。だといいんですが」
竹井くんは照れ笑いを浮かべる。年相応の笑顔。意外と可愛い。
今日の目的地は墨田区役所近くのスタジオだった。東京スカイツリーのお膝元にある小さなスタジオ。普段ならまず行かないような場所だ。
「浅草方面来るの久しぶりですね」
「だよねー。先方からの指定だから仕方ないけど正直たるいよ」
新宿か渋谷ならいいのに。それが私の正直な気持ちだ。本心を言えば下町に呼び出すなんてどうかと思う。まぁ、相手が相手なだけに文句は言えないけれど……。
私たちを呼び出した相手。それは私たちが所属しているレーベルの社長だった。私も社長とは二、三回しか会ったことがない。彼は高齢な男性……。簡単に言えばおじいちゃんで、ぱっと見は完全に好好爺だった。完璧な白髪、額に深い皺、身長は高くて背筋がピンと伸びている。
業界で彼の名前を知らない人間はいない。それぐらい名の知れた人物だ。しかしその反面、彼は全くメディアに顔を出さなかった。テレビ出演はもちろん、雑誌の取材も一切受けなかった。だから歪な形で名前だけが広まったのだと思う。容姿以外の情報が分からない謎の老紳士。そんなイメージだ。
「しっかし……。おじいちゃん何の用事だろうね? 直接呼び出されるとは思わなかったよ」
「本当謎ですよね……。一応、悪い話じゃないみたいですけど……」
「まぁねぇ。でもいきなり『有栖ちゃんの大甥のドラム聴かせてほしい』って言われたんだよ? マジで勘弁して欲しいよ……」
話は前後するけれど『有栖ちゃん』というのは竹井くんの大叔母さんのことだ。西浦有栖。私たちが所属しているレーベルの音楽プロデューサー。直接的に私たちと行動するのは彼女だった。(竹井くんと西浦さんの話を詳しくすると六五〇〇〇字くらいの中編小説になりそうなのでここでは割愛する)
普段は社長からの伝達は西浦さん経由で行われていた。たとえば、公演計画なんかも西浦さんが窓口になって社長決済を貰っている。だから社長とは本当に顔見知り程度なのだ。変な話、広告代理店の担当や社外のスタイリストの方がよっぽど身内だと思う。
「ま、気楽に行こう……」
私は自分に言い聞かせるように独り言を呟いた――。
国道六号線を千葉方面に向かって走った。浅草の街もすっかり秋めいている。隅田川越しにアサヒビールの奇妙なモニメントとスカイツリーが見えた。隅田川を渡り台東区と墨田区の境目を通り過ぎて首都高と併走した。落ち葉が舞い上がりカサカサと枯れた音が聞こえる。
「ここですね……」
竹井くんがゆっくりとブレーキを踏み込んだ。さて、どうなるだろう……。
「おまたせ」
「いえいえ。じゃあ行きましょうか……」
竹井くんは読んでいた本を閉じるとサイドブレーキを戻した。手慣れた所作。
「茶色いモンブランってあんまり食わないから楽しみだよ」
「そこのモンブラン有名なんですよ。下の部分がタルト生地でちょっと食べづらいですけどね」
『特別な日のモンブランタルト』というのがそのケーキの名前だった。かなりオシャレなケーキだと思う。店も小綺麗な内装だったし、店のオーナーがこだわりまくっているのだと思う。
それから私たちは皇居を回って目的地へと向かった。今日の主目的はケーキを買うことではない。極めて実務的。そんな用事だ。
「やっぱり緊張する?」
「うーん……。少し」
竹井くんは全く緊張していない様子で返事した。この子はいつもこうなのだ。
「なら良かったよ。とりあえずいつも通り叩けば良いと思う。あちらさんだって普段通りの演奏聴きたいんだろうしね」
「ハハハ……。だといいんですが」
竹井くんは照れ笑いを浮かべる。年相応の笑顔。意外と可愛い。
今日の目的地は墨田区役所近くのスタジオだった。東京スカイツリーのお膝元にある小さなスタジオ。普段ならまず行かないような場所だ。
「浅草方面来るの久しぶりですね」
「だよねー。先方からの指定だから仕方ないけど正直たるいよ」
新宿か渋谷ならいいのに。それが私の正直な気持ちだ。本心を言えば下町に呼び出すなんてどうかと思う。まぁ、相手が相手なだけに文句は言えないけれど……。
私たちを呼び出した相手。それは私たちが所属しているレーベルの社長だった。私も社長とは二、三回しか会ったことがない。彼は高齢な男性……。簡単に言えばおじいちゃんで、ぱっと見は完全に好好爺だった。完璧な白髪、額に深い皺、身長は高くて背筋がピンと伸びている。
業界で彼の名前を知らない人間はいない。それぐらい名の知れた人物だ。しかしその反面、彼は全くメディアに顔を出さなかった。テレビ出演はもちろん、雑誌の取材も一切受けなかった。だから歪な形で名前だけが広まったのだと思う。容姿以外の情報が分からない謎の老紳士。そんなイメージだ。
「しっかし……。おじいちゃん何の用事だろうね? 直接呼び出されるとは思わなかったよ」
「本当謎ですよね……。一応、悪い話じゃないみたいですけど……」
「まぁねぇ。でもいきなり『有栖ちゃんの大甥のドラム聴かせてほしい』って言われたんだよ? マジで勘弁して欲しいよ……」
話は前後するけれど『有栖ちゃん』というのは竹井くんの大叔母さんのことだ。西浦有栖。私たちが所属しているレーベルの音楽プロデューサー。直接的に私たちと行動するのは彼女だった。(竹井くんと西浦さんの話を詳しくすると六五〇〇〇字くらいの中編小説になりそうなのでここでは割愛する)
普段は社長からの伝達は西浦さん経由で行われていた。たとえば、公演計画なんかも西浦さんが窓口になって社長決済を貰っている。だから社長とは本当に顔見知り程度なのだ。変な話、広告代理店の担当や社外のスタイリストの方がよっぽど身内だと思う。
「ま、気楽に行こう……」
私は自分に言い聞かせるように独り言を呟いた――。
国道六号線を千葉方面に向かって走った。浅草の街もすっかり秋めいている。隅田川越しにアサヒビールの奇妙なモニメントとスカイツリーが見えた。隅田川を渡り台東区と墨田区の境目を通り過ぎて首都高と併走した。落ち葉が舞い上がりカサカサと枯れた音が聞こえる。
「ここですね……」
竹井くんがゆっくりとブレーキを踏み込んだ。さて、どうなるだろう……。
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