48 / 63
第五章 東京1994
1
しおりを挟む
一九九四年七月。京都市内は例年どおりの暑い夏を迎えた。梅雨も明け、これから市内は観光産業で賑わうだろう。
私は高校生になって初めての夏休みを迎えようとしていた。終業式まであと数日だ。
健次は私とは違う高校に進学していた。理由は単純にバスケの推薦があるかないか。それでも私たちは毎日のように顔を合わせた。
「しっかし暑いな。Tシャツ何枚あっても足らんわ」
「ほんまやねー。ケンちゃん汗っかきやから大変よね」
健次は一段と大人っぽくなった気がする。剃らないと無精髭が酷くなるし、男性ホルモンが強すぎるのかもしれない。
私の身体も女性的になったと思う。胸は膨らみ、肌の質感も変わったようだ。
「そういえばみっちゃん週末来れるらしいで! お前はどうや?」
「うちは問題ないで! てか、いつもみっちゃんに来させて悪いな……」
「まぁ、しゃーないやろ。奈良には練習できる場所あんまりないみたいやし」
吉野くん……。もとい充は月二くらいのペースで私たちの練習に付き合ってくれた。彼はバスケを引退したらしく、暇を持て余しているらしい。
「そうか……。あとはベースおったらええんやけどな……。せや! 亨一呼ぶか? 予定が合えばやけど」
「俺はかまへんけど……。でもええんかな? 亨一くん他のバンドのメンバーやで? 逢子ちゃんにいつか文句言われそうで怖いんやけど……」
どうやら健次は三坂さん……。もとい逢子に気を使っているようだ。
たしかに健次の言うことは当たっていると思う。何ヶ月か前、亨一に手伝って貰ったときに彼女は不機嫌だったのだ。
二年間付き合ってみて思うけれど、私と逢子はあまり性格が合わない。おそらく私も逢子も負けん気が強くて、独占欲があるからだろう。
「亨一がええんならええんちゃう? 逢子ちゃんにまでウチは気ぃ使いたくないわ」
「お前な……。そんな考え方しとったら、いつか痛い目見るで? 一応、繁樹くん俺の師匠やねんから……」
「それな。ま……。出来るだけ波風は立てんようにするよ」
出来るだけ……。本当に出来るだけだ。中学時代に比べると私はだいぶ強かになった気がする。悪く言えば小ずるくなった気が――。
結局、私は亨一に拝み倒した。彼は最初こそ躊躇していたけれど、懇願するとどうにか了承してくれた。もし亨一が本当に嫌がっているのなら私だって無理に誘おうとは思わない。それくらいの良識はある。
でも彼は最初こそ渋っても、練習が始まると本当に楽しそうにセッションしてくれた。
私は亨一のベースと健次のギター、充のドラムがミックスされるのが大好きだった。彼ら以上のバンドはいないし、彼らの演奏以外で歌いたくはなかった。
健次も繁樹の協力でかなりギターの腕が上がった。もとからある程度の適性はあったのだろうけれど。最近は健次の作曲した曲を歌うのが心地よかった。
充はもともと上手かったけれど、『レイズ』の舞洲ヒロに刺激されてからは躍起になって練習しているようだ。
全てが私に追い風のように思えた。何もかも思い通りに行っている。怖いくらいに。
栞とはもう一年以上連絡を取っていない。最後に手紙が届いてから気が付けばそれくらいは経過していた。おそらく栞も忙しいのだろう。
最後に栞から来た手紙には「アルテミスデザイア」が文芸賞を受賞したと書かれていた。手紙の文脈から察するに彼女はそれをとても喜んでいた。私自身も作品のモデルとしてとても嬉しい。本当なら一緒にお祝いしたいくらいだ。
私は遠く離れた場所に居る栞がとても誇らしく思えた。互いに夢に近づいているのが嬉しかったし、また夢を語り合いたいと思った。
栞に会いたい。彼女は今どうしているのだろう?
