深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第二話 ワタリガラス

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 一九七一年、春。私は例の大学に進学した。そして理由を付けて実家を出た。最初は両親も女の独り暮らしに反対していたけれど、最終的には納得してくれた。納得と言うよりは諦めに近かった気もするけれど……。
 私の借りたアパートはかなり狭い部屋だった。畳張りの四畳半で風呂なし。トイレは兼用だった。絵に描いたような安普請。こう言っては何だけれどそのアパートでの暮らしはおよそ人間的なものではなかった。雨土をしのぐだけの住まい。そんな感じだ。
 対照的に憂子は人間的な部屋に住むことになった。私とは比較にならないくらい良い部屋……。と言ってもおそらくそれが普通なのだと思う。むしろ年頃の娘が住む部屋として私の部屋のほうが異常なのだ。
 別に私の親がそうしろと言ったわけではない。むしろ親はもっと良い部屋に住んで欲しかったはずだ。私自身、霞ヶ関の……。自治省の官僚の娘が暮らす部屋としてはかなり不適切だと思う。
 それでも私は必要以上に親に頼りたくはなかった。これからは一人で生きていく。どこかでそう決めていたのだと思う――。
 四月上旬。私のキャンパスライフは可も無く不可も無くスタートした。新入生歓迎会やらサークル勧誘やらで上級生たちは忙しそうだ。
 大学構内の桜は散り始めていた。散った花びらが宙に舞い上がりどこかへ運ばれていく。その様子は短い春の終わりを告げているように思えた。思っているより春はずっと短いのだ。
 桜並木を横目に美術棟へ向かう。とりあえず忍野さんにお礼を伝えなければ……。
 美術棟は秋に見たときよりも幾分明るく見えた。青空と桜。そして軽快なアコースティックギターの音色。その全てが以前よりずっと陽気に感じる。
 美術棟に入ると古い木の香りが鼻を突いた。もう朽ち始めている。そんな香りだ。良く言えばアンティーク。悪く言えばオンボロ校舎。
 音楽室の扉を開くと中で学生数人が談笑していた。部屋の端っこに会議テーブルが並べられ、その上には楽譜やらエフェクターやらが置かれている。
「こんにちはー」
 声を掛けると彼らは私の方に振り返った。
「やぁ……。こんにちは。あ、西浦……さんだよね?」
「はい! 昨年はありがとうございました」
 そう言うと忍野さんはニッコリ笑って私を出迎えてくれた。相変わらずの優男っぷりに少し拍子抜けする。
 それから彼は私を他の部員に紹介してくれた。どうやら忍野さんがここの部長らしく多くの部員たちは彼より年下らしい。
「ゆっくりしていくといいよ。見学も大歓迎だからさ」
「ありがとうございます」
 その日。私は早速軽音部に入部した。特に希望があったわけでない。明らかに成り行きで。
 しかし……。この軽い決断が私の将来を決めることになった。
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