深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第三話 文藝くらぶ

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「そうそう、来週の月火は私もお父さんも居ないからね」
 皿を洗いながら母が思い出したように言った。
「そうなの? またパーティ?」
「パーティ……。うーん、結婚式みたいな感じだと思う。ほら、担当編集さん結婚したからそのお祝いにね」
「ふーん……。そっか」
 結婚式。おめでたい話だ。たしか母の担当編集さんはまだ大卒ぐらいの女の人だったと思う。
「ちゃんとご飯は用意していくからね」
「いや……。いいよ。適当に済ますから」
 私は反射的にそう返した。必要以上に母に面倒を掛けたくない。この人は私が思っている以上に忙しいのだ。
「でも一泊するのよ? 大丈夫?」
「大丈夫だって。ご飯ぐらい一人で何とかなるから」
 両親が居ないことなんて今までも何回もあったし問題ないと思う。
 でも母は「本当に大丈夫?」と心配していた。いつまで経っても子供扱いだ。
「ハハハ、お母さんは心配性だからなぁ。文子はもうすぐ高校生だし大丈夫だよな」
 心配する母を諭すように父が口を挟んだ。意外と父は放任主義なのだ。
「うん! 大丈夫! 火の元も戸締まりもちゃんとするよ」
「そう……。ならいいけど。もし困ったことあったらお婆ちゃんに連絡しなさいね!」
「はーい」
 私は母に生返事を返すと自室に引き上げた――。
 
 部屋に戻るとすぐにスマホを手に取った。案の定スマホの画面にはツイッターの通知が数十件溜まっている。小説を更新するとフォロワーが『拡散』と『いいね』をしてくれるのだ。本当にありがたいと思う。
 
☆リプライ☆
『更新お疲れ様です』
『うぽつです』
『のべるさんおつおつ』
『のべるん更新おつです☆』

 そんなリプライがツイッターの更新通知に並ぶ。こうしてみると私の読者もけっこう増えた気がする。
 それから私はフォロワーにリプライを返した。『おつありです』とか『てんちゃんいつもありがとー』とかそんな感じ。極力フォロワーとは絡むようにしたい。まぁ……。そろそろフォロワーが二万人に届きそうなので限界かもしれないけれど。
 一通りリプライを返し終わると『文藝くらぶ』のユーザーホームのページを開いた。ここが私のホームグラウンド。WEB作家としての居場所だ。
 閲覧数、作品のポイント数、感想の順番に確認していく。まぁまぁ……。だと思う。いつもと大差ない閲覧数と加点。ほんの少しだけ前進。そんな感じだ。
 数字の確認を終えると閲覧数とポイント数をエクセルのシートにコピペした。これは私が『文藝くらぶ』に投稿するようになってからずっとしていることだ。残念ながらなかなか右肩上がりとはいかないけれどモチベーションを保つのには役立っていると思う。
 数値的なものを打ち込み終えるとため息が零れた。これで一段落……。ここからが本番だ。
 再び『文藝くらぶ』のユーザーホームに戻ると感想のページをクリックした。どうやら今日は五件の感想が書かれているらしい。
 私が一番好きで同時に一番苦労しているのが感想への返信だ。寄せられた感想が好意的であろうと批判的であろうとかなり時間が掛かる。読者とのキャッチボール。それは自分勝手に物語を紡ぐことより何倍も難しい。
 一件一件真摯に向き合う。私にとってこの時間は何よりも大切なのだ。読者の心を理解するために何が必要なのだろう? そんな自問自答が私を作家として育ててくれる気がする。いや……。気がするなんて軽いものじゃない。もっと重いものだ。胡散臭いスピュリチュアルっぽい言葉になるけれど『魂で理解する』という言い方が近いと思う。
 四件分の返信を終えて五件目の感想のページを開く。さぁて、最後だ……。と画面をスクロールした瞬間――。私の中の時間が一瞬停止した。心臓が締め上げられ、気道が極端に狭くなったような感覚に襲われた。
 五件目の感想の寄稿者。その名前の欄には『冬木紫苑』と書かれていた――。
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