深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第三話 文藝くらぶ

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 翌朝。私が目覚めたときには既に母の姿はなかった。テーブルの上にラップを掛けられたサラダとスクランブルエッグがあるだけ。一人ぼっちの朝食だ。
 台所のフードストックからロールパンを取り出してトースターに放り込む。パンとサラダとスープそんなありふれた朝ご飯。
 パン食の朝ご飯、ミント味の歯磨き粉、紺色のスカート。それは私の一日の始まりを象徴している。川村文子のモーニングルーティンはとても一般的なものなのだ。
 川村文子と半井のべる。たまにその二つの人生を生きているような気分になる。川村文子は普通に中学に通い、数ヶ月後には高校に進学するだろう。半井のべるは……。どうなるか正直分からない。もしかしたら母のように作家を志すかもしれないし、完全に小説家を引退するかも……。こればっかりはまったく見当がつかない……。
 もし商業出版できたら……。とは思うのだ。二段バーコードの付いたカバーの文庫本で書店に並んだらどれだけ幸せだろうと――。
「あ、フミちゃんおはよー」
 教室に入るとすぐに祐希が私の机にやってた。
「おはよー」
「ねぇねぇ! たしか今日フミちゃんちお父さんたちいないんでしょ?」
「うん。仕事で泊まりだね」
「そっかそっか! ねぇ! もし良かったら私んち泊まりこない? 千ちゃんも来るんだけど?」
 ああ、やっぱり誘われたか……。口には出さなかったけれどそう心の中でツッコんだ。祐希は何かに理由を付けて私と遊びたがるのだ。
「ユキちゃんぁ……。私はいいけど千波さんには断ったの?」
「大丈夫! 千ちゃんもOKだってよ」
「そっか……」
 正直乗り気じゃない。今日は冬木紫苑に連絡しようと思っていたのに……。
「ねえぇ! お願いだよぉー。フミちゃん来てぇ」
 祐希は甘ったれた言い方をした。幼稚園の頃から変わらない。これだから祐希は女の敵ばかり作るのだ。まぁ、そのお陰で馬鹿な男は騙されてるみたいだけれど。
「分かったよ。じゃあ一旦帰ったらユキちゃんに行くから」
 また祐希の押しに負けてしまった。どうしてもこの子の上目遣いは苦手だ――。

「川村さん!」
 学校の昇降口で靴を履いていると声を掛けられた。
「あ、千波さん……」
「お疲れ様! 今日はよろしくね。……ってかごめんね。祐希から無理矢理誘われたんでしょ?」
「いや、大丈夫だよ。ちょうど今日親居ないしさ」
 千波さんは少し申し訳なさそうにうなじを掻いた。
「そう言って貰えると助かるよ……。ほら、川村さんって文くら投稿忙しそうだからさ」
「え!?」
 思わず変なところから声が漏れる。なぜ千波さんはそのことを知っているのだろうか?
「ああ、ごめんごめん……。実は私もやっててさ……」
 私もやってて? つまり千波さんも文くら作家……。ということだろうか?
「そ、そうなんだ……」
「うん。まぁ私はたまぁーに書いてるだけだけどね……。川村さんこの前、パソコン室で文くらのマイページ見てたから気になってね」
 正直に言おう。私の心音は恐ろしく早くなっていた。千波さんは私が文くら作家だと知っている。それは間違いない。問題なのは私が『半井のべる』だと知っているかどうかだ。もし知られていたら……。そう思うと心臓に冷たい物がこみ上げてくる。
「あの……。千波さん……。私の作品読んだ……。の?」
 やっと絞り出した声は妙に擦れていた。自分の声とは思えないくらい。
 でも彼女の返答は私を良い意味で裏切ってくれた。
「ごめんごめん……。読めてないんだ。一瞬だったから作家名わかんなくてさ」
「そ、そっか」
 思わず胸をなで下ろす。さすがに同級生に身元がバレるのはまずい。
「んじゃ! また夜にね!」
「うん。また!」
 私は苦笑いを浮かべて彼女を見送った――。
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