深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第三話 文藝くらぶ

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 週末。私は電車で二子玉川にある母の実家に向かっていた。予定調和的な展開……。とはいかなかったけれど無事に彼に会えそうだ。
 田園都市線の車内は酷い混みようで寿司詰め状態だ。これだから地下鉄での移動は嫌いだ。気圧のせいかホームに立つだけで頭痛がする。
 それでも今日は最高に気分が良い。冬木紫苑。彼と会える。それだけで天にも昇る気持ちだ――。

 今日の待ち合わせ場所は『木菟(ミミズク)』という名前の喫茶店だ。二子玉川駅から徒歩一〇分くらいの場所にある店。モッチーさんと初めて会ったのもあの店だった。
 『あの店』なんてよそよそしい呼び方をしたけれど『木菟』は私にとってかなり身近な場所だ。母の実家。つまり祖母の家だ。今現在は高祖母、祖父母の三人があそこに住んでいる。
 これはウチの家のハウスルール的なものなのだけれど、ネットでの友人と初対面で会うとこは祖母の家で会うことになっている。理由は単純。ネット犯罪に巻き込まれないため……。それだけの理由だ。
 まぁ実際にネットで知り合って直接会った人なんてほとんど居ない。モッチーさんを含めて三人ぐらいだと思う。
 
「いらっしゃいませ……。あら」
「こんにちはー」
 久しぶりの祖母の家だ。店内はフクロウの家具や小物で溢れている。店名そのままって感じがする。
「いらっしゃい! 文子また背伸びた?」
「うん。三センチぐらいだけどね」
 祖母と会うたび同じ話をしている気がする。そして毎回私の背は伸びていた。そろそろ母を追い越すかもしれない。
「今日もお友達と会うの?」
「うん! 一一時には来るから待たせてもらっても大丈夫?」
「もちろん! 文子はアクティブよねー。すぐ友達作れちゃうんだもん」
 祖母のほうがアクティブじゃあないか。と思ったけれどツッコまなかった。私の知る限り祖母以上にアクティブな人は居ないと思う。母の話だと祖母の若い頃は身一つで欧州に旅行していたとか。
「ハハハ、まぁツイッターとかだよ……。じゃあ奥の席借りるねぇ」
「はいはい。今お茶煎れるわね」
「ありがとー」
 祖母との会話は心地良かった。やはり私はこの人の孫なのだろう。文芸一家としての川村家の血筋。それを感じざる得ない。
 高祖母は詩を。祖母は純文学を。母は大衆文芸を……。といった感じで私たちはそれぞれ文芸に携わってきている。私は……。まぁ、たまたまランキングに入っただけの底辺文くら作家だ。
 木菟で過ごすこの時間が好きだ。大好きな本をゆっくりと読む。それだけですごく幸せな気持ちになる。
 窓ガラスに反射する太陽の光が眩しい。すっかり日が高くなったようだ。まもなく一一時。待ち合わせの時間だ――。
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