関東でなければすぐ会いに行けるのに……。なぜこんなに遠くに居るのだろう。そう思うととてももどかしかった。
そんなときだ。やはり私には追い風が吹いているらしい。
渡りに船で栞に会う機会が出来たのはそれから間もなくのことだった。
私は高校生になって初めての夏休みを迎えようとしていた。終業式まであと数日だ。
健次は私とは違う高校に進学していた。理由は単純にバスケの推薦があるかないか。それでも私たちは毎日のように顔を合わせた。
「しっかし暑いな。Tシャツ何枚あっても足らんわ」
「ほんまやねー。ケンちゃん汗っかきやから大変よね」
健次は一段と大人っぽくなった気がする。剃らないと無精髭が酷くなるし、男性ホルモンが強すぎるのかもしれない。
私の身体も女性的になったと思う。胸は膨らみ、肌の質感も変わったようだ。
「そういえばみっちゃん週末来れるらしいで! お前はどうや?」
「うちは問題ないで! てか、いつもみっちゃんに来させて悪いな……」
「まぁ、しゃーないやろ。奈良には練習できる場所あんまりないみたいやし」
吉野くん……。もとい充は月二くらいのペースで私たちの練習に付き合ってくれた。彼はバスケを引退したらしく、暇を持て余しているらしい。
「そうか……。あとはベースおったらええんやけどな……。せや! 亨一呼ぶか? 予定が合えばやけど」
「俺はかまへんけど……。でもええんかな? 亨一くん他のバンドのメンバーやで? 逢子ちゃんにいつか文句言われそうで怖いんやけど……」
どうやら健次は三坂さん……。もとい逢子に気を使っているようだ。
たしかに健次の言うことは当たっていると思う。何ヶ月か前、亨一に手伝って貰ったときに彼女は不機嫌だったのだ。
二年間付き合ってみて思うけれど、私と逢子はあまり性格が合わない。おそらく私も逢子も負けん気が強くて、独占欲があるからだろう。
「亨一がええんならええんちゃう? 逢子ちゃんにまでウチは気ぃ使いたくないわ」
「お前な……。そんな考え方しとったら、いつか痛い目見るで? 一応、繁樹くん俺の師匠やねんから……」
「それな。ま……。出来るだけ波風は立てんようにするよ」
出来るだけ……。本当に出来るだけだ。中学時代に比べると私はだいぶ強かになった気がする。悪く言えば小ずるくなった気が――。
結局、私は亨一に拝み倒した。彼は最初こそ躊躇していたけれど、懇願するとどうにか了承してくれた。もし亨一が本当に嫌がっているのなら私だって無理に誘おうとは思わない。それくらいの良識はある。
でも彼は最初こそ渋っても、練習が始まると本当に楽しそうにセッションしてくれた。
私は亨一のベースと健次のギター、充のドラムがミックスされるのが大好きだった。彼ら以上のバンドはいないし、彼らの演奏以外で歌いたくはなかった。
健次も繁樹の協力でかなりギターの腕が上がった。もとからある程度の適性はあったのだろうけれど。最近は健次の作曲した曲を歌うのが心地よかった。
充はもともと上手かったけれど、『レイズ』の舞洲ヒロに刺激されてからは躍起になって練習しているようだ。
全てが私に追い風のように思えた。何もかも思い通りに行っている。怖いくらいに。
栞とはもう一年以上連絡を取っていない。最後に手紙が届いてから気が付けばそれくらいは経過していた。おそらく栞も忙しいのだろう。
最後に栞から来た手紙には「アルテミスデザイア」が文芸賞を受賞したと書かれていた。手紙の文脈から察するに彼女はそれをとても喜んでいた。私自身も作品のモデルとしてとても嬉しい。本当なら一緒にお祝いしたいくらいだ。
私は遠く離れた場所に居る栞がとても誇らしく思えた。互いに夢に近づいているのが嬉しかったし、また夢を語り合いたいと思った。
栞に会いたい。彼女は今どうしているのだろう?
関東でなければすぐ会いに行けるのに……。なぜこんなに遠くに居るのだろう。そう思うととてももどかしかった。
そんなときだ。やはり私には追い風が吹いているらしい。
渡りに船で栞に会う機会が出来たのはそれから間もなくのことだった。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる