14 / 67
第二話 ワタリガラス
5
しおりを挟む
オーディションでの合格者は三名だった。その中には鴨川月子も含まれていた。この子を育てたい。素直に思う相手に出会えたのはひさしぶりだ。
しかし……。現実は私のそんな期待を裏切った。それはあまりにもあっけなく。
オーディションの翌週。私は社長と二人で例の喫茶店を訪れていた。いつもの席。いつものコーヒー。
「西浦部長、先日はお疲れ様でした」
「いえ、今回も無事終わって良かったです」
目の前に置かれたコーヒーから白い煙が立ち上る。社長はコーヒーから立ち上る香りを吸い込むと一口それを口に含んだ。
「しかし……。君が冷やかしに来た子供を受からせるとはね」
社長は笑い話でもするように自然に言った。
「……。申し訳ありません」
「いやいや、怒ってるんじゃないんだ。西浦部長にもまだ青いところがあるんだなぁって思ってね」
なぜだろう? 社長は妙に嬉しそうだ。
「どうします? 追加で審査しますか?」
「うーん……。いや、やらないでいいだろう。君の眼鏡にかなう子は他にはいなかったんだろ?」
「それは……。まぁ」
残念ながら社長の言うとおりだ。二〇〇人審査して基準に達したのは三名しかいない。
「とりあえず今回は二人ってことにしておこう。なぁに、君にはまだ他にやるいこともあるだろう」
社長はそう言うと上機嫌に笑った。この人は昔からこうなのだ。いつも機嫌が良い。上機嫌でいることが彼のデフォルトなのかもしれない。
「正直言うとかなり残念なんですよ」
「ん? ああ、例の子のことかい?」
「ええ」
例の子。鴨川月子……。どうしても彼女のことが頭から離れない。
「まぁ……。致し方ないんじゃないかな? 相手はまだ子供だし……。才能があったってまだまだ未成熟だよ」
「それは理解しています。でも……。このまま彼女のことを見送るのはあまりにも……。ね」
自然とため息が零れる。こんなに肩すかしを食らったのは初めてかもしれない――。
鴨川月子から合格辞退の連絡が来たのはオーディションの翌日のことだった。連絡を受けたとき、私は心の底から驚かされた。でも不思議と疑問は浮かばなかった。こういうものなのだ。華と才能とはあまりにも気まぐれで簡単にいなくなってしまう。
これは私の経験則だけれど彼女のようなタイプは大輪を咲かせるか、一生埋没するかの二択しか用意されていない。才能があるからこそそうなってしまうのだ。凡人はなかなか諦めが付かないことでも彼らは気軽に諦められる。おそらくそれは夢を諦めても人生に支障が出ないからだろう。
これから彼女はどうなっていくのだろう? 適当な年齢まで趣味でバンドを続けて、適齢期には結婚して子供を何人かもうけ、次第に年老いて顔には皺が寄り、やがて家族に看取られて幸せな一生を終える。そして最後は焼かれて冷たい土の中。そんな風になるのではないだろうか?
別にその一生が悪いとは思わない。きっと幸せだろう。でも……。どうしても私は彼女にステージに立つ人間になってほしかった。きっとそれは私のエゴで極めて自己中心的な欲望なのだと思う。利己的な欲望のために少女の人生を狂わしていいのかは甚だ疑問だけれど……。
「あの……。社長」
「何かな?」
気がつくと私は社長にある提案をしていた。あまりにも自分勝手な提案を。
しかし……。現実は私のそんな期待を裏切った。それはあまりにもあっけなく。
オーディションの翌週。私は社長と二人で例の喫茶店を訪れていた。いつもの席。いつものコーヒー。
「西浦部長、先日はお疲れ様でした」
「いえ、今回も無事終わって良かったです」
目の前に置かれたコーヒーから白い煙が立ち上る。社長はコーヒーから立ち上る香りを吸い込むと一口それを口に含んだ。
「しかし……。君が冷やかしに来た子供を受からせるとはね」
社長は笑い話でもするように自然に言った。
「……。申し訳ありません」
「いやいや、怒ってるんじゃないんだ。西浦部長にもまだ青いところがあるんだなぁって思ってね」
なぜだろう? 社長は妙に嬉しそうだ。
「どうします? 追加で審査しますか?」
「うーん……。いや、やらないでいいだろう。君の眼鏡にかなう子は他にはいなかったんだろ?」
「それは……。まぁ」
残念ながら社長の言うとおりだ。二〇〇人審査して基準に達したのは三名しかいない。
「とりあえず今回は二人ってことにしておこう。なぁに、君にはまだ他にやるいこともあるだろう」
社長はそう言うと上機嫌に笑った。この人は昔からこうなのだ。いつも機嫌が良い。上機嫌でいることが彼のデフォルトなのかもしれない。
「正直言うとかなり残念なんですよ」
「ん? ああ、例の子のことかい?」
「ええ」
例の子。鴨川月子……。どうしても彼女のことが頭から離れない。
「まぁ……。致し方ないんじゃないかな? 相手はまだ子供だし……。才能があったってまだまだ未成熟だよ」
「それは理解しています。でも……。このまま彼女のことを見送るのはあまりにも……。ね」
自然とため息が零れる。こんなに肩すかしを食らったのは初めてかもしれない――。
鴨川月子から合格辞退の連絡が来たのはオーディションの翌日のことだった。連絡を受けたとき、私は心の底から驚かされた。でも不思議と疑問は浮かばなかった。こういうものなのだ。華と才能とはあまりにも気まぐれで簡単にいなくなってしまう。
これは私の経験則だけれど彼女のようなタイプは大輪を咲かせるか、一生埋没するかの二択しか用意されていない。才能があるからこそそうなってしまうのだ。凡人はなかなか諦めが付かないことでも彼らは気軽に諦められる。おそらくそれは夢を諦めても人生に支障が出ないからだろう。
これから彼女はどうなっていくのだろう? 適当な年齢まで趣味でバンドを続けて、適齢期には結婚して子供を何人かもうけ、次第に年老いて顔には皺が寄り、やがて家族に看取られて幸せな一生を終える。そして最後は焼かれて冷たい土の中。そんな風になるのではないだろうか?
別にその一生が悪いとは思わない。きっと幸せだろう。でも……。どうしても私は彼女にステージに立つ人間になってほしかった。きっとそれは私のエゴで極めて自己中心的な欲望なのだと思う。利己的な欲望のために少女の人生を狂わしていいのかは甚だ疑問だけれど……。
「あの……。社長」
「何かな?」
気がつくと私は社長にある提案をしていた。あまりにも自分勝手な提案を。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる