Ambitious! ~The birth of Venus~

海獺屋ぼの

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第二十話 血祭り ~Bloody Festival2.0~

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「ではではー。大志! ジュン! 今日は来てくれてありがとう! ご心配おかけしましたけど、すっかり元気になったよー」

 ウラは本当に元気になったようだ。

「よかったね! まだ腕は治らないようだから無理しないでね京極さん!」

「そだねー。まだギターの練習は厳しいけどリハビリ頑張らなきゃね!」

「ほんとだぞ! あんまり無理すんな! まずは治すのが第一だ!」

 俺たちは渋谷のTSUTAYAの前で待ち合わせをしていた。

 今日は『アフロディーテ』との話し合いの日だ。

 正確に言えば決別の日なわけだが……。

 夜空の三日月が雲間から顔を覗かせている。

 その月は不吉な未来を暗示するように輝いている。

 これから月の名を持つ2人が相まみえる。

 俺たちは『アフロディーテ』と待ち合わせしている音楽スタジオへ向かった。

 渋谷の人の波に乗りながら道玄坂の交差点を進む。

 スタジオに着くと受付に話を通して奥の個室へと案内してもらった。

 部屋に入る前に俺はウラに確認をする。

「ウラ、お前大丈夫か?」

 俺は彼女が心配になり、そう声を掛けた。
 
「この前千賀子と飲んだとき言ったでしょ? もう後悔とかしねーから大丈夫だよ!」

 俺の心配とは裏腹に彼女はそう言い放つ。

「ならいいけど……。やっぱ荒れるだろうな……」

「ハハハ、大志こそ怖気づいた?」

 正直、俺は怖かった。

 いや、怖いという表現は正しくない。

 正確な言葉が見当たらないが、不安であることは間違いないと思う。

 今からあの『アフロディーテ』を敵に回すわけだ。

 そんなすんなり行ける気はしない。

「まぁ今更だよな! お前が決めたことに俺らは従うだけだ! それに最初に辞める様に動いちまったの俺の方だしさ」

「そうそう! お陰様でブラックパンクバンド様から脱出だよ!」

 すっかりウラは3年前の彼女に戻っているようだ。

 恐れや辛抱とは無縁の自由人。最高で最低の酷い女。鴨川月子とは違う意味で……。

 話し終わると俺たちは『アフロディーテ』のメンバーのいる個室のドアに手を掛けた。

「おいでやす」

 ドアを開けると正面に月子さんが座っていた。

 彼女はテーブルの中央に座って腕組みし、偉そうにふんぞり返っている。

 彼女を挟むように左側に亨一さん。

 右側には知らない男が座っている。

 健次さんと充さんの姿はない。

「お疲れ様です! 月子さん忙しい中時間取らせて申し訳ないです!」

「ほんまやで! ウチかてやることぎょーさんあるのにまったく困るわ!」

 月子さんは笑いながらそう言うと俺たちに座るように促した。

「あの、健次さんと充さんは……?」

「ケンちゃんたちはけーへんよ? あの2人来るとややこしくなるからなぁー。冷静な亨一と瀬田君だけに来てもろたで」

 瀬田……? 俺は一瞬思考停止したが、すぐにその見知らぬ男が誰なのか理解した。

 ウラが話していた陰湿野郎だ。

「じゃあ、ちょっと話し合い始めようか? 今回はウラちゃんが俺らのバンドの手伝いを辞めたいってことでいいのかな?」

 亨一さんは穏やかな口調で口角の上がった笑顔を浮かべた。

 眼は欠片も笑っていない。

「はい! 今まで『アフロディーテ』の皆さんにはすごくお世話になったんですが、今回月子さんの付き人をを卒業しようと思っています!」

「ふんふん、そっかー。ウラちゃんよくやってくれるし、俺としては辞めちゃうのは嫌かなー……。月ちゃんはどう?」

 亨一さんはわざとらしく月子さんに話を振った。

 彼は一見すると優しくて理解がある人間のように見える。

 でも実際は恐ろしく冷静で、組織の利益を最優先する男なのだ。

 そんな彼だからこそ、鴨川月子という女をどう扱うかは理解している。

「はっきり言うけど、ウチは反対やで! 今までウラちゃんには頑張ってもろたのにこんなところで辞めるなんてもったいない……。ケンちゃんかてウラちゃんのこと心から可愛がっとるしな! 瀬田君もそう思うやろ?」

 話を振られた瀬田は少し考えてから口を開いた。

「そうですね……。ウラちゃんは頑張り屋だし、才能もあるんだからもっと『アフロディーテ』で経験積んだ方がいいんじゃないかな? これまでだってやって来れたし、俺だってサポートするからさ!」

 瀬田はそう言うと人懐っこそうな笑いを浮かべた。

 反吐が出る。

 俺は心の中でそう呟いた。

 こいつらはウラを粉々に砕いた張本人なのだ。

 彼らはまるで他人事のようにウラを気遣うフリをしている。

 控えめに言ってぶっ飛ばしてやりたい。

「あの! 月子さん、瀬田さん! 気持ちはすごく嬉しいです! でも決めたことなので!」

 ウラは躊躇なく断言した。

「そっかー。ウラちゃんの気持ちがそこまで固いのなら俺からは言うことはもう何もないよ。ケンちゃんとみっちゃんもウラちゃんの意思に任せたいって言ってたしねー」

 亨一さんの表情に変化はなかった。まるで最初から答えを知っていたかのようだ。

「ウチは認めへんで!! なんでなんウラちゃん!? 今までだってやってこれたんやからこれからもやってけないわけないやろ!?」

 月子さんは食い下がってウラの手を握る。

 手には年齢を称えるような皺が寄っていた。

「月子さん! 本当に今までありがとうございました! 本当に感謝しています。私がここまでやって来れたのは『アフロディーテ』の……。月子さんのお陰だって心からそう思います! 本当にお世話になりました!」

 ウラは最後のダメ押しとばかりに月子さんの手を振りほどいた。

 ウラの顔には笑みが浮かんでいる。

「嫌や……」

「月子さん……。本当にごめんなさい」

「嫌やで……」

「あの……」

「嫌やゆーとるやろがい!!!!!」

 急に月子さんはウラの胸ぐらに掴みかかった。

 俺とジュンは瞬間的に月子さんを抑えに掛かる。

「なんでや!? ウチがそんなに嫌か!? これからもずっとウラちゃんはうちの隣におらなあかんねん!! 居なくなるなんて許さへん!!!!」

 月子さんは半狂乱になりながらウラに縋り付いた。

 目は赤く、涙が滝のように流れ落ちている。

 その涙でアイシャドウは落ち、顔がぐちゃぐやになっている。

 その顔はもういつも彼女ではなかった。

 そこに居たのは年相応の1人の女だけだ。

 その間、瀬田は月子さんを必死に制止しながら彼女を宥め続けていた。

 ざまーみろ。と心の中で思う。

 俺たちは亨一さんに連れ出される形でスタジオから脱出した。

「わかったよウラちゃん! 今回はウラちゃんの意思を尊重するってのが『アフロディーテ』の答えだから辞めたければ辞めて構わない! 今までありがとうね。月ちゃんのことは俺がどうにかするから大丈夫だよ!」

 亨一さんまるで旅立っていく娘を気遣う父親のように見えた。

「亨一さん! 本当に今までお世話になりました! あの健次さんと充さんは……」

「ああ……。あの2人は大丈夫だよ! なんだかんだウラちゃんのこと信頼してるからね! それに……。このまま『アフロディーテ』の付き人してたらウラちゃんも壊れちゃいそうだしさ……。正直、俺はホッとしてるかなー。月ちゃんには申し訳ないけどね」

 亨一さんは苦笑いを浮かべながらそう言うと、俺とジュンの方を向いた。

「大志君、ジュン君! これからウラちゃんのことよろしく頼むよ! きっと月ちゃん落ち着いたら、惨い事すると思うからさ! 俺たちもできれば協力してあげたいけど、『アフロディーテ』の法律は月ちゃんだからどうしようもないんだ……」

「大丈夫っす! 亨一さん今日は本当にありがとうございました! 月子さんのことは最初から覚悟済みだから本当に大丈夫です!」

 俺は強がり半分で亨一さんにそう言ったが、彼は渋い顔をしていた。

「あのー、佐藤さん……。すいません。鴨川さんがヤバいんですけど……」

 個室から瀬田が顔を覗かせて亨一さんを呼んだ。

「今行くよ! つーか瀬田君? 君もウラちゃんには世話になったんだから挨拶ぐらいちゃんとしなよ! もう会わないかもしれないんだからさ」

 亨一さんが月子さんを宥めに行ったあと、ウラは瀬田と話をした。

 俺とジュンは察してその場から離れる。

「ねぇ大志? 俺の勘だけどさ、あの瀬田さんって人京極さんと恋仲でしょ?」

「みたいだな」

 さすがジュンだ。あの2人の様子を見ただけでそれを察したようだ。

「まったく大変だったねー。月子さんあんなだしさ……。京極さんも相当……。彼女の言い方を借りるなら『クソビッチ』だしさ……」

「何が言ぃてーんだよ?」

「見た感じ、あの瀬田さんって人かなり曲者だよね? なんか俺と同じ匂いがする。きっと彼かなりのゲス野郎だと思うよ?」

 ジュンはとにかくそういうことに関しては鼻が利いた。

 ジュンから見たら俺は相当鈍感なのだろうと思う。

 少しするとウラが晴れやかな表情で俺たちのところに戻ってきた。

「お待たせー。じゃあ帰ろうかー?」

 ウラは何事もなかったかのようにそう言った。

 俺たちがスタジオを出ると夜風が酷く冷たかった。

 街を行きかう人々は一様にコートやダウンを厚着している。

「あーあ、スッキリしたらお腹すいちゃったよー! ねー? ご飯食べてかなーい?」

「そうだな……。つーかお前大丈夫だったのかよ? 月子さんのこともそうだけど、さっきの……」

 俺はそこで言葉を濁した。

「うん! お陰様で!」

 ウラはそれだけ言ってそれ以上何も語ろうとはしなかった。

 どうやら吹っ切れてしまったらしい。

 もう瀬田のことなどどうでもいいのだろう。

「この前のボウリングの罰ゲームまだだったしさー。今日は私がおごっからね! 焼肉でもなんでもいーよー! 焼肉とか! 焼肉とか! 焼肉とかね!」

 やれやれだ。あんだけ死にかけていたのに今はただ焼肉を食いたいだけのようだ。

 俺とジュンは彼女の言う通り、焼肉に行くことにした。

 女王様は焼肉をご所望だ。
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