深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第二話 ワタリガラス

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 デスクの横には茶色い段ボール箱が二つ置いてある。二つとも私の荷物だ。これだけなのだ。仕事してきた年数を考えると少ないかもしれない。
「西浦さん!」
 デスクを拭いているとふいに声を掛けられた。
「あら、どうも」
 そこには私の天敵がいた。広瀬営業部部長。
「まさか本当に異動願い出したのか?」
 広瀬部長はこの世の終わりみたいな顔をしている。
「ええ。社内報に書いてあった通りですよ」
「なんで? なんかやらかしたのか?」
「うーん……。ここじゃアレなんでちょっと出ましょう」
 私は右手でタバコを吸うようなジャスチャーをした。広瀬部長は「ああ」とだけ返す。
 喫煙所は社屋の中で最も陰湿な場所にあった。屋外非常階段の下。ドブ臭くて気分が悪くなる場所だ。
「広瀬くん一本貰える?」
「なんだ? 持ってこなかったのか?」
「人のタバコ吸いたい気分なの! たしかハイライトだったよね?」
 広瀬部長は「わかったよ」と言うとハイライトの胸ポケットから取り出して私に差し出した。空色のパッケージ。祖父が吸っていたのと同じ銘柄。
「ありがとう……。広瀬くんもセッタ吸う?」
「……。じゃあ貰うよ」
 今度は私がセブンスターを一本差し出す。
「ふぅ……。やっぱりハイライトは癖が強いね……」
 ハイライトの味は濃くて渋かった。専売公社時代から引き継がれる味はあまりにも時代遅れに感じる。
「それがいいんだよ。たしかにセッタは旨いけど、俺はやっぱハイライトがいいね」
 生産性の欠片もない喫煙談義。でも悪い気はしない。
「ああ……。別に左遷じゃないよ。私から異動したいって社長にお願いしたんだ」
「だろうな……。でもなんでだよ? あんた本社勤務のほうが都合良いんだろ?」
「まぁね……。でもちょっとやりたいことできたからさ。後任は高野くんにお願いするよ」
「そうか……」
 広瀬部長はさらに難しい顔をした。眉間の皺が一層濃くなる。
「広瀬くんにも世話になったね。今までありがとう」
「いや……。いいよ。こっちこそ世話になった」
 広瀬部長はそれだけ言うとタバコの煙を空に吐き出した。
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