アルテミスデザイア ~Lunatic moon and silent bookmark~

海獺屋ぼの

文字の大きさ
45 / 63
第四章 京都1992

15

しおりを挟む
 お盆が明けると秋の足音が聞こえ始めた。少しずつ鈴虫の声が多くなり、気温も三〇度を下回る日が増えた。
 結局、私はのど自慢大会に申し込んだ。どうせやることも他にないし、丁度良いだろう。
 母はいささか顔をしかめていたけれど、私は気にしないことにした。
 文句を言いたいのは母の自由だけれど、参加するのは私の自由だと思う。
 予選会も無事終わり、どうやら私は本戦に出場できるらしい。
 予選通過の話をすると母以外の家族はとても喜んでくれた。特に祖母は大喜びで、近所の友人に自慢して回っていた。ありがたいような恥ずかしいような気分だ。
 出場が決まると私は栞に手紙を書いた。
 夏休みこんなことがあったとか、健次は元気だとかそんな内容だ。
 栞は今どうしているのだろう? 元気しているだろうか?
 彼女の姿を想像しようとしたけれど、栞の像はぼやけていて上手く思い浮かばなかった。
 おそらくは栞は相変わらずだと思う。いつも本にかじりつき、夜には原稿用紙に向かって物語を綴っているはずだ。
 私も負けてはいられないと思った。栞は着実に前に進んでいる。私もまずは一歩踏み出さないと……。
 のど自慢大会の一週間前。私は健次と一緒に喫茶店で夏休みの宿題をしていた。もっとも、私の宿題は八月の頭には終わっていたので健次が丸写ししているだけだけれど。
 注文したクリームソーダの緑色が鮮やかで、見ているだけで涼しくなる。
「ケンちゃん! ウチ今度のど自慢大会出んねん!」
 私はノートにかじりつく健次に声を掛けた。彼は一瞬固まると視線を上げた。
「のど自慢? じゃあ府民ホールで歌うんか?」
「そやで! えーやろ! なぁ……。ケンちゃんも来てくれるやろ?」
「んー。来週やろ……。まぁ行けないこともないなー……」
 健次は面倒くさそうに頭を掻くと大きなため息を吐いた。
「ちょっとケンちゃん! ウチがせっかく歌うのに来てくれへんの?」
「正直面倒くさいなー。見たい気もするけどなぁ……。年寄りばっかやろ? きっと」
「そんなことないって! ウチが予選会行ったときは結構若い人もおったで! だからお願い! 来てな!」
 来て貰わなくては困る。と私は思った。あまり認めたくはないけれど、今回参加を決めた理由は健次に聴いてもらいたいからだ。恋慕……。であるのは間違いない。もう使い古されて、滲みだらけの恋心だけれど。
「ま……。ええやろ。行ったるわ」
「ほんま! ありがとう! ウチめっちゃ頑張るからな!」
 心の底から嬉しかった。今更だけれど、健次に認めて貰えた気がした。
 栞がいなくなってから私は昔のように健次と接していた。恋人同士ではないけれど、親友以上の存在だった。健次自身は私を姉か妹のように思っているのかもしれないけれど……。
 それでも私はいつか健次に私を認めてほしいと思っていた。単なる幼なじみではなく、女として。
 中学生ながらに私は彼の身体を求めていた。彼の匂い、肌の質感、少しだけ高い声、針のように尖った髪の毛……。その全てが愛おしかった。
 プラトニックでいることがとても不自然に思えたし、健次にも私の身体を求めて欲しかった。
 彼と一つになりたい……。早く一つに。私は欲望のままにそう思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

処理中です...