深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第五話 今、挟まれる栞

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 その日の仕事は思いのほかすんなり片付いた。三雲先輩から預かった原稿の下読みに至っては一時間も掛からなかった。まぁ、作家への短いインタビュー記事なので当然だとは思うけれど。
 そして幸か不幸か、三雲先輩は社には戻らないようだ。どうやら先方でトラブルが発生したらしい。いつもなら下読み、赤入れにケチが付くので正直ありがたいと思う。
 下読みを終えるとすぐに自分の作業に戻った。担当している作家の原稿の赤入れ。僕のメインの仕事だ。
 淡々と赤ペンで校正箇所を書き込んでいく。白と黒で揃っていた原稿用紙は赤に汚されて不服そうだ。致し方ない。赤入れとは文章の手術なのだ。血が出ないわけがない。
 目が滑らないように丁寧に。同時に早く。校正・校閲を進めた。僕はこの時間が一番好きだ――。

「半井くん定時だよー」
 作業に没頭していると横から寺内さんに声を掛けられた。
「え? あ、本当ですね」
 時計を見ると一七時を少し過ぎていた。普段だったら単なる午後五時という時間。今日に限っては退勤時間だ。
「さっさと帰った方がいいよ。彼女さん待ってるんだろ?」
「そう……。ですね」
「そうそう! 栞ちゃんここんとこずっと忙しいんだろ? たまにはデートでもしてこい!」
 そう言うと寺内さんは僕の肩を思い切り叩いた。
 強すぎて少しジンジンする――。

 退勤後、僕は栞に電話を掛けた。
『もしもーし、お疲れ様!』
 電話口から彼女の元気な声が聞こえる。
「お疲れ様。今、仕事終わったよ。栞は? もう帰ってきた?」
『うん。今、八重洲にいるよ。これから新橋向かうところ』
 電話口からJRのアナウンスと駅特有の雑踏が聞こえた。推察するにこれから山手線のホームに向かうのだろう。
「早いね……。僕は今から電車乗るから少し遅れるかも……」
『大丈夫だよー。もし先に着いたらSLの前で待ってるから』
「うん。僕もできる限り早く着くようにするよ」
 僕はそう言うと電話を切った。
 それからすぐに駅に向かった。代々木の街は夜に成りつつある。カラスたちは街路樹や電線に避難し、水商売のキャッチが店の前に立っていた。これから訪れる夜を象徴するかのような光景だ。
 そんな風景を横目に僕は改札を抜けた。戦場からの離脱。そんな気分だ。
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