アルテミスデザイア ~Lunatic moon and silent bookmark~

海獺屋ぼの

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第五章 東京1994

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 一九九四年七月。京都市内は例年どおりの暑い夏を迎えた。梅雨も明け、これから市内は観光産業で賑わうだろう。
 私は高校生になって初めての夏休みを迎えようとしていた。終業式まであと数日だ。
 健次は私とは違う高校に進学していた。理由は単純にバスケの推薦があるかないか。それでも私たちは毎日のように顔を合わせた。
「しっかし暑いな。Tシャツ何枚あっても足らんわ」
「ほんまやねー。ケンちゃん汗っかきやから大変よね」
 健次は一段と大人っぽくなった気がする。剃らないと無精髭が酷くなるし、男性ホルモンが強すぎるのかもしれない。
 私の身体も女性的になったと思う。胸は膨らみ、肌の質感も変わったようだ。
「そういえばみっちゃん週末来れるらしいで! お前はどうや?」
「うちは問題ないで! てか、いつもみっちゃんに来させて悪いな……」
「まぁ、しゃーないやろ。奈良には練習できる場所あんまりないみたいやし」
 吉野くん……。もとい充は月二くらいのペースで私たちの練習に付き合ってくれた。彼はバスケを引退したらしく、暇を持て余しているらしい。
「そうか……。あとはベースおったらええんやけどな……。せや! 亨一呼ぶか? 予定が合えばやけど」
「俺はかまへんけど……。でもええんかな? 亨一くん他のバンドのメンバーやで? 逢子ちゃんにいつか文句言われそうで怖いんやけど……」
 どうやら健次は三坂さん……。もとい逢子に気を使っているようだ。
 たしかに健次の言うことは当たっていると思う。何ヶ月か前、亨一に手伝って貰ったときに彼女は不機嫌だったのだ。
 二年間付き合ってみて思うけれど、私と逢子はあまり性格が合わない。おそらく私も逢子も負けん気が強くて、独占欲があるからだろう。
「亨一がええんならええんちゃう? 逢子ちゃんにまでウチは気ぃ使いたくないわ」
「お前な……。そんな考え方しとったら、いつか痛い目見るで? 一応、繁樹くん俺の師匠やねんから……」
「それな。ま……。出来るだけ波風は立てんようにするよ」
 出来るだけ……。本当に出来るだけだ。中学時代に比べると私はだいぶ強かになった気がする。悪く言えば小ずるくなった気が――。
 結局、私は亨一に拝み倒した。彼は最初こそ躊躇していたけれど、懇願するとどうにか了承してくれた。もし亨一が本当に嫌がっているのなら私だって無理に誘おうとは思わない。それくらいの良識はある。
 でも彼は最初こそ渋っても、練習が始まると本当に楽しそうにセッションしてくれた。
 私は亨一のベースと健次のギター、充のドラムがミックスされるのが大好きだった。彼ら以上のバンドはいないし、彼らの演奏以外で歌いたくはなかった。
 健次も繁樹の協力でかなりギターの腕が上がった。もとからある程度の適性はあったのだろうけれど。最近は健次の作曲した曲を歌うのが心地よかった。
 充はもともと上手かったけれど、『レイズ』の舞洲ヒロに刺激されてからは躍起になって練習しているようだ。
 全てが私に追い風のように思えた。何もかも思い通りに行っている。怖いくらいに。
 栞とはもう一年以上連絡を取っていない。最後に手紙が届いてから気が付けばそれくらいは経過していた。おそらく栞も忙しいのだろう。
 最後に栞から来た手紙には「アルテミスデザイア」が文芸賞を受賞したと書かれていた。手紙の文脈から察するに彼女はそれをとても喜んでいた。私自身も作品のモデルとしてとても嬉しい。本当なら一緒にお祝いしたいくらいだ。
 私は遠く離れた場所に居る栞がとても誇らしく思えた。互いに夢に近づいているのが嬉しかったし、また夢を語り合いたいと思った。
 栞に会いたい。彼女は今どうしているのだろう?
 関東でなければすぐ会いに行けるのに……。なぜこんなに遠くに居るのだろう。そう思うととてももどかしかった。
 そんなときだ。やはり私には追い風が吹いているらしい。
 渡りに船で栞に会う機会が出来たのはそれから間もなくのことだった。
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